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FOREVER, MICHAEL

マイケルジャクソンの音楽とアート。ジャズ・ロック・ブルースなど黒人音楽の歴史とライブ魅録。

書庫90年代のMJ

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MJは映画を作りたい、と常々公言していた。しかしEO撮影後、ハリウッド映画としては結局一本も残さなかった。何故だろう・・・? その疑問に答えるような、、ラスティ・レモランドさんの談話 があった。 彼はEOの制作陣のひとりで、25年来の友人だという。
インタビューによれば、主な理由は二つあるようだ。
マイケルは自身の映画会社をソニー・コロンビア内に作ったが、例によって、たくさんの人がからむ大掛かりな組織となった。90年代にいくつかの映画制作にサインをしたものの、本人は結局なにひとつ実現することができなかった。 
大物すぎるがゆえの結果ということか・・・。MJという「金のなる木」 にわれも、われもと群がり、組織に名を連ねることで利益を掠め取る、という構図が浮かぶね。人が多くなるほど、ポリティクスが根を張る。自分に利するべく情報を抱え込むゲートキーパーも多くいたことでしょう。 まるでネバーランドの運営のように、各部門がばらばらで、組織として物事がスムーズに進行しなかった、というのは大いに想像できる。
二番目の理由は、彼のキャリアに大きな影を落とした、93年のチャンドラー事件。ニュースを聞いたハリウッドのプロダクションはびびり、潮がひくようにMJから遠のいていった。それは巨額の投資と株主への配慮からであり、MJを見たいと思う観客が(このスキャンダルによって)いまだ存在するのか、不確かだったから・・・。 

当時MJがサインした企画のひとつが、ANGELS WITH DIRTY FACES  のリメーク。オリジナルは1938年のギャングと牧師の友情物語。
もしかしたら制作出演していたかもしれない・・・と思うと、どんな映画なのか見たくなり、レンタル宅配CDをオーダー。。。古い映画だけど、これがあったのよ。
見終わって・・・。

1.ダーティヒーローを演じた主役のジェームズ・キャグニーはダンサー。
2.30〜40年代のクールなダンディズム。
3.「神様と僕だけは君の真実の姿を知っている」という牧師のせりふ。
 
以上が印象に残りました。
キャグニーはダンサーとしても役者としてもとても評価が高いそうです。
キャグニーのテーブルダンス。

THEY DON’T CARE ABOUT US  のSF(囚人バージョン)。

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映画の終盤、キャグニーが警察に追われ、階段を上って逃げるシーンはスムクリと重なる。

(え〜っと、あまりに可愛かったもので・・・。)
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ギャングなMJ:

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メーク中のMJは無防備な子どもみたいだね。

2.  プロット: 
イメージ 1二人は幼馴染。ギャングはダーティー・ヒーロー。新聞のトップページを賑わし、刑務所から出ると、ギャング予備軍の少年たちが集まってくる。牧師はそんな子どもたちを矯正させる活動をしている。でも悪の根から絶たねば問題は解決しない、と犯罪組織撲滅キャンペーンを始める。 
組織はそんな牧師を疎んじ、抹殺しようとする。ギャングは牧師の命を守るため、殺人を犯してしまう。そのため捕まり死刑判決を受ける。
最後までクールに、ダーティ・ヒーローとして生きようとする彼のもとへ、牧師が訪れる。「最後に、うろたえ恐れおののいた姿をさらしてくれ。子どもたちが君の生き様にあこがれないように。」という。冗談じゃない、そんなことできるか、と一蹴するギャング。しかし刑の執行の日、どたんばで彼は気持ちを変え、「無様な姿」を演じたのであった。
悪徳弁護士がボギー(ハンフリー・ボガード)。キャグニーとボギーはよく共演したそうです。
 
雑誌バイブで初めて披露したマイケル・ジャクソンのレアなヒップホップファッション。その写真撮影の様子をレポートしたニュースビデオがあった。場所はネバーランドランチ。撮影は1995年5月。ヒストリーのリリースが6月に予定され、そのプロモーション活動のひとつでもあります。リサマリーとの結婚1年めのアニバーサリーも迎えていた時期。
親友キダーダとの再会。。。マイコーがこの時期あまたある表紙撮影の依頼の中からバイブ(*) のオファーを選んだのは、ひとえに彼女の存在があったから。クインシーの愛娘の一人で、女優の元妻ペギーリプトンとの長女。彼女が12、3歳のときから親友。毎晩のように電話で1時間も話したくらい気が合ったそうです。。。

