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2010年 9月17日 国立能楽堂 「清水座頭」「猩々乱」
「清水座頭」 野村万作 野村萬斎 ふわりと暖かな空気を纏った座頭に、凛とした強さを秘めた美しい瞽女、今回のお二人以上にふさわしい方はいないでしょう。その端正な佇まいと洗練された所作、トツ、トツと杖の音にまで譜があるように聞こえます。美しさを追求する鍛錬の積み重ねが緩さや生々しさを拭い去って実に清々しい舞台を拝見することができました。 座頭の平家節、瞽女の小歌節ともに素人耳でもわかるほど難しい旋律、まさに聞き物でございました。万作師の謡いにはふふっと笑わせて頂きながらも、はりのあるお声に驚きつつ聴き惚れるばかり。瞽女の謡う地主の桜は実にのびやか、出会い頭の諍いとそこからの和解がたらした安心感に、少しのお酒で本当に心地よく謡っている様子がじんわり染み渡って幸せです。 終幕近く座頭に手を引かれゆっくりと歩み去る瞽女の姿には、先ほどまでの心細い様子はなく連れ添うていくことの安堵と覚悟が仄見えて目頭が熱くなる思いでございました。 「猩々乱」双之舞 武田志房 武田宗和 野口敦弘 笛:杉市和 小鼓:久田舜一郎 大鼓:國川純 太鼓:三島元太郎 猩々は本当に酔っていたでしょうか…。もう少しお酒の匂いが漂ってくるような、にぎにぎしいとは言いませんが、明るい、めでたい曲のように思っておりましたが、下戸の猩々を観ているようでございました。
青海波の緋の半切りに流水に菊文様の唐織で先に登場されたのがツレになるのでしょうか、半切りは全く同じで唐織が檜垣に菊で後からの登場がおシテと考えたいところ。確かご兄弟と思いますが、おシテの方がやや小柄でツレの方が恰幅がよくまるで逆に見えてしまいます。どうにも致しようのないこととは思いますが拝見する方としては違和感が残ります。お囃子はしっとり系でこれも組み合わせの問題とは思いますが、猩々には如何なものだったのでしょう。 お狂言がじっくりと聴かせる存在感十分の舞台でしたので、できれば猩々は覇気に満ちた晴れやかな舞台であって欲しかった。それが狂言と能の組み合わせの醍醐味のように思うからです。 |
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