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FOREVER, MICHAEL

マイケルジャクソンの音楽とアート。ジャズ・ロック・ブルースなど黒人音楽の歴史とライブ魅録。

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ご注意:チュチョのピアノナンバー「ラプソディ・イン・ブルー」が流れます。
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者の行進
*以前投稿した記事の改訂版です。
ゴスペルやジャズのスタンダードとして親しまれている「聖者の行進」。
スピリチュアル(霊歌)から発生したもの、といわれているが原曲は不明。
いろんなアレンジがあるけど、アップテンポのジャズバージョンは元気になる。
どんな意味なんだろう、とずっと気になっていたので、この歌にまつわる、
あれこれを探訪します。


まず、意外だったのは、この曲が葬送曲としても使用されていること。
何故葬儀にふさわしいのか、は後述の歌の解釈であきらかになります。。。
たとえば、南部ルイジアナ州のニューオーリンズでは、音楽葬が伝統的に行われています。埋葬までは挽歌(dirge)を演奏し、それが終わると、バンドは一転してデキシーランドや流行の音楽に切り替えて演奏。ニューオーリンズの音楽葬。どのようなものか、映画007「Live& Let Die(1973)そのシーンを見ることができます。 

73年当時ハリウッドでは、ブラックスプロイテーション (Blaxploitation)という黒人の地位向上のための運動が起こりました。「黒人俳優によい役を振り、良いイメージを喚起する」と辞書にあります。このロジャー・ムーア主演のボンド映画もその影響をうけたひとつ。主役級のボンドガールではないけれど、初めて黒人女優がボンドとロマンチックなシーンを演じました。
中心部のフレンチ・クウォーターとともに観光でにぎやかなジャズの聖地ニューオーリンズ。しかしながら、ここ数年ハリケーンやガルフ湾のオイル漏れ、ミシシッピ川の氾濫は、ルイジアナ州に多大な被害をもたらしました。


ジャズナンバーとしてこの曲を広く知らしめたのはルイ・アームストロング。
彼が生まれた1901年当時のニューオーリンズでは、ミュージシャンは葬儀のバンド演奏を始めとして、地域行事に密接にかかわり、地位と尊敬を得ていました。
幼いルイもそんなクールな音楽家にあこがれたひとり。その後、彼はアメリカのスタンダードとなる『歌唱法』を生み出し(それはシナトラやビング・クロスビーらに受け継がれた)、1930年代、この曲をスイングで歌ったのです。


の意味 

伝統的な原詩はウィキ によれば、黙示録の世界をイメージし、天国に行きたいという願望を歌ったもの。最後の審判がくだされ、聖者が天国へ通じる門に入ってゆく、その姿をTheSaints Go Marching In と歌った、ということです。
ポップカルチャーでは、この天国の門は雲に浮かぶ、大きく白い鉄の門として描かれ、聖者ピーターが門番をしており、天国にふさわしくない者はここで地獄に落とされる、という怖いところ。だから、聖者の一行に紛れ込んで行けば、まちがえなく天国に入れるわけです。

Oh lord I want to be in that number
When the saints go marching in


「神様、天国に向かう聖者の列に自分も加えてください。」と、祈る。
だから現世を去り、天国へと向かう魂を送るにふさわしい歌なんですね。
ゴスペル音楽の定義は文化やコミュニティーによって変わるけれど、
宗教儀式やエンタテインメントなどさまざまな目的で作られ、演奏されます。
そのテーマ自体は、カソリックの場合、神様、キリスト、ホーリースピリット
(三位一体)を称え、感謝や崇拝の気持ちを表すもの。


ゴスペルバージョン「聖者の行進」。0:40から。



ブルースバージョン。B. スプリングスティーン他:



「聖者の行進」そのほかのバージョン:
ジェリー・リー・ルイスのロックンロール
デキシーランド
ブルーグラス
 
など。。。歌詞がそれぞれ違い、いろんな表情を持つ「聖者の行進」です。


 
(拙訳: with the aid of J.S


〜  神様の黙示を受け、聖者が行進するとき。
この荒んだ世が終わり、新しい理想の世界がやってくる。
そこは支配者も戸外で労働し、皆平等に食べ物が得られ、
環境汚染もない世界。。。だからつらい現世とおさらばして、
新しい世界で暮らせる日を心待ちする・・・。
現世の終わり、は「命の終焉」。新しい理想の世界というのは、
つまり「天国」。「生涯を終え、いま天国に向かって旅発つ。
どうか無事に天国に入れますように。」と神様にお願いする歌。
(輝きをやめた太陽)と(血で染まった月)は「現世の終わり」を
表現したもの。〜
 
