「踊りながらこの世を離れるのよ」というラトーヤの言葉で、マイケルの足元はダンスシューズをあしらうことにした。でも、バッドツアーのあと、マイケルがくれたダンスシューズはいまや形見となり、マイケルの一部のようで、とても手放せるものではなかったから、新しい革靴(Florsheims)を買い、新品のダンスシューズを作った。
ラメの手袋はビリージーンを踊るときだけのもの。その代わりに、ラストツアーのオープニングで着用する予定だった合成樹脂の脛当てを添えた。
最期の衣装。
最初のショーが数週間後に迫っていた、
2009年6月25日。
夜中の1時までリハは続き、終わると、ブッシュ氏はディレクターズチェアーに座り込んでいたMJをタオルでぬぐい、濡れたシャツを着替えさせた。
MJはブッシュ氏が何も言わなくても、習慣的にたちあがり、シャツを脱がせた。
“・・・彼はどれほど私の人生をひっくり返し、変えたことか。実際のところ、彼がそれをどこまでわかっていたのか、定かではない。『最高に幸運なお針子にしてくれたね。』マイケルは僕をまっすぐ見つめ、ぐっと抱きしめ、『違うよ、ブッシュ。君が、僕の人生を変えてくれたんだ。ありがとう』と答えてくれた。
儀式のように、僕はマイケルと連れ立って歩き、車のところまで送り、タオルを渡し、彼の革靴は自分の家に持ち帰った。” (p. 190)
2005年の裁判。14週間ずっと毎日衣装を担当していたブッシュ氏は、MJの鋭気がだんだんと失れてゆくのを目の当たりにした。 “彼の罪は、人間は生まれながら善である、と信じていたことだけ・・・”とブッシュ氏は明記している。
もはや大好きなジッパーを上げ下げして、ガムをくちゃくちゃ噛むことをしなくなった。(マイケルはこの癖でブッシュさんをいらいらさせた!)以前の友人を失ったようで、寂しく思った。
それから時がたち、2009年。マイケルから、以前のような暗号めいた電話を受け取った。『マイケルはツアーに戻ります。来て下さい。あなたが必要です。』と電話の向こうで声が流れた。
This Is It ツアーの衣装デザイナーは複数いた。
ブッシュ+トンプキン氏が担当するのはライブの数曲。
・・・だけど、それ以外に彼らは自らプランBを準備していた!
それは、他のデザイナーが作った衣装がダンスと相性が悪かったときに備えたものだった。重かったり、動きを邪魔したり、オーナメントが肌を傷つけたり・・・。
25年のキャリアとプライドはあらゆるアクシデントを想定していた、ということですね。MJは仮縫いが大嫌いで、時間の無駄だといい、完成するまで腕を通すことはなかった、というから、衣装リハでは何が起こるかわからない。
結局、ステージであれこれ世話をするのは、自然にブッシュ氏の役目となった。
ブッシュ氏がステージでMJの着替えをする習慣は、デンジャラスツアーから始まった。
『・・・僕が更衣室にいるときって、観客がどうしているかわからないよね。僕はステージにいないんだから。ブッシュ、君がステージに来て、僕の服を取り替えてくれたらいいんだよ』 (p.122)と、人前が苦手で本気で嫌がるブッシュさんに無理強いした。
ジャケットを手に持ち、タオルを口に咥え、ソーイングセットをズボンのポケットに入れ、スポットライトの外で待機するブッシュ氏。マイケルは突然ステージ上で彼を紹介したのだった。そしてMJは床にころがらんばかりに、身体を折り曲げて大笑い・・・(←魔王キャラ全開)。ブッシュ氏はショーが終わって不機嫌、しばらくMJとの会話を避けた。 閉口したマイケルは、『君はもう僕のショーの一部なんだ』と言った。
MJにとっては、服の着替えもショーになりうる、ひとつの仕掛けだった。着替えをする一瞬だけは、魔法が消え、ファンと同じ生身の人間を感じさせる、ということだろうか。観客はブッシュ氏がマイケルの身体に触れ、ジャケットを着せたり脱がせたりするのを目の当たりにする。そういう観点で、ブッシュ氏はMJのファンとステージ上で繋がった。
よく業界の人に聞かれたそうだ。
