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高校生のための小論文講座

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日本人のアイデンティティ(5)

 日本的景観とはどのようなものか、この問いかけに多くの日本人は“古都奈良や京都の歴史的建造物”を思い浮かべるだろう。例えば、法隆寺や東大寺といった寺がある。この場合における歴史的建造物とは言うまでもなく木造建造物であり、伝統的景観を生み出すものである。木造建築物は数十年で建替えなければならない点において、消費財であるのかもしれない。だからこそ、高層マンションやビルが注目されているのであろう。しかし、消費財となるはずの木造建築物の一部はなぜ修理を重ね保存されけているのか。
 おそらく、「文化」という日本人の大好きな伝統が消費を踏みとどめているのだろう。もし京都を第二の東京のように都市化しようという計画が起こるならば、「日本文化がなくなる」「伝統を壊すな」といった声ががるのは目に見えている。このように、日本人のもつアイデンティティとは、消えることのない文化に基づいているのだ。
 したがって、文化を織りなし、数百年をも超えてたたずむ木造建築物は、視覚的に伝統を捉える唯一の存在だと呼ぶことができる。そのため、今もなお、さらに多くの文化を取り込んでいるのだ。(あいうえお)
【短  評】
 まあまあの論考である。まちがいなく感想文の域を脱し、明らかにひとつの論文の体をなしている点は評価に値する。
 しかし、「『文化』という日本人の大好きな伝統が消費を踏みとどめている」の箇所の意味がつかみづらい。①この場合の「文化」とは何か、②そして、「文化」を好むのは日本人に固有の属性なのか、③また、この際の「消費」とは何であるかが詳らかではない。さらに、筆者(あいうえおクン)が言うところの「文化」とは法隆寺や東大寺などの木造の歴史的建造物だけなのか。逆に言って、石造建築物や鉄骨および鉄筋コンクリートから成る建造物は歴史的な文化遺産に成る可能性はないのか。つまり、古墳や塚山は「文化」ではないのか、さらに利根川の東遷事業のように河口を変更された例は「文化」ではないのか。
 要するに、用語についての吟味が不完全なまま論を進めているため、一つひとつの規定に読者は戸惑いを覚えてしまうのだ。(55点)
【文章作法】
1)表記法。1行目:①“古都奈良や京都の歴史的建造物”→ 古都である奈良・京都の歴史的建造物  敢えて“ ”で括る必要はない; ② 4行目:消費財→耐久消費財とさえ言いがたい、単なる消費財あるいは消耗財
2)読点過不足(5か所)。
3)誤字。第二段落3行目:上→挙
【内容コメント】
 筆者によれば、木造建築物は耐久性に乏しい、一種の消費財とみなすべきことを前提に論を進めている。おそらく筆者の頭にあるのは木造住宅であり、それが経年によって価格が漸次下落していくことに刺激され、木造の民家は20年または30年、長くても50年しかもたないという認識に染まり、法隆寺や東大寺のように1千年を超す木造住宅が今もなお雄姿をとどめているのは補修に補修を重ねた結果だと考えているのではなかろうか。
補修についてはたぶんにそうだが、筆者の認識には誤りがある。つまり、木造建造物の“寿命”はふつうに考えられているよりもずっと長いのだ。たとえば、ヨーロッパの木造建造物(民家を含む)でも数百年を超すものはどこにでも多数残っている。ヨーロッパの気候は乾燥度が高く、その意味で木造民家も風雪に長く耐える。キミたちも写真などで、ハーフティンバーの民家で風情の溢れる建物を見たことがあるであろう。アヴィニョンの法王庁は14世紀初の建物だが、中の構造はすべて木骨だが、時間の経過を感じさせない。
木造民家のせいぜい数十年と歴史的建築物の1千数百年の差は補修のいかんもあるが、主たる原因は建造当初における目的の違いにある。建材の木の欠点は火と水と虫に弱い。つまり火災(落雷を含む)、水気、シロアリに対し致命的な弱点をかかえているのだ。件の歴史的建造物は建築にあたって耐候性を十分に意識し、屋根部分と基礎部分に水が浸入せぬように配慮されている。そして、少しでも虫害の痕跡が認められると、それが拡がらぬよう点検と部材取り換えが頻繁に行われる。火事については火気厳禁の措置と防火装置の常備、消防の初動体制づくりに万全の備えがある。
