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セカンドカメラが、NEX7 から Nikon1 J5 と Olympus PEN-F に変わりました。

写真って何?

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さて、自分のブログをちょっとだけ見直してみました。その中で、「写真って何?」の記事。

これは、デジタル一眼を始めてしばらくしてから、その時点で、「何故、こうまで人々は写真好きなのか?」というところを疑問に思い、自分の考えを書き始めたものです。

が、今読み直すと、「第1の意味」として書いた、「記憶に残すこと」というのは、実は、ほとんど意味がないと気づきました。

というのも、今まで膨大に撮ってきた写真、それらを見直して、「あの時はこうだったなあ〜」と郷愁に浸ることって、滅多にありません。そんなことをしなくても、こうして日々、写真を撮りたいと思っています。となると、記憶しておくために撮っているということは、ほとんど理由でないことが自ずと分かります。

過去の写真を見るのは、「次にもっと良い写真を撮るため」に、過去の写真を参考にするために見るのが、圧倒的です。そんな時に、ふと、「あの時はこんなこともあったんだねえ〜」って少しだけ懐かしく思えるだけです。
古い写真までハードディスクの奥深く、全てを残しておくという行為の中には、「記憶しておきたい」という願望が潜んでいるのかもしれませんが、写真を撮りに行くことの原動力には到底成りえません。今は、そう確信しています。

じゃあ、何でしょうね。こうまでして、写真を撮りたいと思わせるものは。

今、思うに、実はやっぱり「競争心」だと思います。

では、何の競争でしょうか?

それは、「人よりも良い体験をしたい」というのと、「それを人に知ってもらって更に人より優越感を味わいたい」という、人間や動物が持っている、基本的に備わった競争心なのだと思います。
要は、人より幸せになりたい、という欲求です。

その、ある意味、世界を形作っている根底と思われる、特に人間に強く存在している「競争心」が、実は写真好きが写真を撮る行為と、密接に結びついているのではないか?というのが、最近の考えです。

写真を見ると、「へ〜、面白い。これは凄い。不思議だなあ....」と様々な感覚を覚えるのと同時に、「俺も撮ってみたい」と強く思うものです。これが、先の「競争心」なのです。
そして、自分がいつか、同等の、あるいは、それよりもっとすごい写真を撮って、同じように、人から「凄いな〜」って思われることを夢見て、写真を撮ろうとしているのではないでしょうか。

歌で、「No.1に成らなくてもいい、もともと特別なOnly1」というのがありました。有名な曲なので、皆さんもご存じかと思います。

この歌を歌うと、私は直ぐに涙が流れて、歌えなくなります。そして、本当にそうだ、1番なんか成らなくて良いんだ、って自分を慰めている自分が居ます。皆さんも同じ体験をしてませんか?

まさに、癒しの歌詞ですよね。

でも、現実は、そんなに甘くありません。世界は、先の競争心によって、皆、No.1を狙って励んでいるのですよ。
その現実を、まさに、今回、オリンピックを観ていて気がつきました。No.1になることを、人々はどれだけ強く願っているのか、ということを。そして、No.1になった人間を、どれだけ人は称賛し、崇め、妬み、ひがむのかも。
それが人間なのです。それが動物なのです。それが本能なのです。それが神様が作った世界なのです。
だから、会社も学校も、全て競争です。No.1を目指した競争をしているのです。例外はありません。会社の競争などは、本当に疲れます。特に、私が属している半導体業界などは、疲れるものの最たるものかと。と、いうのも、敵も凄腕のやつらばかりです。精鋭部隊なのですよ。本当に頭の良いやつばかりがごろごろと存在する業界です。それが日々、痛いほど分かっているので、今までも、自分としては死ぬほど頑張ってきたつもりですが、張り詰めている状況のなかで、「No.1でなくたっていいんだ!」と言われると、つい、ポロってきてしまうのですよ。なんて有難い、勿体ない言葉なんだって。

ですが、兎に角、この原理原則の「競争心」がある限り、人は、競争を止められません。そして、その競争が、時として戦いを生むのです。が、それと同時に、進歩という時代の流れを世界に作るのです。変化を作るのです。それによって、人々は新しい体験ができるのです。そういう風に神様は人間界を作ったのです。

よって、その意味でも、先日書いたように、この世の中からは、イジメはなくなりません。それも、この競争心が根底にあるからです。ですので、何もしないで、イジメられなくなることを待つのは止めましょう。平和も同じです。何もしないで平和であること、それは在りえません。というのは、世界中の他の国の人達は、少しでも勝とうと努力しています。ですので、何もしなければ、いつかイジメが始まります。それが世界であり、それが歴史です。やられたら、やり返す。その繰り返しです。気がついて下さい。暴力団であるアメリカの顔色をうかがいながら貢ぐことで、今までイジメから守られていましたが、そのことを忘れた民主党によって、ロシアや中国、韓国からのイジメが発生しているではないですか。放っておきますか?

