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Azzurro Mazzuolaの呟き
知識の蓄積のない人生は、命の蒸発に過ぎない。 名歌手の声はベルカント、迷歌手の声はベロカンダ。 若い者には負けぬ、と云う人ほど自分の老化を知らない。 思い込みとは、自分の見識の狭さを示すものだ。 プロをも酷評するアマチュアが自分にはできぬ仕事も、 プロならいくら酷評されても良い仕事ができる。 気力や精神力や自信や存在感などは技術の確かさによって構築される。 確かな技術を身につける以外、これら自体を求めるのは無駄と云うものだ。 軍事力の必要性を説く者は、 自分の年齢が徴兵の対象外であるのを承知の上だ。 政治不信を抱く者は、選挙で自分の答えを出さなければ、 それは単なる愚痴でしかない。 総理大臣に相応しいと思う人は、 国会議員にすら立候補しないのが常である。 大声自慢のオペラ歌手は、飛距離自慢のゴルファーと同程度のセンスだ。 女にとって優しい男とは、自分の意のままに動くシモベを指す。 自分に自信があると云う人ほど、自分を見失っているものだ。 戦争には愛国心や正義や勝者などは存在しない、 そこにあるのは無差別で合法的な殺人だけだ。 |
Essay(随筆)
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「近いうち解散」
野田佳彦首相(民主党代表)と自民党の谷垣禎一総裁、公明党の山口那津男代表は八日夜、消費税増税を含む社会保障と税の一体改革関連法案の扱いと衆院解散をめぐって国会内で会談し(1)一体改革法案は三党合意を踏まえ、早期に成立させる(2)法案が成立した暁には、近いうちに国民に信を問う−ことで合意した。(東京新聞) この報道を見て世界の国々は日本の政治のあり方をどのような目で見た事だろう。おそらくどの様な経緯でこの合意がなされたのかを理解する事は出来まい。谷垣総裁は解散の時期を明示しなければ不信任案を提出すると息巻いたし、野田総理は首相の専権事項、大権として、解散時期の明示はどんな事情があってもできない、先例もない、と突っぱねているにも関わらず、何が何だか明白な説明もなく、近いうちに解散と云う決着に至ったのは、日本語はまことに理解し難い言語であると云わざるをえない。 おそらくこの成り行きを世界の人々に理解を求めるのは無理な話だろう。と云うのも野田総理が云う消費税増税を含む社会保障と税の一体改革関連法案が成立した後に解散して民意を問うと云う話の順序も理解できぬし、谷垣総裁が三党合意をしながら、解散時期を明示しなければ不信任案を提出、というのも整合性がない。 日本の財政を危惧して増税論を持ち出したのも官僚主導の他ならず、選挙には不利な増税を民主党にやらせて、民主党支持率の下がった今、解散を目論む自民党の魂胆も卑しい。 政治を行なわずして政局に走る。これでは外交問題も諸外国の理解を求めるのは至難の業であるのは云うまでもあるまい、それどころか国家運営すらあやふやになってくる。 要するに国家大計を立てる政治ではなく、自分達に有利な政局を読んでいるに過ぎない。口では改革だ、イノベーションだと云いつつも、相変わらず旧態依然とした密約政治しか出来ぬ。我々はこのような政治の巻き添えになるのは御免こうむりたい。 これら無能な国会議員を次の総選挙で一掃するのが我々にとって最も必要な最重要項目ではなかろうか。 |
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全英オープンに想う
ロイヤルリザム&セントアンズで行なわれた2012年のThe Openは終った。 優勝は42歳のベテラン、アーニー・エルス。
初日、2日目と一緒に廻ったのが、最年少の石川遼と最年長のトム・ワトソン。20歳と62歳の年齢差は何と42歳。そして結果は石川の予選落ち、ワトソンは本選に進んだ。
私がゴルフを始めた頃の半世紀前とは違って近頃のゴルフ道具はまさに科学製品とでも云える進化を遂げている。クラブもボールも以前よりは遥かに飛距離が出るようになったし、それにつれてスイング理論もヒッコリーを使っていた頃のものとはまるで別物になってしまった。つまり道具の進化がスイングにも変化をもたらしたと云えよう。確かに石川遼のスイングは現在のアメリカンゴルフの流れを汲むもの、一方のトム・ワトソンはベン・ホーガンやジャック・ニクラスが作り上げたいわゆるモダンゴルフのスタイルだろう。
