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鉄のくじら館を見学後、お土産品を求めて周辺を散策、とりあえず、近くにあった「呉マリンビル」の中へ。
一階のお土産屋と二階の酒屋を冷やかすと、二階の酒屋のフロアには、艦これコラボのお酒の告知がありましたが、残念ながら品切れで入手できず。
大きく「提督」と書かれた日本酒もありましたが、一本五千円の値にビビった結果、こちらも諦め、かといって、手ぶらで店を出るのも忍びなかったため、焼酎好きの母のために、手ごろな値段の芋焼酎を一本購入し、店を後にしました。
酒屋があった二階には、食堂もありました。
海軍関係の料理が食べれたようで、昼食はフェリー乗り場の喫茶店などで済ませずにここにすればよかったと後悔しつつ、マリンビルを後に、続いてお隣の「ゆめタウン」へ。
NHKの番組で、日本海軍の潜水艦「伊四〇〇型」の元乗組員の方が創業したと紹介され話題になったお店ですので、ここは一度訪れなければと入店。
店内は、いたって普通の大型スーパー(ジャスコのような)でした。
単に冷やかすために入ったのではなく、創業者の方が商売を始めたころに最初に売ったという「干し柿」を購入しようと食品売り場へと向かったのですが、探せど探せど見当たらず。
店内を二週も三週もしたところで、ようやく干し柿が冬の物で、真夏の今は無いことに気が付きました。
干し柿が無いのなら、前日の晩居酒屋で楽しんだ分、今晩はスーパーで食糧を仕入れてリーズナブルに部屋呑みしようかと再び店内を物色。
酒コーナーを見れば、呉のお酒と肩を並べる地元の銘酒「出羽桜」にうれしくなり、これは呉のお酒と地元のお酒を両方仕入れて飲み比べるのもアリだなぁ、と考えていたのですが、前日の夜に訪れた酒場、焼き鳥と魚料理を同時に楽しめる「鳥屋」というスタイルは呉ならではだ、というどこかのネットの記事を思い出し、せっかくの旅行、しかも今日は呉滞在最後の夜なのだからケチケチしてはいけない、せっかく来たのだから酒場を楽しもうと決意し、ゆめタウンサイドに申し訳ない気持ちを残しつつ、店を後にしました。
一旦ホテルに帰投してシャワーで汗を流した後、夜の呉の街へと繰り出します。
いざ鳥屋に行くと決意しても、「この店がいい」と決めているわけではなく、また繁華街をぶらつきながら決めようとしていたのですが、いざ歩いてみてもグッとくるお店が無く、散々彷徨ったあげく、ホテルの近くまで戻ってきてしまい、結局ホテルにほど近いお店へと落ち着きました。
日中だいぶ汗をかいたうえ、酒を求めて彷徨った結果喉がカラッカラだったので、とりあえず生と冷奴を注文。
夏の奴とビールはなぜこんなに美味いのかと思いつつ一気に流し込み、続けざまに焼き鳥を注文。
前の晩はお店のおすすめであろう串盛りを注文しましたが、今回は好きなものを食べようと単品で注文・・・したのですが、何を頼んだのか後から写真を見返しても覚えていない・・・まぁ結構飲んでましたし、これを書いているのが、呉旅行から8ヶ月も経ってからなので無理もないかと。
焼き鳥を食べ終えて、今度は店主おすすめのにごり酒と瀬戸内のタコの刺身を注文。
このタコの刺身が美味しく、以降タコの刺身にハマるきっかけとなりました。
酒の方は味も銘柄もよく覚えていません。
まぁ、そもそも日本酒の違いなんて甘いか辛いかぐらいしかわからないのであまりいいレポートはできないと思うので思い出すのも諦めました。
店主はもう一杯日本酒を勧めてくれましたが、これ以上飲むと翌日に差し支えると思いこれにて終了、呉滞在最後の夜も楽しめました。
翌日はいよいよ最終日、山形へと帰投します。
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旅
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旅の様子をまとめた記事が入庫します
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大和ミュージアムの見学を終え、続いて鉄のくじら館へ。
大和ミュージアムからは、道路を挟んだすぐ向かい側、ひときわ目立つ、巨大な潜水艦が目印です。
正式名称は「海上自衛隊呉資料館」、入館は無料でした。
館内はまず、掃海に関する資料の展示がありました。
様々な機雷が展示されていたほか、掃海艇の甲板を模したスペースもありました。
こちらは、浮上した機雷を処分する機関砲。
20mmのガトリング砲、カッコいいです。
