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鉄のくじら館を見学後、お土産品を求めて周辺を散策、とりあえず、近くにあった「呉マリンビル」の中へ。
一階のお土産屋と二階の酒屋を冷やかすと、二階の酒屋のフロアには、艦これコラボのお酒の告知がありましたが、残念ながら品切れで入手できず。
大きく「提督」と書かれた日本酒もありましたが、一本五千円の値にビビった結果、こちらも諦め、かといって、手ぶらで店を出るのも忍びなかったため、焼酎好きの母のために、手ごろな値段の芋焼酎を一本購入し、店を後にしました。
酒屋があった二階には、食堂もありました。
海軍関係の料理が食べれたようで、昼食はフェリー乗り場の喫茶店などで済ませずにここにすればよかったと後悔しつつ、マリンビルを後に、続いてお隣の「ゆめタウン」へ。
NHKの番組で、日本海軍の潜水艦「伊四〇〇型」の元乗組員の方が創業したと紹介され話題になったお店ですので、ここは一度訪れなければと入店。
店内は、いたって普通の大型スーパー(ジャスコのような)でした。
単に冷やかすために入ったのではなく、創業者の方が商売を始めたころに最初に売ったという「干し柿」を購入しようと食品売り場へと向かったのですが、探せど探せど見当たらず。
店内を二週も三週もしたところで、ようやく干し柿が冬の物で、真夏の今は無いことに気が付きました。
干し柿が無いのなら、前日の晩居酒屋で楽しんだ分、今晩はスーパーで食糧を仕入れてリーズナブルに部屋呑みしようかと再び店内を物色。
酒コーナーを見れば、呉のお酒と肩を並べる地元の銘酒「出羽桜」にうれしくなり、これは呉のお酒と地元のお酒を両方仕入れて飲み比べるのもアリだなぁ、と考えていたのですが、前日の夜に訪れた酒場、焼き鳥と魚料理を同時に楽しめる「鳥屋」というスタイルは呉ならではだ、というどこかのネットの記事を思い出し、せっかくの旅行、しかも今日は呉滞在最後の夜なのだからケチケチしてはいけない、せっかく来たのだから酒場を楽しもうと決意し、ゆめタウンサイドに申し訳ない気持ちを残しつつ、店を後にしました。
一旦ホテルに帰投してシャワーで汗を流した後、夜の呉の街へと繰り出します。
いざ鳥屋に行くと決意しても、「この店がいい」と決めているわけではなく、また繁華街をぶらつきながら決めようとしていたのですが、いざ歩いてみてもグッとくるお店が無く、散々彷徨ったあげく、ホテルの近くまで戻ってきてしまい、結局ホテルにほど近いお店へと落ち着きました。
日中だいぶ汗をかいたうえ、酒を求めて彷徨った結果喉がカラッカラだったので、とりあえず生と冷奴を注文。
夏の奴とビールはなぜこんなに美味いのかと思いつつ一気に流し込み、続けざまに焼き鳥を注文。
前の晩はお店のおすすめであろう串盛りを注文しましたが、今回は好きなものを食べようと単品で注文・・・したのですが、何を頼んだのか後から写真を見返しても覚えていない・・・まぁ結構飲んでましたし、これを書いているのが、呉旅行から8ヶ月も経ってからなので無理もないかと。
焼き鳥を食べ終えて、今度は店主おすすめのにごり酒と瀬戸内のタコの刺身を注文。
このタコの刺身が美味しく、以降タコの刺身にハマるきっかけとなりました。
酒の方は味も銘柄もよく覚えていません。
まぁ、そもそも日本酒の違いなんて甘いか辛いかぐらいしかわからないのであまりいいレポートはできないと思うので思い出すのも諦めました。
店主はもう一杯日本酒を勧めてくれましたが、これ以上飲むと翌日に差し支えると思いこれにて終了、呉滞在最後の夜も楽しめました。
翌日はいよいよ最終日、山形へと帰投します。
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大和ミュージアムの見学を終え、続いて鉄のくじら館へ。
大和ミュージアムからは、道路を挟んだすぐ向かい側、ひときわ目立つ、巨大な潜水艦が目印です。
正式名称は「海上自衛隊呉資料館」、入館は無料でした。
館内はまず、掃海に関する資料の展示がありました。
様々な機雷が展示されていたほか、掃海艇の甲板を模したスペースもありました。
こちらは、浮上した機雷を処分する機関砲。
20mmのガトリング砲、カッコいいです。
続いて潜水艦に関する展示。
潜水艦の模型の他に、館内を模したモックアップもありました。
イスの下まで食材の収納に使うとは、スペースが無い潜水艦の知恵ですね。
そしていよいよ、外から見えた本物の潜水艦の中へ。
艦内の通路は人一人分の幅、すれ違うのも大変そうです。
見学用にスロープを付けたりして、歩きやすくなっているようですが、所々天井も低く頭をぶつけそうになりました。
通路に限らず、台所や寝室等の居住スペースも狭いです。
艦長室は唯一の個室だそうですが、この狭さです・・・・。