撮影時。ネバーランドランチの一画でキダーダの横に寝そべるマイコー(0:38)。 この顔!・・・すごくリラックスしてますね。 この雑誌夏の号で初めてヒップポップなファッションを披露したわけですけども、服を選んだのも、コーディネートも全部キダーダ。マイコーは彼女を信頼してお任せ状態だったそうです。ビデオのなかで、てきぱきとマイコーに着せる洋服を用意してます。写真撮りでは彼女がポーズを決め、スタイリングをしました。使用した服や靴はアメリカのカジュアルウェア、トミー・ヒルフィガーや、ディーゼル、アディダス、カール・クナイなど。
ネバーランドを訪れた一行の中には、女優のナスターシャ・キンスキーの姿も。この当時Qさまのパートナーで、彼女との間にもやはりお嬢さんがいます。
見てください。。。Qさまとのハグシーン!(0:35)。この二人が仕事仲間だったころ、いつもべたっとくっついてましたね。とっても濃いハグシーンもままみられました。
さて、取材クルーや撮影隊がランチ内を案内され、動物たちにご対面したあとは、大事な写真撮影が待ってます。ボスのQさま自らが陣頭指揮をとって進めます。ビデオのインタビューでQさまは次のように語ってます。
「表紙はこれまでの中でも最高にいい出来ばえだと思います。きれいでしょう? 世界的なスター、僕たちとはまったく違う世界にいるスターをよく捉えていると思います。マイコーは撮影の現場でキダーダを信頼しているから、と言ってました。彼女が薦めるものはなんでもトライしてみるといったんですよ。」
キダーダはマイコーの肩幅が広く、骨格や容姿が美しいので、ヒップホップファッションがよく似合うと言ってます。「マイコーはこのファッションを着るにあたり、何か困惑してましたか?」との問いに、「まったくないですね。すごく喜んで試してました。」
「あなたが選んで持ってきた服でこの色はいやだ、とかありませんでしたか?」「いいえ、まったく。私を信頼して全てまかせてくれました。」(マイコーは興味深々だったね。とQパパが横から口を出す) マイコーは表紙のできばえもファッションも気に入った、ということです。最後に、集合写真撮影にも気持ちよく応じてくれたマイコー。レポーターの女性が「ここはパラダイスですね。」というと、「どうぞいつでも遊びに来てください」と親切な言葉をかけるマイコーでした。
 
(*) バイブ。Qさまが主催するヒップホップ・カルチャー&音楽雑誌。


虹の国:マンデラとMJ

モーガン・フリーマンから映画インビクタスへ。そしてマンデラ元大統領にたどり着きました。いつか調べたいと思っていたマイケル・ジャクソンとマンデラの交流が今回のテーマ。

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キング・オブ・ポップは僕にインスピレーションと力を与えてくれた−こう語ったのはネルソン・マンデラ元大統領。1980年代。先の見えない獄中生活で、マイケルジャクソンの生き方に勇気づけられ、自分の気持ちを落ち着かせることができた。グループを離れソロになることはとても勇気がいっただろう。マイケルにその勇気があったのだから、自分もその意思強さをもたなくてはならない、そう言い聞かせたのだという。(Jewish World Review March 30, 2005
イメージ 1  1996年7月18日。マイケルは南アフリカのヨハネスブルク空港に到着。200人のファンに歓迎される。マンデラ大統領(1918−: 在任1994−1999)の私的な誕生日パーティに参加するため。マンデラは握手をしようか、ハグしようか迷うマイケルをすぐさま抱き寄せた。その後、ソウェト(ヨハネスブルク南西にある旧黒人居住区)から若者約400人が押しかけた。マイケルは彼らに向けて、「故郷に帰ってこれてうれしいよ」と声明を送る。そしてその日のうちにソウェトに赴き、メモリアルに花輪を捧げた。 (エイドリアン)
ソウェトの町(2007年時点)

アパルトヘイト政策下の1976年にここで暴動がおこり数百人の黒人が警察に射殺された。

ソウェトの蜂起: 反アパルトヘイトへの国際世論と注目を高めるきっかけとなった事件:ソウェト・ゴスペル・クワイア日本ファンクラブのサイトにリンクさせていただいてます。) 


