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夢見心地で帰路に・・・。
ゲストのラストを飾ったのはバディ・ガイ。
そして、御大自ら、差し出した私の手の上にピックを置いてくれたのだった・・・。
バディの指が私の手のひらにタッチ・・・。
でも、ピックを凝視していて、結局アイコンタクトも御礼を言うのも忘れましたの。。。わたしの脳にはくっきり、あのピックをつまんだバディの指が刻まれただけ。
がんばって最前列の席を取ったので、ギタリストたちの表情も、汗も、演奏も、ワーワーペダルを踏む足もすぐ目の前で見ることができた。ドラムスの低周波がずんずん響く席。最上の音を楽しむには、オーケストラ席の真ん中後方(三角形の頂点)がベストらしいけど。私はとにかく一番前で見たかった!
ジミのアルバムを数日聴いて臨んだライブ。
途中休憩を入れて3時間半。ステージを見上げていたので、首が痛い。
フィーチャーされた曲の一部は・・・こんな感じ。
(with Eric Johnson, Scott Nelson,Zakk Wylde on Keyboards, Chris Layton)
(with Zakk Wylde, TonyFranklin, Chris Layton)
ザック・ワイルドの熱演!
(with Doyle Bramhall II, Georgia Bramhall,Scott Nelson, Chris Layton)
(with Doyle Bramhall II, ScottNelson, Chris Layton)
(with Zakk Wylde, Jonny Lang, RichRobinson, Mato Nanji, Scott Nelson, Chris Layton)
(with Jonny Lang, DoyleBramhall II, Georgia Bramhall, Henri Brown, Scott Nelson, Chris Layton)
(with Kenny Wayne Shepherd,Noah Hunt, Mato Nanji, Tony Franklin, Chris Layton)
(with Kenny Wayne Shepherd,Noah Hunt, Tony Franklin, Chris Layton)
男前のギタリスト、ケニー・ウェイン・シェファードの10分以上もの熱演!
(with Buddy Guy, Billy Cox,Dani Robinson, Tim Austin)
ようやく御大の登場。スターのオーラでやっぱり凄い存在感。
この近さ!!
弟子クイン・サリバン君も登場。祖父と孫・・・と言った風情で、息がぴったり。
バディは2曲ほど、ブルースを歌い、後は後ろでバック演奏を務めた。
バディのキューで、サリバン君は演奏を引き継ぐ。
バディ+ビリーでかけあい。
この日はビリーの誕生日。
ステージから観客に声がかかる。
私たちはステージに駆け寄り、皆でハッピーバースディを歌う
ケーキもばっちり見えました〜。
そのまま、立ったままで、拍手!!!
ミュージシャンたちがステージを去ると、御大だけは残り、なんとピックを配り始めた。皆わ〜〜と集まる。私も、遅れず前に行き、ギブミーチョコレート状態で手を差し出す。じゃ〜ん。(ここで、最初に戻ってください〜)
で、いただいたピックがこれ。
ジミとバディの関係?
1967年、サンフランシスコのボールルームで、バディガイはヒッピーバンドに乞われ前座を務めた。これがうまくいったので、次にニューヨークのショーに呼ばれた。
休憩のとき、「ヘンドリクスが来ている。テープに取りたいと言っている。お前とジャムしたいって言っているんだけど。」と知らされた。当時バディはジミの名前だけは知っていたけど、彼のレコードを聞いたことがない。彼を取り巻く大騒ぎも知らなかった。
「いいよ。録音しても。ジャムもやらせろよ」と答えた。
ジミはレコーダーをバンドスタンドの前にセットし、後ろでやるのに慣れている、と言った。ジミは見かけはワイルドだが、控えめな態度だった。彼がなかなかいいブルースマンだってことは彼のソロを聞けばわかったし、自分と同じく、新しいサウンドを探っていたから、多少はずれても気にならなかった。ジミはワーワーペダルを持参し、それを使って効果音を作った。ヘンドリクスがいっぱしの奴だってことは、聴いてわかった。
そのセットが終わると彼は謝意を述べた。 「あんたは俺の先生の一人だ」と言った。
お世辞を言われたけど、レッスンになにがしかの謝礼が払われたかどうか記憶にない。彼に幸運を祈り、その後ふたたび会うことはなかった。
(バディ自伝より抜粋訳。
p.202-203, WHEN I LEFT HOME – MY STORY, BUDDY GUY: 2012)
ベーシスト、ビリーコックスは73歳。ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスとバンド・オブ・ジプシーズ、両方に参加していた唯一の存命するオリジナルメンバー。ジミとは1961年、徴兵先(陸軍)で出会った。友達になった二人は退役後、ナッシュビルのクラブやチトリン・サーキットで移動しながら演奏した。ジミはその後、ナッシュビルを出て、不遇のまま、全国を廻っていたが、ニューヨークでChas chandler (英国のレコードプロデューサー、音楽家) に見出された。チャスはジミを英国に誘い、そのとき、ジミはビリーに、一緒に行かないか、と声をかけた。
このツアーの主催会社、エクスペリエンス・ヘンドリクス社の社長はジミの兄弟。彼によれば、ジミは「エレクトリック教会」と言うコンセプトをよく口にし、それは音楽で人を結ぶ〜ということなのだそうだ。そのコンセプトを体現したツアーは足掛け9年になる。
ステージはこのように、ワーワーペダルやケーブルやワイヤーが散らばっている。
60年代のステージって、こんな感じだったのかな?
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