『ほんとにマイケルに触らせてもらえるの??』 (”Do they* let you touch him?”)勿論だ、と答えると、『わぁ、マイケルジャクソンに触ったんだ』と皆驚き、感激したそうだ。
*theyとはマイケルのプロダクションサイドを指す。マイケルがブッシュ氏にいつも「ごめんね」と謝っていたのは、彼らが、ブッシュさんやヘアスタイリスト、メイキャップの人を名前で呼ばずに、役職で呼びつけたから。
それはさておき、どれだけ、衣装係とパフォーマーの関係がintimateだったかと言うと・・・
“ホテルに戻ると、私は汗まみれの服から彼を救い出し、身体を伸ばし、解放されてゆく姿を目にしたものです。彼がお風呂に入っている間に、私はファンや企業が彼に贈ったたくさんの贈り物を整理しました。テディベア、シャンペン1箱、たくさんの油絵や彫像。・・・彼がくつろいでいれば、ドア越しにおしゃべりをすることもありました。『ブッシュ、どこか美術館に行ってきた?友達に会ったかい?』と聞いてきました。彼はいつもわたしがちゃんと楽しんでいるか確認したかったのです。”
(p.116)
“マイケルはお風呂からあがると、綿製のパジャマを着こみ、それは市販のものだったり、私とデニスが作ったものであったりしましたが、シェフが食事を届けても、最高に食が細い彼は手をつけませんでした。アドレナリンで興奮状態が続き、食欲が湧かなかったからです。わたしたちは今終えたばかりの私たちのショーをレコーディングしたものをプレイヤーに入れ、マイケルは反省会を始めるのでした。どんなに小さなミスでも即座に指摘するのです。『なんか変だね?照明がきちんと予定通りじゃないね。あそこで何があったんだろう?僕は何を間違ったのかな?何故あの衣装はあんな風になったの?』 と。” (p.116)
マイケルのステージ衣装は綿密な準備と、緊張の現場では細心の注意が必要。
ステージの各ポイントで失われる水分によってウエストのサイズも小さくなっていったそうだ。
“マイケルはヒップがありません。すとんとした板のようだったので、もしラックに間違った順番でズボンがかけられていたら、それはステージ進行に合わせて小さくなっていたから、リズムに乗った身体の動きで、ズポンがくるぶしまで落ちるはめになりかねません。” (p.117)
そんなことが起こったら・・・想像するに怖いね。
マイケルとブッシュ+トンプキン氏の衣装作りプロセスはこうである。
マイケルが『⃝✩は見たことがあるかい??』とか、『この本おもしろかったよ』という。こういった発言は、新しいプロジェクトのテーマを示唆するなぞかけであり、布石であり、ヒントであることが多かった。(魔王だから、直截な言葉は投げないのね。)だから彼らはプロジェクトが始まるのだな、と予想し、予備知識を仕入れておく。時にはなぞ賭けを読み取れないときがあって、あとで気づいて焦ったこともあった、という。
トンプキン氏がコンセプトスケッチを仕上げると、MJはその用紙に締切日をサインする。たいていは4週間とかとても短い期間だった。
一般的に、デザイナーにはパーフェクト・シンドロームといわれる傾向があります。80%の完成度まで20日かかったとしましょう。そのあと80%から90%に完成度を高めるためには10日かかる。さらに30日かけたとしても、95%どまり。その後はどれだけ時間をかけようとほとんど横ばい状態。アーティストであるMJは、時間ばかりかけて考えすぎる弊害をよく承知していたのですね。
“Hurt Me!”
完成した衣装を着てリハで踊る。ステージ上でツアー衣装を一同に並べて見る。
“Hurt Me! Hurt Me!”・・・ とくちずさむのは、彼の心が高ぶり、躍り、至福を感じるとき。(p.76)
マイケルに罪があるとすれば、人を信じすぎたこと。
ブッシュ氏のその言葉が心に残る。
本を閉じたとき。
きらきらした衣装で片手を挙げたMJの姿が脳裏によみがえる。
“Hurt Me!” というささやきが聴こえてきて、いつまでもくるくると、掛け巡る。
End. (ch.5 – 9,afterword)
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