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FOREVER, MICHAEL

マイケルジャクソンの音楽とアート。ジャズ・ロック・ブルースなど黒人音楽の歴史とライブ魅録。

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シカゴブルースを育てたチェスってどんな人?

50〜70年代半ばまで、シカゴにチェスレコードというレコード制作会社があった。
ミシガン湖に沿ったサウスミシガン大通りにあり、今はブルース音楽財団
Willie Dixon's Blues Heaven Foundation)のオフィスになっている。
今年9月、シカゴでバスツアーに参加した際、南に下る途中で
、「右手に見えますのが、元チェスレコードで・・・」と、ガイドさんの説明があり、
ああ。あのレーベルだ・・・!と感激したものです。
 
キャデラック・レコード(Cadillac Records: 2008)
 
・・・という、そのチェスレコード会社の創設者のひとり、チェス・レオナードとマディ・ウォーターズを描いた映画がある。チェスはユダヤ系ポーランド移民。
マディはミシシッピ州のプランテーションで生まれ、祖母に育てられた。
この二人がシカゴで出会ったことが、シカゴブルースを大きく開花させることになる。
差別を受ける側にいた二人は、ブルースを育てることで、富と名声を手にする。
会社がアーティストに与えるキャデラックと家はその象徴。
しかしながら、紫煙くすぶるステージで彼らはスターだけど、一歩外に出れば、
理不尽なことばかり。ちょっとしたことで警官に因縁をつけられ、
一方的な暴力を受ける時代だった。
 
ビヨンセ演じるエタ・ジェームズは映画に華と翳りを与える。 
チェスとエタの苦くて微妙な恋も。
でも、この映画はやっぱり土の匂いとタバコ、お酒やドラッグに満ちている。
プランテーションの労働から戻った黒人がギターで奏でる歌。
それを白人のプロモーターらしき人がその場で録音する。
それが初期のブルースのレコードだった。

イメージ 1

 
マディはエレクトリックブルースのフロントランナーでもある。
そのバックバンドには若き日のバディガイも参加していた。
同じく、チェスレーベルにいたチャックベリーはロックンロールと言う音楽スタイルを発明した。テレビに登場したプレスリーを見て、「俺の歌だ!リズムだ!」と叫ぶチャック。
「奴らは俺たちの音楽を盗んだ・・・」と訴訟に持ち込むことも。。。
(例:ビーチボーイズのサーフィンUSAはチャックのSweet Little Sixteen の曲を許可なく使用したもの。チャックにロイヤルティーを払うことで和解。) 
チャックベリーは現在87歳で、ご健在♪
 
60年代半ば。ブリティッシュ・インベージョンの到来。
5人の長髪の若者がチェスレコードを訪ねて来る。ローリングストーンズだった。
(役者さんがあまりにも似てたので、このシーン、大爆笑♪) 

映画では、Willie Dixon, Muddy Waters, Little Walter, Chuck Berry, Howlin' Wolf, Etta James といった、ブルース、R&B/ロックンロールの大御所の若き日々、チェスレーベルでヒットを生む様子が描かれ、音楽史的観点からみてもおもしろい。
もちろん、当時のヒット曲も満載。
 
正当なる評価、扱いを受けること― が難しい当時のアメリカ社会だった。
マディがイギリス公演のため、ロンドンに到着したとき。タラップからは赤い絨毯が敷かれ、ジャーナリストやカメラマンが到着したマディを迎えた。
チェスは69年にレーベルを売り、それからまもなく心臓発作で亡くなった。
 
今年2月に買ってからそのまま読んでなかった本を思い出し、
取り出してきた。


BLUES PEOPLE (The Negro Experience in White America and The Music That Developed From It):  Le Roi Jones; 1963


ブラジルのゴスペルシンガー、ジョッタ・アー君。(JOTTA A: 1999年生) 
マイケルの再来?と騒がれたけど聴いたことありますか?
時折天をみあげるきらきらした目も美しいボーカルも、まさに神様からのギフトのよう。。。
 