We are traveling in the footsteps                 俺たちは先人が通った跡を
Of those who’ve gone before                      旅している                  
But we’ll all be reunited                             でも俺たちは再び力を合わせよう
On a new and sunlit shore                           光が降り注ぐ新しい地で
 
Oh when the saints go marching in              あぁ 聖者が行進するとき
When the saints go marching in                   聖者が行進するとき
Oh lord I want to be in that number              あぁ 神様 あの聖者の行進に
When the saints go marching in                   俺も仲間に入りたいよ
 
And when the sun refuse (begins) to shine   太陽が輝くのをやめたとき(輝き始めたとき)
And when the sun refuse (begins) to shine   太陽が輝くのをやめたとき(輝き始めたとき)
Oh lord I want to be in that number             あぁ 神様 あの聖者の行進に
When the saints go marching in                  俺も仲間に入りたいよ
 
When the moon turns red with blood            月が血で赤く染まったとき
When the moon turns red with blood            月が血で赤く染まったとき
Oh lord I want to be in that number              あぁ 神様 あの聖者の行進に
When the saints go marching in                   俺も仲間に入りたいよ
 
On that hallelujah day                                 神を讃える日
On that hallelujah day                                 神を讃える日
Oh lord I want to be in that number              あぁ 神様 あの聖者の行進に
When the saints go marching in                   俺も仲間に入りたいよ
 
Oh when the trumpet sounds the call           トランペットがこの世の終わりを告げるとき
Oh when the trumpet sounds the call           トランペットがこの世の終わりを告げるとき
Oh lord I want to be in that number              あぁ 神様 あの聖者の行進に
When the saints go marching in                   俺も仲間に入りたいよ
 
Some say this world of trouble                    だれかいってた。この厄介な世の中が
Is the only one we need                              俺たちの唯一生きる場所だってね
But I’m waiting for that morning                  でも俺はその朝を待っている
When the new world is revealed                   新しい世界が現れるそのときを
 
When the revelation (revolution) comes       神の黙示(革命)がくだされたとき
When the revelation (revolution) comes       神の黙示(革命)がくだされたとき
Oh lord I want to be in that number              あぁ 神様、あの聖者の行進に
When the saints go marching in                   俺も仲間に入りたいよ
 
When the rich go out and work                    金持ちが外で働く
When the rich go out and work                    金持ちが外で働く
Oh lord I want to be in that number              あぁ 神様、あの聖者の行進に
When the saints go marching in                   俺も仲間に入りたいよ
 
When the air is pure and clean                    空気がきれいに澄んだとき
When the air is pure and clean                    空気がきれいに澄んだとき
Oh lord I want to be in that number              あぁ 神様、あの聖者の行進に
When the saints go marching in                   俺も仲間に入りたい

When we all have food to eat                       みんなが食事にありつけるとき
When we all have food to eat                       みんなが食事にありつけるとき
Oh lord I want to be in that number              ああ神様、あの聖者の行進に

Whenthe saints go marching in                   俺も仲間に入りたいよ

 

Whenour leaders learn to cry                     指導者が涙を知ったとき

Whenour leaders learn to cry                     指導者が涙を知ったとき

Ohlord I want to be in that number              あぁ 神様、あの聖者の行進に

Whenthe saints go marching in                   俺も仲間に入りたいよ

 

新しい世界=天国のような理想の世界とは。。。
皆平等に労働をし、食料も十分にいきわたり、リーダーたちも他者への思いやりをもった、世界。ということは戦争も環境汚染もない平和な世界。

