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美声学ブログ(松尾篤興のブログ)
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国会議員流行語大賞

国会議員流行語大賞
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 いわゆる流行語大賞ほど一般的な言葉ではないにせよ、国会議員の先生方の独特の言い回しにはつくづく感心させられますが、言葉は実に重宝なもので、昔から「丸い卵も切りよじゃ四角、ものも言いよじゃ角が立つ」などと云われているように、言葉と本心とは全く違ったものであるのに気付くことがしばしばです。そこで国会議員が多用する慣用語についての本音を探ってみましょう。
 
「毅然とした態度」
 尖閣諸島沖衝突事故で一躍脚光を浴びた言葉です。本来「意志が強くしっかりしていて、物事に動じないさま」という意味で使われますが、現実はそうだったのでしょうか。
 この時のやり取りでも分かるように、人は確固たる意志や決断に欠ける場合、往々にしてこのような見栄をはるものだということが証明されたようなものです。
 
「粛々と」
「ひっそりと静まっている」から転じて、理由も云わずに黙々と物事を強引に押し通すときに使われるようになってしまいました。
 
「きちっと」
「よく整っていて、乱れたところのないさま。すきまや過不足のないさま。ぴったり」などの意味がありますが、いちばんきちっとしていないのが、云っている本人だということに気付いていないのが問題点なのです。
 
「まさに」
ある事が確かな事実であるさま。まちがいなく。実現、継続の時点を強調するさま。ちょうど。あたかも」
 新しい首相になってこの言葉は頻繁に耳にするようになりました。
 あるものごとを説明するための強意の副詞なのですが、こう頻繁に使われると強意の印象は逆に薄れてしまいます。話の内容に自信がないので、つい強意の副詞を多用したくなるのでしょうか。
 
ある意味」
 辞書をひいても「別に意味はない」ということです。つまり口癖なのでしょう。
 リベラルな政治団体の人々が使っていた言葉のひとつだと記憶していますが、そういえばこの言葉が口癖のあの方も元婦人運動家の秘書でした。
 
「早急に」
 さっきゅう、と発音する人は滅法少なくなってしまいました。つまり、そうきゅう、はそれほど急がなくても良い、という意味になってしまったのでしょう。
 
一兵卒」
「一兵士。ある活動をする大勢の中の一人として下積みの任務に励む者」を意味しますが、現代は「兵卒」が兵士と同義の単語として使われています、元々は兵と卒には役割分担があり「兵」とは戦闘要員であり、「卒」は兵を支 援する者を指す言葉だとされています。
 代表選挙に敗れて兵になるか卒になるかが見物でしょう。
 
注意深く見守る」
 注意とは「気をつけること。気をくばること。悪いことが起こらないように警戒すること。用心すること。気をつけるように傍らから言うこと。忠告。目を離さずにじっと見る。熟視する。凝視する」
 見守るとは「無事であるように注意しながら見る。また、なりゆきに気をつけながら見る」とここまでは良いとしても注意深く見守ってばかりいて何もしないのが諸々の問題を引き起こしているのです。
 
世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょ うか?」
 今や政界の人気No.1になった方の名言ですが、わざわざ2位を目指して努力する方が余程難しいことではないでしょうか。
 
見極めて」
「十分に確認する。また、最後まで確認する。物の真偽を十分検討したうえで、判定する。物事の奥底を知りつくす。深いところまで会得する」良く見極めるのは宜しいのです。それでいつ、どうされますか?「桃栗3年柿8年、見極めるまで13年」
 
この他「アジェンダ」「疑惑の総合商社」「未曾有(みぞうゆう)」などの懐かしい流行語も記しておきましょう。


中国人と日本人(尖閣諸島沖船舶衝突事故)

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       (日本人のデモ)           (中国人のデモ)

 このところ尖閣諸島沖波高しといった情勢だが、つい昨日まで日米中正三角形論や小沢訪中団が結成されたりしていたのがまるで嘘のような展開になってきた。そこで今回は拓植大学日本文化研究所客員教授、黄文雄氏の文献を引用しながら、中国人と日本人について改めて考える機会をもってみよう。
 
