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FOREVER, MICHAEL

マイケルジャクソンの音楽とアート。ジャズ・ロック・ブルースなど黒人音楽の歴史とライブ魅録。

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ブルーノ・マーズとマーク・ロンソンの化学反応で80年代のファンク、ミネアポリス・サウンドが蘇った!ロンソンのギターリフが80年代のプリンスですな〜〜。
 
ズンバのクラスで始めて知った、ブルーノ・マーズ。

ブルーノの踊りはプロ過ぎて、ついて行くのは無理だったけど、いまやダンススタジオではアップタウン・ファンクが溢れているようで、いろんなワークアウト動画でダンスの動きをブレークダウンしていました。
 
ミネアポリス・サウンドの誘惑的な音、、、ダンス、ボーカル・・・
(とくにMississippi,Jackson ♪ のピの破裂音が好み) マーク・ロンソンが紫色のソックスをはいているのがツボ。プリンスへのオマージュですね✩

UPTOWN FUNK (2014年12月リリース) *

 
・・・まあ、驚きましたね、ブルーノのキレのあるダンスムーブ、、、
頭からつま先まで、指先にいたるまでかっこいい。ルックスも。
こ、これはオフ・ザ・ウォール〜スリラーの頃のマイケルジャクソン!?
 
スタジオバージョンもすごいクールだよ♪2:31あたり、「シャモ〜〜ン♪」といってる✩


 
いろんな才能を秘めた、でもそれが全身に溢れ出ているようなアーティストだと感じました。それにしても、雰囲気が若き日のマイケルに似ている・・・。
ブルーノのこと、ちょっと調べてみました・・・。
 
ハワイ出身。85年生まれの29歳。MJと同じ8月生まれ。
すでにスーパーボールのハーフタイムショーを依頼され、ステージを行った(2014年2月)トップスターでした。

ショーを終えて、エレンのトークショーに出演。若いミュージシャンに熱いメッセージ〜がんばって練習を続けてれば、いつか夢はかなう、みたいなエールを送り、ロッキーのテーマをリクエストして(笑)、客席のファンとハグしたり、親しみやすいパーソナリティ、音楽への真摯な気持ちをアピール。一気に場を支配するカリスマ性。
「おぬし、やるな〜〜」みたいに、エレンが姉のような笑顔で拍手してました。
ブルーノのテレビデビューは4年前の、このショーだったそうです。
 
アップタウン・ファンクのプロモーションの為、マークロンソンとともにTV番組にたびたび出演。でも、彼自身の3番目のアルバム作成に集中するので、これからしばらくは「行方をくらます」そうです。いつまで?というエレンの問いに、アルバムが出来るまで、、、と答えるブルーノ。(私は既出のCD2枚ポチりました。)

マイケルとプリンスをそこはかとなく感じさせるミュージシャンですが、幼少の頃からプレスリーの物真似をし、学童時代には学校の後、ショーにでて、MJを踊り歌っていました。15歳で歌い、踊ったビリージーンを見ましたが、すでに凄いですね(キレがいい!)。ブルーノはビデオを見れば、振り付けなどすぐに覚えたそうだから、素晴らしい右脳のセンスはMJによく似てます。ジェームズ・ブラウン、プリンス、MJたちの、その飾りのない生で勝負のステージ、素晴らしい歌、、に魅了され、特に一番影響を受けたのはMJだ、といいます。その当時の子供たちはMJの音楽で育ち、それほど音楽の大きなパートをMJは占めていた。
 
クインシーとも対談してます。
 
ブルーノはMJへのリスペクトや影響をいくつかのインタビューで語っています。
たとえば・・・

〜彼は最高なんだ!マイケルジャクソンがハワイに来たとき、コンサートを見たんだ。ヒストリーツアーだったかな・・・。マイケルは僕を壊しちゃった。つまり僕は他のコンサートを見る気がしなくなったんだよ。だってこの天才歌手は人間とは思えないダンスを踊るんだから。ポップカルチャーの中でも最高の歌(つまり彼の歌すべて!)をいくつも歌い、そのステージはぶっとんでる。だから、当時の僕と同い年で、手袋を着けて、居間でムーンウォークをしない子供なんていなかったよ。〜

そうではあっても、質問者から、「あなたはマイケルジャクソンの再来ですね」、と言われれば、「それは大変なお世辞だね。彼は偉大な存在。誰も彼に取って代わることはできない。僕は最初のブルーノ・マーズになりたい」ときり返すから、本人の「俺は俺」みたいな矜持が伺えるというものです。
 
There was this real Fred Astaire, 1930’s vibe.
Just the way he took that and made it his own is
just what makes him the best.
 
