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懐かしの二眼レフ(少年時代に憧れたカメラ達)
オフクロの親友、敏子さんは我が家の親戚みたいな付き合いのお姉さんだったので、毎日のように店に顔をだしてくれた。敏子さんが使っていたRolleicordを手に取ったのが、私とカメラの最初の出会いと云ってもいいだろう。
Rolleicordをしばらく借り受けて遊んでいるうちに、このドイツ製の器械が非常に優れたものであることに惚れ込んでしまった。本などで調べてみるうちにRolleicordよりもさらに上級のRolleiflexという二眼レフがあるのを知ったが、Rolleicordですら当時のお小遣いでは到底手の届かぬ代物なのに、あまつさえRolleiflexなど夢のまた夢のような憧れのカメラであったのが私のカメラウインドショッピングの始まりと云えるのかも知れない。
結局、自分で手に入れたのはリコーフレックス。Rolleiほどの風格はないが、リーズナブルな値段の割にはしっかりとした映像を手にすることができた。以来自分の部屋に暗幕を巡らせ現像、焼き付けなどに精を出すことになる。
現在手元に残っているフイルムカメラはニコンの一眼レフと標準レンズ、広角〜中望遠のレンズのみで、すべてはデジタルカメラやビデオカメラにその座を奪われてしまっている。勿論いまなら昔憧れたカメラ達を手に入れることは出来るだろうが、初恋の女性に50年も過ぎてしまった今になって顔を合わせるのをためらう気持ちにも似たものがあって、これはこれの想い出として仕舞っておきたい。
今こうして昔のカメラの映像を見るにつけ当時の生活や風情が蘇ってくるのも不思議な気持ちがする。
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Life(生活)
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3/4世紀を生き長らえた男
毎年9月23日は秋分の日でもあり私の誕生日でもある。
気がついてみると何と4分の3世紀、つまり75年を生き長らえたことになる。
長寿は確かに目出たい。しかしそれはまわりの者に迷惑や負担をかけぬ生活が保証されている場合の話であって、この話を抜きには手放しで目出たいと喜んでいられるものでもなかろう。
人間生まれついて当たり前の話ではあるが、ここに至ると人生ゴールへのカウントダウンがより鮮明な実感として身にしみてきた。まさに目出たくもあり目出たくもなし。
私の知人でカミサンの誕生日におめでとうと云うと、カミサンはえらく腹を立てて怒られる男がいる。カミサンの気持ちも分からぬではないが、ダンナも滅多な事は云えぬ仕組みらしい。
人生僅か50年と云ったのもそれほど昔の話ではない。あたらしい世紀を迎えて人間の寿命は急速にのびてきた。これも医学や科学技術の発達のなせる技だろう。
現に私も4年前に胃癌を発見された。事の始まりは私の口臭が気になると云うので、胃カメラの検診を受けたとき偶然にも分かったもので、はじめは口臭ぐらいで胃カメラとは大袈裟なと、少々不満げに受けた検診だったが、この偶然に近い出来事は私の胃癌早期発見に大いに役立ったのだから、つくづく人生分からぬものだと思う。
大学を定年退職した70歳にして、それまで満を持したようにいたる所を患い、4年間で13回もの入退院をくり返したが、当人は体重が少々減って、筋力が少し衰えたぐらいにしか感じてはいない、至って快適な生活を送れるのも、ある意味、今のところ生活の安定が保証されているからだろう。
TVなどで100歳を迎える老人に長寿の秘訣は、と尋ねると、おおかたの人が、何らかの生き甲斐がある、と答えるようだが、とりわけ100歳でなくても人間何らかの生き甲斐なくして何の人生が送れよう、まさに愚問としか言いようがない。当たり前の事を当たり前に生きて運が良ければ白寿を超えられるのが人生なのかも知れぬ。
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白内障の手術を無事終え、退院致しました。
白内障の手術を無事終え、退院致しました。
3泊4日の日程でしたので、少しは病院食ダイエットが出来るかなと期待していましたが、結果は逆で、むしろ0.2キロ肥ってしまいました。
我が家は1日2食の生活なのですが、病院は1日3食でありおまけに毎食のようにどんぶり1杯のご飯がついてきます。
さすがに途中からご飯は半分程にしましたが、それでも1日3食は食べ過ぎのようです。
手術は御陰さまで順調に終り、両眼とも眼内レンズの快適な生活を送っています。
何よりも嬉しいことは原稿が見違えるほどスムーズに読み書きできることで、これもレンズ焦点が丁度良い塩梅であるからでしょう。
しかも明度は非常にあかるく、日中の外出は眩しいくらいで、サングラスが必要です。
入歯、ステントグラフト、体内レンズなど、長生きすればだんだん自分本来の身体の器官が人工的なものに交換されながら生き長らえている現状は何とも不思議なせつない気持ちにならざるを得ません。
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四半世紀ぶりに開かれたある学年の同窓会
私がまだ幼児教育科で教鞭をとっていた頃、25年前と云えば丁度50歳の時になる。
この年に卒業した学生諸君が同窓会を開いた。大学のすぐ側にある瀟洒なフランス料理の店で在任中はお昼時によく足を運んだ懐かしい店でもある。
幼児教育科は音楽学部とは違ってほとんどが現役の入学者なので、卒業後25年と云えばまさにアラフォーの真っただなか。学生時代から比べればみんな随分と大人になったが、このような集いとなると笑顔が学生時代の顔に戻ってしまうのも頷けよう。
なかには大学へ通っている子供が居たりしてそれぞれが手応えのある人生を送っているようだ。
この分なら日本の将来も満更すてたものではないだろう。
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