「中国が嫌われる七つの理由」
               拓植大学日本文化研究所客員教授 黄文雄 著 より抜粋。
         (全文を読む方はhttp://www.geocities.jp/taiwan_assoc/bs01x25.html

隣国同士で非常に友好的な関係を結んでいるという国は案外と少ない。善隣は実はむずかしいのである。「呉越同舟」という中国故事があるが、これは、善隣を装わなくてはならない悲哀をよく表している。「遠交近攻」とは、善隣のむずかしさから生まれた国家存亡の戦略である。
これほど対外的に開放されたにもかかわらず、中国人の保守的傾向はますます強まっているといってよい。中国が嫌われるのは、近隣相嫌うという隣国の原理というよりは、変わらぬ国民性から来ることが多い。本論ではその国民性を徹底的に探ってみたい。
1.自己中心
 中国人はまさにジコチューが国民性といってよい。そしてそれが国家規模に拡大され、自国中心主義になる。「中国」という自称がその最たる証拠である。
 ごく簡単に言えば、自分が世界の中心、文化の中心であるという強い思いこみだ。この精神的な中心意識から生まれたのが、中国文明至上主義である。中国文化が最も優れており、周辺に伝えて文明の恩恵を与えているという同心円的な観念が中華思想の精神構造で、それは揺るぎない優越意識でかためられている。
2.ご都合主義
一九五〇年代、「向蘇一辺倒」などといわれ、ソ連と蜜月の関係を結んでいたにもかかわらず、六〇年に入って突然「ソ連修正主義反対」、「ソ連社会帝国主義打倒」のスローガンを掲げて豹変した。そして六〇年代、日米安保、アメリカ帝国主義反対を唱え、旧日本社会党と共同声明まで出した中国は、七〇年代に入るやある日突然、日米安保賛成、反ソ親米に急変した。人治国家の中国では、法はあっても自分の都合で利用したり、無視したりするのが通常である。
3.独善
 仏教と儒教は中国から朝鮮を経由して日本に伝えられた。宗教が共通なのだから、精神文化も共有しているように思えるが、根本となる死生観がまったく異なっている。日本人は「死ねば神」「死者悉皆成仏」といって、死後にまで生前の利害や怨恨を問わない心を持っている。だが、中国人には強烈な勧善懲悪の倫理意識があり、自分の敵は死後もその墓を暴き、屍にむち打ち、魂まで食らおうとする。
中国の内政干渉は靖国問題にとどまらない。歴史教科書、政府高官の発言、南京事件の評価、日本の生存権問題に属する日米安保、憲法改正論議、ダライ・ラマや李登輝前台湾総統の訪日、航空会社の空港使用、ホテルでの国旗掲揚など、ありとあらゆることに干渉し、外交問題にしようとする。
4.責任転嫁
「悪いのは全部他人で、成果は全部自分のおかげ」という責任転嫁と絶対無謬の独善意識が中華思想の真骨頂である。「絶対自分の非を認めない。それは中国人が責任感の意味を知らないというよりも、失敗を他人のせいにする習性があるからだ。もともと、中国は熾烈な競争社会であり、責任をとる段になったら、なるべく自分の身にふりかからないようにしなければ生き残れないからだ」
5.人間不信
中国人は国家を信用していないばかりか、社会も人間も信用していない。妻さえ信用しないのは、もともと他人だからとしても、血のつながった親子や兄弟でさえ信用できないのである。
孫子は「兵は脆道なり」と言った。つまり戦争は詐欺の道だというわけである。
戦後、日本人は中国人の詐欺ぶりを目の当たりにして驚愕した。世界中で今大きな問題になっているのは、中国の偽ブランド品である。嘘でぬりかためられた人間不信の社会の中で、中国人は上から下までだましあっている。
6.土匪国家
この数年来の日本における中国人犯罪の急増はいまや常識といえる。実際、外国人犯罪者の半数以上が中国人犯罪者で、新手のピッキング強盗となるとほとんどが中国人の手によるものである。
日本ばかりではない。世界の多くの大都市が中国人密入国者の問題に悩まされている。中国人が海外流出すると、流出した先で社会が大きく変化する。台湾では「中国人を見たら泥棒と思え」という教育を親がするようになった。易姓革命は、盗賊を正当化する中国の歴史の原理といえる。チペットに対しても、台湾に対しても、この強奪行為を正当化し、周辺諸国との領土をめぐる紛争は絶えない。
7.危険な「友好」
親善、好意を示す「友好」という言葉は、本来嫌われるはずがない。だが、中国人との「友好」だけは別である。中国を相手にする側にとって、中国が強調する「友好」ほど不安なものはない。なぜなのか。その理由は「友好」の解釈権がもっぱら中国の側にあり、中国の規定する「友好」におとなしくついていかなければならないからだ。中ソ、中印、中越戦争が起こったときは、いずれも両国の「友好」関係が蜜月のピークに達した時期にあたり、まさに老子のいう「物極まるときは必ず反(かえ)る」という結果になった。中国との「友好」は、すなわち彼らの独善的な価値観を全面的に受け入れることでしかない。
                     「中国が嫌われる七つの理由」より抜粋
 
