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美声学ブログ(松尾篤興のブログ)
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4年ぶりの博多

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4年ぶりの博多
 
 亡兄の17回忌で4年ぶりに博多の土を踏む。

 博多を離れたのが芸大入学の昭和30年だから、昭和10年生まれの私は20年間を博多で過ごし、残りの56年というものを関東で過ごしてしまった事になる。

 芸大在学中は大学が東京にある事を恨めしく思った程で、閑さえあれば実家へ立ち返った、つまり故郷離れのしない軟弱な男と云おうか、世間の冷たい風を辛く感じた料亭のボンボンだったわけだ。
 76年の人生の1/3ではあるものの、若き日に過ごした博多の思い出は故郷の郷愁のみならず、今や親兄弟全てを失った孤児にとって、肉親の温もりそのものさえ感じる記憶とも云えよう。
  那珂川のほとりで育った私にとってここに掲載した写真は、毎日眼にした景色であり生活でもあった。「国破れて山河あり」とは云うが、終戦後焼け野が原と化した博多の街にあって、日がな一日那珂川の川面や遠くに映る背振山脈を眺めて暮らした幼い頃の想い出は今でも眼に焼き付いている。
  今回再開できる親友が2人、いずれも高校時代の友達で歯科医の野尻寛君と同志社女子大名誉教授、尾崎寔君も京都から駆けつけてくれる。今後このような出会いもそうざらにある話しではあるまい。まさに一期一会の瞬間を切り取って生きている自分がそこに居る。




 
芸大声楽科同窓会

 2011
年、母校芸大のキャッスル(音楽学部食堂)でクラスメートの集いを開催した。会場が芸大へ戻ってきたのは久しぶりで、一同それぞれに母校での開催を懐かしんでいた。
 学食の二代目オーナーゆたかさんも父親譲りの相変わらずの濁声で我々を迎えてくれる。
 午後1時に始まった会をお開きにしたのが午後5時。実に4時間もの間、挨拶あり談笑あり、それでも未だ話しが尽きないのか上野公園をそぞろ歩きながらのお喋り。卒業して半世紀以上も経てば積もる話しも尽きなかろう。
 入学時の学生数が60名で現在の物故者は12名、生存率80%だからフツーの年寄りよりは丈夫と云えるのかもしれない。当たり前の事だろうが、声だけ聞いていると到底喜寿を迎える老人とは思えない。来年も開催する予定だとか、皆元気な顔をみせて欲しい。


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喜寿を前に新しい目標

=喜寿を前に新しい目標=(今井純太郎プロとの出会い)

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私は1935年生まれ、来年喜寿を迎える。70歳の時、急性虚血性大腸炎で救急医療に担ぎ込まれて以来、74歳までの4年間と云うものは胃癌、目眩症、不明熱、胆嚢炎、白内障、内腸骨動脈瘤、大腸ポリーブ、心臓左室の不具合、などなど13回に及ぶ入退院を繰り返してきた。
それまでは病気と云えば風邪ぐらいのもので、体重86キロ、オペラを歌う人間でありながら酒タバコは切らした事がなく、まさに健康優良老人の見本みたいなものだっただけに、今までのツケがいちどに廻ってきた感じが無くもないが、現在は胃の三分の二と胆嚢を失い、両眼は眼内レンズに取り替えられている。

胃癌を患って6年を経た今、5年生存率をクリアーし、他に転移らしきものも見当たらず、全摘出した胆嚢も脂っこいものさえ控えれば何の不便もなく、白内障で失った自前の水晶体は眼鏡さえかければ寧ろ以前よりは世の中は明るく見える、左右の内腸骨動脈瘤も右はステントグラフトを挿入し、左はさして大きくならずに現状維持のままなので手術には及ばぬとの事。
では6年間忘れていたゴルフでも再開するかと練習所に足を運んだ。体重は16キロ程減り、足下が何とも覚束ないが球は打てるには打てる。間の良い事にそこへ大学のゴルフコンペの誘い、なんでも昔の教授仲間が顔を揃えるというので御殿場の富士小山カントリ―クラブへ出向いた。結果は散々の大叩き。練習所でいくら球を打てようが、そう簡単にはラウンドのスコアーに結びつく由もない。同伴者への迷惑を詫びて家路についた。
ラウンド翌日右腕はおびただしい内出血、足腰は折れそうに痛く這うようにして部屋を歩く。思うにいくら筋肉が落ちたとは言え、基本に無理があるのではなかろうかと考えていた矢先、ネットで今井純太郎プロのレッスンビデオが目にとまった。

今井純太郎、岐阜県出身、1989年アメリカ、タイパベイインターナショナルゴルフスクール入学、1992年 サンディエゴゴルフアカデミー入学、2000年で再渡米アメリカミニツァーを転戦、幾多の優勝経験とティーチングプロとしての研鑽を積む。契約ツァープロのシード権もあるが、数名の生徒をプロテストに合格させる一方、市民レッスンなどアマチュアゴルファーの指導にも力を入れている。今井純太郎ゴルフアカデミーのホームページ、著書多数。

先ず目にとまったのが、物事の結果は原因によって導かれると云う、ごく当たり前のシンプルな論理を展開している事だ。
ショットは インパクトの結果であり、インパクトはスイングの結果、スイングはテークバックの、テークバックはグリップの、グリップはアドレスの、アドレスはスタンスの良否によって全て左右される、つまり姿勢がよくなければグッドショットは生まれないと断じている所である。
このシンプルに統一されたスイング理論の仮説を立て、自らカメラの前に立ってこれらの実際を絵解きしてみせる実力に目を見張らされた。
映像を伴った指導の展開は「百聞は一見に如かず」で実に分かりやすい。このことは私が現在取り組んでいる「美声学講座」つまりビデオを駆使する事によって目視できぬ声のあり方を具体的に提示する手法と全く同じ展開の仕方である事に気付かされる。

