松尾家の人々

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立会い出産

イメージ 1

週末に、
近所に住む友達の家へ
家族三人で遊びに行ってきた。

彼女は12月末に出産を控えており
都内の実家に帰ってしまう。
その前に、
会っておきたかった。



彼女の大きなおなかを見て
自分が妊婦だった頃を思い出すおまつ。



私は、
里帰りせず
出産しようと決めていた。

退院後も手伝いを借りず
夫婦二人で乗り切るつもりだった。

そのため、
出産には
旦那にどうしても立ち会ってもらいたかった。
命の誕生に立ち会うことで、
積極的に育児に関わってほしかったのだ。


立会い出産に
否定的な意見があることも知っている。

だが、
私の身近で立会いを経験した男性は皆、
「立ち会ってよかった」
と言っていた。




うちの旦那は、
立会いに乗り気ではなかった。


分娩室の前の廊下をそわそわと行ったり来たりして
「オギャー」と聞こえた瞬間、
一緒に待っていた親族とがっちり握手を交わし
その後、公衆電話から職場に報告をする。

彼はそう思っていたらしい。


ドラマの見すぎだろ、それは。



私が出産した病院では
立会いを希望する場合は、
病院主催の両親学級への参加が
義務付けられていた。


土壇場で立ち会うのをやめてもいいから
とりあえず両親学級には出よう(有料だけど)!

嫌がる旦那を無理やりひっぱっていく。




それにしても、
立会いを希望する旦那さまというのは
そろいもそろって、
できた人物ばかりだった。


「出産は妻だけの仕事ではないと思います」
「何もできないのでせめて隣で励ましたい」


すごい、
一体どこを押したら
こんなセリフを話すようになるんだ。




それにひきかえ、
うちの旦那ときたら、

「えーと、彼女がどうしてもというので・・・(とりあえず両親学級には参加しましたけど・・)」

なんとも歯切れが悪い。


そして、
奥さんの好きなところは?という質問には

「よく働くところ」

と答えやがった。




ほかの旦那さまに触発されて
前向きに考えてくれるのかと思いきや、
帰り道、

「俺のまわりで立ち会ったヤツは誰もいない」

と抵抗しはじめた。

奥さんが里帰りして
1年近く帰ってこなかったという
知り合いの話まで持ち出して
立ち会うことに難色を示した。



結局、
立ち会うかどうか
限りなくグレーのまま、
その話題はタブーとなってしまった。








その日の朝。

旦那がいつもどおり出社した後、
おしるしがあった。
おなかも痛いような気がする。


「陣痛の痛みってどんなのですか?」


病院で以前、
助産士に質問したことがあった。


「陣痛がわからない人なんていませんよ」


助産士は笑って答えてくれなかった。



しかし、
陣痛がわからない人がいた。

おまつだ。




おなかが痛いけど
これが陣痛かどうかわからない。


病院へ電話し事情を話すと、
入院の準備をしてすぐ来るように言われたので、
まとめてあった荷物を持って
タクシーで病院へ行く。




陣痛だった。






旦那の職場に連絡を入れて
病院の陣痛室へ来てもらう。


思ったよりも陣痛が痛くて
私は気が立っていた。





「お風呂にはいるといいですよ」


助産士がお風呂の準備をしてくれたが、
痛みは一向に和らぐ様子がない。


痛い、痛いじゃないか。



「湯加減はどう?」


旦那がのんきに聞いてくる。


こんなときに
湯加減を聞くな。


痛くてじっとしていられず、
すぐに、湯船からあがる私。




「このボールにつかまるといいですよ」


次に助産士は、
大きな大きなボールを出してきた。
運動会の玉ころがしで使うようなボールだ。

それに前かがみになってしがみつく。



「どう?」


旦那が聞いてくる。


どうもこうもない。
痛いんだけど。


こんな痛いだなんて、話が違うじゃないか。

あまりの痛さに
窓から飛び降りて
全てをなかったことにしたくなった。



それにしても
旦那はうろちょろするばかりで
ちっとも役に立ってないような気がする。






夕方になり
食事が運ばれてきた。

食事のお膳を見る気力もない私。


「あ、メロンだ」


旦那が目ざとく見つけて言う。


「食べていい?」


こっちは食事どころじゃない、
非常事態だ。

痛くてうんうんうなっている私を尻目に
旦那は出てきた食事を全てたいらげた。



「ねえ、ジュースもらっていい?」


それは喉がかわいたという私に
旦那が買ってきてくれたジュースだった。
私が口をつけないのを見て、
食後に飲もうというのだ。


勝手にしろ。




そうこうしている間に
やっと分娩室へ移動することになった。
いよいよ、ヒッヒッフーと出産するのだ。


よろよろと
陣痛室から分娩室へと移動する私。


一方、
どうしていいのやらと
おろおろしている旦那に
助産士が声をかける。


「旦那さん、荷物持ってついてきてください」


旦那は、荷物を持って
分娩室へと入ってきた。



旦那としては
一緒にいるのは陣痛室まで・・・
と思っていたようだ。


しかし、
勢いで分娩室まで来てしまった。

どうする、俺?



