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(三)
月の綺麗な夜のことである。
いつものように共に夕餉をすませ、二人は床に入った。あちらこちらから月光が差し込み二人を包み込んでいた。その光は、柔らかいが、どこか凛とした冷たさをもっていた。その光が、さきの顔を、浮かび上がらせている。
「おまえさん、すこしこのまま聞いて下さいな」
「なんじゃえ??」
「おまえさんが、今回、京の市へ行ってお帰りになってからというものおまえさんの何かが変に感じるんよ」
「そんなこと……」
「いいからきいてくだされ」
「……」
小平はだまりこんだ。
「それからというもの、私は、夜も昼もおまえさんのことばかり考えて気が、変になりそうなん。そしてもしや、京に別に好いたお方が出来たのではないかと思うようになったんよ。もし、そうなら、おまえさん、遠慮はいらんよ。私を捨てて、そちらの方の所へいってくださいな」
「なんと!!」
「夫婦なのにこんな疎遠な関係でいるほうが、私は我慢できんで。二人がどうしようもないほど年を取って取り返しがつかなくなる前に、別々の人生を歩き始めるのも、一つの男と女のありさまかと思うんよ。私もおまえさんのことをきっぱり忘れ、別の連れ合いをこれから探しますから」
と涙ながらに訴えた。
もちろんさきは小平が別の女性のことを思っているなどと、はなから考えてはおらぬ。二人は筒井筒の仲で、小平の頑とした一途なところにさきは心をよせたのであって、それは昔も今も変わりようがないことは、さきが一番知っていた。だから、ここまで言えばいかに口が重い小平といえど、だまってはおれまいという計算が、さきには、あった。
案の定、小平は、飛び起き立ち上がると血相を変えて、
「な、な、何と……何といった。いかに季節が秋だからというて、おまえに飽きることなどあるものか。おまえは、わしの心を紅葉のごときものと思うておるのか……わしが、おまえを、いとしく思う気持ちは、昔から一時たりとも変わったことはないわ」
ここまで疑われた事への怒りにまかせて、息も荒々しく一気にぶちまけた。
そのとき松虫が鳴いた。
二人は月光に照らされるお互いを見つめ合い、しばしの時が流れた。尾花のそよぐ音が、聞こえたそのとき、小平は膝を折って座ると、
「おまえを思う気持ちに変わりはないが、この前の商いのとき、市とその帰り道で考えてもおらなんだ問題にでくわしたのじゃ。その答えを出したいのじゃが、わしの頭では、何度も何度も同じ事のくりかえしじゃ」
と物静かに独り言をいうようにつぶやいた。その後、小平が語った内容は、およそ次の通りであった。
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