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関西にすみ食べることが大好きな人なら「吉兆」の名は一度は聞いたことがあるでしょう。もっとも松谷のようにお財布の中が今日の気温のように寒い人間には、よその世界のお店だったのですが・・・
その名店吉兆が、偽装事件で農林水産省に報告書を提出しました。この事件はひとまず幕引きということでしょうが、マスコミ等の吉兆に対する非難の立場は共通しているようで、今朝の朝日新聞天声人語などは『坊ちゃん』の登場人物を引用しつつ格調たかくまとめられていました。もっともなことです。非難すべき悪行であること異論をまたないでしょう。
創業者の初心と消費者の両方に泥をぬったのですから。
しかし、そこで松谷はふと考えてしまったのです。
「最近の吉兆、先代にくらべて味が落ちたね」、「なんか思ったほどじゃない」、「鮮度わるいんじゃない??」と消費者が本来自然淘汰していくべきところなのでしょう。
ところが、最近の消費者は、ブランドにむらがる女子高生のごとくポリシーもなくブランドによってものを求めてしまう。ブランドにはステイタスと信頼があるからある意味らくなのです。贈り物をする時も、内容以上にブランド名で感謝されたりもします。こんなに楽なプレゼント選びはありません。
だます方はそういう薄っぺらい消費者の価値観を見抜いていてかかる所行におよぶのでしょう。
吉兆をはじめとして今年話題となった偽装事件は、そもそも、本物を見抜く力をなくした消費者、名前に頼ってしまう安易さをくっきりと浮かび上がらせているようにも思うのです。
創業者の初心は本物だったのでしょう。それを味わった人々も本物がわかった。だから名店の誉れを得たのです。
もうすぐお正月です。松谷は実家へ帰り三日かけて丹波産黒豆をたきます。甘く柔らかくたきあげるのに三日かけます。これは無駄な時間のようでいて、本物を作りたいというちょっとしたこだわりです。
年があげて、新学期が始まると生徒達に黒豆の事を話します。
「なんでそんなことするん??」
という反応をしてくれるとしめたもの。
古典の授業ですが、古典の授業より大切な話ができるのです。
私には子供がいませんから、生徒が子供のようなものです。そして女子校。
将来、多くの子供達が母となるでしょう。食に対する本物志向。こだわりということ。おいしくいただきますということを教育はしっかり教えなくてはいけないと思うのです。
船場吉兆は本物の味を教えてくれる名店で有り続けて欲しかったですね。そう言う意味で責任は非常に重いと思います。
バカにされた私たち一般消費者は、薄っぺらい価値観をどこかで見直す時期に来ているのではないでしょうか。
逆説的な意味で吉兆に感謝すべきかもしれませんね。名店の崩壊が消費者の意識をたかめるのであればですが・・・
12月18日(火曜日)の松谷の日々刻々でした。
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