|
今年も受験生合格の声を聞くと、半世紀も昔、私が芸大に合格した雪の日のことを想い出す。当時の芸大受験は5次試験まで実施され、その都度、大学正門前に掲示される合格者発表を確かめなければならなかった。その年昭和30年3月、東京は大雪、試験の度に毎次発表される合格を確かめなければならず、合格発表の時間までは上野桜木町四つ角にあった蕎麦屋で待機する。毎次の合格発表の度にまわりの受験番号が髪の毛が抜け落ちるようにハラハラと落ちてゆく。試験場で知り合ったクロちゃんの番号も見当たらなくなってしまった。真綿で首を締めつけられるような入試の過酷さを知ったのがこの想い出である。
清水ありさが私のところへ来たのが今年の3月、以前私が勤務していた洗足学園音楽大学の声楽科を受けると云うのだが、残念ながら私は4年前に定年退職していて直接彼女を教えることはできない。私の主宰するGruppo SanaPinoに雨谷善之氏が在籍していて彼も洗足学園音楽大学で教鞭をとっていることから、大学でのレッスンは彼に任せることになった。
日本人の声帯は欧米の連中に比べて、比較的浅いところに位置しているせいか薄くて細い声が多い。男女を問わずいわゆるLeggieroの小綺麗で繊細な声はいかにも日本人の穀類主食の食生活を連想させるが、深いところに声帯を持つ欧米の連中の声はいかにも分厚く、彼等が肉食人種であることの証のようにも感じられる。
清水ありさはソプラノだが厚めで暗い声のため現在、高校のコーラスではアルトを歌わされていたようだ。実際彼女の声帯の位置を確かめたわけではないが、多分普通の日本人よりは深めの喉と云えるのではなかろうか。かく言う私の声帯も奥にあり、耳鼻咽喉医院米山文明医師によると私の声帯は深くて外からは見えないらしい。
ともあれスタートラインにつく事はできた。これから長丁場のレースに参戦することになろうが、人間ライフワークを見つけるのは何と素晴らしい事であろうかと思う。昔の人は良い事を云った「好きこそものの上手なれ」ありさの精進を祈るものである。
|