では、石造構築物や鉄筋コンクリート構造物、鉄筋構造物の耐久力は永久的かというと、そうでもない。セメントで覆われても鉄筋は腐るし、セメントそのものが長期の風雪を受けた影響で脆くなり、最後は崩れてしまう。鉄筋構造物はまだ百年ちょっとの歴史しかなく、実際に崩れている例はないが、放置すればやがては朽ち果てる可能性はある。鉄橋も同じ運命を辿るはずである。今や建物が古く狭くなりすぎただけでなく、管渠の老朽化とITネットが欠如しているため、建替え工事で建物全体が人為的に破壊される例は枚挙に暇ない。
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 課題文において日本人はアイデンティティが希薄であるという風説が紹介されているが、そもそも「アイデンティティ」は西洋的な価値観でなかろうか。
 日本は長く平和を享受してきた一方で、他国との外交はあまり頻繁に行われてこなかった。そして、日本特有の文化は特に外交が頻繁に行われなかった時期において花開いたものが多い。これは、常に隣国をはじめとする国々と活発に外交が行われるで成立した西洋の文化とは異なっている。言い換えれば、西洋は他国と比較して、自国のアイデンティティを確立した。比較するのだから、価値観はもちろん統一されていく。これに対して、日本は日本国内において独自の価値観で比較しているがゆえ、国としての「アイデンティティ」を必要としなかった。
 今日の日本は、西洋をはじめとする数多くの国々と外交を行っている。そので、西洋的に「アイデンティティ」をって日本を紹介するのも良いだろう。しかし、「アイデンティティ」を必要としない日本的な価値観が今なお存在しつづけているのも、また事実だ。(ミッキーB)
【短  評】
 筆者(ミッキーBくん)は味なことを言う。そもそも、用語としての「アイデンティティ」は異文化との比較を強いられてきたヨーロッパ的な概念であり、狭い島嶼国家の必然として国際的な付き合いを強制されなかった日本では「アイデンティティ」を云々する必要を感じることなく、粛々と我が道を進むというかたちで自文化を築きあげてきた、と。
 こうした斬新な着想は大いに買える。たしかに、「アイデンティティ」を和訳するのに苦労する概念である。「自分らしさ」「自己同一性」とふつうに訳されるが、そう訳されたところで、分かったようで分からないような気分に襲われる。つまり、同一人種、同一民族、同一文化、同一の歴史を歩んできた日本人には他との比較をおこなう必然性がなかったのである。当然、人びとの心のもち方も大差ない。だから、言葉を発しなくても、相手の気持ちは察知できるのだ。「目は口ほどに物を言う」世界で万事がうまく運んだのである。
 上掲文がそうした指摘にとどまっていない点もよい。つまり、国際化が進んだ今、異文化世界との接触は避けられなくなっており、そのためにも西洋的な「アイデンティティ」をもって日本を紹介する時期に差しかかっているという。それにもかかわらず、内に(同国人に)向かっては「アイデンティティ」なるものを意識する必要はないという。すなわち、外向けの顔と内むけの顔を使い分ける二重の対応が許されるというのだ。(80点)
【文章作法】
1)ひらがな表記。5行目お呼び末尾3行目の「中」と末尾から2行目の「持」。 これらは形式名詞であるからだ。しかし、漢字で書いてもまちがいではない。
【内容コメント】
 アイデンティティ危機がどんなものか、評者の実体験を紹介させていただく。
評者は30歳で初めて単身で海外生活を経験した。その時受けたショックはあまりにも強烈で、気が動転しまうこともしばしばだった。最初にとった宿でまず心中に湧いたのは「後悔」の念である。目に入る風景よりも人との接触を通じての価値観の違いのほうが強烈だった。まるで「善」と「悪」、「美」と「醜」が逆転した世界に足を踏み入れてしまったかのような感覚に襲われた。フランス人が親切心を態度で示してくれた時もそうは受け止められず、逆に、こちらのほうから親切心な行動をしたときは、置き引きと疑われて激しく「ノン!」という言葉を浴びた。