 以上、かなり辛辣な論評にも見えるが、革命で中国を追われた台湾生まれの黄文雄教授にすればうなずけない話でもない。
 何より先ず、今回の尖閣諸島沖船舶衝突事故は、今や134千万人とも云われる中国の人口問題にからむ領有権として漁業権や海底油田所有権、中国制海権などの問題が改善の兆しが見えぬことに業を煮やした中国が2010年国連総会に尖閣諸島領有権を正式に主張するために嵌められた罠とも思えるほど中国側の手際の良さが際立った事件とも考えられる。  
 しかしこの論評を読んでみるにつけ、自己中心的、ご都合主義的、独善的な民族の責任転嫁や人間不信は、偽ブランド品や列に平気で割り込む、などの中国人の日常生活に如実にあらわれているところをみると、これは中国人の持つ属性ではなかろうか、とさえ思えてくる。つまり作為的行為ではなく、本来中国人がもっている資質がこのような世論を生み、政府を動かしたとの見方も成り立とう。
 一党独裁の社会主義国家ではあるが、市場経済を導入した改革開放によって目覚ましい経済成長を果たし、今やGDPは世界第2位の我が国を抜き去ろうとする勢いの中国ではあっても、我が国の10倍にもあたる人口を養っていくのは並大抵のことではなく、もって生まれた自国民の属性と相まって、生存競争の激しさは遠く日本人の及ぶ所ではない。冒頭に掲げたデモの写真を見ても分かるように、ハングリー精神こそ中国人に最も相応しい資質と云えるのではなかろうか。この退路を断ったともいえる強烈な精神がもって生まれた土匪的な属性と相まって、過去に於いても近隣諸国との領土問題に関する紛争は絶える事を知らぬ。
 今回の問題も両国の言い分を整理してみるとお互い行き違っている点が浮き彫りにされよう。
日本側:
 尖閣諸島は日本固有の領土である。
 領海侵犯により警告。
 漁船が自衛艦に故意に衝突したので公務執行妨害で逮捕した。
 日本の国内法に従い粛々と捜査を行う。
 船長の釈放を検察庁が決定したと報道。
中国側:
 尖閣諸島は中国の領土である。
 自国の海域で操業中の漁船が不当に逮捕された。
 即時船長の無条件釈放を求める。
 釈放しなければ相当の対抗措置を講ずる。
 日本に謝罪と賠償金を要求。
 
