ここから本文です

FOREVER, MICHAEL

マイケルジャクソンの音楽とアート。ジャズ・ロック・ブルースなど黒人音楽の歴史とライブ魅録。

書庫ライブ魅録

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


 
グレゴリーポーター 2015ライブ
 
母はコーンブレッドが得意で、妻はロシア人。表題の歌は、今作成中の、18ヶ月の息子さんを歌った曲。そんな家族愛に溢れた、シンガーソングライター、グレゴリーポーターのライブに行ってきました。ジャズ、ブルース、ソウル、ゴスペル、霊歌、R&B―いろんな音を感じさせるなボーカリスト。広い声域を自在に駆使して、リッチでパワフルなボーカルに、ピアノ、アルトサックス、ドラム、ベースが絡む。サックスは佐藤洋祐さんという日本人。凄い演奏で、たくさんの拍手がありました。
 
マイケルや、バディガイもそうですが、黒人男性の母親に対する思いってすごいですね。ポーターもそうです。母親は8人の子供を育てるシングルマザーで、牧師をしていました。もし誰かが少しでも救いを求めていたら、心でも衣食住でも、それは彼女自身の問題となり、路頭に迷った人、父親の居場所がわからない子供たち、トラブルが起こるところに行きたがる人でした。グレゴリーが育ったカリフォルニア州ベイカーズフィールドではKKKの活動が盛んだったそうで、ポーター家の子供たちは日常的に人種差別にさらされていました。それはむごいものでしたが、母親はそんな状況から子供たちを守り、盾となりました。

ポーターの歌には、そういう母親の精神が宿っているようです。
 
ライブでも歌われたMother’s Song (母の歌)・・・ピアノとサックスのソロがジャージーなムードを醸します。
 
Listen, and gather round me children,     
子供たちよ、お聴きなさい、私の周りに集まって
children of a mother whose life lifted up love              
かあさんの人生は愛に捧げた
Listen, and gather round me children,                           
子供たちよ、お聴きなさい、私の周りに集まって
children of a mother whose life lifted up peace           
かあさんの人生は平和に捧げた
 
A mother who taught all of her children                        
かあさんは子供たち皆に教えたのです
to love and be loved by each other                                
愛し、愛されなさい
Hold your sisters hand                                                      
 姉妹が世の中を渡るとき
as she walks across life                                                      
その手をしっかり握っておやり         
and look out for each other                                              
そしてお互い助け合いなさい
Carry your brothers’ load,                                                 
兄弟の重荷はかついであげなさい
Don’t you ever, ever betray him                                      
そして決して裏切ってはいけないよ
Go to the store,                                                                   
お店に行き
buy grandmamma a pound of love                                  
おばあさんに1ポンドの愛を買ってあげなさい               
 
 
 

 
 
 
2014年度のグラミーでは、(ベストジャズボーカルアルバム賞)を、受賞しました。そのアルバムLiquid Spirit のタイトル曲はスピリチュアルな歌で、歌詞がとてもいいんですよ。
 
Un re-route the rivers                                                         
川の流れを変えて
Let the dammed water be                                                   
せき止められた水を自由にしようよ
There's some people down the way that's thirsty          
その乾いた下流にも人はいるんだ
So let the liquid spirit free                                 
だから「水の気」を解き放とう
 
The people are thirsty                                                         
そこにいる人たちは乾いている
'Cause of man's unnatural hand                                         
自然に逆らう人工の手によって
Watch what happens                                                          
何が起こるが見守ろう
when the people catch wind                                              
その人々が水の訪れを悟り           
When the water hits the banks of that hard dry land    
その水の流れが固く乾いた土手に達したとき
 


Liquid Spirit の意味ですが、、、本人がインタビューで語っていました。

「・・・水の比喩。言葉遊びみたいだけど、気とエネルギーと文化に繋がる手段としての液体。液体だったらすばやく簡単に掬えるだろ。ぼくがLiquid money を持っている、というときは、ポケットにお金が入ってる、と言う意味なんだ。だから、それはエネルギーでも、気でも、魂でも、必要なときにすぐに手に入る状態にする、ってこと・・・」
 
