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2015年。
あけましておめでとうございます。
ご訪問くださる読者さま、いつもありがとうございます。
寒いけど、磯辺まきがおいしい季節ですね。
食べたらしっかりエクササイズ。私はズンバとヨガで大汗を流します。
今日は私的な旅のお話です。
クリスマスを皆で過ごしたあと、夫と私はアリゾナに発ちました。
サクラメントから州都フィーニックスまで1時間50分近くのフライト。
空港でレンタカーをしてツーソン市へ向かいました。
50年振りの再会となる夫のホストファミリーだった
「お父さん」N氏に会うために。 70年前、第二次世界大戦で、ノルマンディー上陸作戦に参加。
退役後、GIビルでエール大学を出て建築家となり、ツーソンで会社を経営していた地元の名士であったそうです。
当時8歳だった末のお嬢さんと、ご主人、さらに「お父さん」のガールフレンドも加わり、にぎやかに楽しいひと時を過ごしました。 彼らの間で、メモリーは50年という時のカプセルに新鮮なまま閉じ込められていたようです。96歳のN氏は穏やかで、頭脳明晰で、ほんとにいい「気」をお持ちなのでした。 砂漠ミュージアムで。
泰然自若なかえる君。
彼(?)のように、心穏やかに過ごしたい。
どことなくユーモラスなサボテンたち。
なぜかN氏たちにぜひ見るように勧められたハチドリの館。巣作りが興味深いらしくて。小さくてかわいいんですよ。
ビッグホーン。
SEDONA VORTEXの聖地
N氏との再会という年末の大イベントを無事終えることができ、次の目的地セドナへ向かいます。フリーウェイを北上する事、4時間。
高度が上がるにつれ、サボテンは姿を消してゆき、赤銅色の奇岩が現れます。
宿はアップタウンにある、Orchards Inn。ベランダからレッドロックを眺めることが出来ます。風が冷たく、気温は朝夕零下、髪が静電気で逆立つくらい空気が乾燥してます。
ガイドさんの話によれば、メディア(ナショナル・ジオグラフィックや24hours)がボルテックスの存在を広く知らしめて以来、たくさんのツアリストが押し寄せるようになったそうです。
1870年代に入植が始まり、初代の郵便局長の奥さんの名に因んで、セドナと名づけられたそうです。セドナさんはとても嫌がったそうですが。
町の図書館前に立てられたセドナさんの像
産業といえば、ジェロームと言う町に銅を掘る炭鉱夫がたくさん集まり、にぎわったそうです。しかし炭鉱が廃ると、町はゴーストタウン化、その後、映画のロケやゴーストツアーで人が集まったそうです。
景観のよい場所に、投資目的の別荘や、セレブのバケーションハウスが建っていますが、彼らが実際に来る事はあまりないとのこと。家を建てるには、まず岩をダイナマイトで爆破することから始めると聞き、なにやら複雑な気分に。
セドナでの生活費はとても高いらしいです。
ボルテックスというのは、地底から噴出しているとされるトルネードのような渦巻状のエネルギーです。多少の磁気を帯びていることもあり、セドナにはこのボルテックスが存在するスポットが点在しているのです。私は午前中にボルテックス・ツアー、午後に市内観光ツアーを予約しました。
実際に使用されている、メディシン・ウィールとラビリンス。
(@Almade Sedona Inn)
プライベートなゴルフリゾートの一画にあるレイチェルズ・ノール
(Rachel’s Knoll)。
入り口のゲートで、「レイチェルズ・ノールに行きたい」と告げれば、
通してくれる。私有地ですが、この場所のみは、故人の遺言で、紆余曲折はあったものの、今では一般解放されており、ここからキャニオンが360度見渡せる。 この景観と空気をただ一握りの人たち〜聖地を破壊してゴルフ場を作った人たち〜だけが享受するなんて・・・。美しいキャニオンとその下に広がるゴルフコースを見て、自分を含めて人間の果てしない欲望と傲慢に思いを馳せざるを得ませんでした。 ボルテックスの境界を視覚で確認できるのは、このように激しくねじれた木の幹。
