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昭和51年8月に原付免許証を初めて取得。
昭和53年1月に普通免許証を取得。
当時原付はペーパーテストのみでした。
三番目の娘をおんぶして試験場に臨みました。
係の方にちょっと!と声を掛けられましたが、おんぶしてご迷惑は
かけませんから、と言って無理に受けさせてもらいました。
「もし赤ちゃんが泣いたりぐずったりしたら即刻出ていってもらいますからね。」
仕方がないだろうなと半分あきらめもあったのですが、決められた時間内で
50問の問題を書いているうちに背中の娘が退屈をしてぐずついいてきたのです。
鉛筆は取られるは頭をぽかんぽかんと殴られるは、じっとしていません。
あせりましたが仕方がありません。
泣きが入らなかったのが幸いでしたが、残念ながら試験は三分の一も
書けませんでした。
問題を全部暗記して次回にかけました。
一カ月に一度のテストですので次回は何としても主人に娘をみてもらい
再挑戦です。
おかげさまで無事受けられ合格しました。
そうしてバイクの運転が子供三人を、前に二人そして後ろに一人、四人乗りで
危ないですが平気で乗っていました。
当時「シャリー」三段階のシフトでチェンジしながらヘルメットもなしでよくもまぁ
乗っていたもんです。
今考えると恐ろしい行動です。
普通免許証の時は、たまたまご近所の奥様がお互いの子供たちを交代で
見あって三人で免許を取ろう!というお誘いで早速のりました。
所が入会金と講習料を全部支払った時点で、一人の奥様が「やっぱり止めとくわ。」
理由はその奥様のご主人が「他人の子供を預かってもしもの事があったらどうする
ねん。」
さぁー私困りました。
二人の奥さんがしり込みなさったので考えました。
保育所で二人(一人は学校なので)預かってもらおう。
市役所児童福祉課に掛け合いに行きましたが季節的にどこも児童がいっぱいで
空きがないのです。
私頑張って三人の子供を連れて三度(子連れで)交渉しました。
本当に困った時の保育所でないと何のために児童福祉課があるんですか?
ねばってねばって交渉の結果、「奥さんには負けました。」
「分かりました。何とかしましょう。」
と言って理解して下さったのが、現市長の亀井市長さんなのです。
我が家からすぐ近くの保育所ではありませんが、バイクで7〜8分の所に
ありました。
一様三か月のお約束と言う事で預ける事が出来、無事普通免許を取得できたので
した。
仮検一発、50問題全正解、本検一発、100問全正解、成し遂げ気分は爽快でし
た。
一人の方は何年か後に免許を取り、もう一人の方は子供をほったらかして
試験に臨んでおられました。
その間子供たちは我が家にずっと遊びに来ていました。
なんだかなぁ!
三か月間K保育所で二人の子供たちを見てくれたお礼に心づけをして
「Y文庫」と言う名前で児童書を記念に買ってくれていました。
すっかり懐いた二人の子供も別れが惜しくて、特に先生方が最後は「行かないで」
と泣いておられました。
その年の4月には次男が幼稚園に入園して次の年には長女が入園。
当時三歳児と四歳児でした。長男は七歳です。
そうして現在、免許取得から35年間無事安全運転で来ています。
長くなりましたね。申し訳ないです。読んで下さって有難うございます。
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