なるほど。気やエネルギーを体の奥底にしまっておくのでなく、水の流れのように解放する・・・と言うことかな。
 
ところで。
コンサート会場で、楽器演奏だけのジャズは、タイトルを伝えてくれる場合も在りますが、なかなかに難解です。・・・で、そのうち集中力が途切れてあくびがでてしまうこともあります。演奏者の表情や汗、掛け声を間近に出来る席なら、面白いのですけど。
 
マイケルジャクソンみたいに、右脳がばりばり活性化して音を聴いただけで、色やイメージが湧くと、どれほど楽しいかと思います。ジャズ、特に後期のビバップはほとんど難解だと思う昨今です。昨年の2月に、エスペランザ・スポルディング目当てに、ドラム、サックス、ピアノを加えたカルテット2 を聴きに行きました。ライブはビバップの大御所ドラマー、ジャック・ディジョネットを中心にビバップへのトリビュート演奏が主。エスペランザの歌を心待ちしていたのに、結局スキャット一曲だけで、残念でした。(しかも、哲学的なビバップは眠くなる・・・ zzz。)
 
その点ボーカルがはいると、アーティストとの距離感が縮まったような親しみがもてます。。。ポーターもそうでしたが、黒人ボーカリストのリズムの取り方、体の揺れときたら、まさに芸術ですね。
 
 end
 
 



 

 
 
1. 1.19.15 @ Mondavi
Performers:
GregoryPorter (Vocals)
YohsukeSatoh (Alto saxophone)
ChipCrawford (piano)
Aaron James(Bass)
EmanuelHarrold (Drums)
 
2. 2.21.14@Mondavi
Performers:
JackDeJohnette (Drums)
Joe Lovano(saxophone)
EsperanzaSpalding (Bass, vocals)
Leo Genovese(piano)
夢見心地で帰路に・・・。
ゲストのラストを飾ったのはバディ・ガイ。
そして、御大自ら、差し出した私の手の上にピックを置いてくれたのだった・・・。
バディの指が私の手のひらにタッチ・・・。
でも、ピックを凝視していて、結局アイコンタクトも御礼を言うのも忘れましたの。。。わたしの脳にはくっきり、あのピックをつまんだバディの指が刻まれただけ。
 
がんばって最前列の席を取ったので、ギタリストたちの表情も、汗も、演奏も、ワーワーペダルを踏む足もすぐ目の前で見ることができた。ドラムスの低周波がずんずん響く席。最上の音を楽しむには、オーケストラ席の真ん中後方(三角形の頂点)がベストらしいけど。私はとにかく一番前で見たかった!
 
ジミのアルバムを数日聴いて臨んだライブ。
途中休憩を入れて3時間半。ステージを見上げていたので、首が痛い。


フィーチャーされた曲の一部は・・・こんな感じ。

  • Are You Experienced?
   (with Eric Johnson, Scott Nelson,Zakk Wylde on Keyboards, Chris Layton)
  • Purple Haze
 (with Zakk Wylde, TonyFranklin, Chris Layton)
 
ザック・ワイルドの熱演!
イメージ 5

 
  •  Angel
 (with Doyle Bramhall II, Georgia Bramhall,Scott Nelson, Chris Layton)
  • Gypsy Boy
   (with Doyle Bramhall II, ScottNelson, Chris Layton)
  • All Along the Watchtower (ボブディランのカバー)

   (with Zakk Wylde, Jonny Lang, RichRobinson, Mato Nanji, Scott Nelson,

    Chris Layton)
  • Fire

   (with Jonny Lang, DoyleBramhall II, Georgia Bramhall, Henri Brown,

    Scott Nelson, Chris Layton)
  • Gypsy Eyes

   (with Kenny Wayne Shepherd,Noah Hunt, Mato Nanji, Tony Franklin,

     Chris Layton)
  • Voodoo Child (Slight Return)
   (with Kenny Wayne Shepherd,Noah Hunt, Tony Franklin, Chris Layton)


男前のギタリスト、ケニー・ウェイン・シェファードの10分以上もの熱演!
  • Big Leg Woman (マディ・ウォーターズのカバー)
   (with Buddy Guy, Billy Cox,Dani Robinson, Tim Austin)
 
ようやく御大の登場。スターのオーラでやっぱり凄い存在感。

イメージ 6


この近さ!!