マンデラは1944年にアフリカン・ナショナル・コングレス(ANC)に参加。反アパルトヘイト活動を支援。1961年に労働者をストライキに導いたこと、不法出国などの罪で逮捕される。その後の裁判でANCで活動中、暴力や破壊行動を計画し、正当化して使用した罪状も問われる。そのためアメリカなどはANCをテロリストとみなし、2008年まで(特例はあれど)メンバーの国内への入国を認めなかった。しかしながらANCは白人警察によるシャープビルの虐殺事件 が起こるまでは、平和裏に活動をしていた、と主張。この事件などをきっかけに、政府は国家緊急宣言を出し、ANCの活動を禁止し、マンデラたち指導者に抵抗運動はサボタージュのみに限ることを通告。それは彼らにとって無条件降伏に等しいものであった。マンデラは裁判の自己弁論で以下のように締めくくった。
〜 生涯を通してアフリカの人々の苦難のために身を捧げた。白人支配と戦い、黒人を支配する(劣等意識)とも戦ってきた。わたしは民主主義と自由な社会という理念を愛する。その中で人々はともに仲良く暮らし、同等の機会を得ることができる。その理想のために私は生き延び、それを成就させたいと思う。でももし必要なら、その理念のためにいつでもこの身を投げ出す覚悟だ。〜
獄中では厳しい労働に従事し、一方でロンドンの大学のエクステンション・プログラムで法律の学士号を取得。ソウェト蜂起以来、反アパルトヘイトへの国際世論は高まり、1980年代、南アは各国から厳しい経済制裁や政治的圧力を受けるに至る。89年大統領に就任したデクラークは、そういう状況を鑑み、ANCの活動禁止を撤回し、マンデラの釈放を表明。1990年2月に釈放されたマンデラはその足で演説を行った。白人支配層との平和的和解を図ることを約束。しかし一方でANCの武力による戦いも終わってないことを表明。アパルトヘイトの暴力に対する純粋な抵抗運動であるから、と。武力闘争が必要とされないよう、交渉による(平和的)解決を期するものである、とも。
政府はその後順次アパルトヘイトの法律を撤廃し(1991)、それに伴い、オリンピックなど国際舞台へも復帰(1992)。1993年には、マンデラとデクラーク大統領はともにノーベル平和賞を受賞。1994年4月の民主的な選挙で、南アで初めての黒人大統領が生まれた。5月10日の就任演説より。
〜 私たちは全国民、黒人も白人も、力を合わせて、背筋を伸ばして歩き、何も恐れず、なにものにも人間の尊厳を奪われることのない、そんな社会を作ろう。 われわれのみならず、世界が平和になるような、そんな 『虹の国』 レインボー・ネーションを作ろう。(*) 〜
 マンデラの歌 〜 ASIMBONANGA:
ソウェト関連の本を検索していたら、ソウェト・ゴスペル・クワイアの日本コンサートの感想を書かれた、shinkaiさんの記事に出会った (GOSPEL SOUP 〜小耳にゴスペル)。   アフリカンゴスペルを通して、南アフリカの歴史、アパルトヘイトを考察されている。こちらでこのゴスペルグループが「マンデラの歌」を歌っていることを知った。 ASIMBONANGAという歌。 この歌の意味・解説はshinkaiさんの記事までどうぞ。
  マイケルは1997年のヒストリーワールドツアー(セカンドレッグ)で、10月4日から15日(ツアー最終日)にかけて5回のコンサートを南アで行った。
このときステージに参加したのが、ソウェトのゴスペルグループ。この指揮を取っていたのがデイヴィッド・ムロヴェッヅィという人で、後にソウェト・ゴスペル・クワイアを組織する音楽監督だそうです。以上の情報は、ソウェト・ゴスペル・クワイア日本ファンクラブを立ち上げ、同ホームページを運営されているshogoさんにいただきました。(こちらのサイトにはクワイアのアルバムや歌詞紹介、南アの歴史、チャリティーなどの情報が掲載されてます。)