アメイジング・グレース Amazing Grace (My Chains are Gone)
お客さんのノリも歓声も、教会でゴスペルを聞けばこんな雰囲気になるのかな。。。

と、思いました。




 
曲は原詩ではなく、映画のサウンドトラック版。
 
そしてジョッタ・アー君に導かれた映画は・・・
 
アメージング・グレース: ウィリアム・ウィルバーフォース伝記
 
英国で奴隷貿易が撤廃されてから200年 ― を記念して、2007年に公開された
英米合作映画。(日本では2011年3月の公開。)
ウィリアム・ウィルバーフォース(1759−1833)は、大英帝国における奴隷貿易、
および奴隷制度廃止法案に尽力した、英国議会の議員。 
知識階級の貴族出身かと思ったら、裕福な交易商人の家柄だった。。。
 
映画は1797年、心身を病んだウィルバーがソーントン家で療養するところから始まる。
彼は鎮痛剤の常用でアヘン中毒にもなっていた。
ソーントン夫妻に紹介されたバーバラ(彼女も廃止論者で後に結婚)に、
自分たち活動家の歩んできた紆余曲折の困難な道を語る。
この時点を軸に場面は、過去と未来を行き来する。 


段階的な法案の否決や可決。

啓蒙運動の一方、様ようなポリティクスが渦巻く議会で、粘り強い駆け引きを演じた。


当時の英国史に無知な私はいささか混乱したので、ウィキペディアへ飛び、参照して、
ウィルバーたちの活動の流れをおおまかに、時系列でまとめてみました。
 
1783: 親友ウイリアム・ピット(1759−1806)が若くして首相となり、
彼のサポーターとなる。
1784: ヨークシャー選出の国会議員として議会に復帰
1785: 霊的な経験を得「神のために奉仕する」事を誓う。
このころジョン・ニュートンに助言を請いに会いに行く。
 
映画には二人の邂逅が描かれている。
ニュートンはアメージング・グレースの作詞者。この時点では英国国教会の聖職者だが、
彼には奴隷商人、奴隷船の船長という過去があった。
彼の自伝「アメージング・グレース」物語は翻訳本が出版されている(2006年)。
 

この本については、Shinkaiさんが、ブログGOSPEL SOUPで解説されており、

彼女のレビューを読めば、きっと自伝を読みたくなると思います。 
しんかいさんはこの本が自伝というより、「訳と編集をされた著者の一大研究書」、
のようだとおっしゃってますね。

 

1787: 奴隷貿易反対運動のグループを紹介され、
議会で運動のリーダーになるよう説得される。
友人グランビル・シャープが設立した奴隷貿易廃止促進協会*に参加。
*奴隷を解放し「自由の国」をスローガンにアフリカ(シエラレオネ)へ
解放奴隷を移住させる計画
1788: サー・ウィリアム・ドルベン法
(大西洋を横断する船の奴隷輸送容量を制限)が議会を通過
1789: 奴隷廃止について最初の演説を庶民院で行う。
奴隷貿易は 道徳的に非難されるべき、と主張。
奴隷船の状況を述べ、西インド諸島にいる奴隷の状況改善を求めた。 
(フランス革命勃発)
1790: 1月には、議会の審査委員会から奴隷貿易につき審議し、
彼が提出した膨大な資料を審査する許可を得た。
1791: 奴隷貿易廃止のための最初の議案を提出。
88163で否決された。
 
〜この時期、活動家たちは世論を動かすために、精力的に動いた。 
解放された元奴隷が著した本の出版とサイン会、奴隷船を公開し、臭覚(!)と視覚に訴える。
奴隷は当時西アフリカから西インド諸島のプランテーションへ運ばれていった。
そこから輸入される砂糖には、奴隷の血と涙が混じっているのだ、と啓蒙され、
商店の中には、「奴隷の労働搾取による砂糖」取り扱いをやめる店も現れたこと、〜
などが映画で描写されている。
 