目に見えないボルテックスをどう感じるかは個人的な感覚、
たぶんにスピリチュアルな感じ方のようです。でも、何も感じなくても、その場のエネルギーは体内に入り込むようなので、パワーはいただけるらしい。私はとにかくこの場所で空気がおいしい、清浄なことに感銘。
どういうパワーかはわからないけど、ノールではない、ある場所で数秒間、頭痛が起こりました。きっとその場に自分に強く共鳴するエネルギーがあったのだと、思います。これは以前、クリスタルとヒーリング・グッズの専門店に入った時、襲ってきた頭痛であり、最近では、御岳山をハイキング中にある地点で起こったものと同じ。友人とその道を歩いていて、ふたりとも同様な状態だったから、頭痛が治まってから「何かのパワーだった??」と話したものでした。
ホーリークロスで見かけたサボテン。高地でがんばってます。
とにかくこのあたり(ホーリークロス)は観光客でいっぱい・・・。
この赤い色は、酸化鉄(Iron Oxide)の色。
いわゆる「鉄錆び」なので、衣服についたら洗っても落ちません。
岩が光を受けてきらきら輝く場合、中にクリスタルの成分が含まれていることが多いのだそうです。
アップタウンで購入した「強さ」を与えてくれるというパワーストーン。
空気が乾燥しているせいか、野菜をたくさん食べたくなりました。
(@Sound Bites Grill) このレストランには2Mx1Mほどの大きなマイケルジャクソンのポスターが飾られてあり、うれしい限り。予約をしたので、窓からレッドロックが見えるよい席でした。翌日のディナーも大盛りサラダに、海老をつけたものにしました。夫は連日お肉をオーダー・・・いかんでしょ。
ベストシーズンは春ということですが、年末もたくさんの観光客でにぎわっていました。日本の方も多く見かけました。インディアンの方の居留地を見学させていただくには、特別な許可がいるそうです。ただ、彼らが経営する、インディアン・カジノにはもちろん出入り自由です。そういえば、ボルテックスのひとつ、エアポートメサと言う場所で、アパッチ族のガイドさんに遭遇しました。私たちのガイドさんと知り合いだったので、夫は知らない間にちゃっかり握手までしていたらしい。
end.
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音楽とアートの旅・魅録
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詳細
2013年〜旅やグルメ、出会い、など記憶に留めたいことを魅録。
コメント(2)
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インディアナポリス から飛んで、シカゴへ。
しかしここを選んだ理由はただひとつ・・・バディガイのお店がホテルのすぐ裏手にあるから。
ということで、着いてそうそうにBUDDYGUY’S LEGENDへ繰り出した。。。
インディアナポリスと雰囲気が一転して、受付はめっちゃ愛想の悪〜い鼻ピアスのお嬢さん。
ウェートレスさんは感じよく、ランチにビールとナチョをオーダー。 演奏していた白人のブルースデュオを聴くうちに、居心地の悪さも落ち着いてきた。ランチタイムはテーブルが6席ほど埋まった程度で、すかすか・・・。
ま、全国ツアー中のバディが来る訳もなく、ここは『行った』という話のネタにするためだから。店内の写真もバチバチ撮り、トイレットルームも拝見。
さすが、几帳面なバディのお店・・・お掃除が行き届いてきれいだったわ。 おおっ、壁にキースのギターが飾ってある。 あれは、ストーンズの「シャインアライト」ツアーにゲスト出演したとき、キースがバディにあげたものに違いない。ほかにマディウォーターズ、サンタナ、エリッククラプトンなどのギターも。。。 夜はジャズ・ショーケースと言うライブハウスに行った。ホテルから歩いて10分ほど。60年以上の歴史を誇る老舗・・・とガイドブックには描かれてある。