弟子クイン・サリバン君も登場。祖父と孫・・・と言った風情で、息がぴったり。
バディは2曲ほど、ブルースを歌い、後は後ろでバック演奏を務めた。
バディのキューで、サリバン君は演奏を引き継ぐ。
バディ+ビリーでかけあい。


この日はビリーの誕生日。
ステージから観客に声がかかる。
私たちはステージに駆け寄り、皆でハッピーバースディを歌う
ケーキもばっちり見えました〜。
 
そのまま、立ったままで、拍手!!!
ミュージシャンたちがステージを去ると、御大だけは残り、なんとピックを配り始めた。皆わ〜〜と集まる。私も、遅れず前に行き、ギブミーチョコレート状態で手を差し出す。じゃ〜ん。(ここで、最初に戻ってください〜)
 
で、いただいたピックがこれ。
 
イメージ 3

イメージ 4

 
 
ジミとバディの関係?       
 
1967年、サンフランシスコのボールルームで、バディガイはヒッピーバンドに乞われ前座を務めた。これがうまくいったので、次にニューヨークのショーに呼ばれた。
休憩のとき、「ヘンドリクスが来ている。テープに取りたいと言っている。お前とジャムしたいって言っているんだけど。」と知らされた。当時バディはジミの名前だけは知っていたけど、彼のレコードを聞いたことがない。彼を取り巻く大騒ぎも知らなかった。
「いいよ。録音しても。ジャムもやらせろよ」と答えた。
 
ジミはレコーダーをバンドスタンドの前にセットし、後ろでやるのに慣れている、と言った。ジミは見かけはワイルドだが、控えめな態度だった。彼がなかなかいいブルースマンだってことは彼のソロを聞けばわかったし、自分と同じく、新しいサウンドを探っていたから、多少はずれても気にならなかった。ジミはワーワーペダルを持参し、それを使って効果音を作った。ヘンドリクスがいっぱしの奴だってことは、聴いてわかった。

そのセットが終わると彼は謝意を述べた。
「あんたは俺の先生の一人だ」と言った。
お世辞を言われたけど、レッスンになにがしかの謝礼が払われたかどうか記憶にない。彼に幸運を祈り、その後ふたたび会うことはなかった。


バディ自伝より抜粋訳。
p.202-203, WHEN I LEFT HOME – MY STORY, BUDDY GUY: 2012
  
                 

ベーシスト、ビリーコックスは73歳。ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスとバンド・オブ・ジプシーズ、両方に参加していた唯一の存命するオリジナルメンバー。ジミとは1961年、徴兵先(陸軍)で出会った。友達になった二人は退役後、ナッシュビルのクラブやチトリン・サーキットで移動しながら演奏した。ジミはその後、ナッシュビルを出て、不遇のまま、全国を廻っていたが、ニューヨークでChas chandler (英国のレコードプロデューサー、音楽家) に見出された。チャスはジミを英国に誘い、そのとき、ジミはビリーに、一緒に行かないか、と声をかけた。
 
このツアーの主催会社、エクスペリエンス・ヘンドリクス社の社長はジミの兄弟。彼によれば、ジミは「エレクトリック教会」と言うコンセプトをよく口にし、それは音楽で人を結ぶ〜ということなのだそうだ。そのコンセプトを体現したツアーは足掛け9年になる。
 
ステージはこのように、ワーワーペダルやケーブルやワイヤーが散らばっている。
60年代のステージって、こんな感じだったのかな?