17921793: 各議会の会期ごとに廃止を支持する動議を提案。
92年4月と93年2月には廃止法案を提出するも否決される。
1793: フランスとの戦争勃発。
これにより大衆の関心は国家の危機に向けられた。
1799: 奴隷貿易規正法 (奴隷輸送船の過密状況をさらに回避)が成立
1804: 6月には法案が庶民院の各段階をすべて通過したものの、
貴族院への提出には間に合わず。
1805: 再度法案を議会に提出。
1806: 1月に盟友、ピットが死去。
後継のグランビル・フォックス政権を支援。
党を超えて廃止主義者との協力を深めてゆく。 
 
映画でも描かれているが、この政権下で奴隷貿易法を巧みな戦術 (トリック) で成立へと導く。しかしこの部分はウィキの解説を読んでも、いまいちわからなかった。。。
 
1807: 1・31に「奴隷貿易の廃止に関するレター」を出版。 
首相グランビルは貴族院に廃止方案を提出し、
奴隷貿易は「正義・博愛・健全な政策の原理に反する」と主張。 
3月に国王の裁可を得て、奴隷貿易法 が成立。 
 
ウィルバーはこれ以後も奴隷制そのものの廃止という立場で活動を続ける。
 
1823: 奴隷制緩和・段階的廃止協会が設立された(後の反奴隷制協会)。
ウィルバーは庶民院での最後のスピーチを行った。
1824: 病を得て議員を辞職。
1833: 7月29日没。
ウェストミンスター大修道院に親友ピットと並んで埋葬される。

1ヵ月後、議会は英国のすべての奴隷に自由を与える

奴隷制廃止法 を成立させた。
 
ウィルバーは 「よりよき社会を作るために (Making a Better World)」 
教育や健康保険、刑務所の環境改善にも取り組んだ(映画クレジットより)。
「社会を変えるには、まず自分が変わるんだ」
という親友ウィリアム・ピットと交わす会話が印象的。
マイケルの思想はこの時代のイギリスにルーツがあった、ということでしょうか。
 
スリリングな政治的駆け引き、彼が得たという霊的な啓示、当時の議会制度や
社会背景も知りたく、ウィリアム・ウィルバーフォース伝記をカートにポン。
アマゾン・コムで選んだのは、一番読者レビューが高かったペーパーバック*です。  
(翻訳本はまだない)
* AMA ZING GRACE: WILLIAM WILBERFORCE AND HEROIC CAMPAIGN TO END SLAVERY: 
HarperOne: 2007


ウィルバーが生まれ、活動した時期、日本は鎖国中の江戸時代。
明治維新は1867年。
そして、アメリカでは・・・。
と書いているうちに長くなりそうなので、リンカーンについてはページを改めます。イメージ 1


・・・が、とても大ざっぱに述べれば、ウィルバーたちの活動が人道主義に基づいたものであるのに対し、リンカーン政権下の議会決(1.1.,1863: 奴隷解放宣言)や米国憲法第13アメンドメント(1865: 国内すべての奴隷制を廃止)は、合衆国をひとつにまとめるために不可避な政策のひとつにすぎなかった。


リンカーンの思想は、奴隷制は「建国の父」たちの「自由・平等な社会」理念に反し、共和制への障害になるから、「排除」する、というもの。
極端に言えば、彼の言う「社会」のなかにインディアンの人々は含まれず、黒人を自分たちと同等だとはみなしてなかったのです。 




人道主義者たちに導かれ世論が望み、奴隷制廃止に至ったイギリス。
一方のアメリカは当時、建国(独立)して100年にも満たない若い国。
公民権運動が生まれるまで、まだ100年の年月が必要なのでした。