狭い通路を進み、ようやく発令所に到着。
潜水艦の動きを掌る場所ですね。
発令所では、潜望鏡を覗いたりできます、覗いたら、停泊中の「いせ」っぽい姿が見えました。
艦内見学を終えて外へ、あとは帰るだけと思い階段を下りていくと、途中に双眼鏡が。
何気なしに覗いていたのですが、伊400型に搭載されていた双眼鏡だったみたいです。
館外に出て、今度は外から潜水艦を。
潜水艦を真下から見上げることって滅多に無いでしょうね。
魚雷発射管は、ぽっかり穴が空いてるイメージだったんですが、船体と同化するようにカバーが付いていて、パッと見わかりませんでした。
そして、一番びっくりしたのはこちら。
潜水艦の錨だそうです。
形状から「マッシュルームアンカー」と呼ばれてるそうです。
というか、潜水艦にも錨ってあったんですね・・・
普通の船にしか付いていないと思っていました。
道路を渡って、敷地の外からも。
車と比較すると、大きさがよくわかりますね。
陸に揚がった鉄のくじら・・・ちょっと異様な光景でした。
今回初めて潜水艦の中に入りましたが、自分の中での潜水艦内って「フルメタル・パニック」に出てきた「テゥアハー・デ・ダナン」のイメージだったので、想像以上の狭さで驚きました。
あの狭い密閉空間で何か月も任務に当たる自衛官の皆さんは本当にすごいと思います。
自分なら、3日で発狂しそうです(笑)
滅多に見れない潜水艦内の様子、貴重な体験でした。
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夏イベでは、E-6乙のゲージの削れなさに心が折れ、E-4で海風掘りに転進してしまったため、カタパルトも照月も(ついでに海風も)ゲットできなかった我が艦隊ですが。
今日の夕方、遠征部隊が80時間から帰投し、翔鶴さんのレベル上げも間に合い、無事に改二にすることができました。
やはりお気に入りの艦娘の改二はうれしいですね。
艦これに着任してから1年9か月、初の改二艦が嫁艦の翔鶴さんです。
これだけでもうれしいのですが、さらにうれしいことが。
改二後の初陣ってことで、まだ未攻略だった5-2に出撃したのですが、ボスドロップで三隈さん出ました。
この子もずっと待っていて、ようやくきてくれました。 今日という日は最高な日ですね。
興奮して寝れませんww |
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旅の四日目は呉市内、大和ミュージアムと鉄のくじら館を巡ります。
始めは大和ミュージアムへ。
建物の前には、沈んだ戦艦「陸奥」から引き揚げられた船体の一部が展示されていました。
手前から、旗竿
錨とフェアリーダー(係留用のロープを通す部分らしい)
41cm砲の砲身
最後にスクリューと舵
艦首から艦尾にかけて、取り付けてあった部品が順番に並んでいるようです。
最後のスクリューと舵なんかは、奥に見える車と比べるとわかりますが、すごい大きさです。
チケットを購入し、いよいよ館内へ。
入場して真っ先に目に入るのは、1/10スケールの、巨大な大和の模型です。
あまりの大きさに、ただひたすら「すげぇ・・・」とつぶやきながら見ていました。
かなりの大きさですから細部まで作りこまれており、びっしり積まれた機銃や高角砲はもちろん、
艦上に張り巡らされた空中線まで再現されています。
模型の周りは低く掘り下げられていて、低い目線からも眺めることができました。
真横から見ると、「バルバスバウ」の特徴的な形がよくわかります。
艦尾のスクリューと舵も。
赤い部分は、普段は水中に隠れていますから、なかなか見れない部分ですね。
大和の模型のすぐ隣には、戦艦「長門」の軍艦旗が展示されていました。
終戦時に長門に掲げられていたもので、米軍に接収され、後に「なんでも鑑定団」に出品されたものを、司会をしていた石坂浩二氏が購入し、大和ミュージアムに寄贈されたものだそうです。
You Tubeには、その時の鑑定の様子の映像がアップされていたと思います。
大和の模型を見た後は、展示室の中へと向かいます。
入ってすぐの所には、戦艦「金剛」に積まれていたボイラーが展示されていました。
石炭と重油を一緒に燃やすボイラーで、改修の際に金剛から降ろされた後、平成5年まで、建物の暖房用ボイラーとして活躍していたそうです。
資料室内部には、呉と海軍の歴史を解説する展示が並びます。
撮影禁止ではなかったのですが、見るのに夢中で、あまり写真は撮っていませんでした。
鎮守府の成り立ちを説明する展示の中で気になったものに、各鎮守府が管轄する地域を示す地図があったのですが、
これを見ると、東北では山形県だけ舞鶴鎮守府の管轄なんですね。
秋田が横須賀鎮守府の管轄なら、秋田よりも横須賀に近い山形も横須賀鎮守府の管轄だと思ったのですが・・・海岸線沿いに行けば、舞鶴の方が近いってことでしょうか?