 所変われば品変わるでこれほど明確に行き違った話もめずらしい。もともと一党独裁の社会主義の中国と民主主義の日本の論理や価値観が噛み合うはずもないのだがそれに加えてお互いの国民性がこれまた見事な程に違いを見せている。話はお互いに平行線をたどりかねない。だからといって目には目をと云うわけで、武力に訴えるわけにもいかないのが、現在の世界の情勢では、小さな地域紛争はあっても全面的な国家の戦争は起こし難いのが世界の常識だ。と云うのも、原子力などの兵器で攻撃したとなれば相手国は勿論のこと、仕掛けた国にもそれ相当の報復がある事を考えれば、お互いの国が滅亡する程の被害がでるのは誰しもが予測できるからであろう。
 したがって紛争といっても旧態依然たる兵器を振り回す地域紛争でしかなく、ヤクザの小競り合いのようなものでしかありえなかろう。このような問題が起ると、必ずでてくるのが憲法改正論と日本再軍備論でオモチャのような兵器をいくら配備したところで、そんなものが戦争抑止力になると信じている者の時代錯誤な脳みそが疑われる。
 相手が強硬な対抗措置をとるならば、それらを上回る措置、つまり原料が輸入できなくなって生産業が立ち行かなくなるようであれば、他の輸入国を探すなり、時間はかかるにしても代替えの製品開発を行うなどの措置を講ずるべきであり、中国水資源ODAの問題や中国現地生産の企業の他国への移転など、日本が切れるカードがどれほどあるかが外交力の見せ所となろう。
 これらも政府が腰を上げるのを待つのではなく、ネットやメディアを通じた国民の声によってどれほど政府が動かせるかの実行力によるものが湧き上がってこなければ、単に政府の足を引っ張る小姑の小言でしかない。
 当然メディアは国民の声を汲み上げて、世界的な対中国キャンペーンを展開するのが緊急の課題であり、現在のような批判的な報道ばかり続けていては返って国益に反しかねない。問題は日本の世論ではなく、あくまでもターゲットは世界の世論をどう呼び起こすかにかかっている。情けないことには現在の政府ではそれほど力量のある外交力を持ち合わせているとも思えぬ。
 今や表舞台に立つのは我々日本国民自身であり、その行動力であろう。我々の命は我々で護らなければならない。そのための最も強力な武器は言論である。人の命を奪うことによって国家の争いを解決しようとした20世紀の各国政府首脳がとった愚行を再びくり返してはならぬ。今こそ言論のみが最強の武器である事を全世界に向けて発信し、日本の整合性を呼びかけなければならない。

拝啓 江田憲司 様

拝啓 江田憲司 様
 
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江田憲司 様
 
 初めまして、松尾篤興と申します。
 先日の参議院選挙では夫婦でみんなの党に投票致しました。
 元より江田憲司氏の政治理念や政治姿勢に大いに賛同するところがありまして、みんなの党に関心を持つようになった次第です。
 
 このところ尖閣諸島における中国船との衝突事故で日中問題のこじれが取り沙汰されていますが、日本のメディアが煽る程の問題でもなく、少々時間をかけて丁寧に対処すればお互い収まる問題だとは思いますが、社会主義国、中国人民共和国は、デモクラシーの国、日本にしてみれば未だ未成熟な国家であることは否めませんが、なにせ相手のある事ですので、こちらの言い分ばかりは通せぬ問題でもありましょう。
 
 現在は前世紀のように小さなイザコザが全面戦争に発展するような事はあり得ず、云ってみれば、世界は非常に戦争しにくい仕組みになっていると思われますが、それにしても国家間のイザコザに止まらず、国際テロ組織などにも対処しなければならぬ必要に迫られているのではないでしょうか。
 
 そこで伺いますが、みんなの党の政策には―日米同盟を基軸に国民や国土はとことん守る―とうたってありますが、今ひとつその具体的な部分が見えてきません。専守防衛にしろ自衛隊に今後どのような方向性を持たせるのか、つまり今の時代、大砲や戦車などの前世紀的な武器をいくら装備しても何の足しにもならぬ、専守防衛に本当に必要なものは何かを考えるべき時に迫られていると感じます。
 