本物のフレッドアステアがいた、1930年代の感性。
MJはそれを受け取って、自分のものにした。そのやりかたが、まさに彼を最高にしたんだ。(ブルーノ談)

MJをブルーノに、フレッドアステアをMJに、1930年を1980年 (ブルーノは、アルバムBADで育った)に置き換えたら、それこそがブルーノが今やらんとしている方向性あるいはチャレンジでしょうか。

TREASURE(2013)の音楽ビデオはまさにそのチャレンジ(のひとつ)だと思われます。80年代のバイブ・・・ディスコ音楽に時代の勢いが感じられます。
 
ピアノ、ギター、ドラムもこなし、一流のダンサーでもある。
多彩なタレントを持って、これからどんな方向に向かうのでしょう。未知の限りない才能を秘めて、わくわくする楽しみなアーティストです。

ステージに関しては、「他に類を見ないショーマンシップ」を持ったエンタテナーだと、MJと比較して、メディアから評価を受けてますね。米国でのチケットはすでに400ドルを越えています。正規のチケットは100ドル以下だそうですが。。。

なんでも去年のハーフショー以後、ハワイ州では「「ブルーノ・マーズ法」が成立したとのこと。48時間以内のチケット購入は、販売所の窓口でのみ可能〜とするもので、これはダフ屋行為を抑制して、ほんとのファンが正規のお値段で購入できるようにするため。果たして効果はあったのでしょうか?
 
トップスターになったから、行く先々でパパラッチに囲まれているようです。
コカインの所持で逮捕されたことも・・・(初犯で反省もしてる、ということでボランティア・ワークと罰金、1年間は何事も起こさない、ドラッグのカウンセリングを受ける・・・と言う条件で訴追は免れたらしい)。

この先、スーパーになればなるほど(すでに高額所得アーティストの上位仲間入りをしてますが)、バッシングも嫌がらせも増えてくるのでしょう。想像しがたいストレスも、ドラッグやアルコール依存の誘惑も。しかし・・・、いろんなことを乗り切って、健康で、太く長く、ミックジャガーやキース・リチャーズみたいな存在になって欲しいなぁ。
 
それにしても、90年代のスキャンダルでキャリアに致命的なダメージを受け、離れていったファンも多かったMJ。でも、マイケルのメッセージは、ちゃんと当時の子供たちの心に届いて、種をまいて、育っていったのですね・・・。
マイケルは永遠。である、と再認識させてくれたブルーノ・マーズに感謝します。
 
 


* 番外パロディ編です(こちら)。真面目な方はスルーして下さい。
歌詞がお下劣なので、、、(笑)HaHaHa〜私はおなかを抱え笑いが止まりません。。。
“MJ”さんも出てきてびっくりの展開。

end
いろんなアーティストの自伝を読んでいると、点と点が結ばれて思わぬ発見をすることがある。
 
最近読み終わったキースリチャーズ “LIFE”。その12章は80年代、ミックとの仲たがいを中心に描かれてある。この章を読んで、意外なことだったが、ミックとマイケルジャクソンの関係が私の中でつながった。
 
キースはその章で、ミックが隠れてソロ活動を行っていたことをペテン師さながらで、赦せなかった、と述べている。ミックはミックで 「キースがうちに来て汚れたズボンをリビング中に散らかしてある」(いかにもキースっぽい)のがもう我慢できないくらい、うざくなった。この感覚って、まるで倦怠期を経て離婚の危機にある夫婦のような・・・。
 
87年のQ Magazine のインタビュー(1)を一部要約すると、
ミック 〜 バンドが安泰なとき、世間は「どうして解散しないんだい?君たちのバンドは目的もなくただ同じ事を繰り返しているだけじゃないか」って言うし、解散の危機にあるときは「いったいどうしたんだ?立て直さなきゃだめだ」 っていう。ストーンズが解散したところで誰も気にしないよ。ビートルズが解散した時だって、僕はいい考えだ、って思ったくらいだから。ファンは自分の青春時代のメモリーとして、僕が払った犠牲とともにストーンズにいつまでも存在して欲しいんだと思う。なぜ僕が彼らの満足のために過去に生きなきゃならないんだい?ストーンズでは満足できないんだ。僕がほんとうにしたいことは、誰かと一緒に、10分で歌を作って、その後パブでお酒を飲むことなんだ。〜
 