続いて潜水艦に関する展示。
潜水艦の模型の他に、館内を模したモックアップもありました。
イスの下まで食材の収納に使うとは、スペースが無い潜水艦の知恵ですね。
そしていよいよ、外から見えた本物の潜水艦の中へ。
艦内の通路は人一人分の幅、すれ違うのも大変そうです。
見学用にスロープを付けたりして、歩きやすくなっているようですが、所々天井も低く頭をぶつけそうになりました。
通路に限らず、台所や寝室等の居住スペースも狭いです。
艦長室は唯一の個室だそうですが、この狭さです・・・・。
狭い通路を進み、ようやく発令所に到着。
潜水艦の動きを掌る場所ですね。
発令所では、潜望鏡を覗いたりできます、覗いたら、停泊中の「いせ」っぽい姿が見えました。
艦内見学を終えて外へ、あとは帰るだけと思い階段を下りていくと、途中に双眼鏡が。
何気なしに覗いていたのですが、伊400型に搭載されていた双眼鏡だったみたいです。
館外に出て、今度は外から潜水艦を。
潜水艦を真下から見上げることって滅多に無いでしょうね。
魚雷発射管は、ぽっかり穴が空いてるイメージだったんですが、船体と同化するようにカバーが付いていて、パッと見わかりませんでした。
そして、一番びっくりしたのはこちら。
潜水艦の錨だそうです。
形状から「マッシュルームアンカー」と呼ばれてるそうです。
というか、潜水艦にも錨ってあったんですね・・・
普通の船にしか付いていないと思っていました。
道路を渡って、敷地の外からも。
車と比較すると、大きさがよくわかりますね。
陸に揚がった鉄のくじら・・・ちょっと異様な光景でした。
今回初めて潜水艦の中に入りましたが、自分の中での潜水艦内って「フルメタル・パニック」に出てきた「テゥアハー・デ・ダナン」のイメージだったので、想像以上の狭さで驚きました。
あの狭い密閉空間で何か月も任務に当たる自衛官の皆さんは本当にすごいと思います。
自分なら、3日で発狂しそうです(笑)
滅多に見れない潜水艦内の様子、貴重な体験でした。
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旅の四日目は呉市内、大和ミュージアムと鉄のくじら館を巡ります。
始めは大和ミュージアムへ。
建物の前には、沈んだ戦艦「陸奥」から引き揚げられた船体の一部が展示されていました。
手前から、旗竿
錨とフェアリーダー(係留用のロープを通す部分らしい)
41cm砲の砲身
最後にスクリューと舵
艦首から艦尾にかけて、取り付けてあった部品が順番に並んでいるようです。
最後のスクリューと舵なんかは、奥に見える車と比べるとわかりますが、すごい大きさです。
チケットを購入し、いよいよ館内へ。
入場して真っ先に目に入るのは、1/10スケールの、巨大な大和の模型です。
あまりの大きさに、ただひたすら「すげぇ・・・」とつぶやきながら見ていました。
かなりの大きさですから細部まで作りこまれており、びっしり積まれた機銃や高角砲はもちろん、
艦上に張り巡らされた空中線まで再現されています。
模型の周りは低く掘り下げられていて、低い目線からも眺めることができました。
真横から見ると、「バルバスバウ」の特徴的な形がよくわかります。
艦尾のスクリューと舵も。
赤い部分は、普段は水中に隠れていますから、なかなか見れない部分ですね。
大和の模型のすぐ隣には、戦艦「長門」の軍艦旗が展示されていました。
終戦時に長門に掲げられていたもので、米軍に接収され、後に「なんでも鑑定団」に出品されたものを、司会をしていた石坂浩二氏が購入し、大和ミュージアムに寄贈されたものだそうです。
You Tubeには、その時の鑑定の様子の映像がアップされていたと思います。
大和の模型を見た後は、展示室の中へと向かいます。
入ってすぐの所には、戦艦「金剛」に積まれていたボイラーが展示されていました。
石炭と重油を一緒に燃やすボイラーで、改修の際に金剛から降ろされた後、平成5年まで、建物の暖房用ボイラーとして活躍していたそうです。
資料室内部には、呉と海軍の歴史を解説する展示が並びます。
撮影禁止ではなかったのですが、見るのに夢中で、あまり写真は撮っていませんでした。
鎮守府の成り立ちを説明する展示の中で気になったものに、各鎮守府が管轄する地域を示す地図があったのですが、
これを見ると、東北では山形県だけ舞鶴鎮守府の管轄なんですね。
秋田が横須賀鎮守府の管轄なら、秋田よりも横須賀に近い山形も横須賀鎮守府の管轄だと思ったのですが・・・海岸線沿いに行けば、舞鶴の方が近いってことでしょうか?
