松江ゴスペルチャーチ Matsue Gospel Church

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Read the New Testament in One Year
全員で同じ箇所を一日一章読み、一年で新約聖書を読破します。
9月1日からスタートしました。一緒に頑張りましょう。
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使徒19章

今日は使徒19章です。

「・・・その値段を見積もってみると銀貨五万枚にもなった。」(19:19)

前章23節からパウロの第三次宣教旅行が始まります。そのおもな宣教地となったのがエフェソです。滞在期間は三年(20:31)です。

パウロの宣教は言葉だけによらず、神の奇跡と共に進められました。ところが奇跡は神を信じない者たちには大きな誘惑となったのです。以前にも言いましたが、現象だけにとらわれることは間違っています。

スケワの七人の息子たちは「主イエスの御名」そのものに呪術的な力があって、奇跡を起こす呪文のように考えていたのでした。無論、彼らによって奇跡は行われるはずはありません。そればかりか悪霊に攻撃され、命からがらその家から逃げ出すのです。

おもしろいのは、この出来事がエフェソの人々に信仰を与え、神の御名があがめられる運びとなったことです。

二つのことが起こりました。まず、自分たちの悪行をはっきりと告白したということ。もう一つは、魔術を行っていた者たちが回心し、それに関する書物を焼き捨てたことです。いずれの行為も主イエスを救い主として積極的に受け入れたことを示しています。

このように明確な回心はその人に決断と行動を起こさせます。新しい命に生きる者となったからです。まさに救いはその人の内に革命を起こすのです!

God bless you!
MGC

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使徒18章

今日は使徒18章です。

「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。」(18:9,10)

この言葉はパウロがコリントにいる時に幻の中で聞いた御言葉です。神は反抗者たちに怯むことなく大胆に御言葉を語り続けるようにと、幻を通してパウロを励まし勇気をお与えになったのです。

つまりこれは宣教の働きを遂行するために語られた御言葉なのです。神に従い続ける者が受ける様々な戦いや苦しみ、悩みに対して、「恐れてはならない。わたしがあなたと共にいるから。」と約束して下さっているのです。

「困った時の神頼み」ではなく、どんな時も神を信頼し、神に従うクリスチャンとなりましょう。

神は神に従う者を決して見捨てたりしません。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイ28:20)と約束してくださった主は今日もあなたと共にいて下さるのです。

God bless you!
MGC

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使徒17章

今日は使徒17章です。

「・・・素直で、非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた。」(17:11)

テサロニケから追い出されたパウロとシラスはべレアでも臆することなく福音を語ります。ベレアのユダヤ人たちは非常に素直な人々で御言葉を熱心に受け入れ、自分たちの手で聖書を開き、学ぶことを日課としました。福音に対する真剣さが伝わってきます。神への飢え渇きが彼らの心を聖書へと向かわせたのです。

毎日聖書を読むことは初めのうちはなかなか難しいものです。しかし、毎日続けていくと習慣になって苦にならなくなります。一日一章読むことが大変な人はまだ習慣になっていないのです。

クリスチャンになって何年も経つのにこの習慣が付いていない人は神の言葉を軽視しています。少し厳しいようですが、御言葉を聴くだけではなく、自らの手で聖書を開いて読まなければ、いつまでたっても成長しません。

是非毎日聖書を読み続けてください。聖書にはあなた個人に向けられたメッセージがたくさん語られているのです。
お一人お一人が聖書を通して神としっかりつながった歩みをしていきますように祈ります。

God bless you!
MGC

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使徒16章

今日は使徒16章です。

「パウロは、このテモテを一緒に連れて行きたかったので、・・・」(16:3)

パウロの第二次宣教旅行が始まります。(新共同訳聖書の方は地図の8を参考にして下さい。)

パウロはデルベ、リストラと以前宣教した所へ再度訪問に行きます。それはすでに救われた人々を励まし勇気付けるためでした。そして、そこでテモテに出会い、彼に割礼を施すのです。15章のエルサレム会議で決定された内容と矛盾しますが、福音の内容を理解しながらも、あらゆる観点から非難されることのないようにあえてテモテにこの儀式を授けるのです。パウロ自身「ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。」(汽灰螢鵐9:20)と言っているとおりです。

さて、パウロはテモテを「信仰によるまことの子」(テモテ1:2)と呼ぶほどに愛し、可愛がって、彼をこの宣教旅行に同行させ、パウロの伝道スピリットを学ばせたのでした。

このように新しく救われたクリスチャンはすでに救われているクリスチャンを見て育ちます。礼拝の姿、祈りの姿、証の姿、奉仕の姿、クリスチャンとしての姿を見ながら学んでいくのです。そして、教える者も教えられる者も共に成長し、キリストに似せられていくのです。

God bless you!
MGC

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使徒15章

今日は使徒15章を読みましょう。

「わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」(15:11)

この章にはエルサレム会議の記事が記されています。主要な主題は「救われるためには割礼を受けなければならないか」ということです。そのように主張したユダヤ主義者と「主イエスの恵みによって救われる」と信じていた人々との間に争いが生じたのです。

そこで使徒たちと長老たちは集まってこのことについて議論をした結果、「割礼を受けることではなく主の恵みによって救われる」ことが確認されたのです。神はこの混乱を知っておられたので、あえて先に異邦人を救われたのでしょう。

福音に生きるとはこれまでの古い常識や古い価値観に生きることではなく、神の恵みに生きることです。私たちの努力や才能で救われるといった考えを捨てなければなりません。このように誤った信仰や思想が生まれてくる可能性は常にあります。だからこそ教会は必要なのです。このエルサレム会議を通して、そんな独自の信仰の持つ危険性を垣間見るのです。

God bless you!
MGC

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