お久しぶりです。
Yahoo!ブログが終了するそうです。
最近はFacebookやtwitter、Instagramが主流ですものね。
もう見てる方も居ないと思いますが、最後に更新したいと思います。
LANIは2019年4月15日PM4:36
自宅にて、私達夫婦の腕の中で永遠の眠りにつきました。そして、
その名前の通り、天に昇りました。
腎不全の末期でした。
昨年11月に、もう助からないと医師から宣言されたあと、何度も復活してくれて緩和治療を頑張ってくれました。
今年に入って、再入院、そして自宅に戻っても
ほぼ毎日通院していました。
余命を宣言された日
私達夫婦は、残された時間を自宅で、穏やかに過ごさせてあげたい、痛い苦しいが無いように、出来る限りの事をしようと決めました。
毎朝の自宅での皮下補液、
通院して痛み止め注射、吐きどめ注射をしてもらいました。そして一人きりにしないよう交代でついていました。
亡くなる4日前、
痙攣をするようになり、脳に毒素が回っているようでした。痙攣を止める注射を打ってもらいました。
この頃には、お水を自分で飲む事もできず、
注射器であげていました。
流動食も注射器で5ccづつ回数を分けてあげていたのですが、一切受け付けなくなっていました。
カウントダウンに入ったのだと、理解しました。
とても冷静でした。
私達はベッドから降りて
布団を床に敷いて3人で寝ました。
寝てる間に、息が止まり逝ってしまうんじゃないかと心配でした。
最期の最期まで看取ってあげたいと思っていました。
亡くなる前日、
ラニの呼吸が荒くなり
苦しそうでした。
痙攣も再び始まり病院へ。
注射をしてもらいました。
このまま入院させるか
自宅へ連れて帰るかを医師と話し合い、当初決めていた通り自宅へ連れて帰りました。
医師から紹介された
高濃度酸素の機器を朝一番にレンタルして、
ラニのベッドごと酸素室にしました。
一旦は落ちつき眠っていたのですが、目を覚まして、
鳴き始めました。
酸素室のベッドの中へ
手を入れて触って、大丈夫だよ、そばにいるからねと語りかけていました。
ラニは、リビングのドア、玄関の方向に向き直り、鳴いていました。
主人を呼んでいるようでした。
ごめんね、もうすぐ帰ってくるからねというと、
酸素室から出ようとしたので、抱き上げて、口に直に酸素を送れるようにしました。
そこへ主人が帰ってきて
二人で、抱き上げながら見守っていました。
一緒懸命、酸素を吸って
生きようと頑張ってました。
最期は、自分で立ち上がり、おトイレに行こうとしました。
亡くなる瞬間に黒い大便が出ると聞いていたので、
逝くんだとわかりました。
抱き上げてお尻を拭きました。仰向けに抱かれたラニは、私を見ていました。
私の顔を見たまま、目を開いたまま、ガクっと力尽きて逝ってしまいました。
2004年12月に我が家の家族になった日から
14年と半年、たくさんの笑いと幸せをくれました。
ペットの枠を超えて
家族を超えて、自分の一部のような存在です。
なかなか、立ち直れずにいる私達に、
ラニから色々なメッセージがあるようになりました。
お供えした林檎の1つに
ハートが現れ、お絵かきのように少しずつ林檎に描かれてゆくのです。
そしてお供えしてから
もう4か月以上経つのに、腐らず、水分だけが抜けているようです。
成仏できるよう お寺で供養もしました。
なので、お絵かきは止まっていますが…。
泣いて暮らす私達への
ラニからのメッセージだと思って、大切にしています。また必ず会えると信じています。
長文になりました。
最後にラニが生きた記録として残したいと思います。
ブログを通して仲良くしていただいた皆様
本当にありがとうございました。
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