秋・・・書きたい思いがたくさんです。 ずっと見たくて先日やっと見ることができた映画のことを書いておこう。日本での公開はまだ未定??ボックスオフィスの売り上げでは一位にもなったファミリー映画なので、クリスマスやお正月映画あたりになるのかな。ということで、ストーリーには触れません。
といいましても、わたしの興味はただ一点。モーガンフリーマン(37年・生)とハリー・コーニック・Jr (67年・生)の2ショットをみたいがため。イルカも好きだけど、この(わたくしにとっての)2大アイドルの共演を見られるなんて、なんとありがたいことです・・・。好きな役者さんやアーティストのことを書くのはほんとわくわくしますね。
そこでこっそり、ふたりの2ショット写真を・・・。(台詞は映画とは無関係です)

イメージ 1

はじめまして。


イメージ 2

モニターでリサーチ。


イメージ 3

こりゃむずかしいわい!
フリーマンに負けず体格のいいコーニックに意外な感がしました。黒いスーツでピアノを弾く姿はなんか繊細でしたから。映画ではT-シャツに半ズボン、ゴム草履でしたから(マリン・ホスピタルのドクター役)。 今回はファミリー映画ということで、押さえ気味ですが、隠しきれません、あのスウィートな色気。ハンサムな上にあの美声ですから、日本でもファンが増えるのではないでしょうか。実生活では3人のお嬢さんと美人妻に囲まれ、カソリックの信者でもあるそうです。次女ケイトさんがハリーパパのピアノとバンドでクリスマスソングを歌う映像がありました。 このとき97年生まれのケイトさんが11歳ということなので、2008年か09年のショーと思われます。 
今年のクリスマスは彼のジャズアレンジのクリスマスソングズを聴きたい、と思ってます。 やはりWHEN MY HEARTFINDS CHRISTMAS (93年)が最初の一枚としては妥当でしょうか。
さて、こちらも知的でチャーミングな俳優、モーガン・フリーマン 。体格が大きいから、というわけではないでしょうが、登場する場面は少ないのに、存在感が大きく、映画に重みが増すようです(義足技士)。映画デビューは65年のルーメット監督の映画『質屋』(クインシーが初めて映画音楽のスコアリングをした)でエキストラ役。この映画みたけど、通りすがりの役だから、意識してみないとわからないのかも。 ドライビング・ミス・デイジー(89年)、シャーシャンク・リデンプション(94年)、インビクタス(09年)ではアカデミー主演男優賞にノミネート。しかしこの3本のいずれも受賞しなかったのは不思議です。。。来年も映画3本に出演が決まっており(一部制作中)楽しみです。
ドルフィンテール公開を控えた9月に、フリーマンはCNNのピアース・モーガンのショーに出演しました。そこで、共和党の茶会の主張はオバマ大統領に敵対する人種差別主義だ、茶会の台頭はアメリカの弱さと暗部をさらしている、と発言。すぐさまネット上で賛否の論争を呼びました。フリーマンはこのぬかるみからオバマを抜け出させるために、私たちはなんでもするつもりだ、と呼びかけました。(http://www.hollywoodreporter.com/news/morgan-freeman-sparks-outcry-tea-party-racist-239872ほか)
最後に主役のウィンター(ボトルノーズ・ドルフィン)。本イルカが出演。
                 
イメージ 4

彼女に会いたければクリアウォーター・マリン・水族館サイトへどうぞ。映画は3Dを見たので、海中のイルカスクールの場面は臨場感がありました。実家のある大分県にもイルカセンターができたらしい。ついでに宣伝しちゃおう。今年4月にオープンしたばかり。うみたま体験パーク 「つくみイルカ島」といいます。イルカと泳いだりもできるそうです。
見終わって、『あったかい映画だったね。家族でみたいからDVDでたら買おう。』 と同行の友人は言い、私は皆に優しくしたい気持ちになりましたわ。

イメージ 1モーガン・フリーマンがマンデラ大統領を演じた。
1995年。アパルトヘイトが解除された南アフリカはラグビーワールドカップ (*)の主催国となりヨハネスブルクで国際試合を開催。そして南アのチームは優勝した。この一行の事実がこの国の歴史でどれほどの重みと意義をもつのか、クリント・イーストウッド監督は138分で映像化してみせ