1998年7月19日。マイケルはマンデラの80歳のバースデー兼結婚式(マンデラさん、これで3回目!?)に2000人のゲストの一人として招待される。
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1999年9月4日には、南アのサンシティ市で開催された、KORA ALLAFRICAN MUSIC AWARDSで、ライフタイム・アチーブメント賞を受賞。マイケルはコンサートの売り上げ(**)を『ネルソン・マンデラ子供基金』に寄付。プレゼンター役だったマンデラにその小切手を手渡した。
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2000年代の二人の交流はまだ調べてないけど、マンデラ氏は現在92歳。闘病中ながらもご健在でマイケルのメモリアルにあたっては哀悼の声明文をだした。2010年6月のFIFAワールドカップ南アフリカ大会では閉会式に出席。このワールドカップで南アはグループリーグで敗退したものの、メキシコ戦でゴールを決めたソウェト出身のチャパララ選手のエピソードが光る。(日テレニュース24)
 
(*) 原文:  We enter into a covenant that we shall build the society in which all South Africans, both black and white, will be able to walk tall, without any fear in their hearts, assured of their inalienable right to human dignity – a rainbow nation at peace with itself and the world. (就任演説の一部)

(**) 同年6月25日と27日に行われた、『マイケルジャクソンと仲間たち』コンサートの収益。ソウルとミュンヘンでそれぞれ行われた。
 
最近我が家でブームになっている役者、モーガン・フリーマン (1937−)。 (何度も仮出所を退けられる)囚人、(無学の)お抱え運転手、(微妙な悪徳)科学者、(なんとなく良心的な)ヒットマン、(あまりやる気のなさそうな)弁護士、(コミカルな)泥棒、ネルソンマンデラ大統領などなどあらゆる役をこなす。どんな人物を演じても、渋くてかっこよくてユーモアがあってとにかくクール。そしてにじみ出る暖かい人間性と知性。いつもフリーマンの映画を見終わると 「まいったねー」といいながら頭を振ってしまうのが常。そんな素敵な役者を映画を愛するマイケル・ジャクソンが注目しないはずはない・・・と思い、ふたりが出会う機会がなかったか、検索した。
ビンゴ〜あった〜!!
時は遡って1995年6月22日。LAのシュラインオーディトリアムで行われたVH-1アワードの授賞式。マイケルはその人道的支援に対し、賞を送られた。(エイドリアン:p.180) そしてそのプレゼンター役がモーガン・フリーマンであった。その前にBOYZ II MENHEAL THE WORLD, WE ARE THE WORLDを歌い、マイケルも最後のコーラス参加。歌が終わると、マイケルはフリーマンに向かって歩いてゆく。(うわ、どきどき・・・) そして握手を交わす。(やった〜私的に歴史的瞬間だわー。) 

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それからマイケルはモーガンを指差しして、
I’M A BIG FAN.
そしてモーガンもマイケルを指差し、
I’M A BIG FAN!
(わたくし、このシーンには気絶しそうになりました。。。) それから歓声のなか、モーガンの「おめでとうスピーチ」とマイケルの「サンキュースピーチ」が続きます。(*)オリジナルは下に掲載。
モーガン: VH1は今回あらたに「KING OF POP 特別国際名誉賞」を創設しました。今後将来にわたって、世界的規模で人道支援を行ったアーティストに送られます。初回はマイケル本人に授与されました。おめでとう。
マイケル: (モーガンを指し) 僕は大ファンなんです。彼は才能に溢れる人。本当にそう思います。ありがとう、モーガン。・・・最近の国連の報告によれば、もし発展途上国のこどもたちにビタミンAの錠剤を年に3回与えることができたら、百万から3百万の命が助かるそうです。こどもひとりにつきたったの6セントなのです。だから僕たちは一緒になって世界を救っていかなくてはなりません。この美しい地球を愛と喜びで包んで皆で分かち合えるように。・・・
役者としてのフリーマンは既に2回アカデミー賞ベストアクターにノミネートされた。「ドライビング・ミス・デイジー」(1989)と「ショーシャンク・リデンプション」 (1994)。でも実際賞を取ったのはクリント・イーストウッド監督・主演のMILLION DOLLAR BABY(2004)で助演男優賞のみ。今年のアカデミーでは「INVICTUS」(2009;イーストウッド監督)でマンデラ大統領を演じ、やはりベストアクターにノミネートされたのは記憶に新しい。。。

(*)
Michael: I'm a big fan.

