5D Mark III の他に、PEN-F も始めました。

セカンドカメラが、NEX7 から Nikon1 J5 と Olympus PEN-F に変わりました。

Israel

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イスラエル出張7

これから紹介するのは、嘆きの壁(Qailing Wall)として有名な、The Western Wall です。

この壁は、ヘロデ王によって造られた神殿をユダヤ戦争の際、ローマ軍に壊された時、一部だけ残された神殿を囲んでいる西の壁です。だからこう呼ばれています。

実際に見る前は、凄く大きい壁を想像しておりました。
が、ある意味かなり期待はずれ。


遠足気分で来ている子供の姿が多かったのが印象に残りました。

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一枚目の写真の中に、壁の向こうに金色の円形の屋根が見えますが、これが聖なる岩を祭っている「岩のドーム」と呼ばれているもののようです。

私は、エルサレムはユダヤ教とキリスト教の聖地であることは理解できたのですが、この岩のドームがあるお蔭で、イスラム教の中でも第3の聖地となってしまっているそうです。

なんでこんな風にゴタゴタになってしまっているのでしょうか。

それもこれも、神の啓示を受けたといわれる預言者の教えが原因です。これらが皆、お互い様々に食い違っていたために、何千年もの長い間、全人類に呪縛となって重くのしかかってきたわけです。

なんという、神のいたずらでしょうか。

全く異なる文化と価値観をもつ、日本人の私にとっては、ある意味、馬鹿々々しい限りなのですが、その裏で、未だに真剣にこの問題に取り組んでいる大勢の人々が存在していうるというのも、動かしがたい事実なのです。そのことを目の当たりにした、今回の出張でした。


本当の神さまは、こんなことを通して、いったい我々にに、何をさせたいのかなあ?と真剣に悩んでしまいました。

イスラエル出張6

聖墳墓教会の続きです。

次の写真は、ステーション11のイエスが十字架に磔になった場所です。前回のステーション13である塗油の石のところから、階段を登ったところにその場所はありました。

イメージ 1

蝋燭の明かりでイエスの磔になった姿が写し出され、厳かな感じがありました。辺りがかなり暗く、手ぶれ無しで撮ることができませんでした。

写真のように、来る人、来る人が、イエスの写真の前に頭を下げ、祈りを捧げていきます。

イメージ 2


さらに右隣が、ステーション12のイエスが息を引きとった場所です。

この時は、どこかの大勢の団体がこの場所を占拠してしまって、もう、近づくこともできません。頭越しにやっと写真を撮りました。

イメージ 3


団体さんが、どきそうもないので、諦めて下に降りました。

そして、これがアルメニア人の管理するところにある、イエスの磔の絵です。手前には、マリアがイエスを見て立ち尽くしたと言われている場所があります。

イメージ 4


そして、次が、ステーション14です。

イメージ 5

大勢の人が、中に入ろうと並んで待ってたので、我々は入りませんでした。
ガイドさんの話によれば、本当はイエスはこの場所に葬られたのではないそうです。それでも彼らと同じようにあそこに並んで見てきたいのであればどうぞ、と言われたので、行く気がしませんでした。

果たして、どちらが正しいのでしょうかねえ...

イスラエル出張5

では、今日はいよいよ、圧巻の聖墳墓教会を紹介しましょう。

聖地、エルサレムには、城壁で囲まれた旧市街地があり、それは、キリスト教徒地区、イスラム教徒地区、ユダヤ教徒地区、アルメニア人地区といった形で分割され管理されています。

そして、イエスが磔の刑になった際に十字架を背負って歩いたといわれるヴィア・ドロローサという約1キロの道は、イスラム教地区から始まりキリスト教地区まで続いており、その終点に聖墳墓教会があります。


この教会ですが、内部は、ローマ・カトリック教会、ギリシャ・ロシア正教会、アルメニア教会、シリア教会、エチオピア・コプト教会といった、異なる教会で更に分割管理されており、権力とお金の差によって、管理する面積と、装飾のされかたが極端に異なります。
聖地のエルサレム同様、ずたずたに分断されて管理されているので、ちょっと妙な感じがします。

まあ裏を返せば、誰もがこの聖地を他の誰よりも大切にしたい、そういった強烈な願い、欲望の表れなのでしょうけれど...