これまた愛想の悪い、恰幅のいい黒人のおやじ受付マンに「予約してないけど、席あいてますか??」 と聞くと、今夜はすかすかだからどこでも好きなところに座れ、という。えっ!?と、一抹の不安を覚えながら10ドルのチャージを払い、店内に入ると、ほんと私たちしかいないじゃん!ま、気を取り直して、スコッチ&ソーダをオーダーし、店内を見回すと壁には、ジャズ華やかなりし時代の出演者のポスターが貼られている。デュークエリントン、ディジーギャレスピー、チャーリーパーカー、ハービーハンコック。。。
ほわ〜なんてゴージャスなーー。 なぜかというとね、最初のほう、演奏があってなかったから。 そのうちあってきたけど。もちろんプロですから、うまいです。 でも、私ホーンが好きですから、ちょっと地味だなあ、と。まあ、毎日スターばかりじゃないからね。 で、帰り道、バディのお店を覗くと、なんとまあ立ち見客でごった返し、賑やかな!だった。
出演者はデーブ・スペクターというブルースシンガー。
ところで、バディは11月にカリフォルニア州のサンタローザ市にくるので、コンサートにゆく。バディのライブはほんと楽しいからね。今回は一階フロア11番目。前回は4階席の一番前。バディは途中、真下に見下ろせるところまで客席に来てくれて、声も届く距離・・・しかし声をかける勇気はなかったな・・・。
さて、翌日は市内観光と建築クルーズ。人気ツアーだからオンラインで予約入れて、前日にもホテルピックアップの確認電話を入れた。・・・なのに、予定時間10分過ぎても来ないし。電話は随分前からかけてるんだけど、ダウンしてるし。ほんっと、あてにならないんだから。時間にうるさい日本人としてはぷんぷん、なんだからあ。 まあ、こちらのツアーは、時間がルーズなのは覚悟のうえ。しかし置いてゆかれてもなんだから、自前(タクシー)で集合場所まで行く。
ツアー自体はとてもよかった!ガイドさんも丁寧で聞き取りやすかった。
ミシガン湖に沿って南に下り、シカゴ大学内の建築を見て歩き、車中からは
オバマ大統領の家を見学。高級住宅地です、もちろん。1ブロック閉鎖され、2台のセキュリティーが24時間体制で警備。・・・なので、バスから降りて、オバマさん家の庭の草を記念に一本むしるとか、はできないのでした。 そのあとは、シカゴ川の建築クルーズ。壮大なスカイスクレーパー、古い工場、川沿いに建つ見られることを意識したアパートなど。またニューヨークとは違った趣の歴史的な大都会。シカゴ二アンはとっても誇りをもっているみたい。モダン、アールデコ、ポストモダン、最新テクの高層ビル、など。郊外にゆけば、かわいいビクトリアンスタイルやシンプルなプレーリー、シングルスタイル〔例:フランク・ロイド・ライトの自宅&ホームスタジオ〕などの家屋を見ることができる。
この日、ツアーは11:30出発だったから、朝は近くのグラントパークを散策。お目当てはリンカーンの像と、バッキンガム噴水。はい、リンカーンがなぜここに?・・・というのは、彼はイリノイ州の州都スプリングフィールドの住民だったから。1837年あたりに移転し、大統領就任のためワシントンに向かったのも、(1861年、2月11日)、スプリングフィールドの駅だった。イリノイ州がどれだけ誇りにしているかがわかる。
翌日は飛行機が午後4時発なので、午前中シカゴの誇るスーパースター、
フランクロイドライトの自宅&スタジオ〔シカゴ郊外のオークパーク市にある〕のガイドツアーに参加。ロイド財団が管理していて、人気ツアーなので、事前にオンラインでチケットを購入するのが確実。一時間あまり家族の住んだ家と棟続きのスタジオを見学。入場料15ドルと写真撮影代として別途5ドル。浮世絵に魅せられ、日本建築の影響がいろんなところで見られる。 膨大な浮世絵コレクションは当時金庫室で保管されていたそうな。 やはりツアリストはたくさん来ていた。 シカゴの大建築を見て、すっかり目が肥えたので、わが町に帰ってきて、やっぱり田舎なのを実感。学生さんが多い大学の町で、気がつけば、私もジャージ姿でスーパーマーケットに行ってたりする。たまにはしゃきっと、大都会に出たいものですわ。