まるで革命歌のようでもありますね。



end
2011年度第54回グラミーの受賞式オンエアは2・12。
アデルというイギリスのソウルシンガー。
今回レコード・オブ・ザ・イヤーを初め、ベストアルバム、ベストソングにもノミネートされている。
本国ではよくエイミーと比較して語られるらしい。
エイミーより3〜4歳若い彼女はエイミーに続き、新人賞とベスト女性ボーカル賞を既に受賞している。
まだ聴いたことはないので、グラミーのステージで聴けたらいいな・・・。
アルバムを買いたいという気持ちにさせられるかな。なんだか楽しみな今年の受賞式だ。
エイミーのふてくされっぷりが魅力的なボーカルに魅せられて、遺された3枚のアルバムを聴いている。
女性ボーカリストのアルバムを買ったのは加藤登紀子さん以来・・・。
エイミーがまだしっかり歌えていた頃のライブのDVDも見た。
2007年のロンドン公演。それでも歌う時間は一時間にも満たないのだけど・・・。
ステージに用意していた飲み物はアルコール?コークハイみたい。
飲むにつれ、歌うにつれ目元がうっすらと赤く、据わってきた。
ふらふららりっているようでもある。客席には家族。
当時の夫のほうにたびたび目を遣り、そのたびに彼女の顔は少しだけ、ほころぶ。
綺麗な足にハイヒールがちょっと危なげない。
デビューした頃のエイミーはぽっちゃりしてて、きらきら目を輝かせて、少しはにかみながら、
ジーンズ姿で歌っていた。
体型はシェイプアップされ、ヘアスタイルは盛髪ソウルになり、彼女は変身していった。。。
エイミー3作品。(あら、PARENTAL ADVISORY マークを付けられてる。よい子の親は買ってくれないかもね。)
イメージ 1

2007年度50回グラミー(受賞式は2008年2月)は彼女のアメリカでの成功を確認するものだった。
ベスト・ニュー・アーティスト賞のほかに、「リハブ」は最高の賞であるレコード・オブ・ザ・イヤー、そしてソング・オブ・ザ・イヤーとベスト女性ポップボーカルも受賞。
さらにアルバム「バック・トゥ・ブラック」はベスト・ポップ・ボーカルを受賞。
それにしても、彼女の流出した写真なんかを眼にすると、相当荒れた生活ぶりが伺われて切ない。 
エイミーは以前に会社がセットアップした飲酒のリハビリ施設を拒絶し、そのときの経験をプロデューサーのマーク・ロンソンが歌「リハブ」に企画したといわれている。 
DVDで父親(イギリスでタクシーのドライバーをしている)が語っていた。
「彼女はボーイフレンドと破局して気持ちが落ち込んでいただけ。だから施設にいく必要はないって、エイミーに言ったんだ。」
エイミーは父親っ子だったそうだ。だからパパの言うことなら、耳を傾ける。
本人が語るには、実際に施設の医者と面談して、10分くらいで、もう帰っていいよ、と言われたという。
だから本人に言わせれば拒絶したわけではないのね。

ライオネス・エイミーイメージ 2
 
リハブ (ソングライティングはエイミー)

皆私をリハブに入れようとするけれど答えはノーよ。
私はずっと惨めな状態。
でもカムバックするわ。
だから行かない。

時間はないし、パパが大丈夫だって言うのだから。
みんなが私をリハブに入れようとするけれど、
私は行かない。

そんなことより家でレイ
(チャールズ)を聞いていたほうがまし。 70日ももたないわ。そこには何もないもの。


イギリス人である彼女が初めて(?)アメリカのテレビに登場したときのショー。貴重なスタジオライブ。 
ドゥワップ楽団(トランペット、ドラムス、サックス、ギター、ベース、バックコーラス)を従え、ヘアスタイルも
60年代のソウルシンガーを髣髴とさせる。 
DVDにメークの様子が収録されてある。頭頂部の盛り髪は実は付け毛だった。。。
ちなみにイギリスの歌手は本国からヨーロッパ諸国、そして最終的にアメリカで成功を収めることが世界のスーパースターへの道。エイミーやアデルの活躍で英国ロックグループに次ぐ第三回めのイギリスの侵略時代といわれているそうだ。
そして2011年度54回のノミニーに再び彼女の名が・・・。
ベスト・ポップデュオ/グループ・パフォーマンス賞:トニーベネットとのデュオ曲、「ボディ&ソウル」
この曲はエイミーの没後にリリースされた3作目のアルバム「ライオネス」にも収録されている。
オリジナルは1939年にレコーディングされたジャズの古典。
受賞対象となっているベネットのアルバム「
DUETS II」では、ほかにレディ・ガガ、シェリル・クロウ、ナタリー・コール、マライア・キャリーなどの大物歌手が含まれる。
そのなかで、エイミーとのデュエットが選ばれたのは、うれしい限り。。。
エイミーの毒
ところで、エスペランザ・スポルディングというジャズシンガー&べーシストがいる(過去ログ)。去年のグラミー新人賞をジャスティン・ビーバーを抑えて受賞。彼女もワインハウスと同年代。パワフルでルックスも可愛い。 歌もいい、これから注目・・・と思ったのだけど、結局ライブに行ったり、アルバムを買ったりすることがないまま時間が過ぎている。。。 

