ここから本文です
弁護士松本康之の備忘録
長野総合法律事務所 松本康之弁護士が思ったことなどあれこれ
松本康之弁護士の依頼者通信 平成最後の桜(1)

桜は日本を象徴する木だけあって、咲き誇る、あるいは花びらを散らす桜を見ると、日本人ならば少なからず感情が動かされるのではないでしょうか。それはたとえ「名所」でなくとも、たとえば公園の中に一本だけある桜の木にも、思い入れを持つ人はきっといるはずです。

私が個人的に好きな桜のある場所は、中之島の中央公会堂の北側。水晶橋と鉾流橋の間の桜並木です。堂島川に伸びた枝は水面に花びらを落として花筏をつくり、歩道側の枝は道行く人々の目を楽しませます。春の中央公会堂は卒業式や入学式、あるいは入社式といった「門出」の式典が行われますが、そこに向かう華やかな着物姿、真新しいスーツ姿の若者が桜並木の下を歩くとき、まるで彼らを祝うかのような花吹雪が舞うのは、とても絵になります。

イメージ 1

対岸の若松浜から中央公会堂をのぞめば、波の穏やかな日はクラシックな建物と桜並木が美しく水面に映った風景が見られます。ボードウォークには自由に座れるベンチが置いてあるので、ゆっくり桜見物するもよし。こんなに素晴らしい風景が見られるのに、意外にも雑誌などで紹介されていないのか、いつもあまり人はいません。いやいや、あまり大勢の人がいても興ざめするので、有名になってほしくないというのが正直な気持ちではあります。

イメージ 2

記事アップをさぼってしまい、平成のうちに更新できなかったのが心残りです…。


今年のお花見は、少々気難しい桜に悩まされました。いつもなら大阪は3月最終週には満開になって、早いところでは散り始める桜が、今年は4月になってもまだおおがた半分くらいはつぼみのまま。いつも大阪より開花の早い東京は、例年通りの時期に開花したニュースが流れてきたというのに。4月5日くらいになって大阪もようやく満開になりましたが、中にはまだ五分咲きくらいの桜があったりして、この足並みの揃わなさは何なのだろうと思っているうちにお花見シーズンは終盤を迎えてしまいました。良かったことといえば、いつもより一週間ほど長く、4月中旬まで桜の花が見られたことでしょうか。

イメージ 1

大阪の桜の名所はいくつも思い浮かびますが、私が個人的に好きなのは、やはり桜ノ宮から天満、そして中之島に至る大川沿い。桜の木の多さにも圧倒されますが、OAPの高層ビル、大阪城、桜宮橋や川崎橋など背景が変化に富み、また橋や土手の上など高低さまざまな視点から桜を楽しめるのもうれしい。さらにこの時期はお花見の船もたくさん運行されますので、川から岸の桜を愛でることもできます。松本康之先生の長野総合法律事務所の皆さんも船でお花見されたとか。羨ましい、でもちょっと寒かったかもしれませんね。

イメージ 3

桜は見たいけれど大勢の人込みの中に行くのは億劫、という方にお薦めしたいのは、早朝のお花見。朝まだ暗いうちに運動や趣味などを本格的に楽しんで定刻に出勤するのを「エクストリーム出社」というそうですが、大阪市内に勤務されている方なら一時間早く家を出て、「花見エクストリーム出社」はいかがでしょう。昼間は人でいっぱいの大川沿いも、朝はジョギングする人くらいしかいません。ゆっくりのんびり桜を見てから出社するこの早朝花見、露店はまだ開いていませんが、なかなかいいものですよ。

イメージ 2

桜並木の下を歩いていると、今年の桜は何となく寂しい印象を受けました。見ているうちに、それはまだつぼみの枝が多いからだけでなく、枝が折れているところが何か所もあるからだと分かりました。今更ながら去年9月の台風の威力に驚いた、平成最後の花見でした。

(つづく)


古い建造物が老朽化するなどして新しく建て替えられる時、人はどこかに元の姿を残したくなるものかも知れません。昨今どんどん高層化している中之島界隈のビルも、古い建物の一部を新しいビルに取り込んだり、完全に建て替える場合は往時の姿を写真で紹介するスペースを取ったりしています。そのような試みは、単なるノスタルジーを超えて、時には歴史をひもとく面白さを与えてくれます。

さて、天神橋の北詰西側には、橋の名が書かれた古めかしい鉄製の板が展示されています。説明板も設置されており、これが明治21年(1888年)に再建された天神橋のものであったことが分かります。
イメージ 1

前回にも触れましたが、木橋であった天神橋は明治18年の水害で流失。その3年後にドイツから輸入されたトラス鉄橋が再び大川に架けられたのでした。この頃の写真が残っており、たしかにこの飾り板が頭上の鉄骨に掲げられています。

イメージ 2

面白いことに、これと同じ橋名の飾板がすぐ近くの大阪天満宮にもあるのです。天満宮の北側にある星合池にのほとりに見えるのは「天神橋」と右から書いた鉄の板。展示しているというより防護柵代わりに立てられているような…。写真を撮って古い天神橋の写真と見比べると、やはりこれも本物の飾板のよう。板の裏側が見えるので覗いてみると、隅に「明治二十一年」とあります。これは天神橋が鉄橋で再建された年、ホンモノに間違いありません。

イメージ 3

余談ですが、星合池にはこの天神橋の飾板と並んでもう一枚、橋名の飾板がやはり池の防護柵のように立てられています。こちらは表面がなかなか見づらいのですが、よく見ると「天満橋」と書かれています。天満橋も天神橋同様に水害で流され、鉄橋に生まれ変わりました。星合池にあるのはその橋名飾板の一つでしょう。