イジメは最初が肝心です。

放っておくと、どんどんエスカレートして、仕舞には手がつけられなくなります。そうなると、誰も廻りも見ぬふりをして、助けてくれません。孤立してしまいます。

その状態から脱却する方法は、自分が強くなるしかありません。

最近、どんどん話が逸れますね。でも、関係ないようでいて、全て繋がっているのですよ。そう気がつきました。

そして、写真をやっている方の中で、そういう「人より...」みたいな写真は、そういう魂胆が見え透いていて、見難い写真だ、みたいなことを言われる方もいらっしゃいます。確かに、一見もっともらしい意見でもあるようにも思えます。が、それは私から見れば、「Only1になることで、No.1になっただけのこと」というにも取れます。

大海原の受験戦争のなか、時々、「俺は芸大に行くよ」とか、「俺はゴルファーになるよ」とか、戦線を離脱していく人がいます。これらが Only1 ですね。勿論、そういった生き方を否定しているわけではありません。人はそれぞれですから。でも、大勢の中で戦って勝ちえた栄光と名誉は、小さい世界でのそれとは比べ物にならないほど価値があるのも事実です。

オリンピックなどで金メダルをとるというのは、確かに大変なことでしょう。才能のある人達の中での話ですから。でも、普通のサラリーマンの規模から比べたら、スポーツの世界なんて、ほんの一握りの限られた集団の戦いです。私はそう思います。

写真というものの中には、そういった、満たせぬ思いを満たすための、小さな戦場という意味があるのではないで
しょうか。最近は自分の中に、そういった感情があるのでは?と思っています。

ではでは


前回、風景写真の具体的な方法について書きます、といってから2週間。ずーと考えていました。具体的な方法。

でも、あまり良い方法が浮かばず、ある意味、平凡な案となってしまいました。

私は、前回の投稿で、2)の「美しい景色を撮る」ということをテーマに選んだわけですが、その場合に最も大切なことは、「一番美しいと思える場所を労を厭わず探す」ということと、「一番美しいと思えるタイミングを逃さないない」という、2つの鉄則に尽きると思います。(前回同様、カメラの技法はさて置いてます。)

このためには、時間的制約なしに写真に没頭できる環境でなければなりません。
そのためには、先ずは一人で行動すべし! これが、写真を志す者にとって、先ず肝に銘じなければならないことのように思えてきました。家内と二人での旅行のついでとか、皆と一緒のキャンプのついで、等々、何かのついでに片手間に撮るといった甘い考えでは、本当に良い写真を撮ることなど不可能なのでは、と思います。(勿論、有段者の方は別だと思いますが...)


次に、思ったのは、何度も同じ場所へ出かけるべし!ということ。

例えばBigSurです。一体全体、どこに行ったらよいのか、さっぱり分からないほど、海岸線は長く続いています。その中から、鉄則1に則り、ベストスポットを探すのは至難の業。幾度となく車を停め海岸を覗き込み、眺めの良さをチェック。何度も失敗を繰り返しながら、一番綺麗と思える場所を探し出す。このことに時間をかけずして良い写真など撮れるはずがないですね。

美しい場所は、例えば屋久島の縄文杉のように、人里離れた場所だったり、車では行けない場所だったり、容易には手が届かないというのが世の常。神様というのは、ちょっと意地悪、でもとても親切。苦労した人だけが本当の美しさに出会えるように、もともと地球は作られているのかもしれない。私はそう思います。


また、2つめの鉄則の、タイミングについても、同じこと。

人間の場合、「はい、笑って」とか「はい、怒って」とか注文を出せば、被写体の表情は瞬時に変わることでしょう。ですが、風景の場合は自然が相手。その表情は長い時間のなかで変化します。その中で一番良い表情を写真にするには、彼らのペースに合わせて自分がシャッターを切る必要があるのかも。
自然の流れに身を任せ、彼らの気持ちになって写真を撮る。紅葉する山を撮る場合、彼らの笑顔の周期は1年かもしれない。しかし、これがグランドキャニオンの風景となると話は別。彼らがほんのちょっと微笑むだけでも、実は何千年もかかるのかもしれない。