なんでかなあ・・・と思うに、スポルディングがオーセンティックな優等生で人を惑わすような「毒」を感じないからじゃないか、と。自分の日常とかけ離れた世界。ちょっと、やばいんじゃない?って思う毒気。 
その毒にアディクトしたら・・・というスリルを与えてくれる。ワインハウスの歌にはそんな毒を感じるのです。。。
ポイゾナス・エイミーの  ティアーズ・ドライ・オン・ゼア・オウン」はもう切なくなるようないい歌!
ワインハウスはマイコーを天才だといいました。「プライベートやパーソナリティなんて関係ない。天才であること。(アーティストにとって)それだけで十分よ」と。。。底知れず深いマイコーの歌には、やはり哀しみや怒りの「毒」が潜んでます。
クインシーの元奥さんペギーは、夫の仕事を「人のために死ぬほどの苦労をしている」と表現しました。
そうしたアーティストの「死ぬほどの努力」で生み出された作品をマーケットで簡単に手に入れることができるのは、ほんとにありがたいことです。すばらしい作品を聴かせて頂く。そのお返しはアーティストへのリスペクトだと思います。 
さて、グラミーでアデルの歌を聴けるのでしょうか・・・。
今年はクリスマスソングをジャズで聴く。
年末だというのに風邪で咳がとまらない。知人にすすめられ、生姜パウダーをたっぷり入れた紅茶に蜂蜜を加えて飲んでいる。喉がすっと楽になり、身体もほかほかしてくる。 そして生姜ティーのご相伴はハリーのクリスマスソング。。。
ところで今、夜の7時過ぎ。消防車がサイレンをふぁんふぁん鳴らし家のブロックに近づいてくる。何事!?どこぞで火事かしら〜といそぎ玄関を飛び出たら、消防車にサンタさんが乗り込んで、手を振ってるじゃないの。ライトで飾られているし。。。ハンメルンの笛吹き状態で、子供たちもくっついて歩いてるし。。。ハッピーホリディ!といってお兄さんが飴をくれた。メリークリスマス!と手を振ってお見送り。あ〜びっくりした。
さて、今年吟味して選んだのは、ハリーコーニックJR の When My Heart Finds Christmas。
あの指をぱちんと鳴らす感じのスイング&コンテンポラリーなジャズ。 曲によってはポップやファンク、ゴスペルの味付けもされている。 インストは本人のピアノのほかにベース、ギター、アルト、テナー&バリトン・サックス、トロンボーン、トランペット、クラリネット、そして70ピースのオーケストラ。本人のボーカルに42人のクワイヤ。。。という華やかさ。もうね、ぬくぬくとしたボーカルが余りにスウィート&キュート。心温まるおすすめの一枚です。オリジナルは1993年10月のリリースで、これまでに300万枚以上売れたそうだ。(私のCDは2007年盤)
タイトル曲(ハリーのソングライティング)の音楽ビデオがまたよい。よいこの皆さまのためだけでなく、女性ファンも意識してるよね。ハリーのドアップで始まる映像・・・。あの澄んだプルーアイにドッキリ。ウォーって、見とれること必至よ。

