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長崎の旅最終日は避けては通れないこの街の『影』の編です。
上のデータは被爆直後に近いデータだと思います。今は後遺症などで被害はもっと
増大してるでしょう。
こちらを向いて帽子をかぶってる方に声をかけていろいろ訊ねたんですが、
爆風でこの方も14メートル程吹き飛ばされたそうです。テレビなどの映像でみる
のとはまったく異なり一瞬にしてあらゆるものを焼き尽くした原爆の悲惨さを実感
できました。
左が被爆当時の中心地点で、現在は右写真のようにモニュメントになっていて、
来ていた外国人もおのおの祈りを捧げていました。
原爆記念館では小6の息子も真剣に展示品を見て、驚いてました。
今また中国との領土問題などで緊迫していますが、どうか話し合いや、譲歩の
心で、解決して欲しいと感じています。
以上が『光』と『影』の街長崎の旅行記でした。
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戦争はは経験していなくとも、震災を経験しているので、考えさせられるものがありますよね〜
風化させてはいけないものが。。。
娘も長崎へは修学旅行で平和学習という事で行きます。なので、軍艦島にも行く様ですよ。。。
2010/9/21(火) 午後 6:10
matsumiさん、長崎の原爆資料館はとても心に響く場所ですよね。戦争がどのように始まり、どんな事があったのか、そしてどのように負けていったのか、しっかり後世に残していかないといけないですよね。
ポチっ
2010/9/21(火) 午後 10:14
こんばんは。
私も戦争を知らない世代ですが、伯父や祖父を奪われています。
防空壕跡で探検やら、砲台も目にした幼少時。
二度とは繰り返してはならないことですよね。
ご子息がどう感じたか、ショックだったでしょう?
いい経験だと思います。
光輝く未来のために^^
★
2010/9/21(火) 午後 10:22 [ +eve+ ]
KAZUさん、
こんばんわ。震災のときはまだアメリカに居たんですがその前の
年だったかロス地震で震源近くのウッドランド・ヒルズという
所で早朝から船上のような揺れを体感しました。
原爆記念館も飽食の時代、息子が何かを感じたことに意義が
あったかと・・・◎
2010/9/21(火) 午後 10:28
SHANEさん、
平和記念館から原爆資料館までのエリア全体が空気が違うというか
異種独特に感じました。初めてアメリカの教会に行った時の雰囲気
に近い厳かで神聖な感覚でした。
ここの原爆によって、何千年も続いた軍事国家が終わったのだと
言う事も考えさせられました。繰り返してはいけませんね。
ポチっありがとうございます。
2010/9/21(火) 午後 10:39
eveさん、
私も子供の頃防空壕を基地にして遊んでました。
6年ほど前、祖父と生田緑地という公園に行ったんですが
祖父が空に指を刺し、『あの雲に乗せるとアメリカまで…』
と言い、最初なんだか分かりませんでしたがどうやら
命令で風船爆弾をアメリカに飛ばしてたらしいのです。
何発かカリフォルニアの山に落ちた事実を知っていたので
驚きました。
その時初めて「この優しい祖父も戦争してたのだ」と
知りました。4年前に他界してしまったので今はもう
体験談を聞けません。
息子が書いた原爆についての感想文は何の賞も貰えません
でしたが、深く心に残ってると思います。原稿が戻ったら
私から『佳作』を与えたいと思ってます。
長くなってすいません。★ありがとうございます。
2010/9/21(火) 午後 10:57