だとすると、仮に私が100回、同じ場所に立って写真を朝から晩まで撮り続けたとしても、彼らにとってはほんの一瞬の出来事。風景撮影にとって、いつが一番美しく撮れるタイミングなのか、本当は難しい問いなのかもしれません。

兎に角、自分が撮り得る彼らの最高の笑顔。それを残してあげたい。そう強く思い始めた今日この頃です。

(う〜ん。まだ具体的な案ではないですね。心構えですかね。)

風景写真の撮り方

前回、具体的な方法について、次回書きます、といってから2週間。ずーと考えていました。具体的な方法。でも、あまり良い方法が浮かばず、ある意味、平凡な案となってしまいました。

私は、前回の投稿で、2)の「美しい景色を撮る」ということをテーマに選んだわけですが、その場合に一番大切となることは、「最も美しいと思える場所を労を厭わず探す」ということと、「最も美しいタイミングを逃さないない」ということの2つの鉄則に尽きると思います。(前回同様、カメラの技法はさて置いてます。)

このためには、他の時間的制約なしに写真に没頭できる環境でなければなりません。
そのためには、まずは一人で行動すべし! これが写真を志すものにとってまず肝に銘じなければならない最初の一歩に思えてきました。家内と二人での旅行のついで、皆と一緒のキャンプのついで、等、何かのついでに片手間に撮るといった甘い考えでは、本当に良い写真を撮ることは無理なのでは、と思います。(勿論、有段者の方は別だと思いますが...)

次に、思ったのは、何度も同じ場所へ出かけるべし!ということです。

例えばBigSurです。一体全体、どこに行ったらよいのか、さっぱり分からないほど、海岸線は長く続いています。その中から、鉄則1に則って、ベストスポットを探すのは至難の業。何度となく車を停め海岸を覗き込み、眺めの良さをチェック。何度も失敗を繰り返しながら、一番綺麗と思える場所を探し出す。このことに時間をかけずして良い写真など撮れるはずがないですね。

美しい場所は、例えば屋久島の縄文杉のように、人里離れた場所だったり、車では行けない場所だったり、容易には手の届かないのが世の常。神様というのは、ちょっと意地悪、でもとても親切。苦労した人だけが本当の美しさに出会えるように、もともと地球はそう作られているのかもしれない。私は思います。

また、2つめの鉄則の、タイミングについても、同じこと。

人間の場合、「はい、笑って」とか「はい、怒って」とか注文を出せば、被写体の表情は瞬時に変わることでしょう。ですが、風景の場合は自然が相手。その表情は長い時間のなかで変化します。その中で一番良い表情を写真にするには、彼らのペースに合わせて自分がシャッターを切る必要があります。
自然の流れに身を任せ、彼らの気持ちになって写真を撮る。紅葉する山を撮る場合、彼らの笑顔の周期は1年かもしれません。しかし、これがグランドキャニオンの風景となると、彼らがほんのちょっと微笑むだけでも、実は何千年もかかるのかもしれない。

だとすると、仮に私が100回、同じ場所に立って写真を朝から晩まで撮り続けたとしても、彼らにとってはほんの一瞬のできごとです。ですが、そんな一瞬の中にも、例えば打ち寄せる波の砕け方、例えば雲の形、例えば風の流れ...それらの一瞬は、どの一瞬をとっても一つとして同じものはないというのも事実。風景撮影にとって、何が本当に一番美しい姿なのか、実はかなり難しい問いなのかもしれない。なんだかそう思えます。そして、兎に角、自分が撮り得る彼らの最高の笑顔、それを残してあげたい。強く感じます。

(う〜ん。まだ具体的な案ではないですね。心構えですかね。)

(理屈っぽくなってしまってすみません。ただ、Blogなので、役に立つとか立たないとかは考えずに、私が勝手に思い描いていることを日記代わりに書き記しています。面白くないと思われたかたは読み飛ばしてください。)

前回の「写真って何?」では、「写真を撮ることの本質は何か」「どうして人は写真が撮りたいのか」という問いかけをしたつもりでした。
それは、その理由が分かれば、「どのような写真を撮るべきなのか」という素朴な問いに答えてくれることになるかもしない、という期待があったからです。また、単純に、私以外で写真好きな方が、どのように考えていらっしゃるかについても興味がありました。

今回は、「いい写真」についてです。

あの人は写真を撮るのが上手、ということはよく聞かれますが、それって一体何がうまければ、そういわれることになるのでしょうか。つまり、写真を見る側は、写真に何を期待しているのでしょうか?