天童市には、人間将棋の会場にもなっている「舞鶴山」がありますが、何か関係があるんでしょうか?
呉海軍工廠関係の展示では、使用されていた工具類や。
軍艦が進水した際に配られた記念品などが展示されていました。
水上機母艦「千代田」
空母「蒼龍」と水上機母艦「千歳」
もちろん、大和進水時の記念品もありました。
大和の記念品は、機密保持のために多くが処分されたため、現存しているのは貴重だそうです。
その他には、大破着底した戦艦「榛名」の解体作業の見積書なんてものもありました。(写真撮ってませんでした・・・)
続いて、大型資料展示室へ。
入ってすぐの所には、二式魚雷と、九三式魚雷の尾ひれの部分が展示されていました。
九三式魚雷は、艦これでもよく出てきますが、二式魚雷って初めて聞きました。
解説パネルに付いていた潜水艦の魚雷発射管室の写真は、よく見ると「伊58」潜水艦のものでした。
そして、大和ミュージアムで一番見てみたかったと言っても過言ではないのがこれ、零戦六二型です。
艦これにも登場しますが、急降下爆撃ができるように改良されたゼロ戦ですね。
機体の下には、搭載された250キロ爆弾が展示されています。
wikiのページによると、六二型が零戦の最終量産型で、特攻機として使用する際には、500キロ爆弾を吊るした機体もあったそうです。
すぐ隣には、搭載されていた「栄エンジン」や、13ミリと20ミリの機銃も展示されていました。
続いて、ずらりとならんでいたのは、海軍で使用されていた弾薬の数々。
小さい順に、25ミリ機銃弾
映画「男たちの大和」で打ちまくっていた機銃の弾ですね。
続いて、12.7センチ高角砲弾
これも、男たちの大和に出てきてましたね。
弾薬を運ぶ際に、落として怒られているシーンがありました。
次は、20.3センチ徹甲弾
巡洋艦で使われていた砲弾です。
艦これでは巡洋艦に徹甲弾は積めませんが、史実ではあったんですね。
次が30センチ砲弾
横須賀に行った時に見た戦艦「三笠」で使用されていたものですね。
続いて36センチ徹甲弾
金剛型や伊勢型などの戦艦で使われていた砲弾ですね。
続いて41センチ徹甲弾。
戦艦「長門」と「陸奥」で使用された砲弾です。
そして最後が、46センチ砲弾。
「大和」と「武蔵」で使用された砲弾です。
白いのが徹甲弾、赤いのが三式弾です。
三式弾の方は、確か男たちの大和で発射シーンがあったはず・・・
ずらりと並んだ砲弾の後ろには、巡洋艦「青葉」の砲身があったみたいです・・・。
撮影中、まったく気付きませんでしたが・・・。
その後零戦を眺めつつ、らせん状のスロープを昇って二階へ。
wikiのページで、13ミリ機銃が機首に一挺と書いてあったので、どう取り付けてあったのか気になったのですが、写真を見返してみると、機銃が二挺装備されている部分の、右側にだけ機銃が取り付けてあるようです。
中心にではなく、片方にだけ装備していて、狙いづらくないのかと思ったのですが、実際飛びながら撃つ時は狙いを定めている余裕は無さそうですし、あんまり関係無かったんでしょうか。
スロープを上っていくと、再び大和の模型の展示室へ戻ってきました。
今度は、上から見下ろします。
大和を攻撃した米軍機からは、こんな感じに見えたんでしょうか。
「ジパング」では、大和の後部甲板にヘリを着艦させていましたが、前には第三砲塔、後ろには格納庫の入り口があり、かなり狭そうです。
ここに降りるのは相当難しそうですね。
見学を終えて一階まで下り、お土産を買った後外に出ました。
昼食を摂った後、次はてつのくじら館へ向かいます。
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