作りたい音があっても、キースにここをこう変えて・・・というものなら、彼は全く違う演奏を始める。ストーンズはあくまでも5つの固体が科学反応をおこして作られるステージだから、ミックのお抱えバンドではない。自分の音を作りたい、それにはソロでやるしかない。
 
実はミックは80年代の始め、マイケルジャクソンのことが気になって仕方なかった。虜になったように・・・。82年11月にスリラーがリリースされ、世界を席巻する頃。MJのやっていることをやってみたい、それが出来るように、自分の音楽をアップデートしたい、と思った(2)。
 
ミックが本能的に愛する 黒人ブルース の血、さらに白人ポップを融合させた革新的な音楽。シンガーとして、ミックがマイケルに魅了されたのも自然な成り行きだと思う。そして、83年ジャクソンズのアルバムにゲスト歌手として招かれ、ミックはマイケルと関わることができた。(アルバムVICTORY:  State of Shock) そのとき、「二人のデュエット収録前。マイケルジャクソンがあのローリングストーンズの歌手にこういったんだ。あなたの声帯をウォームアップしてきて下さい、ってね。ミックジャガーは嫌がらずに応じたんだ。」と、音響エンジニアのブルースがレコーディングのときのエピソードとして語っている。(過去ログ) 
ミックもマイケルのようなスポンジ体質。
なんでも吸収しよう、とする真摯な歌手だ(3)。唐突にも思える二人のデュエットにはこうした背景があった。 そのとき、ミック39歳、MJは24歳だった。
 
キースの自伝に戻る。83年当時のCBS (エピックの親会社)とのビジネスについて書いてある。ストーンズはCBSと当時の社長ウォルター・イェツニコフとの取引で何枚かのレコードを出すことにした。メンバーが後に知らされて憤慨したのは、その背後でミックのソロアルバムを3枚出す、という裏取引だった。CBSはミックがマイケルジャクソンと同じくらいビッグになれると考え、実際にプロモートし、本人もその意向に沿っていたのだった。メンバーはそのことを知ると、コケにされた、と憤った・・・。
Life: p.459
 
82年にミックはI Want My MTV のアドにアーティストのひとりとして単独で出演。83年の3月。MTVは初めて黒人アーティストのビデオを流した(過去ログ)。ビリージーン。その放映に尽力したのは、マイケルの強力なサポーターであった、イェツニコフである。そしてその後、MTVはエピック制作のスリラーを巨額で購入し、世界同時のプレミア放映を行い、視聴率はスリラーを流すたびに10倍に跳ね上がった、という〔4〕。MTVにおいて、ミックをはじめとする白人大物アーティストが束になっても適わなかったほどのスリラー効果。当時のローリングストーンズレコードの社長によれば、ミックは、「マイケルに取り付かれたように、彼の生活の全てを知りたがり、コロンビアとの契約の内容も、スリラーのシングル版の売り上げも気にしていた」。84年12月に、ジャクソンズを離れソロ活動を始めたマイケルは、ミックにとって、素晴らしいロールモデルであり、成功したビジネスモデルだった。
 
80年代、コロンビア(イェツニコフ)を通して、ミックとマイケルは近しいところにいた!ここで湧く疑問―二人は親しくならなかったのだろうか??キースに言わせれば、ミックは人を信用しなくて、なかなか打ち解けない性格。ミックもマイケルも頭が切れて冷静、スポンジ体質、そして稀有のボーカリスト。似た部分が、磁石のごとく反発したのでは、という気がする。そういえば、Sっぽい魔王さまの一面もね。
 


 
注:
〔3〕 ミックは他にも気になる歌手のひとり、デビッドボウイとも濃密なデュエット、Dancing in the Streetを85年にレコーディングしている。
〔4〕 Newsweek special issue:  Michael Jackson p.59
 


イメージ 1生結弦〜音楽を奏でるようなきれいな名前ですね。 場と空気を支配するようなカリスマ性が凄い。頂点に立ったSPの選曲が印象的だった。可憐な容姿には渋すぎる大人のブルース。

曲の構成は2曲編成で、前半はブルースバラード「パリの散歩道」。アイルランド出身のギタリスト、ゲイリームーアのライブアルバム Live at the Marquee (’80レコーディング、‘92リリース)Parisienne Walkways から。 原曲はGary Moor曲、Phil Lynott 詞。パリで恋人と過ごした日々を追憶する歌。
 