イメージ 1

イメージ 2

 
イメージ 7




7月7日〜8日と、連日40度を越す砂漠の不夜城、ラスベガスに出かけた。目的は、シルクのショー。同行者は、去年、MJメモリアルツアーでロスに一緒に行ったEさん。今回は最前列、ど真ん中のチケットを取った。2年前の1月に隣町サクラメントにシルクがやってきた。チケットは中央1階席で数万円だったから、サイドの2階席にしたけど、それでも結構なお値段だった。業者が大量に買占め、再販したためだ。大都会でもない地方都市で、あのプレミア価格が捌けるはずもなく、中央の席が大量に空席だった、という悲しさ。今回はホテルでの長期講演。正規のお値段で、よい席が確保できた。
 
イメージ 1

MICHAEL JACKSON’S ONE 

シルク・ドゥ・ソレイユ〜ショー魅録

とにかく、一番前の席で見たかった!シルクのショーは今回もMJへの愛とリスペクトに溢れ、「マイケルジャクソンがいかに生きたか」を魅せてくれた。

会場はほぼ満席。開幕前のステージにはMJのアイコン〜ラメの手袋、靴とソックス、帽子、サングラスなどがホログラフィックで浮かぶ。音響とビジュアル効果は最新技術を駆使とのこと。通常の音響装置に加え、スピーカーは各客席の椅子にも3つづつ仕込まれ、肩のあたりで間近に聞えるマイケルのボーカルに思わず振り向いたものだった。会場全体の音響と、耳元で聞えるような親密な音が、レイヤーで重なって、ホロフォニックサウンドを聴かせる。そして低周波のベイスやドラムスの音がずんずん伝わって、実際のバンドはいないのにライブ感が最高だった。劇場の左右の壁にも大きなマイコーのグラフィックが映写され、気をとられていると、天井からさあっと、星のようにきらめきながら俳優たちが降って来る。
 
特に印象的な場面が3つあった。
ひとつめ。スム・クリの傾斜を目の前で見ることが出来たこと。しかもダンサーが去ったあとで、靴を引っ掛けるボルト(フック)が、おごそかにステージの床下に引っ込むところを見た!あぁ、これが有名な仕掛け・・・!!なんか、かわいいなぁ・・・と思いながら、ボルトをお見送り。ボルトはペアだった。

ふたつめは、マンミラ・・で、ダンサーに混じってマイケルのホログラムが登場したこと。まるで、ステージにマイケルが現れたようなイルージョン!!彼は踊り、歌い、ときどきゴールドの光の粒になって、ぱっと消え、そしてまた現れる。聖霊のように。光の粒に包まれたダンサーは、聖霊からインスピレーションを受けたように、マイコーの伝道者となる。・・・ラストで、その光の粒は、アフロヘアの少年、マイコーになり、客席はわぁ、という歓声とため息に包まれた。 この夜、ラスベガス、ホテルマンダレイの劇場に集った皆さんがひとつになったような瞬間だった。

3つめは、幻の「This is it ツアー」で演じられる予定だった、女性のアクロバティックなパフォーマンス。空中でロープを操りながら、重力に逆らうようなすごい動きを繰り出す。目の前だったから、エレガントな動きのなかから、緊迫感が伝わり、凄い迫力でしたね。
 
ステージのみならず、会場にもいろんな仕掛けがしてあるので、目配りしなきゃならない。『ほら、そこのあなた〜ぼぅっとしないで、こっちよ〜』と手招きされてるかのよう。。。とてもインターアクティブな演出だ。 スリラーのとき。きっと何かあるな、と思い、見回すと、やっぱり・・・ゾンビが知らぬ気にお客さんの横に座っていた。その席の人はステージに夢中で全く気づいてなかったので、その情景(2ショット)がおかしいったらない。会場のあちこちで出没していたらしいゾンビは、やがてステージにざわざわ集まり、ゾンビダンスが始まる。。。
 