美しい映像、ありがとうございました、って感じでしょ。 みとれているうちに、歌詞がすっかりおざなりに・・・聞いてないし。・・・ということで歌詞の和訳です。
歌詞

僕の瞳がみつめるのはヴァレンタインの愛のカード、
復活祭の卵、そして新年のワイン。

でも僕の心がクリスマスを思うとき
僕の瞳はヌーのように輝く

日々は僕にやさしいけれど
振り返るには遠すぎる

でも僕の心がクリスマスを思うとき
君のことも思い出すだろう

天使に歌ってもらおう。僕たちのまわりで。
クリスマスなんだよ
子供たちの愛でぼくたちを包んでもらおう
陽気に笑いさざめきながら

僕の心はかつて僕にこう言った
あれこれ探すのはもうやめて、本当の夢を見つけようと。 

ぼくの心がクリスマスを思うとき
きみのことも思い出すだろう。

 
14曲中、4曲は本人のオリジナル。楽曲のアレンジ、オーケストラの編成とアレンジ、指揮ともに本人。
ポップな〔赤鼻のトナカイ〕は12人の子供合唱団が参加。〔リトル・ドラマーボーイ〕とハリーのオリジナルソングである〔(It Must HaveBeen Ol’ Santa Claus これいい!〕にはニューオーリンズのドラマー、ジガブー・モデリステ(ZigabooModeliste)が特別参加でドラミングを披露。 ご本人もニューオーリンズ生まれで高校まで住んでいた。ニューオーリンズ・アクセントがところどころ歌にでてるそうだが、私にはわからない。
イメージ 119832年ニューオーリンズジャズ・ヘリテージ フェスティバルで。コーニックJR15歳。師匠の一人ジェームズ・ブッカーIII (ニューオーリンズのジャズ、R&B音楽家)と。師匠は翌年の11月に腎臓の疾患で亡くなる。44歳まであとひと月だった。






シューベルト作曲のキャロル、〔アベマリア〕では、ピアノソロとボーカルをアレンジ。

ところで、マイケルジャクソンとの交流は?
調べた限り、直接的にはないようだ。ロンドンで、映画This Is It. のプレミアに参加。インタビューで感想を聞かれ、「マイケルのコンサートがこんな風に作り上げられてゆくことがわかり、感銘した。。。」と述べていた。
あと、ジャクソン・ジャイブ事件、覚えてますか?オーストラリアの素人芸人(?)ショー番組、ヘイヘイ・イッツ・サタデー。素人6人組がJ5の物まねを披露。そのときに顔を黒く塗り、さらにマイコーを模したらしいボーカルが白塗りで登場した。先日初めて映像を見て、あまりに芸がないので、逆におかしかったのだけど (私にはあのエミネムが基準だから)。マイケルが亡くなって数ヶ月後に放映されて、CNNが取り上げて世界の顰蹙を買ったそう。なぜかこの番組の審査員の一人がハリー。彼は0点をつけ、苦言を呈したのがこの世界的論争(人種差別か?)のきっかけ。ハリーは「もしこれがアメリカだったら、ショーは打ち切りだね」とコメント。司会者も芸人たち(実生活では医者とか放射線技師といったキャリアもつ社会人。J5の長年のファンで20年前からこのチームでまねをしていた、という)をボーイズ、と呼んだことでさらに問題を大きくしたようだった。ボーイズというのは、黒人に対する歴史的な侮蔑語だから、なんだって。もちろん、ジャズバンドのリーダーはメンバーをボーイズと呼ぶことも。ハリーだって歌中「ボーイズ!」って声かけてるしね。ジャズマスターでもないあんたに言われたくない、ってとこでしょうか。司会者は番組の終わりに、謝罪。コーニックはこの内容を知っていたらここには来なかったと、返答。
 
 
 
 