 やがて語学学校に通うなかで邦人の知り合いができた。その人は小生より数歳年長の銀行マンだったが、毎週航空便で日本の『朝日新聞』を受け取り、それを読み終わると小生にくれた。ところが、そこに記載されている故国日本のニュースや写真をみても、それがどうしても外国の出来事のように思えて仕方がなかった。慣れ親しんだ選手の活躍するスポーツ記事でさえそんな感じである。つまり、環境が激変したせいで、いわば「茫然自失」という用語がぴったり当てはまる状態である。これぞ、「アイデンティティ危機」というべきものだろう。
 逆に、1年半の留学を終えて羽田空港(当時成田は造成中)に到着して日本語のアナウンスを耳にしたとき、言葉の判る外国に来たかのような錯覚に襲われた。つまり、往った時も戻った時も似通った心境に襲われたのである。
 もうひとつの別の例を紹介しておこう。20歳前後の日本人のコック見習いとパリの鉄道駅で会った。困まった様子なので声をかけると、これからレストランでの修行のためにリヨンへ行くという。パリに到着したのはいいが、言葉が不自由で宿が取れないという。そこで、小生が宿泊していたホテルに一泊だけなら泊めてあげようということになった。
その彼と一緒にスーパーに買い物に行った。買い物を終えて支払いの段に及んだとき、レジ係の女性は当方が差し出した紙幣にボールペンで数字を書いて合計額を示したうえ、釣銭のコインを手に握って「バン!」と大きな音を立てて投げ出した。そうすると、傍で見ていたコック見習いは怒りだしてしまった。大声で何かを言おうとしたので、小生は慌ててそれを押しとどめた。つまり、こちらが差し出した紙幣にボールペンで数式を書き、釣銭を投げてよこすような無礼な態度に怒りを覚えたのだ。明らかに文化摩擦が起きた瞬間なのだ。フランスでは紙幣は神聖でない単なるモノにすぎないし、小銭を投げ出す行為は、まちがいはないはずだから、ちゃんと釣銭を確かめよ!という合図なのである。小生からその説明を聞いた件の人はホッとした表情に変わった。
アイデンティティを後列に意識するのはこんな瞬間、つまり文化摩擦に遭遇した時なのである。したがって、異文化体験はその人の視野を拡げる意味で非常に重要なことなのかもしれない。
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 課題文では、「国民としての一体感」は失われているように見えるだけであると書かれているが、スポーツの世界大会であったり、政治への関心を中国や韓国と比べるとやはり、自国への関心が足りないなと感じてしまう。
 では、なぜ日本の景観の破壊が少ないのか、それは日本の歴史の長さ、またその間にほとんど他の民族の考え方が入ってこなかったからだと考えた。[⇔]
 欧米では所有地を広げるため、様々な民族が戦争をし、領土は様々に変遷した。[⇔]
 一方、日本でも領地をめぐった戦いはあったものの、争ったのは日本人であり、互いの思想にそれほど大きな違いはなかっただろう。また江戸時代から領地をめぐった大きな戦いはこらず、土地は代々受けつがれていくものという考えが日本人の心に根いた。こうした理由から日本人には土地やその景観を大切にしようとする人が多いのだろう。
 しかし、現在、核家族の増加やアパートが増えてきたことによって、土地そのものへの関心がうすれつつある。日本の景観を損なれないためにもこういうことに歯止めをかけるべきだと考えた(横市に入りたい)
【短  評】
 文章作法に関する指摘箇所をもう少し減らしたい。特に下記の(2)の第一人称語の濫用はトライアル講座と第1回講座の2回にわたって「やめなさい」と注意を促したばかりである。
 4行目で「なぜ日本の景観の破壊が少ないのか」の答えとして、筆者は「日本の歴史が長い」ことと、「他の民族の考え方が入ってこなかった」ことを挙げているが、どちらも説明不足につき筆者の言わんとするところが伝わりにくい。
 末尾2行も意味不明である。核家族の増加、これについては異議なしだが、アパートが増えてきたのは果たして事実なのか。アパートは主に都会での現象だが、今や、空き室が増えてきており、アパートの賃料で暮らしを立てている人にとって見込み違いで困っている人が多くなった。建売住宅も不況の真っ盛りで、売り出し即日完売は遠い昔の話になっており、その意味で人々一般の土地そのものへの関心は以前と比べて薄れつつあるのは事実だ。したがって、逆説的になるが、開発そのものへの関心が薄れたため、景観維持のために好都合な状況が生じている。