Morgan Freeman: I'm a big fan.

Michael…Listen...

On behalf of VH1 we'd like to present this award to you for the work you have done over the years. Performing in charity and in addition - listen to this now - VH1 is proud to announce the creation of a special VH1 International Honors Award for the King of Pop which will be presented in future to artists with their world wide charitable work following in the footsteps of yourself. Congratulations!


Michael: I'm a major fan, he's a phenomenon. I mean it. Thank you.

Thank you, Morgan. Thank you VH1,thank you for this honor. Thank you all my friends and fans for your love and support. You've given me so much, it allowed me to take some of that love and pass it on to those people whose problems in this world need and deserve our help. A perfect example is the recent U.N. announcement that 1 to 3 million lives could be saved if Third World children were given a vitamin A pill three times a year. Cost per child is just six cents, that's all. So we must join together in healing the world so we can share this beautiful planet in joy and love. I love you very much.





ネバーランド動画でトリップしてましたところ、次のクリップに行き着きました。
「リサマリー、嫌いよっ」という方や「キーっ。ふたりとももっと離れて頂戴」とジェラスする方は、スルーしてください。これは1995年4月にネバーランドで開催された 「世界子供会議」に選ばれ招待された子供たちを二人が暖かく出迎えるというシーン。

もちろん多くの報道陣に囲まれてはいますが、セキュリティとかへばりついてなくて、
「マイケルが普通に歩いている」
というシーンがとても新鮮だったんです。いくら大好きなこどもたちとはいえ、初対面。さっそくグラスをかけ、目を隠す。もうテレテレで緊張気味。リサの手をしっかり握り、落ち着かない風で顔に手をやったり。握手求められても視線をはずすし・・・。本当に恥ずかしげ。マイケルの左隣の女の子、「手をつないでくれないかな〜」と期待の表情。マイケルの左手をちらちら見ます。あーでも、マイケルったら。左手をズボンのポケットにいれちゃいましたね。残念・・・。
これは1995年4月18−20日に開催されたヒール・ザ・ワールド財団(以下HTWF)主催のイベント。17カ国46人の子供たちがネバーランドに招待された。3日間のセミナーとワークショップが行われた。(エイドリアンp.179
1992年にたちあげられたHTWプロジェクト。 現在活動はどうなっているのでしょう・・・?
このMJHTW財団は、ウェブサイトもなく現在の活動の実態がよくわかりません。2002年会計報告を怠ってから活動休止というニュースもあります。ところが、同じ財団名を使った MJとは無関係の“偽の”  HTWウェブサイトが登場。MJ エステートはこのサイトの管理人メリッサ・ジョンソンに対し「マイケルと関連があるように装い、寄付を募りファンに商品を買わせようとした」として、訴訟を起こしていました。
4・27付けのTMZ.comによれば、
連邦の地方裁判所はジョンソンにマイケルの名前や写真などの利用差し止めを命じた。彼女はMJにかかわる40品目もの商標を登録しようとしていた。ジョンソンのウェブサイトは「MJと関係があるかのように装い消費者を騙すものである」と判断。MJのHTWFはしかしここ何年も活動休止状態であった。
とあります。
このジョンソン嬢。「生前のマイケルと交渉中であった」と以前サイトで言訳してました。おっと、今改めてアクセスしたらこのコメント削除されてた!今日現在もサイトは存続。寄付の募集は続いてるけどチャリティーオークションや商品の販売はなくなっている。 
ABOUT US〉のリンクにはかれらがHEAL THE WORLD FOUNDATION の会社名と米国での商標を保持している、と書かれている。本家の商標はなんらかの原因で失効したのだろうか。オリジナルのロゴは商標侵害だと指摘されたためさすがに利用を止めたようで・・・でも新しい彼らのロゴはオリジナルに激似。
さらに “mj” を使用したドメインも登録しようとしてたらしい。これも消費者に誤解を招くとしてコンピューター関連の法律に違反する、と審判が下った。
ランディ弟は6月CNNなどのニュースソースに兄の遺志を継ぎ、「HTWプロジェクトを引き継いだ」と過去形で述べてますが、準備中なのかまだ具体的な活動情報やサイトもないようです。ランディ弟のツィッターフォロワーの方、いらしたら教えて欲しいです。。。。(いないだろうな)

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