さて、後半の曲。スローで哀愁を帯びたバラードから一転。あぁ。このリズムは・・・なんと大好きなエレクトリックブルース!!このシカゴブルースの曲名はいかに・・・と検索すると、

Hoochie Coochie Man 〜という曲が元曲だそうだ。

音源はJeff Healey Band のモントレーライブ。
下記動画、5:50くらいから終わりまでのインスト部分です。


2曲目のブレークダウンがパリ・・のギターイントロのあとの音とシンクロして聞える。うまくつないでありますね。バディもソチ見てたら感激したことでしょう。なぜって、この曲のオリジナルはバディの師匠、マディウォーターズが1954年、チェスレコードからリリースした曲だから。このレコーディングでは、作詞、作曲者のウィリーディキソンがベースを担当。この歌はジミヘンもバディもスタンダードとしてライブで歌っている。そしてジェフヒーリー(19662008:享年41歳という若さ)もバディやBBキングとステージで共演している。
 
「パリの散歩道」のゲイリームーアはジミの影響を受けた。バディはジミヘンのギターアイドル。ジミはバディのギターテクやかっこいいパフォーマンス(歯で弾いたり)をいただくぜ、とバディに仁義を切ったのだった。
だから羽生選手の
SPは2曲ともにシカゴブルースにつながっている、というわけ。 

実はこの後半の曲名を調べるのに、結構時間がかかった。クライマックスとも言うべき2曲目タイトルは公式に紹介されていなかったので。それは、思うに、
このHoochieCoochieという言葉(隠語)がきわどいからじゃないだろうか・・・。
 
歌詞の一部をみてみると、
 
The gypsy woman told my mother         ジプシー女がママに予言した
Before I was born                            俺が生まれる前の話さ
I got a boy child's coming                 「生まれるのは男の子   
He’s gonna be a son of a gun          たいした男前になるよ
He gonna make pretty women’s        この子は女たちを熱狂させるよ」
Jump and shout                              ・・・てね。
Then the world wanna know             世間はこの話の続きを知りたいだろうね。           
What this all about                          でも君はわかるよね。   
But you know I’m him                     僕がその坊や、なんだ。 
Everybody knows I’m him               誰だってわかるだろ。僕がそいつだって  
Well you know                  なあ、わかるだろ。
I’m the hoochie coochie man     俺さまはたいしたモテ男なんだよ。
Everybody knows I’m him                               
 

マディの歌う、The Hoochie Coochie Man について、「アメリカ音楽の歴史」ブログサイトにわかりやすい説明があったので参考にさせていただく。


〜シカゴ世界博覧会の時代(1893年)に遡って、当時 Hoochie Coochie というダンスが流行っていた。それはきわどすぎて非合法になるほど。踊るのは女性だったので、Hoochie Coochie Man というのは、そのダンスを見物する男、あるいはダンサーたちの元締め(ピンプ)みたいな男をさした。そのどちらにしても、女を支配する男の力を誇示するような、とてもセクシャルな男を意味する。マディもまた歌の中で、(女性との関わりで) 「当事者であり見物人でもある両方の立場を楽しむとてもセクシャルな男」である。足を踏み鳴らすリズムは延々と続き、マディのギターリフとリトルウォーターのハーモニカは金切り声を上げている。〜


・・・と、“女大好き、女あってのブルースマン”の本領発揮、ブルースの王道をゆくような歌なのですね。
 
この曲はヒットしたもののマディにそれほどのお金をもたらさなかった。黒人アーティストの曲をかけるラジオ局は当時少なかったし、オーディエンスである黒人の居住区ではレコードショップがあまりなくて、レコードは、床屋や八百屋、ミルクやビール、タバコと並んで売られており、販路が限られていたから。

このブルース独特の Stop-time リズムは、ミシシッピ州出身であるプレスリーの、1958年のロックンロール 「トラブル」で再現される。この歌を聴いたマディは、自分がやっていることを真似された、と思った。
(参照: 
The Story Of 'I'm Your Hoochie Coochie Man' 


忸怩たる思いだったろうけど、その頃マディには白人のオーディエンスがつき始めて、ファン層が広がっていたし、いろんな人の力で、今ではブルースはロックのお父さんとして認知され、リスペクトされているのだから、歴史はフェアな事実をきちんと証明しているものだな、と思う。
   
