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       (八)

「それにしても「袴引」とは、どのような男であろう。一度会ってみたいものじゃ」
などと、そのときは暢気に考えていたのである。

 小平は、少し足を速めた。

 六条堀川を渡り、一町、左女牛小路の辺りから東市が見渡せた。盛況とはいかないまでも、まばらに店は出ている。小平同様、高陽院、堀川院から流れてきた人の数も加わって、むしろ日頃より賑やかなくらいである。そのころには、小平は、市比賣神社に詣でることなどすっかり忘れて店を探し歩いた。
東市で店を出すにはその権利をもったものでなくてはならない。物品の価格も公に定められてその価格で販売しなくてはならなかった。小平は、出店する権利をもたない。したがって必要なものを売っている店に行って、小平が持ってきた物と物々交換の交渉によって必要なものを入手するのである。
 小平は、米と塩を商っている店を転々と探し歩いた。何軒かの店を渡り歩いたが、小平の作った品物を、必要としてくれるものに、なかなか巡り会えない。巡り会えないどころか、たいていの店でけんもほろろな扱いをされる。小平は、自分が作る物に、自信があった。しかし、小平が作る物の需要そのものが、あまり無かったのである。秋の涼やかな風の吹く中、小平は額ににじむ汗をぬぐった。日が西に傾き、少々あせりはじめた矢先、取引に応じてくれる店にめぐりあった。

      (七) 
 そうと決まればこんな所に長居は無用、小平は、権六に別れを告げ、更に南を目指した。
冷泉院を右手に見て二町ほど進むと二条大路に出る。それを越えて左手に南北に二町を占めるのが、昨夜、盗賊の被害にあった堀川院である。今も検非違使の役人が蟻のはい出る隙もないほど厳重に警護についている。それを横目に、
 「取られてから守ったって無駄なことじゃよ」
 小平は内心ほくそえんだ。
 小平は、商売の為に京を訪れるごとに、自分達のように貧しく蔑まれ、その日の生活にきゅうきゅうとしている人間が多数いる一方で、高陽院や堀川院のような壮大な寝殿造りの屋敷に住み、牛車に乗り、多くのものに警護され、かしずかれて生きている人間がいることに、何とも言えぬ理不尽さを感じていた。この理不尽さに対抗する手段を、小平はもちろん小平と同時代を生きた多数の人々は、思いを巡らすことが無かった。身分秩序が常識の中で育った人々には、自由・平等などという理想をかかげることすら思いもよらぬことであった。小平は自分の心にわだかまる不条理の正体を掴むことすら出来ないでいた訳である。こんな小平にとってみれば「袴引」の盗みを、極悪非道なことだとは、とうてい思えなかった。むしろ、すこし愉快な事件であった。真剣な顔をして北へ南へ走る検非違使の役人とすれ違うごとに、この愉快な思いは大きくなっていった。

(六)

 権六はお上には勝てぬから、今日は帰るという。しかし、小平は嵯峨野からわざわざ足を運び、このまま帰る訳にはいかぬ、と思案にくれたのであった。
「こんな時は、困った時の神頼みか……」
無意識のうちに言った言葉にハッと我に返った。もともと信仰心の薄い小平が、「神頼み」という言葉を思い浮かべたのは、まさに思索の悪戯、偶然にすぎなかった。しかし、得てしてそのようなささいな偶然に、人は人生を思わぬ方に転がされてしまうものである。
「そういえば、東市はどうであろう。市比賣神社に詣でがてら東市に赴いてみるかのう」
小平の腹は決まった。
 市比賣神社は延暦十四年に藤原冬継が、桓武天皇の命により、東市、西市の守護神として七条堀川に創建された神社で、「市の聖」こと空也上人が、「市屋道場」を開いた地として、また、小平の生きた時代より後の事にはなるが、一遍上人が踊り念仏をおこなったことで知られる由緒ある神社である。小平は、この市の守護神のことを、ふと思い浮かべ、参詣することで商売が上手くいきそうな何とも自分勝手な期待に胸ふくらませたのであった。

(五)