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インディアナポリスは9月に入ったというのに、30度を越す気温、湿度も高く、陽射しも強かった。緑深い土地。地元の人は、目が合えばにっこりしてくれて、なんとも人懐っこくて、温かいウェルカムに満ちた土地柄でしたね。
歴史のある土地。 散策してきたホワイトリバーステートパークには、1820年ヨーロッパからの移民が建てた最初の小屋の跡地があって、記念碑がたっている。
リンカーンが演説した縁の場所には記念のプレート。これは1861年、2月11日、大統領就任のためワシントンに向かう途中。インディアナポリス市の、ワシントン通りとミズーリー通りの交差点で、市民に向かって演説した一節。
多々あるミュージアムの中で私が行ったのは、先住民の文化をテーマにしたアイテルジョーグ美術館。
歴史を記したパネルや暮らし、工芸品、絵画など興味深く、一通り見るのに3時間。館内は個人ギャラリーを除き、写真撮影できる。
見に来てね・・・といいたげな酋長。 さて、もう珍しくはないハードロックカフェですが、私はやはり機会があれば訪れたいところです。お昼時、割と空いていた店内。すごく感じのよい黒人のウェートレスさんに『マイケルジャクソンの展示はありますか?』と聞くと、「あの奥の部屋が丸ごとマイケルです」という。行ってみると、お客さんは誰もおらず、部屋を独り占め。おかげで、パネルをじっくり読んだり、写真を撮りまくったり、バッドツアーのステージで使用した靴などを思う存分眺めることができましたわ。店内の撮影は可。
バッドツアーのステージで使用したブーツ。本人から直接入手したものだって。
ハリウッドの足型もそうだったけど、やっぱりそんなに大きくないね。
MJ手書きのバッド歌詞。これ、マイケルじゃないの!とすぐ認識出るような個性的なハンドライティングはおなじみ。
ジェニファーバッテンのツアーギター。マイケルサイン入り。
精悍な頃のジャクソンズ。マイケル、やっぱりかっこいいね! チトは画面に入りきれなくてごめんなさい。 ゲイリー市も近い! MJの聖地、ゲイリー市はここから車でおよそ2時間20分。
ミシガン湖に面した鉄鋼の町。シカゴまでは車で40分の近さなんですね。
〔地図ではAがインディアナポリス、Bがゲイリー〕 ゲイリー市の北西にシカゴがあります。 いってみたいレストランが一杯。
新鮮でおいしい食材を使った料理が楽しめる。
夫と私は、ブラジリアン・ステーキのレストランが大好き。ウェイターが串に刺した焼きたてのお肉を持ってテーブルにきてくれる。
満腹したらコースターを裏返しておけばいい。なぜか西海岸にはないので、楽しみにしていた。 ここのチーズパンが絶品で手がとまらない。それとなにげによく冷えたステラビールがおいしかった。 ホワイトリバーステートパークにあります。 * My 備忘録
Indianapolis Downtown Marriott 9/8−9/10
FAGODE CHAO
EiteljorgMuseum of American Indian and Western Art, 会食@PALOMINO 9/9
Banquet@St Elmo steak house 9/10
ChicagoHilton Chicago 9/11−9/13
Lunch@Buddy Guy’s Legend,
Live @Jazz Showcase, 9/11
Greyhoundcity south tour & Chicago River tour@11:30, 9/12
FLWHome and Studio Interior tour@11:30, 9/13
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草間彌生 展 「永遠の永遠の永遠」 〜 大分市美術館
9・2・13(月) 帰郷の折、ちょうど開催中だったので、小雨の中、足を運んだ。市街や別府湾を見下ろす丘の一画にある、大分市美術館。
混雑が予想されるので、開館10時を待って入館。