すると
助産士が旦那に緑色の上着を差し出す。

「はい、旦那さんこれ着てね」

手術で医師が着るヤツだ。


「いや僕がつきあうのは陣痛室までなんで、外で待ってます」
なんて言えたら
そいつは神だ。



旦那は言われるがまま、
おとなしく緑の長い上着に袖をとおし
私の頭の横に立った。



分娩室にはいると
痛みが初めて和らぎ
これから出産だ、とテンションがあがった。

赤ちゃんというのは
頭を回転させながら産道を通ってくる。

それを頭の中でイメージしながら
助産士の合図とともに
いきむ私。


「松尾さん、上手ですねー、いいですよ、その調子その調子」


それはまるで
大きなンコをする要領なのだ。



「任せてください、ンコするのは大得意です!!!」


私の顔に笑顔が戻る。



旦那は、というと、
よっぽど喉が渇くのか
さっきからずっと
コップに入った氷水を飲んでいる。

それ・・・
私のために助産士が用意してくれた水なんだけど・・・


まあいい。
後で覚えておけ。



分娩室にきて1時間、
ようやく
赤ちゃんが出てきた。



コンタクトをはずしていた私は
そばで見守っていた旦那に眼鏡をもらって
赤ちゃんを見た。



想像していたのとは全く違って
美人の赤ちゃんだった。


あー、こんなのがおなかにいたのかあ・・・・


ポン、と
私の胸の上に、生まれたばかりの赤ちゃんがおかれた。
不思議なことだが
何の感想もなかった。
頭が真っ白だった。



その後、
へその緒を措置されて
体を綺麗に拭いてもらい
身長と体重を計ってもらった赤ちゃん。

それが終わって
今度は旦那に、
赤ちゃんが差し出された。


恐る恐る
受け取る旦那。



「写真を撮ってあげましょうか」


助産士が気を利かせてくれた。


だが、
松尾家は
カメラの準備をしていなかった。


なんてこった、
第一子か本当に。





旦那は
入院病棟のはじっこにある自販機まで
使い捨てカメラを買いに行こうとした。


「その服のまま、分娩室から出ちゃダメなんですよ」


助産士に制され、
一瞬ひるむ旦那。

脱げばいいだけなのに、
そこまで気がまわらないらしい。


「今回だけ特別です、早く行ってきてくださいっ!」


はじかれたように旦那は駆け出し、
ぜいぜいとカメラを手に
一目散に戻ってきた。



無事に記念撮影も終わり
興奮さめやらぬまま
赤ちゃんと旦那と三人で
病室へ移動。


時計は24時をまわり、日付がかわっていた。


こうして、
松尾家の、長い一日は終わった。





その後、
旦那はいろんな人に
出産に立ち会った話をしたらしい。
あまりにあちこちで繰り返し話すうちに、
だんだんしゃべりがうまくなったようだ。


あんたは吟遊詩人か。




でも将来、
パパの口から自分が生まれたときの話が聞けて
みんみはきっと
喜ぶだろう。

腑に落ちない点もあるが
大目に見るか。

ありがとね。

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もっこしもこみち

皆様、
お久しぶりです。

記事をアップするのは
久しぶりだなぁ・・・




さて。

先週のことですが、
松尾家はみんみの園の行事で
芋掘りへ行ってきました。



「さつま芋にモザイクかけるんでしょ?」



何人かに指摘されました。


さつま芋にモザイクかけたってねえ・・・
しょうがあるめえ?








https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/706875/img_706875_16019922_0?20051104215119.jpg









まあ
いちおやってみましたよ?

一番手前の左のやつが
なんだかいい味出してる気もするけど
いまひとつ、
インパクトに欠けるなぁ。







何か面白いさつま芋はないかな。。。。




とは言うものの
毎回毎回
このブログのために
面白画像が存在するはずもなく。


意外とあっさり
さつま芋探しをあきらめるおまつ。





だがしかし、
さつま芋は種類が豊富である、
と改めて気がついたので
皆様にも紹介しておきます。










https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/706875/img_706875_16019922_1?20051104215119.jpg











ち○このような
う○このような






まあ、いっか
ここの読者はどっちも大好きだ。









ところで、
さつま芋はいまひとつだったけど
山芋あたりで
面白い画像があるんじゃないか?