視覚、聴覚、のみならず、触覚、臭覚でもショーを体感。ドライアイスのスモークに包まれ、会場に落ちてくる霧雨(ストレンジャー・・のとき)に濡れた。オーディオ機器や照明の焦げたような匂い、舞台装置、装飾、衣装、香料、などがミックスされたステージ独特の匂い。フィナーレでは俳優さんたちが会場に降りて来た。立ち上がって拍手する私たちの前を、かろやかに過ぎてゆく俳優さんたちは、わりと小柄。最前列の特権で、皆さんとハイタッチ。素晴らしいESCAPISM をありがとう。
 
We Are All ONE.  「僕たちはみんなひとつなんだよ」
マイコーの普遍の哲学が、ショーの基幹をなす。プラネットアースの詩が流れたときは、鳥肌がたった。マイコーのかっこよさ、知性、優しさ、芸術。シルクは本当に「マイケルジャクソンがいかに生きたか」を見せてくれた。マイコーのファンであることが誇らしいなぁ、と思えるショーだった。 

シアターエントランスのサイン。
イメージ 4






 
イメージ 2ジェニファー・バッテン風女性ギタリストを演じた俳優さんが投げたピック。拾いました!
劇場にはカジノを通ってゆく。MJのスロットマシーンもお目見え。
なんて心くすぐる、おもてなしでしょう。

イメージ 3



・・・さて、以下はLV滞在備忘録です。。。
〜ラスベガス魅録〜
朝7時のフライトでベガスまで1時間15分。ショーがあるマンダレイ・ベイ・リゾートホテルにシャトルで向かう。とりあえず荷物を預け、コンシェルジェで情報収集。ホテル内のハウス・オブ・ブルースに入り、ビールで乾杯。一日の予定やディナーのレストランを決めたり、ハワイ出身のバーテンダー君と歓談したり。
イメージ 5
                       (House of Blues:  写真はEさん提供
11時にはチェックインできる、ということで、まずは10時にオープンしたボックス・オフィスでチケットを発行してもらい、劇場横の、マイケルグッズのお店に入った。このマグカップ($15)を購入。ショーのロゴの入った黒いビニールバッグに入れてもらった。帰宅してから気づいたのだけど、カップの底が一部欠けてたっけ。読者さまもアメリカのショップではお気をつけ下さい。店員さんがおおざっぱだからね。かなり大きいマグカップ。氷がたっぷり入るので、アイスコーヒーを飲むときに使ってます。空港では シルクのONE Tシャツをきた良い子やアダルトを見かけました。
イメージ 6

イメージ 7

ホテル内のアクエリアムに行き、亀やらサメやら見ていたら、なにやらハワイにいるような感じ・・・。ホテルが連なる一帯を The Strip と呼ぶ。トラムでホテル間を移動できる。途中、パブに入り、ビールで乾杯。 7時に予約したシーフードディナーに備え、ランチは軽く前菜のサンプラーをとる。
イメージ 8

ストリップを散策し、ホテルに戻って休み、夕方陽射しが落ち着いてから、ビーチにしつらえたプールサイドへ。良い子たちに混じって、波のプールに浸り、楽しんだ。 
レストランは劇場のすぐ傍。フレンチの白ワインで乾杯。前菜はオイスターのサンプラー。メインはふたりとも、ロブスターと海老、リゾットのコンビネーション。サイドは卵を添えたスパニッシュ風アスパラガス。9時30分からのショーに備え、仕上げは眠くならないようにコーヒーを注文。ゆっくり食事して、1時間40分経過。
イメージ 9
                             (お料理はSurf N Surf:  写真はEさん提供
さて、いよいよショーの開幕。会場前もショップにも人が溢れている。午前中人がいない時に、写真を撮ることができたよかった・・・。
イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12
本人使用のもの。
イメージ 13

カジノは肌寒いくらい冷えていて、エアコンの消費がすごいだろ、これは・・・と思ったことでした。
end.