 私は決して憲法第29条を改正しろと云っているのでもなければ、日本の再軍備を促進する考えを持っている者でもありません。ヨーロッパ諸国が自国の軍備に対して、はっきりしたアイデンティティーを持っているように、そろそろわが国もいつまでも軍備に対する問題を先送りせず、子供や若者達が安心できる、国を守る形を具体的にしっかりと示さなければ、単なる言葉だけでは余りにも説得力に欠けると考えますが如何なものでしょう。
 
 政治経済は私の専門外の分野ですので支離滅裂な論理があればお許し頂きたいと存じます。
                      (洗足学園音楽大学名誉教授)
 
この質問状に対してみんなの党事務局より次のような返事が返ってきた。

松尾 篤興 様
 

 時下ますますご清祥の段、心よりお慶び申し上げます。

 

 この度は、貴重なご意見を頂戴し、誠にありがとうございました。

 みんなの党は、政治の最大の責務は、国民の生命・財産を守る、そして、国土を守ることだと考え、日米同盟を基軸に、我が国への脅威に対しては万全の体制で臨むべきだと考えます。

 みんなの党は、現状追認に甘んじず、日本の国益という観点から、米国をはじめとした国際社会にも言うべき事は言いながら、この激動する国際環境を踏まえて、戦略的な外交・安全保障政策を展開していきたいと考えます。

 また、みんなの党は領土問題解決に向け、北方領土、竹島、尖閣諸島等は我が国固有の領土として主張し、粘り強く関係各国と交渉を進めていきます。

 民主党は鳩山内閣のときに日米中正三角形論を唱えていましたが、菅内閣になってから言葉の上だけでも日米同盟を主軸とすると言っています。

 覚悟と信念の程はどうなのかというところを中国に足元を見透かされ、揺さぶりをかけているのだと思います。

 政府はこれに対し、毅然たる態度で対応すべきと考えます。

 

 頂戴したご意見を参考にさせて頂き、活動して参りますので、今後とも、ご指導・ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

 
                      (みんなの党本部事務局)

秋の民主党代表選を前にした私のオピニオン

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民主党の代表選は散々気を持たせたあげく、菅直人、小沢一郎2人の対決となった。
メディアはこのビッグ2の対決ショーを格好の特ダネとして、ニュースやワイドショーはおろかトークショーやバラエティ番組までもがこの話題を取り上げ、視聴率を上げようとやっきになっているが、報道という大義名分に隠れた単なる視聴率争いに他ならない。もっと真摯に報道の真意をわきまえ、本来国民に伝えなければならない事実を明らかにして頂きたいと思う。
民主党が衆議院でこれほど多数の議席を獲得したのは、選挙上手の小沢一郎の功績が大きいとする意見もあるが、この深層には55年体制以来、途中細川内閣などの政権交代はあったにしろ長きにわたって自民党に翻弄され続けた国民の意思によるものに間違いないだろう。民主党はこれらの代弁者として政権交代を達成したものと思われる。
そこで民主党に眼をむけてみると、新進党、民政党、新党友愛、民主改革連合、さきがけ、社民党、新生党などによる政治難民連合とでも云いたいような寄り合い所帯であり、生まれも育ちも違う家族に代表選後の挙党態勢を強いるのも無理があろう。
つまり代表選後にしこりが残り、と云うよりも本来主義主張の異なる部分を清算して、同一の政策を志す者の再結束を行うべきではあるまいか。
もともと日本の政党の成り立ちは、政治信念によって結束を計ると云うよりは、数やその他の下世話な問題による離合集散が行われ、ただ単に現住所が変わったに過ぎないようなものでしかない。その上日本人の資質は信念に基づく強烈な個性を持つよりも、周りとの融和をはかり、和を尊重する人柄の方が善しとされがちなものだ。そこには信念よりも数の論理が優先されるのも必然の成り行きだろう。
つまり民主党の代表選はビッグ2の対決となった以上、本来の政治信念に基づいたものによる再結束が行われなければ、単に問題を先送りするに止まることになりかねない。
菅直人の再選にかける心境は分かるにしても、敢えてここで出馬表明をした小沢一郎は政界再編成までも見通したものとすれば天晴れと云う他は無いが、果たしてそこまでの強い信念と覚悟があったのだろうか。
ここまでくると日本に2大政党を望むのはとうてい無理な話で、せいぜい100名そこそこの政党が政治信念による結束を計り、与党連合を組み連立政党を樹立する方が余程自然で国民の声に答える仕組みも生まれよう。日本の政党支持で無党派層が多いゆえんも、これら2大政党と云われている以外の受け皿が不足しているものと考えられよう。せめて3つぐらいの国民を代表する志のある政党が連立政権を樹立してくれれば、日本の政党政治も少しは健全なものとして受け止められるようになるかも知れぬ。
秋の民主党代表選の行方がどこまで日本の政治の閉塞感を払拭できるか、私は息をひそめて見守っている。