しかし、なぜ天神橋と天満橋の橋名の飾板が大阪天満宮にあるのか。天神も天満も菅原道真のことですから、ゆかりがあるといえばあるのですが、どういう経緯でこの池に来たのか気になります。両橋が昭和に入って再度架け替えられる際、大阪市が飾板の処分に困って天満宮に相談したら引き取ってくれたとか、そんな感じでしょうか。検索して調べてみましたが、同じような疑問を持っている人は何人かいたものの、これといった答えはないようでした。こうなったら聞くしかないですね。いつか天満宮のホームぺージから質問してみようと思います。

石造りの橋は鉄橋になり、クラシックな建物は近代的な超高層ビルに変貌した中之島。昭和初期にセーヌ川とシテ島をモデルに景観を整備したと言われても、今なら「どこが?」と聞かれそうですが、現在でもセーヌ川を連想させる眺めがあるとしたら、八軒家浜から見た天神橋ではないでしょうか。中之島の東の端を跨ぎ、北浜から天満までを一気につなぐ天神橋を見ると、パリのヌフ橋(ポンヌフ)を思わせると言えなくもありません。

イメージ 1

橋の南詰にある石碑によると、天神橋が架けられたのは豊臣秀吉の頃ということです。戦だけでなく都市開発でも優れていた秀吉は、まだ未開発であった大阪天満宮のあるエリアを充実させるために、天神橋によって当時は淀川と呼ばれた大川の南北の交通をスムーズにし、同時期に水運兼下水処理のために天満堀川の開削にも着手しています。

天神橋は、当初は新橋と呼ばれていたそうです。おそらく一つ隣、400m下流にある難波橋が大昔からあったので、これに対して新しい橋という意味だったのでしょう。後に大阪天満宮が橋を管理したので天神橋と呼ばれるようになったのだとか。天神橋は都市交通上の重要性と壮麗さから、数多くの橋が架かる大坂において、天満橋、難波橋とともに浪華三大橋と呼ばれました。しかし明治18年(1885年)の歴史的な大水害で消失。このとき、浪華三大橋は揃って流されてしまったそうです(難波橋は半壊であったそうですが)。

イメージ 2

天神橋は3年後に再建されますが、その際はドイツから輸入されたトラス橋が採用されました。トラス橋とは、橋桁に斜めに鉄骨を渡して強化した橋で、橋が箱状の骨組みに囲まれた形式。現在の淀川にかかる阪急電車の鉄橋がそうです。その後、昭和9年(1934年)に現在のモダンでスマートな橋にリニューアルされます。正直、トラス橋は丈夫かも知れませんが、少々無骨な外見は「セーヌ川をイメージした」景観には似合わないという判断もあったのではないかと。

新しい天神橋の橋脚部は鉄骨が美しい弧を描き、左右二車線で横幅は広いにも関わらず、横から見てあまり重量感がありません。昭和62年(1987年)に美装化がなされますが、基本的なフォルムはそのまま生かされて今に至ります。淀屋橋・大江橋や難波橋のような石造りの重厚な橋もいいですが、このような近代的なデザインもまたいいもの。大阪市役所さん、いい仕事をしていると思いますよ。

イメージ 3


(つづく)
造幣局の「桜の通り抜け」は大阪の春の風物詩として有名ですが、梅にも「通り抜け」があるのをご存知でしょうか。場所は大阪天満宮。特に受験生に人気だとか。なぜなら「通り抜ける」は英語で「パス」なので、縁起が良いということで。もともと天満宮は「学問の神様」菅原道真の神社ですが、梅の通り抜け参拝をするとより一層合格が近づく、ということのようです。

さて、あと一ヵ月もすれば桜の開花で日本全体が気もそぞろになるわけですが、その前に梅が春の到来を教えてくれます。梅といえば天満宮、天満宮は社紋も梅、瓦にも梅の紋が刻まれており、まさに梅づくしの神社。その大阪天満宮で、2月から3月にかけて毎年「てんま天神梅まつり」が開催されます。境内の梅が徐々に花開き、丹精込めてつくられた盆梅が参集殿で公開されるほか(有料です)、梅酒の販売店や梅うどんを食べさせてくれるお店が出ます。

イメージ 1

本殿の周囲には様々な種類の梅が植えられており、参拝客の目を楽しませてくれます。まっすぐな枝にふくよかな花をつけるもの、長い枝が釣り竿のようにしなっているものなど、一つひとつ異なるシルエットは見ていて飽きません。本殿に飾られている梅はまるで日本舞踊を舞っているかのような枝ぶりです。

イメージ 2

梅は天満宮の外側にもあります。境内の北側に星合池という池があり、橋を渡った向こう側に祖霊社があるのですが、むしろ絢爛豪華な梅はこちらにたくさんあります。本殿まわりだけ見て、ここを見忘れて帰る人がたまにいますのでご注意を!

イメージ 3

梅の開花時期にはけっこう幅があって、桜のように一斉に満開にならないのがつらいところ。梅まつりは2月上旬から始まっていますが、はっきり言って2月のはじめでは境内の梅はほとんどつぼみです。一度だけ天満宮に行くなら、2月末がいちばんいい感じに全体に開花しているのではないでしょうか。もちろん開花は気温も関係しますので、SNSなどで状況をチェックするのがいいですね。

[ すべて表示 ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事