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こんにちは。松谷です。
今日は、『バーバの夏休み』で描きたかったテーマについて少し書かせて頂きます。
一言でいえば、「愛の連鎖」ということです。
さて、「愛」とはなんでしょう?
この抽象的な言葉は非常に難しいですね。例えば、子供を厳しくしかり突き放すこと、逆に一緒に涙を流しだきしめること、これらの行為は相手(子供や友人、恋人)を思えばこそできることです。しかし、そこに信頼関係がなければ、唯の虐待であり、過保護でしかありません。
信頼関係を築くもっとも基本の部分に「家族」があると思うのですが、最近はその「家族」という基本集団が機能していない場合が多々見られるように思うのです。子供は漠然と孤独でいらだち、心がきしんできます。「愛」に飢えているのですがそのこと自体に気づかずにいることもあります。「愛」は突如として生まれるものではありません、親から子へ子から孫へと「愛し」「愛される」という関係、いわば「愛の連鎖」のなかで大きくはぐくまれそれが他者へもむかうものだと思うのです。
この小説では、主人公の奈々子が親からの愛情不足になんとなく寂しいさを抱いています。
祖母のバーバことよねは末期ガンで余命幾ばくも無いことを知り、奈々子のもとをおとずれます。
そこでさまざまな料理を教え、一緒に作るのです。ここで私が「料理」という行為を選んだのは、愛情を端的にしめす家庭的な行為であると考えたからです。奈々子もバーバの為に愛情をこめてスープをつくり、それがバーバの口にする最後の食となるのです・・・
バーバの登場により、奈々子の家庭教師通先生の人生も浮彫になってきます。通の歩んだそれまでの道から、奈々子は家族というものをより深く考えていくことになります。
結末では、バーバは死を迎えます。奈々子はその死を目の前にして、愛を受け継ぎ、その愛をされに伝えていくことや自分を社会的な存在としての自覚するのです。
これらのことを具体的なエピソードを展開しながら述べています。この作品では小説が得意とするメタファー(比喩的、象徴的技法)はほとんど用いていません。淡々と歯切れよく述べることに徹しました。
素朴な表現ですが、それが味となると計算しました。この計算はそれなりに成功しているように思いますが、読んで下さる方にはどううつるでしょうか。物足りなく感じられる方も居られるかも知れません。
本文中に引用した茨木のりこさんの詩や辰巳芳子さんの御著書がテーマをいっそうくっきりと浮かび上がらせる効果をはたしています。
奈々子の日常から描きはじめたためその部分が長く、主題への展開が少々遅いと感じられるかも知れませんが、軽いタッチですのでスッと読めると思います。
「愛」ということをすこし自分をはぐくんでくれている存在との関係でもう一度とらえてみませんか、子供は愛されて将来に夢を抱く存在であって欲しいと思いませんか、ということを訴えたかったのです。
どれほど成功しているか、ご一読いただければ幸甚に思います。 2007年12月20日
松谷 龍馬
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こんばんわv
はじめまして(?)
今日の情報で、さっそく本屋で立ち読みして買っちゃいました(汗)
ブログもやってるのでもし良かったら来てみてください。
2008/1/15(火) 午後 6:56 [ トイロ ]
はじめまして(?)トイロさん。
早速、ありがとうございます。また、読後の感想などおかきくださいね。ブログも拝見します。こんごともよろしくおねがいします。
2008/1/15(火) 午後 8:27 [ mat*ta*i052* ]