普段なら六町ほど先に並んで店を連ね始めている商売仲間の姿が、全く見えない。一条大路同様、人影は、少なく役人の数ばかりが目立つ。
「はて、今日は宮中でなにか儀式でもあったかな」
と考えたが、思い当たらない。
 小平はなおも歩き続けた。
 いつもより、背負っている荷物が重くのしかかってくる。
 大炊御門大路をこえた所で、ようやく知り合いの権六が店をたたんで、帰り支度をするのにめぐりあった。権六は小平と同世代で気さくで人当たりの良い男であった。そこで小平は、
「権六どん、今日は、みなどうしたのじゃろう。誰もおらんし、役人ばかりが目につくが」
と思い切って声をかけた
「これはこれは小平どんではないかいな、遠いところを重い荷を背負ってよう来なさったが、運が悪かったのう」
 小平がさらに子細を尋ねると、なんでも伝説の盗賊「袴垂」の孫、「袴引」と名乗る盗賊が、昨夜、堀川院に忍び込み仏画と仏像を数点盗み取ったとかいうことであった。
 ここ数ヶ月で六件の被害が出ている。
 何れも仏像や仏画が盗まれているようだ。次は、高陽院が狙われるのではないか。そんなことになったら検非違使の面目が、丸つぶれだ、と今朝から躍起になって警護にあたり、一方で「袴引」の行方を探索しているのだそうだ。そのためここ数日は店は出してはならぬということらしい。小平は、事の成り行きを、かみ砕き反芻して吸収するかのようにゆっくりと考えを巡らしつつ、
「しかし、仏画や仏像を盗み取れるほど奥まで忍び込めたのなら、今少し金目のものを盗んでもよさそうなものじゃが」
と妙なところで合点がいかぬのであった。
「これからどうしたものか」
小平は、天を仰いだ。

     (四)

 小平は、いつものように一条大路に入って東に進み、大内裏をこえて堀川小路を南に向かった。
 目指すは、六町ほど先、当時、頼通の邸宅であった高陽院の前あたりから堀川院のあたりにかけての人通りの多い場所。

 ふつう平安京で、「市」といえば左京と右京にそれぞれ東市と西市が、官営で設けられており、商いはここ以外では出来ない決まりであった。
 東市は現在の西本願寺あたり、西市は現在の西大路七条の東北方付近にあったとされる。つまり朱雀大路を中心として七条東大路近辺と七条西大路近辺というふうに左右対称に設営されていたのである。もっとも西市は右京の開発が遅れたこともあって衰退し、それとは対照的に左京の発展に伴い東市が交易の中心となる。発掘調査などによると、まさに小平が生きた摂関政治時代は、西市のみならず東市の遺構、遺物の出土も極端に少ないらしい。旧記には「今日、関白并に春宮大夫家に虹立つ。世俗の説に依て売買の事あり」という記事が見える。ここでいう関白は、もちろん頼通、春宮大夫は、堀川右大臣こと頼通の異母弟頼宗のことである。この記事から官営の市以外に市が開かれることもあったとわかる。
 また、それは時の権力者の邸宅近辺で、人通りも多い場所であったとういうことが知れるのである。むしろこのような市が中心をなしたのかもしれない。このことは律令による支配がゆるやかに運営されていたことをうかがわせる一方、実際問題として、平安京の南端に近い部分に市があっては、北の方に住む平安貴族にとっても至極不便であったという実益上の問題を反映してのことと思われる。さて、話を小平のことに戻そう。

 小平が一条大路に入ったのは、だいたい巳の刻のことであったろうか。西の空には、鱗雲が薄くたなびき、空は青く高く凛としていた。涼やかな風が心地よかった。
 幾町か歩くうちに、人通りがやけにすくなく、おそらく検非違使の役人と思われるものの、東へ西へと忙しく行き交うことはなはだしいのに気がついた。
 小平はごくりとつばを飲んだ。口べたな彼は、検非違使の役人に話しかけられることを極端に嫌った。話し下手な彼を相手に、検非違使の役人どもは、いらだちを隠すことをためらわず、人間の尊厳を傷つける暴言を吐いたことも一度や二度ではなかった。そんなとき小平は拳をぎゅっと握りしめ、それでも笑顔で

「へえ、へえ、……田舎もので、ものを知りませんもんで、すまんことです」

と頭をさげて、やり過ごすのであった。小平は、そんな卑屈な自分に嫌気がさすこともあったが、さきの笑顔と歌を思い出すと心の平静を取り戻すことができたのだった。小平は背を丸め、なるべく目立たぬように道端を歩いた。
 堀川小路を右に折れたとき、小平の不審は、さらにつのった。

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