天童市には、人間将棋の会場にもなっている「舞鶴山」がありますが、何か関係があるんでしょうか?
呉海軍工廠関係の展示では、使用されていた工具類や。
軍艦が進水した際に配られた記念品などが展示されていました。
水上機母艦「千代田」
空母「蒼龍」と水上機母艦「千歳」
もちろん、大和進水時の記念品もありました。
大和の記念品は、機密保持のために多くが処分されたため、現存しているのは貴重だそうです。
その他には、大破着底した戦艦「榛名」の解体作業の見積書なんてものもありました。(写真撮ってませんでした・・・)
続いて、大型資料展示室へ。
入ってすぐの所には、二式魚雷と、九三式魚雷の尾ひれの部分が展示されていました。
九三式魚雷は、艦これでもよく出てきますが、二式魚雷って初めて聞きました。
解説パネルに付いていた潜水艦の魚雷発射管室の写真は、よく見ると「伊58」潜水艦のものでした。
そして、大和ミュージアムで一番見てみたかったと言っても過言ではないのがこれ、零戦六二型です。
艦これにも登場しますが、急降下爆撃ができるように改良されたゼロ戦ですね。
機体の下には、搭載された250キロ爆弾が展示されています。
wikiのページによると、六二型が零戦の最終量産型で、特攻機として使用する際には、500キロ爆弾を吊るした機体もあったそうです。
すぐ隣には、搭載されていた「栄エンジン」や、13ミリと20ミリの機銃も展示されていました。
続いて、ずらりとならんでいたのは、海軍で使用されていた弾薬の数々。
小さい順に、25ミリ機銃弾
映画「男たちの大和」で打ちまくっていた機銃の弾ですね。
続いて、12.7センチ高角砲弾
これも、男たちの大和に出てきてましたね。
弾薬を運ぶ際に、落として怒られているシーンがありました。
次は、20.3センチ徹甲弾
巡洋艦で使われていた砲弾です。
艦これでは巡洋艦に徹甲弾は積めませんが、史実ではあったんですね。
次が30センチ砲弾
横須賀に行った時に見た戦艦「三笠」で使用されていたものですね。
続いて36センチ徹甲弾
金剛型や伊勢型などの戦艦で使われていた砲弾ですね。
続いて41センチ徹甲弾。
戦艦「長門」と「陸奥」で使用された砲弾です。
そして最後が、46センチ砲弾。
「大和」と「武蔵」で使用された砲弾です。
白いのが徹甲弾、赤いのが三式弾です。
三式弾の方は、確か男たちの大和で発射シーンがあったはず・・・
ずらりと並んだ砲弾の後ろには、巡洋艦「青葉」の砲身があったみたいです・・・。
撮影中、まったく気付きませんでしたが・・・。
その後零戦を眺めつつ、らせん状のスロープを昇って二階へ。
wikiのページで、13ミリ機銃が機首に一挺と書いてあったので、どう取り付けてあったのか気になったのですが、写真を見返してみると、機銃が二挺装備されている部分の、右側にだけ機銃が取り付けてあるようです。
中心にではなく、片方にだけ装備していて、狙いづらくないのかと思ったのですが、実際飛びながら撃つ時は狙いを定めている余裕は無さそうですし、あんまり関係無かったんでしょうか。
スロープを上っていくと、再び大和の模型の展示室へ戻ってきました。
今度は、上から見下ろします。
大和を攻撃した米軍機からは、こんな感じに見えたんでしょうか。
「ジパング」では、大和の後部甲板にヘリを着艦させていましたが、前には第三砲塔、後ろには格納庫の入り口があり、かなり狭そうです。
ここに降りるのは相当難しそうですね。
見学を終えて一階まで下り、お土産を買った後外に出ました。