おまつの直感が働く。働く。働いた・・

かのように思えた。





しかし、
さつま芋以上に
どうってことない画像ばっかり。


なんだよ
大したことないな・・・











https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/706875/img_706875_16019922_7?20051104215119.jpg









使えそうなのは、
この「山芋豆腐」だけだった。





ちぇっ、山芋もダメか。


しかし、
「長い棒」つながりで
思わぬ発見をしたおまつ。










「さくら棒」
という駄菓子をご存知でしょうか?

静岡ではよく見かけるらしい
ピンク色のながーーーーーーい麩菓子です。



ピンク色のながーーーーーーーーーい















https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/706875/img_706875_16019922_4?20051104215119.jpg















あっは〜ん















https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/706875/img_706875_16019922_5?20051104215119.jpg












おお素敵!!!
正しいぞ!!!
さくら棒は正しく
「もっこしもこみち」だった。















https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/706875/img_706875_16019922_6?20051104215119.jpg





え?蛇足??

新生姜あれこれ

どうもどうも。

「大楽毛」が意外な反響を呼ぶ中、
おまつは新生姜を探していた。


いくつか気になる新生姜を発見。

さあこれをどうやって紹介するか・・・


探すことに
もてる情熱を全て傾けたため
紹介のためのうまい展開を考える気力が残っていない。


まあいいや、
今回は絵だけ見てもらおう。












https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/558197/img_558197_15222991_4?20051028235750.jpg









まずはこんなもん?












https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/558197/img_558197_15222991_3?20051028235750.jpg









ふっ・・













https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/558197/img_558197_15222991_5?20051028235750.jpg









きれいな色じゃないか・・・












https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/558197/img_558197_15222991_7?20051028235750.jpg









こりゃちょっとありえんな・・・













https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/558197/img_558197_15222991_8?20051029010714.jpg









「お笑い漫画道場」で
富永一朗が描いてたオッパイは
こんなだったな。

垂れたオッパイを
あらよって
肩にかけるんだよな・・

ちょっと不鮮明なのが残念だ。





と、
これだけあれば
ひとつくらい
皆様のハートをがっちりつかんではなさないヤツがあるだろう。



それじゃ、
よい週末をお過ごしください。

アメリカの旅

今回は、
大学生の夏に、
アメリカを一人旅してきた話。








https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/639338/img_639338_14569453_3?20051020235723








一緒に行くはずだった友達が
ある事情で行けなくなってしまった。


私も行くのやめようかな・・


フリー旅行の予定だったため
成田〜LAの往復便を
格安チケットで購入していただけだった。


キャンセル料も大したことないしな。



ほかの友達も
「やめたほうがいい」
と口々に反対する。


当時、私は全く英語を話せなかった。
現地でどう行動するのか、
アテもなければ
土地勘もない。



だが、
当時つきあっていた彼は違った。


「絶対おまえのためになるから行って来い」



彼はなかなか厳しい人間だった。
そう、 とは


私にンコの最中に声が出てると指摘した彼であり、
自分が30歳になるまで結婚はしないと言い張ったのに26歳で結婚した彼である。



行けと言われて
私も少し、
いやだいぶ
意地になった。


それから慌てて
バスの乗り放題チケットを購入したり
ユースホステルの会員になったり
トラベラーズチェックを用意したり
大まかな移動のプランを立てたり
バタバタと準備に追われて、
あっというまに
出発の日が来た。


彼が空港まで見送りに来てくれる。


「やっぱり行くな」

ついに彼からそのセリフを聞くことはなかった。





アメリカ国内での移動は全て、
全米のあらゆる都市を網羅する
グレイハウンズ社のバスを使った。


次の目的地への移動を夜にして
バスの中で眠れば、
宿泊代が浮くし、
旅の効率もよくなる。

だが、
バスは廉価のため
いわゆる貧困層が多く利用している。
夜は車中も暗くなるし、心配だ。

バスは全て自由席、先着順である。
出発時刻に十分余裕を持って
バスディーポ(バス乗り場)に向かい、
運転手の真後ろの席に座れるよう
いつも心がけていた。




ところで、
実は旅行4日目、
ロスからサンフランシスコへ移動した直後に、
財布を落としてしまった。


財布を落としたのは、
人生で初めてだった。
後にも先にも、あれが最初で最後の経験(今日現在)。
慣れない土地で慣れないことが発生し、
どうしていいかわからず、パニックになった。