オーディオガイドは必須アイテム。 作品の解説のほか、ご本人の詩の朗読、歌、インタビューが聴けます。 80歳を過ぎてなお、作品を描きつづけている・・・という事実に圧倒される。。。会場に点在するオブジェや、
〔チューリップに愛をこめて、永遠に祈る〕部屋(2011)は写真撮影可。
鮮やかな色彩の最新シリーズ「わが永遠の魂」(2009〜)は200点を越すそうだが、そのうち54点を展示。ポップな色使いの作品は、テキスタイルにしたい、と思いながら鑑賞。
「愛はとこしえ」(2004〜2007)シリーズは『白いキャンバスに黒マーカーで描いたものを、シルクスクリーンに落とし込んだ』版画作品。
展示作品の中に、自画像3点があり(2011年作)、下記のようにタイトルがつけられていて、ことのほか興味深いものだったので、
感想を下記に記しました。
➀ 青春を前にした我が自画像
➁ 青い目の異国で
➂ 神をみつめていたわたし
➀ は、幻覚に苦しんでいた10代の頃でしょう。顔は斑点がびっしりと覆いわれ、うつろな目。たしか瞳にはグラスが埋め込まれていた、と記憶。着ている服は網目模様。ポートレートの周りにはオーラのような大小の黒い水玉。全体がグレーと黒の中で、オーラに混じる、かすかなブルーグリーンやマゼンタ。これは天使の色。彼女には天使の気配が見えていたのでしょうか。
➁ は海外で活動し評価を受けていた頃。ブルーの瞳、まっすぐ引かれたルージュが意思強さを感じさせる。構図がおもしろくて、顔がツボとかグラスとかに見える。
➂ は、目はくっきり見開き、何かを見つめて瞳のフォーカスが定まっている。ルージュに彩られた口角はくっと上がり、髪は勢いよくカールされ、喜びが伝わってくる。顔の覆う斑点はごく薄い色で、遠めにはわからない。カールの中の水玉パターンはポップでかわいさすら感じる。
〔魂の灯〕は光と空間のインスタレーション。
係りの人によってドアが開けられ、一歩部屋に入ればびっくり。。。
暗闇にあふれる光! 『壁と天井にミラーを張り、床にはうっすらと水を張ってある、そして天井から発光ダイオードを吊り下げ、明滅させている』ということで、まるで永遠に続いているかのような暗闇の空間に無数の明かりが点滅・・・しているかのような錯覚。。。
・・・しかし、色が変わっていくイルミネーションに魅せられ、うっとりしていたら、ドアは無情にも開けられ、退出を促される・・・。
作品は『宇宙の無限性』を表現したもの、だそうです。
ちょうど動画にアップされていた学芸員さんのお話をまとめますと・・・
この解説は音声ガイドでも聞くことできる。
私は聞きながら、マイケルジャクソンのことを思い出した。
マイコーも永遠に残ることを願っていたなー、と。
怖いものを敢えて描き、自身をその中に置く・・・というのも、
マイコーの作品に頻繁に見られるもの。芸術家は強いのだ。
1929年、長野県松本市生まれ。
植物に囲まれてそれらをスケッチしながら育った。
しだいに「自分の感覚が周りの人と違う」ことに気づいていった。
幻覚―周りのものが水玉や網目に見える―が芸術の原点。
日々襲いかかる幻覚の恐怖から逃れるために、
そのイメージを紙に書き留めるようになった。
30歳頃ニューヨークに活動の拠点を移す。
現代芸術の最先端の表現である、との世界的注目を集める。
・・・以上は、会場に掲げてあるやよい年譜にも書かれてあります。
会場をあとにして、ピンク色がとても美しくやさしく感じられたものです。。。
*『 』内の記述は以下を参照。http://www.youtube.com/watch?v=mrQH5-nUAMU
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MJがよく訪れた店が立ち並ぶ一画、メルローズ通り。東京の原宿、という趣。
たとえば、モイストはMJが服をよく購入したメンズブティック。
オフザウォール・アンティークショップは現在クローズされてます。
店名はアルバムより先に存在。
スリラーのSF試写会にはリムジン付でオーナー夫妻を招待したそうです。
