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(六)
権六はお上には勝てぬから、今日は帰るという。しかし、小平は嵯峨野からわざわざ足を運び、このまま帰る訳にはいかぬ、と思案にくれたのであった。
「こんな時は、困った時の神頼みか……」
無意識のうちに言った言葉にハッと我に返った。もともと信仰心の薄い小平が、「神頼み」という言葉を思い浮かべたのは、まさに思索の悪戯、偶然にすぎなかった。しかし、得てしてそのようなささいな偶然に、人は人生を思わぬ方に転がされてしまうものである。
「そういえば、東市はどうであろう。市比賣神社に詣でがてら東市に赴いてみるかのう」
小平の腹は決まった。
市比賣神社は延暦十四年に藤原冬継が、桓武天皇の命により、東市、西市の守護神として七条堀川に創建された神社で、「市の聖」こと空也上人が、「市屋道場」を開いた地として、また、小平の生きた時代より後の事にはなるが、一遍上人が踊り念仏をおこなったことで知られる由緒ある神社である。小平は、この市の守護神のことを、ふと思い浮かべ、参詣することで商売が上手くいきそうな何とも自分勝手な期待に胸ふくらませたのであった。
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