 論を展開するにあたっては状況を正しく把握することが先行しなければならない。事実認識に誤りがあれば、いくら論の運びや文章力に留意しても誤った結論は避けようがない。今後はこの点にいちばん意を注いでほしい。
 筆者が述べていることで真実を突いている箇所は、日本の戦争は国内での領地争奪戦が中心で、異民族の侵入を受けることにより盗奪、破壊と焦土化、生存の危機といった乱暴狼藉の極致を経験していないことだ。領主こそ交代しても農民は土地を保有したままだった。だから、領主と農民ともにしぜんと支配下の土地への愛着が育まれたという指摘である。つまり、上掲文のなかで「土地は代々受けつがれていくものという考えが日本人の心に根づいた」の部分がそれだ。(40点)
【文章作法】
1)「〜たり〜たり」構文。2行目:比べる→比べたりする   より厳密にいうと、「比べる」は量的比較の際に使い、「較べる」は質的比較の際に使う。今はどちらで書いてもまちがいとされることはない。
2)文末にきて第一人称語を使うのは禁句と心得るべし。最終行の「と考えた」がそれに該当。「思う」「考える」「感じる」「私」をつかってよいのは導入に限ること。己の主張に自信が持てないゆえに断定形を避けたようだが、これは読者(採点者)の立場からみると、きわめて心象を悪い。そうした配慮をするぐらいなら、論証に全力を傾注すべきである。
3)漢字表記に。末尾から5行目:おこらず→起こらず
4)ひらがな表記に。末尾から4行目:根付いた→根づいた   漢字で書いてもまちがいではない。
5)表記法。最終行:損なれない→損なわない
6)読点不足(2か所)。
7)指示語。最終行の「こういうこと」とは何を指しているのか。二つの候補が考えられる。一つは土地への関心の薄れに歯止めをかけること、もう一つは景観を損なう開発行為だ。筆者自身には自明なことかもしれないが、読んだ人にはわからない。ここは文末の結論に相当する部分なので指示語で済ませてはいけない。
【内容コメント】
 今や、大都市の求心力は今までにないほどに強まってきており、首都圏で十年前までは人口急増で悩まされた近郊も人口の東京への移動で減りつつある。しかも、過去30年間にわたり日本のGDPは停滞しままであり、一人当たりのGDPもこの間ほとんど増減なしである。ゆえに豊かなマイホームを望もうにも、その実現は難しくなる一方にある。その結果、マンションにせよ戸建て住宅にせよ、間取りは狭小にして安普請の建物が増えている。しかも、都市計画などなんのその!とばかり、敷地いっぱいに建てられた小型住宅がひしめき合う。これでは環境保全や景観維持など論外となる。
  実も蓋もない悲観話はこれでやめることにして、視点をマクロ的見地に変え、比較文化論の立場から臨むことにしよう。すなわち、土地保全と景観保持願望の繋がりを求めての解析である。これは筆者(横市に入りたいクン)の優れた問題提起の一つである。
以下、やや専門的な話になることを断っておく。日本の封建制や荘園制は西欧のそれらと較べ、非常に農民による土地の保有権が強い点に特徴がある。西洋にかつて長く存在した奴隷は日本では早くから姿を消し、概して日本の農民は豊かであった。その背景は次の点にある。
1)中央集権性の強い律令制国家として展開した日本の封建社会では、在地領主層の自律割拠的な形成が困難で、中央集権が
崩壊していくのに時間を要した。
2)在地領主層による農民支配は、ヨーロッパに見られるような私的隷属身分たる農奴を本格的に展開させず、一律的な「百
姓」の支配としておこなわれた。
3)律令国家の中央支配階級としての寺社・公家が大荘園の支配者として中世全体を通して地位を確立し、鎌倉幕府もそれを
温存させる政策を展開したため、鎌倉時代を通じて公武権力の結合による集権的な国家体制が存続した。
 概して、日本の封建制は骨格として中央集権体制(国家)が存続し、民族・文化圏・経済圏としてのまとまりを失うことがなかった。この点では同じく島嶼国家としてのイギリスによく似ているのだ。そのこともあって、イギリスがそうであったように、自然の景観の維持に力が注がれた。だからこそ、イギリスの庭園と日本の庭園には相似性がうかがわれる。
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