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(疎開先、六本松の家)

戦争を知らぬ子供が今年65歳になった
 
 私が10歳のとき日本は戦争に敗れた。
 815日、天皇陛下のお言葉があるというので、疎開先の小さなラジオの前に集まって、祝詞(のりと)のようなわけの分からぬ話にぼんやり耳を傾けていたのを覚えている。
天皇陛下は私にとってそれほど身近な人でもなかったし、何よりもうねりのある日本語とは思えぬ話を理解できなかったのが感心を示すに至らなかった第一の原因だろう。そんなことよりも家の庭に実っているイチジクの熟れ方のほうがよほど気がかりだったのが正直な気持ちだった。
あれから65年が過ぎてしまった。
この日以降生まれた戦争をしらない子は、はや65歳を迎えることになる。半世紀以上に渡るこの間、日本はなにをしてきたのだろう。日本はどうやって生きてきたのだろう。そして65年を過ぎた今、日本はどのような道を歩もうとしているのだろう。
 小学校の頃、教練という授業があり兵隊がきて勅語を読まされた。また、一人が失敗をすると全体責任と称してクラスの者全員がびんたを食らわされたのを覚えている。
 19456月、福岡は大空襲にあい、橋口町(現天神1丁目)にあった生家の料亭は全焼し、当時店に居たおふくろは焼夷弾で燃え盛る市街地の中、頭から水を被りながら我々の疎開先六本松まで落ち延びてきた。
 疎開先とはいっても福岡市南区にある市電の停留所のある場所だから空襲の際、的外れな焼夷弾が落ちてきて何発かは近所に被弾したらしい。近所の田んぼの中には不発弾があって内部から流れ出したグリセリンのような油脂をかすめ取っては火遊びをしていたのだから思えば随分危険な行為なのだが、これが私の好奇心の全てを表している。
 戦争が終わったという実感は、もう空襲はないので夜中に眠い思いをしながら防空壕に入ることもない安心感、それと食糧難に見舞われた空腹感が戦後の実感だった。米は手に入るのが玄米で、それを一升瓶に入れ竹棒で突きながら精米するのが子供達の役目だった。勿論白米をたらふく食べるわけにはいかない、庭に植えたさつま芋をご飯に混ぜてかさを増やす、いもに止まらずさつま芋の茎を煮付けて食べる、鉄道ひな菊、いわゆるぺんぺん草だが、これを刈り取って干し草にして学校に提出すると、ぺんぺん草を粉にして焼いたパンと交換してくれる、家で飼っているニワトリが卵を生むと1個の生卵でどんぶり山盛りの飯を食う、今思うと実にタンパク質源のない粗食に甘んじていたかが伺えよう。
 確かに戦争とは云え実家の料亭が被災した事と終戦後の食糧難を経験した程度で、世に言い伝えられるような悲惨なものではなかったかも知れないが、一つ間違えば命を落としていたであろう事を考えれば十分に悲惨な事と云えるだろう。空襲でどこそこのビルの地下では何十人の焼死者が出たとか、避難場所の小学校が直撃弾を受け、多くの人が命を落とした、などの話を耳にする度に、そこを通るのが怖い思いをしたのは子供なりの悲惨さを感じていたのかもしれない。
 戦争に敗れた日本は色々な事を経験した。1947年日本国憲法施行、つまり65歳以下の人達は民主主義憲法の下に育ったわけだ。しかし民主主義を説いたのは大日本帝国憲法の下に育った人々によって教えられたのだから真の意味のデモクラシーは子供達に伝わったのだろうか。戦後間もない頃の流行語に、やれ自由主義だの個人主義などの言葉が乱用されたのを思えば、軍国主義から一気に解放された人々にデモクラシーの真意が理解できていたかは甚だ疑わしいところがある。