羽生選手もきっと振り付けのJeffrey Buttle さんから、このブルースのもつ濃厚な意味を伝授されたことだろう。「ユズル、セクシーにね。これはモテ男の自慢話なんだ」とかなんとか。後半、挑発的に、コケティッシュに演じているから。JB風セクシー仕草も見受けられ、もはやシグニチャーともいうべき、あの開脚、両手突き出しポーズでは、女子の jump & shout を誘う。(私は、イナバウワーのとき、shoutする。)
 
もし実況でアナウンサーが「羽生選手、曲はフーチークーチーマンです」って真面目に言ったら、ちょっと困る。ブルースマンのかっこよさと、羽生選手のかっこよさは対極にあるから。。。


昨夜、偶然にあわせたKVIEチャンネルで、ミックジャガーと
マディ・ウォーターズ (1913 -1983) が歌っていた。
バックではキースとロンがギター・リフしている。
ギターを弾くキース、半端じゃないかっこよさ。
イメージ 2

思い出した。。。紫煙くすぶる小さなライブハウス。
シカゴブルースのメッカ、ザ・チェッカーボード・ラウンジ。
これは一夜限りのシナリオのない、あの伝説のジャムセッションだ。

81年11月22日。
全米ツアー中だった彼らは崇拝するマディのステージを見にやってきた。
客席から呼び出され、ステージで競演するまでに時間はかからなかった。
当時40代だったバディ・ガイも途中参加。
マディを真ん中にミックとバディの3人がボーカルを演っているシーンはうれしかった。。。
ライブを収めたDVDは今年7月にはじめて公式にリリースされた。
 
今年2月の恒例・ホワイトハウス・ブルースナイトにはミックもバディも招待された。
リードボーカル的な存在のミックはオバマ大統領を無視し、
いつものように、ステージ狭し,とマイペースにエネルギー全開。
いいぞ、ミック。70歳になろうとしているのに、不良中年振りは相変わらず。
しかし、彼の動きは尋常ではない・・・。彼の父親は95歳くらいまで健在だった。
ミックも健康で長生きするんだろうな、きっと。

一方、人柄のいい几帳面なバディは、蝶ネクタイにタキシード。
こういう礼儀正しいバディが大好き。
自分の曲、スウィート・ホーム・シカゴではオバマ大統領に歌を振った。
マイクを渡したのはミックだったと思う。
オバマの歌声を聞いて、ちょっと惚れたのは私だけではないだろう。
 
話を戻して、このラウンジが今もあるのか気になって、調べた。
すると、驚くべき(?)事実が・・・。
このバーをオープンしたのはバディだった! 
72年から85年まで所有。経営はなかなか大変だった。
彼曰く、最初の10年は自分のギター演奏で稼ぐお金でまかなっていた、という。
そして89年にBUDDYGUY’S LEGENDS をオープン。

イメージ 3

大物ブルース歌手(ローリングストーンズ、B.B.KINGとか)や
ギタリスト(エリック・クラプトンとか)も出演。
2年前には、場所を旧ラウンジから数ブロック先に移転。
最新のオーディオ設備、650席。
バディのミニ美術館という趣の、大きなラウンジになった。
彼のライブは来年1月にある。チケットは55〜65ドル。
お酒を飲みながら、歌やトークがマジかに聴ける・・・きっと至福のひととき。
バディのライブは派手で楽しいのだ。
ランチもディナーも楽しめる、お勧めのスポット・・・・って、旅のガイド記事か、これは。
 
市の建築基準に合わなくなり、2003年にクローズした。
しかし2年後、地元の熱望もあって、モールの中に移転し、再オープンできた。
バディのラウンジとは車で11分の距離。
シカゴナイトはオールナイトでブルーズ&ジャズ三昧!
もうこうなったらいくしかありません。。。シカゴへ。






 参照:  KVIE
 DVD:
イメージ 1

 
Performers: Muddy Waters (vocals, guitar); Mick Jagger(vocals); Keith Richards (guitar); Ronnie Wood (guitar); Ian Stewart (piano);Buddy Guy (vocals, guitar); Lefty Dizz (vocals, guitar); Junior Wells(harmonica, vocals); George Mojo Buford (harmonica); Lovie Lee (piano); EarnestJohnson (bass); Ray Allison (drums); John Primer (guitar); Rick Kreher(guitar); Nick Charles (bass)
    グラミー・サプライズ 2012  

