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シカゴブルースを育てたチェスってどんな人?
50〜70年代半ばまで、シカゴにチェスレコードというレコード制作会社があった。
ミシガン湖に沿ったサウスミシガン大通りにあり、今はブルース音楽財団
(Willie Dixon's Blues Heaven Foundation)のオフィスになっている。
今年9月、シカゴでバスツアーに参加した際、南に下る途中で
、「右手に見えますのが、元チェスレコードで・・・」と、ガイドさんの説明があり、
ああ。あのレーベルだ・・・!と感激したものです。
キャデラック・レコード(Cadillac Records: 2008年)
・・・という、そのチェスレコード会社の創設者のひとり、チェス・レオナードとマディ・ウォーターズを描いた映画がある。チェスはユダヤ系ポーランド移民。
マディはミシシッピ州のプランテーションで生まれ、祖母に育てられた。
この二人がシカゴで出会ったことが、シカゴブルースを大きく開花させることになる。
差別を受ける側にいた二人は、ブルースを育てることで、富と名声を手にする。
会社がアーティストに与えるキャデラックと家はその象徴。
しかしながら、紫煙くすぶるステージで彼らはスターだけど、一歩外に出れば、
理不尽なことばかり。ちょっとしたことで警官に因縁をつけられ、
一方的な暴力を受ける時代だった。
ビヨンセ演じるエタ・ジェームズは映画に華と翳りを与える。
チェスとエタの苦くて微妙な恋も。
でも、この映画はやっぱり土の匂いとタバコ、お酒やドラッグに満ちている。
プランテーションの労働から戻った黒人がギターで奏でる歌。
それを白人のプロモーターらしき人がその場で録音する。
それが初期のブルースのレコードだった。
マディはエレクトリックブルースのフロントランナーでもある。
そのバックバンドには若き日のバディガイも参加していた。
同じく、チェスレーベルにいたチャックベリーはロックンロールと言う音楽スタイルを発明した。テレビに登場したプレスリーを見て、「俺の歌だ!リズムだ!」と叫ぶチャック。
「奴らは俺たちの音楽を盗んだ・・・」と訴訟に持ち込むことも。。。
(例:ビーチボーイズのサーフィンUSAはチャックのSweet Little Sixteen の曲を許可なく使用したもの。チャックにロイヤルティーを払うことで和解。)
チャックベリーは現在87歳で、ご健在♪
60年代半ば。ブリティッシュ・インベージョンの到来。
5人の長髪の若者がチェスレコードを訪ねて来る。ローリングストーンズだった。
(役者さんがあまりにも似てたので、このシーン、大爆笑♪)
映画では、Willie Dixon, Muddy Waters, Little Walter, Chuck Berry, Howlin' Wolf, Etta James といった、ブルース、R&B/ロックンロールの大御所の若き日々、チェスレーベルでヒットを生む様子が描かれ、音楽史的観点からみてもおもしろい。
もちろん、当時のヒット曲も満載。
正当なる評価、扱いを受けること― が難しい当時のアメリカ社会だった。
マディがイギリス公演のため、ロンドンに到着したとき。タラップからは赤い絨毯が敷かれ、ジャーナリストやカメラマンが到着したマディを迎えた。
チェスは69年にレーベルを売り、それからまもなく心臓発作で亡くなった。
今年2月に買ってからそのまま読んでなかった本を思い出し、
取り出してきた。
BLUES PEOPLE (The Negro Experience in White America and The Music That Developed From It): Le Roi Jones; 1963
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