 1951年日米安全保障条約調印、日米安保条約は1960年に改定されるが、現在に至るまでこの条約にまつわる日本の姿勢が問われることになった。
 1964年東京オリンピック開催。大松博文監督率いる東洋の魔女軍団が金メダルを獲得するや日本中にバレーボールブームがおこった。
どうも日本人は誰かが記録を樹立したり優勝したりの偉業を達成すると日本中でその競技や事業のブームがおこるという、まことにお目出度い人種であるらしく、付和雷同というか勝ち馬に乗りやすいと云おうか、周りの人が賛同するものだと思慮なくそれを受け入れる気質をもっているらしい。
 1972年沖縄返還。返還とは名ばかりで未だに沖縄米軍基地の僅か15%が返還されたにすぎない。在日米軍駐留経費負担や日米地位協定の問題も含め、鳩山政権崩壊の原因の一つとされる普天間基地移設の問題などについても、日本はあらためて考える時期にきているのではなかろうか。
 1989年昭和天皇が崩御され年号は平成となった。昭和と云う時代が終わりを告げたのは中村草田男の「降る雪や、明治は遠くなりにけり」の句をもじった「昭和は遠くなりにけり」の言葉同様、人々にさまざまな感慨をもたらした。
 1995年日本は戦後50年を迎えた年、不幸にも阪神淡路大震災が発生し多くの犠牲者と被害を出し、以後発生する地震の比較基準として引き合いに出されるようにもなった。
 世界は新しい世紀を迎えたとたんアメリカ同時多発テロが起き、アフガニスタン戦争が勃発した。ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻によるアメリカの対抗策、イスラム義勇兵の武装化に端を発した反米テロ組織アルカイダとの戦いは現在にまで及ぶ事となる。
たしかに9.11事件の報復としてアフガニスタン戦争は起ったのだろうが、テロが悪で戦争が善という話でもあるまい。テロにしろ戦争にしろ起こした側にとっては大義名分のある話なのだろうが、現実はいずれにしても合法的な殺人行為に変わりはない。犯罪による殺人は厳しく罰せられている先進国において、なぜテロや戦争についてさらに厳しい罰則や非難を浴びせないのかは人間の勝手さというものだろうか。
 新世紀から9年がすぎて日本に1993年細川内閣以来の政権交代が起きた。こうして政権が変わってみると、今まで我々には知らされなかった旧政権の不始末や身勝手が暴かれ、ほとほと政治とは如何に国民を騙すかが問われるもの、という不信感を覚える。
 戦後65年が過ぎた。民主主義憲法の下に育った子供達は今年65歳を迎える。しかしこのデモクラシーは国民が決起して勝ち取ったものではない。敗戦の結果、アメリカの指導のもとに1947年施行された憲法による民主主義であることは間違いない。従って国民一人一人がデモクラシーの意義や価値を十分理解した上で、憲法として収束されたものなのかは疑問が残る。
政治の面でもマニフェストなどは単に言葉だけが踊った上辺だけのデモクラシーであって、本当に国民が望んでいる声が政治に反映されているかは疑わしい。
 政治家や官僚が自分の寿命はあと数十年だと考えてすべてを先送りしようとすれば日本の将来は、いや地球の未来は無いに等しいものと化しはしないだろうか。

(美声を科学する、より)


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(福岡大空襲)

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