2009年公開のこの映画は、ジョン・カーリンの著作、「敵と戦う: ネルソンマンデラと国家を変えたゲーム」(PLAYINGTHE ENEMY: NELSON MANDELA AND THE GAME THAT CHANGED A NATION)をベースにしている。

南アのラグビーチーム、スプリングボックのキャプテン(フランソワ・ピェナール)を演じるのがマットデ−モン。
何かを変えるためには自らが変わらなくてはならない。そして個々の自分が変わったとき、それは大きな力となり国を動かすほどの力を生み出す。そういうテーマです。
マンデラはロッビン島で1962年から27年間獄中にあった。1990年に開放された後アパルトヘイトの終焉と、民主化に尽力した。1994年の選挙で大統領になり、穏健主義で人種間の融和を図った。しかしアパルトヘイト時代に蓄積された人種間の緊張は容易に解けるものではなかった。このあたりの歴史の概要は『日本人学校ヨハネスブルクのホームページ』に児童向けに判り易く解説されている。わたしはこの記事を書きながら、つまり映画のあとで読んだわけだけど、見る前に一読していたらよかったと思う。 
国家挙げての危急の課題は犯罪と失業。大量の不法移民が流れてきたのも一因、だとされる。課題に取り組むためには国内の秩序と国民の結束が必要。そこで思い立ったのが「スポーツは万民の心を捉える」ということ。マンデラはチームのキャプテン、フランソワをお茶に招き、「ある課題」を示唆する。それは今度開かれるワールドカップで一勝どころではない、優勝を勝ち取ってくれ、ということ。南アのチームとして国際試合は初めての経験。強豪を下して優勝なんて出来るはずがない−フランソワを始め誰もがそう思った。でももしこれまで対立してきた人種がひとつとなってチームを応援することができたら、奇蹟が生まれるかもしれない・・・。そういうマンデラの言外の意味を悟ったフランソワ。しかし委ねられた課題は重く困難だ。
やれるかどうかじゃない、やるしかないんだ−始めに意識を変えたのはフランソワ。その黙々とトレーニングする姿をみて選手たちも変わり始めた。チームに黒人はひとりのみ。白人支配層を代表していたチームが黒人居住区を訪問し、こどもたちにラグビーを指南したり、ともにプレーしたり地元と交流を深めていく。 チームが一勝してゆくたびに懐疑的だった彼らはエールを送り始め、そして次第に熱狂してゆく。
チームが休日にロッビン島を見学。マンデラのいた狭い独房をみて、あらたに心に期するものが生まれたフランソワ。このシーンに重なるのが「インビクタス」という詩。たしかフリーマンの朗読だったと思う。(記憶があいまい。もしかしたら違うシーンで朗読されたのかもしれない)
マンデラが獄中にあったときに心のよりどころとして愛読していた「インビクタス」(負けざるもの)はイギリスのビクトリア朝時代の詩人、ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩。拙訳です。
INVICTUS 

Out of the night that covers me,
Black as the pit from pole to pole,
I thank whatever gods may be
For my unconquerable soul.

私を包む夜−
どこもかしこも地獄のような闇−の中から
私は神に感謝する。
私に何者にも屈服しえない魂を授けてくれたことを。

In the fell clutch of circumstance
I have not winced nor cried aloud.
Under the bludgeonings of chance
My head is bloody, but unbowed.

残酷な状況におかれても
私はひるまず、大声で泣くこともしなかった。
暴力にさらされ
わたしの頭は血にまみれるが頭を下げることはしない。

Beyond this place of wrath and tears
Looms but the Horror of the shade,
And yet the menace of the years
Finds and shall find me unafraid.

怒りと悲しみに満ちたこの場所を越えても
恐怖が影のように忍び寄る。
脅迫が何年続こうと
私は恐れない。そして恐れることはないだろう。

It matters not how strait the gate,
How charged with punishments the scroll,
I am the master of my fate:
I am the captain of my soul.

