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Essay(随筆)
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2001年に就任した小泉首相が2006年の退任を迎えたことによって、民意を問うべく叫ばれ続けた衆議院議員の解散が、やっとここにきて実現したということになりましょうが、小泉内閣以後誕生した自由民主党内閣は3代に渡って短命内閣に終わり、3年ものあいだ民意を問うこともせず、政権のたらい回しを続けたといえるでしょう。
地方選挙の連敗の結果、解散直前の内紛ともいえる自由民主党のていたらくは目に余るものがありましたが、これらも長年にわたる自由民主党政権の歪みともいえるのではないでしょうか。 政権交代の可能性も出てきた今回の選挙は解散から投票日まで40日もの長期に渡るため、各党のマニフェストを見定めた投票行動が論じられていますが、我が国のマニフェストは前回の選挙の時に掲げたマニフェストを総括するわけでもなく、政権公約とは程遠い、云いっぱなしの単なる絵に描いた餅でしかありません。 与党は野党には政権担当能力がない、とりわけ民主党のマニフェストは数字的には何の根拠もないバラマキだといきまいていますが、では自由民主党が長年政権を担当した結果、840兆の国家債務残高を作ってしまったことに対する総括は一体どこへいってしまったのでしょうか。我が国の赤字財政の数字をみただけでも自由民主党にはとうてい政権担当能力があるとは思えません。 一方、野党、民主党のマニフェストは官僚主導の政治からの脱却や子育て支援、年金制度の保証、と一見良い事ずくめのような景色ではありますが、これらに対する財源の確保や外交問題などに一抹の不安を覚えないでもありません。しかし民主党にとって都合の良いことは、まだ政権を担当した経験がないだけに、これらの公約を実現する能力の有無は未知数だということになりましょう。 いくら我々が各党のマニフェストを比較見当してみても、現在の我が国の政治の熟成度からいえば、それほど信憑性のあるものではなかったし、またこれらのマニフェストを総括し次の政権運営に生かした政党は皆無であったことを思えば、恋愛中の男女の戯れ言と取られても致し方ありますまい。 マニフェストで政権公約を果たす、と云う割には、各党とも根拠のない情緒的なネガティヴキャンペーンに終止する論理の展開と整合性の無さは、論戦の場であるべき国会議員としての資格さえも疑わざるを得ません。 しかし私達は今度の選挙で今までの与党、野党のどちらに嫁ぐかを決めなければならないのです。すくなくとも向こう4年間は両家のどちらかで生活しなければならぬ自己責任が生ずることを覚悟しなければならないでしょう。 どこの国でも政治に透明性があるとはおもえません。ですから政治などと難しく考えずに、どちらの家へ嫁に行くかを決める覚悟で投票した方が、よほど自分にとって納得のいくものになるのではないでしょうか。 |
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