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モータウン時代にマイコーは先輩テンプテーションズの「マイ・ガール」を歌った。その歌と重なる。デュワワ・・・というコーラスはないけど、聴こえてくるような懐かしい感じのソウル。マイ・ガールから4年後。ジャクソン5はCBSに移籍し、ジャクソンズと改名した。移籍後のアルバム2作は、モータウンを継承するかのような路線のソウル。「ジャクソンズ」とこの作品が入っている、「ゴーイン・プレイシズ」。この2作は、CBS傘下のフィラデルフィア・レーベルのプロデューサー、ギャンブルとハフによる制作。
1971年、ペンシルバニア州フィラデルフィア。ギャンブル&ハフは、フィラデルフィア・インターナショナル・レコードというレーベルを立ち上げた。フィラデルフィア・サウンドと称され、70年代のソウルシーンを引っ張る。『ジャズ、ゴスペル、クラシカル音楽をごく少量ずつ感じさせる、メッセージ性の強い』そのサウンドは時代の空気を反映し、また逆に時代に影響を及ぼした、といわれている。
70年代のイメージ・・・。
「ゴーイン・プレイシズ」は彼らのレコードの中では、あまり売れなかったそうだ。私は買ったがあまり聴く事がなくて、シャッフルでかかると、マイコーの当時の張りのあるハスキーボイスと兄弟のコーラスがやはりすばらしいな、と思う佳作。ファインド・ミー・ア・ガールは中でもまさしくソウルな1曲。ホーンとストリングスの音がフィラデルフィア風ということか。レコーディングはフィラデルフィア市のシグマサウンドスタジオ。
FIND ME A GIRL (Gamble/Huff):
(拙訳)
僕の彼女を見つけなくちゃ。
ああ、ほんとに僕の彼女を見つけたいよ。 僕の夢を全部かなえてくれる女の子。
やさしくて暖かい女の子。
好きなタイプはわかってるのさ。
いろんなところを探してきたけど
どこにも見つからない。 ねえ、君。君は僕のタイプなんだ。 僕の孤独な夜を過去に追いやる運命の人。 それにしても70年代はハードロックバンドが音楽シーンを席巻。イギリスのクィーン、レッドゼッペリン、ピンクフロイド、アメリカのエアロスミス、キッスなどロックスターたちが華やかに活躍した時代。だから、ジャクソンズがゆるぎない人気を誇っていても、音楽性という点で主流ではなかった。(この頃、マイコーはクィーンのステージをよく訪れ、フレディと友情を結んだ。)
ソウルの全盛時代は60年代。70年には先に述べた、フィラデルフィア・サウンドがソウルの牽引力となる。どんな音かレーベルを代表するヒット曲を聴いてみよう。タイトルはずばりTSOP。THE SOUND OF PHILADELPHIA の頭文字をとったわけですね。TVショーソウルトレイン(1971−2006)のテーマにも使用された曲。(アルバムタイトル曲のゴーイン・プレイシズはこのTSOPを髣髴とさせます。)
TSOP:
ジャクソンズの歌うソウルは、モータウンの延長線のような感じが否めない・・・。あるいはモータウンの匂いを消せない、というか。。。新しい音楽の可能性を求めて移籍したわけだから、マイコーが何となくしっくりこなかったのも当然。レコードセールスにも納得のいかなかったマイケル。CBSと交渉して、以後自分たちでアルバムを制作することを、条件付ながら、認めさせた。当時のジャクソンズはもはや自分たちの音楽を自身でプロデュースする実力を備えていたのですね。
参照: ロックの歴史:エピソード4; ウィキ |

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