いかに通るべき門が狭かろうと
処罰がどれほど重いものであろうと、それは問題ではない。(**)
私が自分の運命の主人であるから。
私が自分の魂の指揮官であるから。
 
決勝戦。国民は人種を超えて自国のチームを応援する。視線を交わし、手を取り合い、一喜一憂する。そうして国民の心がひとつになったとき、奇蹟は起こった。
サントラから。9000 DAYS:

(*) 1995年ラグビーワールドカップは南アでアパルトヘイト後に行われた最初の大きなスポーツイベント。そして南アのナショナルチームが初めて参加を認められた国際試合である。ヨハネスブルクのエリスパークで行われた決勝戦では、南アが強豪ニュージーランドを15対12で下した。エクストラタイムでドロップゴールを決めての劇的な勝利であった。マンデラ大統領はスプリングボックのチームシャツと帽子を身につけ、優勝カップをキャプテンのフランソワ・ピエナールに手渡した。
スプリングボックはアパルトヘイト時代の白人支配を象徴するチームだった。だから被支配層であった側の応援を得ることができれば、人種融和への大きな一歩になる、そうマンデラは考えた。
 (**) 4バース目の1行と2行目。意味がよくわからないので詩の解釈サイトでいろんな人の意見を読んでみた。その中のひとつにこの2行は聖書からの引用とあった。マタイ伝7:13に「狭き門から入りなさい。滅びに至る道は広い」とある。 スクロールというのは罪状をしたためた巻物。わが道を貫くには対抗勢力の「処罰」を覚悟しなくてはならない。・・・ちょうど家のクリスマスパーティに来たネィティブのEさんに確認。クリスチャンである彼女によれば、これが聖書からの引用だとすれば、との条件つきで、こういうことだろう、と説明してくれた。
「『狭い門』とは、正しい道という意味。ジーザスは狭い門を常に通る。それで十字架にかけられた。狭い門を通る−つまり世間や政治におもねることなく正しい道・正義・信念を貫くということは、つらい罰、ときには死に値するような罰を科せられることを覚悟しなくてはならない。ジーザスがそうだったように。」


原題はTHE BUCKET LIST。そんじょそこらの映画では泣かないよ、私は。でもこの映画にはまいりました・・・。期せずしてにじんでくるような涙。それはジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンという最高の役者の力量によるところが大きい。洒脱でほろりとする上質の大人のコメディ。
人生の喜びを見つけなさい(FIND THE JOY IN YOUR LIFE.)。
これがこの映画のテーマ。「死」が待ち構えているからこそ、「人生」がいとおしく感じられる。だから一生懸命に「生」きたい、と思う。「死」を意識して、「命」の尊さを思う。人生の先輩からのエールではないだろうか。

音楽はマーク・シャイアン。ブロードウェイミュージカルの「ヘアスプレー」を作曲した人。

サウンドトラックより。A SEED OF GRAIN: 