なぜサプライズかというと、事前にだれそれがでる、という情報が少ないのだ。だからショーの中で紹介されるゲスト・アーティストの名前に、驚いたり喜んだりする。きっとぎりぎりまで出演交渉したり、ドタキャンされたり、いろいろ事情があるのでしょうね。今年の2011−54回グラミーも楽しくエキサイティングなショーだった。そして何よりも・・・見ることの出来た場面が後の歴史の一こまとなり、その証人ともなり得る、という、将来のサプライズが待っているやもしれない。
オープニングはブルース・スプリングスティーン &E ストリートバンドが新曲、We Take Care Of Our Ownを演奏。しかし惜しくもこれ、見逃したのだ!8時を何分か過ぎてから見始めたからね。。。彼らにとってはビッグマンへのトリビュートだったに違いない。
エイミーワインハウスに続く、ブリティッシュ・インベイジョンの先鋒、アデールが6冠。ゆるぎないスーパースターへの道を約束された。喉のポリープ手術でしばらく歌えなかったが、復活。R君やJ氏がライブにも出かけ好きだという、FOO FIGHTERS。ベスト・ロック・パフォ−マンス賞を獲得。ステージでの演奏を聴いたが・・・私にはよくわからない。ちょっとピンクフロイドにも似てる?と思ったら、ピンクのカバーもしばしば演奏するそうだ。その最近のライブチケット代は35ドル。きっと数倍に跳ね上がるでしょうね、今後は。
プレゼンターの一人がダイアナ・ロス。彼女や、やはりプレゼンターを務めたスティービー・ワンダーの登場に会場はスタンディング・オベイション。大御所の存在感を醸していた。歌を期待したけど、司会のみで残念。
恒例の2011年になくなったアーティストへの追悼プレゼン。写真とともに歌が会場に流れる。エイミーもビッグマンも。 ??だったのが、ブルースの女王、エタ・ジェームズが紹介されなかったこと!やはり、各方面から疑問の声が寄せられたが、翌日ちょっと調べたけどグラミー側はきちんと説明していないかった。。。MBBはラスベガスのホテルの小さなホールでエタのライブを見たことがある。視線も会うような至近距離で、それはすごい迫力だったそうだ。
そして、ホィットニー・ヒューストン。グラミー前夜祭で歌うことになっていた。48歳。 滞在先のLAのホテル、部屋のバスタブで亡くなっていた。インタビュー時に突然踊り始めたので、娘さんが部屋まで連れて行った、という。
1991年の第25回スーパーボールで、もはや伝説となった国歌の斉唱。これは後にシングルリリースされた。私は今日I-TUNESストアでダウンロードした。
THE STAR SPANGLED BANNER (1.27, 1991 タンパスタジアム)


さて、ショーを見ながら、「スペシャルゲストも大御所が出演するよねえ。去年はミック・ジャガーとボブ・ディランだったし。。。今年はポール・マッカートニーあたりがきたりして・・・」とわたしはつぶやいた。そしてその直後 「この後、ポールマッカートニーが登場!XXを演奏します。」とCM前のナレーションが流れた!
ポールはグラミー受賞式の2日前に MusiCares Person of the Year に選ばれた。これはグラミー主催団体が毎年選ぶもの。音楽業界への貢献と人道支援に尽くしたアーティストに贈られる名誉。過去の受賞者は、今回エイミーとのデュエット「ボディ・アンド・ソウル」でグラミーを取ったトニーベネットや、クインシー、フィルコリンズ、エルトン・ジョン (ユア・ソングが大好きですわ)、ビリージョエル、スティビー、アレサ・フランクリン、ボノ、などを含む。去年はバーブラ・ストライサンドが受賞。
今年86歳の トニーベネット。ステージでは(エイミーがいないので・・・)女性カントリーシンガーとデュエット。その健在ぶりを見せ付けた。女性のエスコートがさすがに洗練されている。ビーチボーイズもゲスト出演。彼らはいまも現役でライブを続けています。
エンディングはポールがビートルズナンバーを披露。ギタリストとして、ブルースやボサノバの有名ギタリストほかがサポート参加。ポールはギターを左利きで弾くのね。
若いアーティストたちの台頭。ひしめき、凌ぎあっているトップスターたち。ショービズの凄まじい世界が見え隠れするグラミーの祭典。私たち、視聴者はそのステージを堪能し、ただため息をつく。

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