勿論、ピントや絞り、ホワイトバランスや構図といった、技巧的なことは写真の出来に大きく影響します。ですが、それよりも前に、どんな場面で何を撮るのか、といったことが一番大事な気がします。
それが、見る側に、感動、共感、好奇心、回想、発見.... といった、何らかの影響をもたらすときに初めて「いい写真」ということになるのだと思います。

ただ、そう言うのは簡単ですが、じゃあ一体私はどの角度から攻めていけばいいの?ということになります。

それを解くのに、先ず、私が好きになる写真は一体どんなもの?から考えてみました。すると、以下のようなものになっている気がしました。(ひょっとすると抜けているものがあるかもしれませんが...)

1)信じがたいほど美しい女性
2)見たこともないような、美しい景色
3)ドラマのある人の表情や情景(幸せそうな笑顔、苦痛にあえぐ表情、悲しみ、etc)
4)貴重な瞬間

先ず、1)についてですが、これは昔からの私の疑問です。何故、女性は美しいのでしょうか?何故、私はそう感じるのでしょうか? 勿論、男性でも、美しい容姿の方は沢山いらっしゃいますが、私にとっては、美しさの点では女性には全く敵いません。では何故?何故そうなの?私には全く答えられません。もし神様が存在するのであれば、彼が私をそうプログラムして作ったというより他に解がありません。
で、信じがたいような美人というのは、よくまあこんなに美しい人がこの世に存在したものだ、と思わせるような完璧な形をしていて、まさに神の仕業だとしか思えないようなもののことです。

ただ、この私が1)を攻められるか、ということになると答えはノーということになるのでしょうね。
私はプロの写真家でもないし、世界から1)のような美女を募集するためのお金も、魅力もありません。よって、一生かかっても1)を攻略することはできないでしょう。

次は2)です。これなら私でも少しは何とかなるのでは?と思っています。一つの例がBigSurです。
時間とお金と労力さえかければ、美しいといわれる場所に行って、その中で一番美しいと思える所でシャッターをきる。技巧さえ上がってくれば、何とか他人さまにもお見せできる写真が撮れるのではないかと。

次が3)です。例えば、出産のシーンです。横たわる妊婦。そこに赤ちゃんを抱いた看護婦さんと、囲む家族たち。旦那さんと、子供が二人。笑顔のお父さんと生れたての赤ちゃんを初めて見るお兄ちゃん二人が、半分嬉しそうな、半分怖そうな顔をして、赤ちゃんを覗き込んでいるのを、横からお母さんが見守っているような風景です。お父さんや子供たちの格好からは、その家庭の生活レベルが感じ取れるかもしれないし、彼らの風貌からは、ごく平凡な会社に勤める、ごく平凡なサラリーマンと思えるかもしれません。また、お父さんの喜ぶ笑顔からは、奥さんとの二人の仲は非常によく、心から愛し合っていることが伺えるかもしれません。そんな人々のドラマが感じられる写真です。
幸せ感や、時には、怒りや不安といったものまで、それを通して共感できる、そういった写真です。
これは、日ごろから人間を良く観察して、そういったドラマがどこで生まれてくるか、それを考え、その場所へ出向いて写真を撮る必要があります。

が、これも、対人関係が少ない私にとっては、かなり難しそうです。

最後が4)の貴重な瞬間です。

これは、例えば、夕日や朝日の瞬間とか、ミルクの王冠とか、雷が落ちる瞬間や、火事で人が救出された瞬間とか、とにかく滅多に撮れない貴重な瞬間を撮ったものです。
この手のものも、努力すればなんとか撮れるものもありますが、単に偶然がなせるものも多々あり、そう簡単に狙って撮れるものでもない気がします。

以上まとめると、やはり私は2)から攻めるしかないということになりそうな気がします。

長くなったので、今回はここまでにします。次回は具体的な2)の攻略法を考えてみます。

第2の意味

次に第2の意味です。

写真を撮ると必ず自分以外の人に見せたくなるものですよね。
これは何故でしょうか?

やはり、他の人に自分の撮った写真を見せて、共感してもらいたいという強い欲求の現われなのではないかと思うのですが、如何でしょうか。

また、その写真が特に美しかったり、珍しかったりすると、その撮影者は、それを見せられるその写真の体験をしたことのない人に対し、ある種の優越感を味わえることになりますよね。

これらの理由が、写真の魅力の根底にあるのではないでしょうか。

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