フリーマンとニコルソン。プライベートでも親友じゃないのだろうか、と思うくらい息があっている。2人の会話はキャッチボールのようで、表情が、セリフが、間合いがなんともとろけるビターチョコレートのよう。でもかれらのいる場所は病院。2人とも初老で同じ病を得て同室になる。ニコルソン演じるエドワードはたたき上げの資産家。入院中の病院のオーナーでもあるんだけど、自らの「経営方針」があだとなり、個室ではなく相部屋に入ることに。そのあたりのどたばたが、またはじけるシャンパンのよう。家族がいないようで秘書があれこれ面倒をみている。フリーマン演じるカーターはメカニック。出来のいい子供たちと妻、孫たちに囲まれている。・・・という映画のテーマが透けて見えるようなちょっとベタな設定。
カーターはすばらしく知識が豊富で、ウィットに富んだ温かい人柄。エドワードも一目置くようになる。そしてカーターもエドワードの隠された内面に惹かれ、お互いに好意を持ち始める。そういえばこの辺の設定は名作 「ドライビング・ミス・デイジー」 を彷彿とさせる。エドワードもミス・デイジーも人種偏見という発想そのものがない。複雑でシニカルなパーソナリティではあっても、深いところで人を理解し、純粋に人間性に触れて親友になってゆく。そして親友になった2人が旅に出るというところも。
ところでエドワードがカーターに「そのそばかす、いつからあるんだい?」って聞くのよ。「気がついたらあったよ」「なかなかいいじゃないか」 私もフリーマンの濃いそばかすが前から気になってたものですから、このやりとりには爆笑。ふたりの表情がまた、たまらない。
時は少しづつ流れ、エドワードは担当ドクターから長くて余命1年と告げられる。退室しようとするドクターを呼び止め、言う。「カーターが聞きたいことがあるようだ」。つまり、カーターの家族の口からは決して知らされない余命を医者に直接問うたのだ。
原題のタイトルは、死ぬ前にやりたいことを列挙したリストのこと。エドワードの強引な誘いと説得に、カーターもその気になって、妻の反対を押し切り、2人で「願いを実行する旅」に出掛けることに。アフリカや、エジプト、モナコ、ヒマラヤ、香港などに飛ぶ。 秘書や妻を含め、周りは善き人ばかり。プライベートジェットで世界を回ったり。現代のおとぎ話・夢ものがたりだけど、2人の役者が重みとリアリティを与えている。まるで子供みたいにはしゃぐ2人が妙に可愛くていとおしい。
さて、彼らの希望リストのハイライトは。。。
A)            カーター: 死の直前まで笑っていられること。
B)        エドワード:世界で一番の美女にキスをすること。
これね、一番下に結果を書いておきました。知りたくない方はスルーしてください。
「人生の喜びを見つけなさい。私の牧師がいつも語ってくれました。私たちの命は同じ川にそそぐ流れのようなもの。その先の滝の向こう、霧の中にともかくも天国が待っているのです。」こう記したカードをカーターは遺言としてエドワードに渡した。 「目を閉じ、心を開いて、旅立つとしよう。」

THE BUCKET LIST:  ロブ・ライナー監督。ジャスティン・ザッカム脚本。2007年公開)
余談だけど、エンドロールみててさすが大物、と関心したのは、主役2人にはそれぞれ専属のアシスタント、衣装担当、ヘアスタイリストがつくのですね。へアスタイリストっていうところでまた爆笑したのですが・・・。宅配DVDリストで待機しているフリーマンの映画には今後も泣かされる可能性がありますね。感動の涙というのはとても健康にいいそうですよ。映画の書庫を「シネマ・チャップリン座」に変更。これからチャップリン座という名前の映画館になり、いろんな映画を上映。。。
サウンドトラックより。エンドクレジット:

さて、結果は・・・。
A)             旅から戻ったカーターは脳にダメージが進み、緊急手術を受けることに。見舞いに来たエドワードに一枚の紙を渡す。読め、といわれ、それを読み始めるエドワード。彼には、コピ・ルワックという名の好物の高級コーヒー豆があったのだ。そのメモはコピ・ルワックがコーヒー豆を食するツリーキャットのフンから加工したものだ、と詳細に説明するものであった。 読んでいるエドワードの表情をいたずらっぽく眺めて、そのうち堪らず笑い出し、そして泣き笑いの表情に変わる。このときのフリーマンの凄みといったら・・・。圧巻としか言いようがない。そうして、カーターは手術室に運ばれてゆく。
B)          彼には疎遠になった一人娘がいた。そういうことを旅先でぽつん、ぽつんと語るエドワード。カーターは秘書とひそかに協力して、自宅に帰る途中にその娘の家の前に車をとめさせる。「君に僕の人生に踏み込む権利はないはずだ」と怒るエドワード。・・・数日後渡されたカーターの遺言を読む。彼の残した言葉に打たれたエドワードは娘のもとを訪れ、和解する。そして孫娘と初めて会い、抱きしめキスをする。

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