 
先日、今回で2回目のライブに行ってきた。
新アルバムRHYTHM & BLUESの全国ツアー。
74 YEARS YOUNGを途中から現在の77歳に置き換えて歌う、バディのライブは3年ぶり。会場がサンタローザ市(ワイナリーと農業が主な産業)であるためか、白人のファンがほとんど。そしてコール&リスポンスも、息もぴったり、円熟の関係といった趣。笑い声や歓声の絶えない、にぎやかで楽しいコンサートだった。
 
バディガイの暖かい笑顔にはもう心がほかほか湯気が立ちそう・・・。
といいますのも、例によって、ライブ半ばにステージから姿を消し、客席のうしろから登場。お顔をじっくり拝めたんですの。お行儀のよかったみなさまは、突然77歳のアイドルを激写するファンと化し、


      イメージ 1


・・・なのに、スマホでぱちぱち撮るわ、レコーディング始めるわ、で、一瞬にしてマナーが崩壊したのでした。かろうじて撮れた写真はこれ・・・。


イメージ 2

イメージ 3


でも、「目が合った」(←勘違いか!?)ときの満面の笑顔は脳へしっかりインプットされてます・・・♪
 
ここ数年、バディは若い(アマチュア)ギタリストをステージに上げ、即興演奏を楽しんでいる。今回も10歳の地元ギター小僧くんが競演。。。ラスト近くなると、恒例でバディがギターのピックをファンに投げるんだけど、そのときに親がね、アピールするわけです。この子ブルースできますよ〜って。で、ステージ上でバディのギターをかけてもらい、バディのキューで、コール&リスポンス。即興ジャムだから、見ているこちらも楽しい。
 
今回のステージの前座が、やはり上記のようなシチュエーションで見出された、ブルースギタリスト&ボーカリスト、クイン・サリバンQuinn Sullivan)君。若いっていいね〜♪ 歌も演奏も魅せてくれました。14歳だけど、すでにCDデビュー。エリッククラプトンとの共演、スイスモントレーのジャズフェスなどにも出演。

8歳の彼が、バディのステージでジャムった映像 をみた。ソロでうまく演奏できる天才キッズたちは多くあれど、即興でジャムるのは、直感力やセンスが試されるのではないだろうか。バディのボディランゲージやキューを見逃すまいと、一生懸命に見つめる少年。ちょっと過酷な感じを受けるほど、の、ジャム。サリバン君はツアーに参加する機会をもらい、バディを師匠と仰いでいる。本編のステージ最中にも呼ばれて、ジミ・ヘンばりにワーワーペダルを踏みながらギターテクを披露。

孫とおじいちゃんの競演。シカゴブルースは間違いなくこの若者が受け継いでくれる・・・そんな感動に包まれながら、あたたかく見守る会場でした。
 
サリバン君は白人。1936年にルイジアナ州で生まれたバディは差別をいやと言うほど経験したに違いない。雄たけびを上げるような、官能的な音を聴かせたあとに、一転して静かなるバラード、SKIN DEEPに入る。
 
SKIN DEEP (アルバムSKIN DEEP: July, 2008より:拙訳)
 
1・・・この世に生まれていろいろ見聞きしてきたけど
悪いことと正しいことの区別はつくってもんだ
昔からいつも白か黒か、で決められてきた
本の中身はカバーで判断できないだろ
だから僕たちは皆気をつけなきゃならない
お互いどう向き合うかってことに
 
*・・・スキンディープ
スキンディープ
皮膚の下は皆同じ
スキンディープ
スキンディープ
皮膚の下は皆同じ
僕たちは皆同じなんだ 
 
2・・・ルイジアナに一人の男がいた
彼は僕を絶対、名前で呼ばなかった
「坊主、これをやれ。坊主、あれをやれ」と言うだけ
でも僕は不平を言ったことはないんだ
彼はいい奴だったからね
でも彼はわかってなかったんだろうな
僕は他のやつらと同じように扱って欲しかった、ってことを
 
 
3・・・僕は息子のそばに腰をおろし、
彼が十分に物事を理解できるようになったときに、こういった。
「この大きく広い世界で、君はいろんな人間に出会うだろう。」
「息子よ、」僕はことばを続けた。
「その出会いはたった一つの単純な法則にいきつくんだよ。
自分がそうされたいと思うことを、相手にしてあげる、ってことだ。」
わかるかい?
 