それは恰も20世紀初頭、ヴェリズモオペラやヴェルディ、プッチーニの出現で、それまで高音域をファルセットで歌っていたベルカント唱法が現在の実声による歌い方に変化せざるをえなかった歴史的変遷にも似たものがある。
物の進化が技術の進化を生むのは何もゴルフに限った事ではなく、現にオペラの世界でも新しい作品の出現が歌唱技術までにも進化をもたらすようになったのは当然の成り行きと言わざるをえない。
しかし今回の結果は、新しい技術を身につけて参戦した石川遼よりも古い流れを汲むトム・ワトソンの方が本選に進出した。これは何を意味するものだろう。
ウイークデーの早朝にゴルフ練習所へ足を運ぶと、白髪の老人の姿が目立つ。後期高齢者と云われる老人達が盛んにドライバーを振り回し200ヤードを越えるショットを連発している光景を目の当たりにするが、これも科学の進化によって生まれたゴルフクラブが生んだ現象と云う事が出来よう。ゴルフクラブの進化がより大きな飛距離を生み、それにつれて老人達のスイングにも変化をもたらしたと云っても過言ではあるまい。
今にも折れそうな身体を反らせて回転軸のスピードでボールを叩いている老人の姿は、スイングと云うよりは自分の身体を虐めた結果による代償としか云いようがなく、飛距離のためにゴルフに必要な要素を全て犠牲にしようとしている肌寒さを感じてしまう。
これと同じような現象がオペラの世界でも起っているのではなかろうか。劇場のキャパシティーは広大になりオーケストラも昔とは比べ物にならぬくらい大編成なものとなった現在、オペラ歌手に求められるものと云えば、大きな声と高い音域の制覇であろう。
若人の登竜門とされる声楽コンクールの審査基準も高音、大音量が一つの目安となりつつある。
音楽の世界はスポーツなどと異なり、音声の良否を数字で表す事は出来ないが、今回のThe Open予選を振り返ってみると、必ずしも飛距離が事の勝敗を分けるには至らぬ事が見えてくる。
確かにロイヤルリザム&セントアンズのようなリンクスでは飛距離が却って仇となるようなケースも考えられよう。トム・ワトソンが云うように、ゴルフは球を飛ばすのではなく球を何処に置くかが問題だ、と云った言葉が重みを増してくる。それは力やエネルギーを発散するのではなく、セルフマネージメントによる技術の駆使、と云う事だろう。
歌にも同じような事が云えるのではなかろうか。
音楽は音の大小から成り立って居り、必ずしも大きな声ばかりが求められるものでもない。つまるところ自分の歌唱技術をもって何を表現するかが歌唱の結果を出す事になろう。
更に現在世界で通用している歌唱技術が盤石のものであると云う保証はどこにも見当たらないのだ。19世紀ファルセットで高音域を歌っていたベルカントオペラが20世紀には実声で高音域を歌うのが通例になったように、更に新しい作品による新しい歌唱技術が生み出される可能性が無いとは言い切れない。
2012年のThe Openを観ながら多くの事を考えさせられてしまった。
(Photo by ParGolf)
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民主主義―1票の重み
イギリスの劇作家であり社会主義者のジョージ・バーナード・ショウはこのように民主主義を皮肉ったが、現代の間接民主主義に於ける弊害を考えるとき、まんざら的が外れ言葉とも思えない。 我々は20世紀に入って大きな政治の変わり目に遭遇した。 一つは2005年の郵政解散、もう一つは2009年の政権交代である。 両方とも国民の爆発的な支持を得てこれらの政変は起った、現在振り返ってみて我々の判断は果たして正しかったと云えるだろうか。 民主主義は限りない妥協の産物だ、と云う言葉もあるが、遅々として進まぬこの制度もStep by stepの変化が生まれなければ何の進歩があり得よう。 一票の重みとは良く聞く言葉だが、選挙は単なる人気投票でもなければ、勝ち馬に乗ることでもない。有権者各自の政治に対する認識と英知が求められよう。でなければバーナード・ショーが云ったように、大勢の馬鹿が小数の頭の良い奴を選んだだけの祭り事でしかなくなってしまうではないか。
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