実家にコレクトコールを泣きながらいれると
母親と兄が電話口にかわりばんこに出てきて、
おろおろしたり
怒鳴ったりした。


「早く帰ってこい」
「お前はバカか」
「どうやったらそっちに送金できるかね?」
「だから一人で行くなって反対しただろ」
「カードは持ってないの?」


そうだ、クレジットカードを止めなければ。


一旦電話を切り、
クレジットカード会社に連絡して、
カードを止める手続きをする。





時間がたつと
少し気持ちが楽になって
自分の持ち物を改めて確認してみる。


トラベラーズチェック。
パスポート。
グレイハウンズの乗り放題チケット。
ガイドブック。
着替え。
帰りの航空券。



現金とカード以外のものは
全て残っている。

命も。


無くして怖いものは命だけ。
財布を無くしたぐらい、
なんでもないじゃないか。


一度開き直ると
自分はこのままいけそうな気がした。



再度、実家に電話をいれる。


「旅行、続けることにするから」


電話の向こうで
母親が意味不明な言葉を叫んでいる。
その声は、泣いていた。


「ごめんお母さん、でも私、決めたんだ」



バスで移動するたびに電話をいれること、
毎日はがきを出すことを条件に、
母は渋々承知してくれた。





上の地図の赤線を、バスで移動した。
アメリカを半分まわったつもりでいたが
こうしてみると
意外にも小さい。



実際、アメリカは大きかった。

バスでの移動が
ぶっ続けで20時間に及ぶこともあった。

どこまでもどこまでも広がる大地に
アメリカの底力を、
まざまざと見せつけられた気がした。





旅のしめくくりは、
グランドキャニオンだった。

グランドキャニオンに降り立つと、
昔、教科書で見たままの地形が
幾重にも、うねうねと続いていた。


望んだものはなんでも叶うんだな。


ここに立つまでの
旅の過程が思い出されて、
ふいに胸がいっぱいになった。








今夜、
記事を書くにあたり、
久しぶりに当時の日記やメモを引っ張り出して
読み返してみた。

そこには、
怖いもの知らずだった20歳の私がいた。


日々の何気ない出来事や
レシートの裏書や
出会った人々の連絡先や
口では通じず書き殴った英単語や
移動中のバスから見た景色のスケッチや
何度も見返してすりきれたバスの時刻表や

いろんなものが
輝きを失わずに当時のまま、あった。
頭の片隅にあった記憶が
鮮やかによみがえる。


ああ、
自分はこんなにもすごい旅をしたんだっけ。



そして、
帰国した成田の税関で聞かれたことを思い出す。


「こんな長期間の旅行で、荷物はそれだけですか?」


私の荷物は、
リュックひとつだけだった。
文字通り、
身一つ、体一つの旅だった。



今の私を作った原点ともいえる旅。
いつか文章にまとめたいと思いながら
何もせず時間だけが経過してしまった。


もう少しみんみが大きくなったら
話して聞かせたい。
ひとり大奮闘した
怒涛の49日間の日々のことを。


その前に、
旦那に語っておくとするか。



スペインでもっこし

おまつは、
大学の卒業旅行で
ヨーロッパに行った。


オランダ→イタリア→スペイン→フランス→スイス→オランダ


を、
飛行機とユーレイル(鉄道)で移動する
3週間のバックパックの旅。


当時はまだ、
国ごとに独自の通貨が流通していたため、
国境を越えるたび
真っ先に両替をする。

やっとお金に慣れた頃には
次の国へ移動だった。






スペインでのこと。


買い物をし、お金を払う段になり、
財布を開くのだが、
ペセタのコインは8種類もあり、
どれがなんだかよくわからない。

コインは後で両替できないので、
できるだけ増やしたくない。
お釣りが少しで済むように支払いたい。


えーと、えーと・・・


財布のコインを一枚ずつ眺めて
これとこれを出せばちょうどかな?
と、もたもた計算するおまつ。



レジのオジサンが
イライラと私の手元を見ている。



私がやっとお金を差し出すと、
オジサンはでかい声で言い放った。


「くわえてろ、チン○!!」



・・・・は?


私がオジサンをまじまじと眺めると
オジサンはこちらをギロリと睨んで言う。


「☆▼×DE〜!・・・くわえてろチン○!!!」



くわえてろチン○って、
誰が誰のをくわえるんですか・・・今ですか・・・



いきなり強い態度で要求され
たじろぐおまつ。



すると、
私の隣に並んでいた
地元の子供が
私の財布をいきなり横からかっぱらった。


ど、泥棒〜〜!?
スペイン語でなんて言うんだ〜!!?



更に、たじろぐおまつ。



その子は、
私の財布から
なにやらコインを出して
レジのオジサンに渡した。

オジサンは、
子供とブツクサ言葉を交わして
私にお釣りを寄こし、
「あっちへ行け」
といわんばかりに、
いかついアゴをしゃくった。


子供はニッコリ笑って、
私に言った。


「くわえてろチン○?」


そして財布を返してくれた。







「cuarenta cinco」

スペイン語で「45」の意。


その後も、
スペインでは
この「くわえてろチン○」を
何度となく耳にした。




なかなか大胆な国だな、スペイン。






という出来事を
なぜか唐揚げを見ながら
懐かしく思い出したおまつだった。









https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/48/10/matsuokenohitobito/folder/706875/img_706875_14463590_2?20051019235743.jpg









あ、ほくろ・・・?

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