 
こんな歌を作るバディだから、今年のホワイトハウスで行われたブルースナイトでは、蝶ネクタイにタキシードでオバマ大統領に敬意を表していた、こともうなずける。(永遠の反逆児ミックはジーンズにTシャツだったけどねっ。)
 
 水玉とバディ
 
今年7月にリリースされたCD「リズム&ブルース」は2枚組21曲入り。さっそくアマゾンでオーダー。
(こんなに大判振る舞いなさって、よろしいんですの??って感じです。) 

このアルバムカバーでもバディは水玉のジャケを着ている。水玉は彼のトレードマーク。ステージのマイクの下は水玉のカーペットが敷かれる。


イメージ 4水玉、といえば、草間弥生さん(過去ログ)を思い出す。彼女には周りのものが水玉や網目に見える―という幻覚症状があり、その恐怖から逃れるために、それらのイメージを紙に書き留めるようになった、そうだ。水玉が経文のように悪霊を寄せ付けない、ということだろうか。

バディの水玉にも、似たような祈りがこめられているのかもしれない。




イメージ 5






AHMAD JAMAL ライブ


ネキュンなときめきの演奏をありがとう、って感じです。
ピアノの音とアンサンブルのリズムの掛け合いが始まると、
もう、どきどきと心臓が波打ち始める。
たとえばモールなんか歩いていて、マイコーに似ている少年と目が合い、
にっこりしてくれたとき。「ああ、マイコーだ!」と、WATASHIの心は
とろけそうになります。何か懐かしいような、どきどきする、
そんな State of mind といえましょうか。

この夏、マイルスデービスの自伝を読んでいて、アーマッド・ジャマールの名にぶつかりました(1)。1953年、マイルスの姉ドロシーがシカゴのペルシャンラウンジから公衆電話をかけてきて、今聴いたばかりのピアニスト、アーマッドジャマールっていうんだけど、気に入るわよ、とマイルスに伝えました。マイルスは実際に聴いてみて、
打ちのめされたのです。ジャマールの「間」、タッチの軽さ、表現の奥ゆかしさ、音符やコード、節の区切り方、をひどく気に入り、のちのち影響を受けた、といいます。
 
実際、ピアノ演奏は、ボーカルでいえば、間をとって息を吐き出す「ッダ」スタイル。
マイルスのトランペットと似てるなあ、と感じました。

ビバップは目の回るようなスピードと即興で常に進化してゆくスタイルだといいます。
だから時に難解で、テクニックの凄さを競ったりしたそうですが、
そこへ「スペース」というコンセプトが入り込み、いわゆるクールジャズ
と言うスタイルが生まれた、と言うふうに理解しています。
ジャマールはビバップ以後クールジャズのフロントランナーのひとりだったわけですね。
 
マイルスより4歳下、1930年生まれで、60年以上のキャリアをもつ83歳。
名前がイスラム風なのは、モスリムに転向したから。

ライブはカルテット編成で、ドラムス(Herlin Riley)、パーカッション (Manuel Badrena)、ベース(Reginald Veal) が加わります。このメンバーがまた、よかった!!
なんと息があっていたことでしょう♪ 
特にドラムスは常に正確なリズムを刻み、1時間半のあいだ、グルーブを維持していたのでした。はあ・・・凄いです、この方。。。
そのアンサンブルの見事さが伺える近年の演奏です。
(ただ、ベースは違うメンバーです)
 

 
クリントイーストウッドはジャズやブルースを自分の映画でよく使用しますね。 アーマッドのアルバムPoincianaからタイトル曲が、映画「マディソン郡の橋」に使用されました。スタンダードな曲なのでどこかで耳にしたことがあるのでは。ライブは年配の方が多かったですね。会場は2度、スタンディングオベーションでした♪
 
1.     MilesThe Autobiography: Simon and Schuster: 1989  p178


イメージ 1


10・12・13 8:00pm @Mondavi Jacson Hall Jazz Series Event
 
 
 

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

松
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事