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(七)
そうと決まればこんな所に長居は無用、小平は、権六に別れを告げ、更に南を目指した。
冷泉院を右手に見て二町ほど進むと二条大路に出る。それを越えて左手に南北に二町を占めるのが、昨夜、盗賊の被害にあった堀川院である。今も検非違使の役人が蟻のはい出る隙もないほど厳重に警護についている。それを横目に、
「取られてから守ったって無駄なことじゃよ」
小平は内心ほくそえんだ。
小平は、商売の為に京を訪れるごとに、自分達のように貧しく蔑まれ、その日の生活にきゅうきゅうとしている人間が多数いる一方で、高陽院や堀川院のような壮大な寝殿造りの屋敷に住み、牛車に乗り、多くのものに警護され、かしずかれて生きている人間がいることに、何とも言えぬ理不尽さを感じていた。この理不尽さに対抗する手段を、小平はもちろん小平と同時代を生きた多数の人々は、思いを巡らすことが無かった。身分秩序が常識の中で育った人々には、自由・平等などという理想をかかげることすら思いもよらぬことであった。小平は自分の心にわだかまる不条理の正体を掴むことすら出来ないでいた訳である。こんな小平にとってみれば「袴引」の盗みを、極悪非道なことだとは、とうてい思えなかった。むしろ、すこし愉快な事件であった。真剣な顔をして北へ南へ走る検非違使の役人とすれ違うごとに、この愉快な思いは大きくなっていった。
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