イエスが磔になった当時は、エルサレムの街は、当然もっと小さいもので、その周りにあった城壁も、現在の旧市街を囲んでいる城壁より、ずっと小さい範囲を囲んでいました。
そして、磔ですが、これは当然ながら、この城壁の外、つまり当時の街の外で行われたわけです。

ゴルゴダというのは、キリスト教徒の解釈では、丘という解釈のようですが、ユダヤ人であるガイドさんの話では、もともとゴルゴダはドクロ(しゃれこうべ)の意味で、二つの洞窟があった山が、遠目にはドクロのように見えたので、そう呼ばれたとのこと。つまり丘ではなく、山のことだそうです。

で、このヴィア・ドロローサという道ですが、その後、キリスト教徒によって、次のような14箇所をステーションと定め、イエスが磔になるまでの過程を説明することになりました。

1 イエス、死刑判決を受ける
2 イエス、十字架を背負わされる
3 イエス、十字架の重みで倒れる
4 母マリアが十字架を背負ったイエスに出会う
5 キレネ人シモンがイエスに替わって十字架を背負わされる
6 女性ヴェロニカがイエスの顔を拭く 
7 イエス、2度目に倒れる
8 イエス、悲しむ女性たちを慰める
9 イエス、3度目に倒れる
10 イエス、衣を脱がされる
11 イエス、十字架に付けられる 
12 イエス、十字架上で息を引き取る
13 アリマタヤのヨセフ、イエスの遺体を引き取る
14 イエス、埋葬される

このうち、10から14までが、この聖墳墓教会の中に存在します。

ただ、我々のガイドさんの話によれば、このステーションの定義は、イエスが磔になってから何百年も経ってなされたものであるため、正確なものではないとのことです。

当然ながら、当時はキリスト教は迫害されていたわけで、イエスの死後、エルサレムはローマによって支配されてしまうわけですから、無理もないことですね。

そういえば、ある本の中にこんなことが書いてあったのを思い出しました。退行催眠によって女性の過去世を調べたところ、彼女はこの時その場所にいたそうです。彼女によると、イエスは十字架を背負って行ったわけではなく、普通に歩いてその場所まで行ったとのこと。
勿論、彼女は、ステーション2の手前で見ていたのかもしれませんが、すくなくともキリスト教徒たちが言い伝えているすべてのことを正しいことと受け入れてしまうのはどうかな?と思います。


さて、前置きはこのくらいにして、写真の方に移りましょう。

先ず、聖墳墓教会を入って正面にあったのが、塗油の石というこの上でイエスの身体に油を塗ったという赤い石の向こう側にあった絵画です。とても綺麗なものでした。

磔になって息を引きとってから、埋葬するまでのステーション12-14までの絵が描かれています。

イメージ 1

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神父さんらしい方や、その他多くの人が、この石に額をつけて祈っていました。
(分かりにくいですが、一枚目の写真の中で、チョウチンのようにぶら下がっている蝋燭の下にあるのが、その石のことです。)

当然、物好きな私のことですから、彼らの真似し額をつけ、祈りを捧げてきました。
石は思ったよりも冷たい感じでした。

続く...

イスラエル出張4

戦車の博物館の後、次に行ったのが、写真のような建物です。

この中には、「死海文書(もんじょ)」という、非常に歴史的に価値のある太古の書がありました。
この文書のこと、皆さん知ってました?

イメージ 1


館内では、写真撮影は厳禁。

そのため、残念ながら文書の写真はありません。

文書は、当然ながら、何が書いてあるかさっぱり分かりませんでしたが、兎に角、字ばかりで、挿絵がありません。英語のドキュメントも、いつもつまらないとこまで文字で書こうとする習慣が強い彼らですが、この習慣はこの太古の時代から既に始まっていたのだなあ、と思いました。
日本人だったら、当然、図が入っていたと思います。
文化の違いでしょうね。

文書は勿論凄いのですが、他に並んでいた、土器の精巧なつくりに、とても驚愕しました。確かに凄い高い知性を感じました。

イスラエル出張3

日曜日は無事、顧客ミーティングも終わり、夜は彼らと一緒にホテル近くのレストランで食事をしました。

熱心なユダヤ教徒の方もいらっしゃり、キリスト教との考え方の違いや、日本との違い等を話して、結構楽しく過ごしました。

この日の夕日は、こんな感じ。ここからヨットで地中海を渡り、ギリシャまで行くことができるようです。
素敵ですね。

イメージ 1


そして、次の日、ミーティングの予備日としてとっておいた日を使って、現地の会社の人の案内で1日観光を行いました。

やはり、目指すはエルサレムです。


途中、沢山の戦車が置いてあるミュージアムを見ました。私がどうしても観たいということで、中に入りましたが、ご覧の通り、実際に使われていた戦車が何台も並べてありました。

イメージ 2

子供のころ、戦車のプラモデルが大好きで、色んな戦車のプラモデルを組みましたが、実際にそれを見ることが出来、非常に感激でした。安定感があるこの形が、どうしてもたまらなく好きなのです。冷めている他の二人には申し訳ありませんでしたが、一人興奮する私でした。


ガイドしてくれた方の話では、イスラエルは、中古の壊れた戦車を直して、安く売るのが得意なようです。それだけ、メカ関連の技術があるということですね。

街の造りも、岩を利用したものが多いのですが、大掛かりな建設重機も、こういった技術のためか、かなり進んでいそうな印象を受けました。


以下、追加のおまけです。

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