ウェストレイク・レコーディングスタジオ(A&B)。 西ハリウッド ビバリー通りにあります。 Qさま、MJ、テンパートンの3人がスリラーをレコーディングしたときのエピソードが浮かびます・・・。番地のみの外観で、マジックミラーの壁。
ガイドさんがコールボタンでスタッフの方を呼び出すと。。。いつもはロビーにいれてくれる、らしいけど、この日は「大物アーティスト」がレコーディング中ということで、入れませんでした。写真だけ撮らせてもらったけど。
ドアから見えたリビングの壁にかかったプレートに、“Q”サインを発見。
クインシーのメッセージボードでした
ガイドさんはサイーダと会ってお話したことがあり、とても感じのいい人だったそうです。7月28日、東京のブルーノートでは、クインシーを迎え、
80歳を祝うライブパーティが行われます。
(@E)
ここで、ミニ・英語講座。
Q さまコメントは・・・
WESTLAKE GIVES GREAT DOWN TIME
・・・と描いてあります。 さて、どういう意味かしら・・・Qさまお得意のジョーク??
後日ネイティヴのEさんに尋ねました。彼女がスタジオに電話して問い合わせたところ、スタッフさんが解釈するには、「ウェストレークですばらしいレコーディングセッションが出来たよ。」という意味ではないか、とのこと。音楽業界のスラングで、To Get Down というのは、Really “Jam” と言う意味で、集中して音楽つくりに精を出すこと。一般的には、“Let’s get down to work” と使い、まじめに仕事しようぜ、と言う感じ。
一般的なスラングでDowntime というのは、休憩や休暇を意味。
だから、 “Our down time is between 10 am and noon” (10時からお昼までは暇です)といった使い方をします。ですから、この2つの意味を合わせて、言葉遊びみたいな感覚で、忙しい環境から離れて、こころゆくまで音楽つくりに集中できたよ、という意味がこめられている、とのことでした。
疲れて横になりたいときは、I am taking down for a while.(ちょっと休むね)
音楽業界のスラングは一般人がわからない言い回しもあります。
たとえば、MJのモンスター。歌詞、The letter is about to fall ・・・は、Something bad will occur の意味です。この部分は特殊な業界スラングだったので、職場の同僚に聞いても、意味がわからない、ということがありました。
話を戻して、MJが女性 (リサマリーとかマドンナ) と連れ立って食事していたのは、セレブ御用達の高級レストラン・アイビー。その先にビバリーヒルズホテル(エリザベスと食事をした高級ホテル)があり、ビバリーヒルズ高級住宅地へと続きます。”高級”のオンパレードですが、見られることを意識した豪邸が立ち並び、そのお庭を見るのも楽しいものでした。
ミックジャガーが一時住んだ家は、今売り出し中で、同じ並びにマイケルが最後に住んだ家、ホームビーヒルズがあります
レントは1000万円・・・Hee〜。 すでに入居者はいるようで、バンドの音楽が流れ、なにかパーティをしているようでした。真向かいのおうちはプレスリーが晩年住んだ家。塀の隙間から覗くと(!)テニスコートもある大きな邸宅でした。
ホームビーの家の裏門。 救急車はここから左手 そのルートを辿って、UCLA大学病院まで。ロスの国際空港に到着したのは7時半でした。
夕刻になってから雨が落ち始めたけど、この季節、カリフォルニアは9時過ぎまで明るい。LAの町にはMJの生活の痕跡がしっかりと刻まれているようでした。。。町を挙げてクリーンアップ作戦を実践しているせいもあるのでしょうが、 数年前に描かれたMJの壁画があんなにきれいに保たれているなんて・・・
驚くとともに、感激しました。
帰宅は深夜1時過ぎ。
写真の整理などして、しばらくほわ〜と、旅の余韻は続いたものでした。
(End)
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