イパネマの娘

来年2月はラテンジャズ・ピアニスト、チュチョ(CHUCHO) のコンサート。今度こそ席は一番前ですわ。端っこですけど。
わが町には、ワイナリーで財産を築いた夫婦の寄付で建てられたシアターがある。 話は夏に遡りますが、MBBに「モンダビにラテンジャズが来ますよ・・・」と話題を振ると「誰〜?えっ、チュチョーー!?」と興奮気味。。。彼女はコレクションの棚からおもむろに4,5本CDを取り出し、その日はチュチョをはじめとするラテンジャズの一日。MBBも(有無をゆわさず)ご主人連れで行くことに。わたしたちは早速チケットを(仕事中に)オンラインで購入。ボサノバやサンバなど一日聞いていたせいか、この日は帰宅してから妙に元気・・・。気分も体調もよかったのはラテン音楽の「気」を浴びたから??これ、ほんとですよ。
その中の一曲が、これ。聞いたバージョンは1964年のアルバム「スタン・ゲッツ/ジルベルト」。
このアルバムで、ゲッツはボサノバとジャズを融合させました。 そして、65年のグラミーではアルバムオブザイヤーとレコードオブザイヤー(イパネマの娘)をダブル受賞。さて、ゴージャスなメンバーがフィーチャーされてます。この歌の作曲を手がけ、ピアノを演奏しているのがアントニオ・カルロス・ジョビン。 テナー・サックスはゲッツ。ギターとポルトガル語のボーカルがジルベルト(ジョアン)。後半の女性ボーカリストが当時のジルベルト夫人 (アストラッド)。彼女はそのときプロではなく、夫の思いつきでレコーディングに参加。評判がよく、夫のボーカルがカットされたバージョンがシングルとなりました。 このシングルはボサノバ人気を世界的に高め、彼女は以後プロとして活動することになります。 アストラッドが無表情に淡々と歌うボーカルは曲のムードにぴったり。彼女の顔、ちょっとエイミーワインハウスに似てると思わない?

オリジナル・アルバム


アストラッド&ゲッツ ライブ版


ボサノバは1950年代ブラジルで生まれたもの。そのパイオニアに、上記のアントニオ・カルロスやジルベルトが含まれます。 ジルベルトはギター奏法のほかに、ボーカルスタイルも確立。鼻にかかった、囁くようなボーカル。ボサノバはサンバから発展したもの。ダンス音楽サンバはブラジルと西アフリカの音楽が融合したもの。ですから、ジャズとボサノバはもともと同じ先祖をもっています。
イパネマの娘-という邦題から、ロバ飼いイパネマさんの素朴なお嬢さんの話だとずっと思ってました。原題は「TheGirl From Ipanema」。とぃうことで、イパネマ出身の女の子を歌ったもの。
イパネマはリオデジャネイロの近郊都市。 その昔はイパネマ男爵の所有する土地。イパネマは漁業に適さない「悪い水」という意味だそうです。ビーチは歌でも有名なコパカバーナビーチの隣にあり、サーファーや日光浴を楽しむ人たちが毎日集うエレガントな社交場。しゃれたレストランやカフェ、ギャラリーや劇場がある観光都市だそうです。 (ウィキ参照) 生活費も高いお金持ちエリアのようですね。さて、アストラッドが歌う英語バージョンで描かれているイパネマのお嬢さんは・・・どんな感じ??
 
 日に焼けた背高の
かわいいイパネマのお嬢さん。
横を通れば、だれもが心を奪われるよ。
 
サンバを踊るように
クールにスイングしながら歩くから。
そしてしなやかに身体をゆらすんだ。
だから誰もがうっとりするよ。
でも彼の視線は哀しげ。
 
どうやってあの娘に自分の気持ちを伝えたらいいんだい?
そうさ、彼は喜んで心だって差し出すよ。
でもあの娘はまっすぐ前を見て
海に向かって歩くだけ。
彼のことなんて眼に留めない。
 
あの娘が通り過ぎるとき、彼は微笑む。
だけどあの娘は気づかない。
 
南米美女が眼に浮かびます。(つぶやき:ミックジャガーは南米美女がお好き。 そういえば傑作「悪魔を憐れむ歌」はサンバのリズム。) インストはほかにベースとドラム。イントロから始まるジルベルトのギターテクと鼻にかかったポルトガル語の甘いボーカル。続くアストラッドのクールなボーカル。ゲッツのテナーサックス。アントニオ・カルロスのピアノソロ。聴きどころいっぱいのイパネマの娘です。 いろんなバージョンやカバーがあるけど、私はこのオリジナルが一番好きですね。