声というものはゴルフとは違って目に見えぬものなので、ある仮説を立て、それらを検証して行く事によって声の実態を探り当てようとしなければ、それは単なる確証の無い曖昧なイメージ論と成り果ててしまう。
確かにゴルフの運動メカニズムは目視できるものではあるが、実際球を打つ瞬間のディテールは人の目では確認できるものではなかろう。そこにビデオを持ち込む事によって実際の細部を提示し、論理の整合性を検証する事ができる。
歌で最も厄介なのがいわゆるアクートと呼ばれる高音域の声のだし方だが、これを実際に駆使出来る日本人歌手は数える程しか実在しない。かの有名な三大テノールの故ルチアーノ・パヴァロッティですらアクートの習得に数年を費やしたとあるから、その難易度の高さは想像を超えるものがある。このアクートは声楽家の誰もが口にする言葉ではあるが、その原理や構造を論じ指導出来る者も極めて稀である事に間違いはない。基本的な事柄ほど「云うは易く行なうは難し」で理論もシンプルであればあるほど身につける事の難しさを思い知らされるに違いないが、今井純太郎プロの場合これほど単純明快な論理を展開し指導する実力にすっかり傾倒してしまった。

秋も深まって清々しい日和が続く、このところ今井純太郎カルチャーに触発されてゴルフ練習所通いが頻繁になってきた、と云うよりも今井純太郎プロが提唱する理論の整合性と即効性が私を揺り動かしているのだろう。半世紀ほど前、ゴルフを始めてラウンドする度に少しずつ上達する楽しみと意欲を感じていた頃を想い起こすほどの高揚感を感じている。練習も楽しいが、ラウンドも待ち遠しい。
 今井純太郎プロとの出会い、とは云っても、ツイッターによるネット上の意見交換で、実際に直接指導を受けた事はないが、論理の正しさや思考の確かさなど大いに賛同するところがあり、引いては私の本職、声楽指導の部分にも少なからず影響を及ぼしているのではなかろうか。彼の「上達するためには上達する方法を知っているか否かである」と云うコメントは当たり前の話しではあるが、知識の有無は上達のための大事なファクターである事を改めて思い知らされる。

来年私は喜寿を迎えるが、年を取るとどうしても外出は億劫になり、歩く事すら生活の中から衰退しかねない、ゴルフ再挑戦に取り組んで背筋は伸び、足腰は丈夫になり、血流は良くなる、何よりも気分的に清々するのが有り難い。この分ならあと10年程命に別状なければゴルフを楽しめるかもしれぬ、エイジ・シュートも満更夢ではなくなってきた。
 
 
 
 
 

京都の旅

京都の旅

カミサンの親の17回忌と23回忌があると云うので和歌山を訪れることになったが、里帰りというと毎度の事、単に藤沢〜和歌山間の往復に終ってしまうので、今回は少し足を延ばして、高校時代の親友がいる京都を訪れようと云う事になった。久しぶりの京都訪問だったが、さすがに京都、奥が深い。いち旅行者では到底立ち寄ることのない京都の奥座敷を案内してもらっての大満足。
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アイリッシュバー、タイグより望む鴨川

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カントリーウエスタンの演奏

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大原にある野村山荘の会席料理

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美人女将のもてなし

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野村山荘玄関前で尾崎名誉教授夫妻と記念撮影

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三十三間堂の威容




Pre summer vacation

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Pre summer vacation

定年退職してからと云うもの「休み」の感覚を味わった事がない。一年中が休みのサンデー毎日といった状況が続く。
働く事と云えば、歌のレッスンか原稿を書く事くらいで、久しぶりの休暇が取れた、などといった喜びからは全く遠のいてしまった。
退職した頃は、これでやっと自分のスケジュールは自分で決められる、と欣喜雀躍したものだが、隠居生活が始まると、そんな事はそれほど大した問題ではなく、むしろ働く事が世のため人のためである事の方がよほど大切であるのが見えてきた。
東北大震災以後、世の中ボランティアで溢れかえっているが、このような直接的な形のボランティアでなくても、俗に言う「世のため人のため」の生き様は昔から営々と続けられているはずだ。
ACのコマーシャルは、「心は誰にも見えないけれども、心遣いは誰にでもみえる。思いは誰にも見えないけれど、思いやりは誰にでも見える」と云うけれど、ガバイ婆ちゃんは「人に気づかれないのが本当の優しさ、本当の親切ぞ」と云った。現代の日本人にこの感性があるだろうか。自分のためのボランティアではなく、本当に相手を気遣っての親切は人の温もりを感じる。

今年はカミサンの父親の法事で和歌山へ行く事になった。命日は8月だが、旧盆の和歌山の暑さは並大抵なものではないので、6月末に切り上げた、という事らしい、仏も何と忙しない想いをしている事だろう。
和歌山に行けば久しぶりに甥姪達に逢える楽しみや、恒例の鱧のシャブシャブが待っているのも有り難い。しかも今回、そのまま帰るのも芸が無いので、高校時代からの親友が住んでいる京都に立ち寄る事にした。十数年以上、京都の地を踏まなかっただけに、色々な想いが交錯する。
特に今回は親友の奥方が紹介してくれた大原の野むら山荘へ案内してもらえるのが何よりの楽しみ。夏休みとまではいかなくても、くつろげる旅になりそうだ。









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