Qさま。お久しぶりです。ジャズ界にとっても大きな輝きになるはずだった星がひとつ消えましたね。 
エイミーが残した最後のリリース曲が「イッツ・マイ・パーティ」 (「Q ソウル・ボサ・ノストラ」13曲目・2010年11月リリース) だったと知り、初めて彼女の曲を聴いてみた。圧倒的な存在感のディープなボーカルはあまりに衝撃的。オリジナルはクインシーの初プロデュースで、1963年にリリースされたもの。彼が見出した当時16歳のレズリーゴアがアメリカのティーンエイジカルチャーを歌い、R&Bポップチャートで一位に。 2010年のトリビュート版にはグラミーウイナーでもあるエイミーにアルバム参加の招待が舞い込んだ。
楽しいはずのお誕生日パーティ。ボーイフレンドのジョニーが途中で消えたの。 やっと戻ってきたら、彼はジュディと一緒。ああ、なんてこと!彼女の指には彼のリングが。。。わたしのパーティだもの。泣きたくなったら泣くわ。あなただっておんなじ目にあったら泣くでしょう?・・・というティーンエイジャーの日常のひとこまを、20代なかばのエイミーはドスのきいた(ソウルな)声で歌っているのです。おまけに両腕には刺青。あまりにシュールな世界。あ、でもまてよ。 マクドナルドなんかでみかける今どきのアメリカの高校生ギャルはエイミー風で、逆に時代に合ってる、ってことか・・・。 
エイミー(ふてくされ)バージョン 「イッツ・マイ・パーティ」  
それにしても、MTVがパワーハウス(発電所)・ボーカルと呼んだ彼女の声はすごい。ディープでラフかと思いきや、つややかに伸びてゆく。引き込まれるようなパワー溢れるボーカルだ。
成功の影で、私生活ではトラブル続き。パパラッチにも追いかけられ、苦しい時間を過ごしていたらしい。アルバム2作を遺し、その若さと才能がとても惜しまれる。ニューアルバムを制作中だったという。 未完ながらもリリースを待ち望むファンは多い。その気持ちはマイコーファンならよくわかるよね。目を覆うワイルドキャット風アイラインは「世間」にたち向かうためでもある?
Qさまが追悼文をサイトにアップしていた。 ロックの歴史ドキュメントフィルムでQさまがコメントしていたのは、イギリス人アーティストほど黒人音楽のルーツに忠実で、よく勉強している、ということ。まがりなりにもそれを裏書きするようなエイミーの印象が伺われる。
エイミーワインハウスの訃報が流れたとき、僕は旅に出ていた。 戻ってきてから、この美しく才能のある女性の死を知り、どれほど深く悼み悲しんだか、今その気持ちを分かち合いたいと思う。 過去の偉大な女性ジャズシンガーについて、エイミーほど知識のある若い歌手はきょうび、いないだろう。僕たちが初めて出会ったのは、何年か前のマンデラの90歳の誕生日コンサートのときだった。実際に話しかけてきたのは、彼女のお父上で、僕に娘と2、3分話してもらえないだろうかと頼んできた。彼女は僕に会うや、手をとり、僕が50年代に作ったアルバムをいかに気に入っているか話し始めた。僕が彼女の年齢だったときに作ったものだ。驚いたよ。 彼女は僕にダイナやエラ、サラボーンと仕事をしたときのことを聞いた。そのとき彼女の眼に浮かんだ喜びの色、そして、彼女の彼らに対する尊敬の念を感じてうれしく思ったことは忘れられない。そのとき僕は、エイミーが描いているボーカリストとしてのあるべき姿を知り得た気がした。
エイミーのアーティストとしての才能は疑いの余地がない。僕は彼女の声だけじゃなく、音楽やその歴史に対する尊敬や多大な知識に驚いたものだった。 彼女とマーク (Mark Ronson: アルバムのプロデューサー。) がソウル・ボサ・ノストラの “It’s MyParty” をレコーディングしたと聞いてわくわくしたよ。  そして僕はオリジナルを自分たちで消化して作ってくれたその曲がとても気に入った。 もちろん、その曲がエイミーの最期のリリース曲になるなんて誰にもわかるはずがなかった。 でも僕はそのことをとても誇りに思う。エイミーのファンの皆さんと同じく、僕も彼女を失って寂しい。 でも僕は一緒に過ごしたすばらしい時間をいつまでも忘れないよ。(8・23・11 http://www.quincyjones.com/ )

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