昼食を摂った後、次はてつのくじら館へ向かいます。
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旧海軍兵学校の見学を終えて、次は「軍艦利根資料館」へと向かいます。
地図上で見る限り、かなり距離がありそうでしたが、がんばって歩きます。
出発してすぐ、「ダンケ」ってカメラ屋さんを発見して、「ダンケwwwダンケwwww」とニヤつきながら元気に歩いていたのですが、
容赦なく照りつける太陽に、徐々にやる気が削がれはじめ、江田島小学校の前を過ぎ、はるか遠くの湾の向こうに、江田島の「ゆめタウン」の看板が見えたあたりで、とうとう心が折れました orz
このまま歩いてたら確実にぶっ倒れると判断し、一旦旧兵学校の前まで戻り、タクシーを利用することにしました。
兵学校の前には、ちょうど一台タクシーが泊まっていたのですぐさま乗車しました。
冷房の効いた車内は快適でした。
タクシーに揺られ、軍艦利根資料館に到着。
タクシーに乗って正解でした、到底歩ける距離ではありません。
下車する際に、「帰りも乗りたいんですが」と尋ねると、年配の運転手さんは「この辺タクシー居ないから待っててあげるよ」とのことだったので、ご厚意に甘えることに。
あまり待たせるのも申し訳ないので、手早く見て回ろうと館内へ。
ガラスケースの中の資料を眺めていると、先ほどのタクシーの運転手さんが中へ入ってきました。
「早くしろよ」とプレッシャーをかけに来たのかと思いきや、展示資料や利根についていろいろと説明してくださりました。
運転手さんの案内で、今度は裏手にある慰霊碑へ。
手を合わせた後、戦没者の氏名が刻まれた石碑を見ると、東北出身の方が多くて驚きました。
山形県出身の方もいて、運転手さんに「私も山形なんです」というとかなり驚かれたようでした。
ちなみに運転手さんの話によると、一番遠くではブラジルから見学にいらした方もいたそうです。
利根資料館を後にし、帰り道の車中で運転手さんが「ホバークラフトって見たことある?」と尋ねてきました。
なんでも、自衛隊のホバークラフトの基地の前を通った時、格納庫の外にホバークラフトが出ていたそうで、「滅多に出てることないから」と勧めてくださったようです。
少し遠回りになるとのことでしたが、特に帰りを急いでいるわけではなかったので案内していただきました。
江田島湾沿いから離れて、細い山道へと入り、ホバークラフトの基地へと向かいます。
途中で「戦時中に地下燃料タンクがあった場所だよ」と、車窓を案内していただきながら山道を抜けて海沿いに出ると、右手に広い敷地が見えてきました。
ホバークラフトの基地に到着、敷地内にはホバークラフトが一隻止まっていました。
正式には「エアクッション揚陸艇」と言うそうです。
震災の際には、救援物資の輸送で活躍してた船ですね、江田島に基地があるとは知りませんでした。
再びタクシーに乗り込み先に進むと、ホバークラフトの基地のすぐ隣には、古い船の解体場がありました。
自衛隊の艦艇の解体も行われているそうで、潜水艦を解体する際には、スクリューだけは見えないようにカバーを被せて、自衛隊の人がすぐに回収していくそうです。
日本のスクリューの性能が良い(音が出ないらしい)から、機密を守るためなんだろうとのことでした。
海沿いをしばらく進み再び山の中へ、一番頂上付近で車を止めて「ちょっと降りてみて」と言われて降りると、対岸の呉市街地まで見渡せる絶景スポットでした。
ちなみに、すぐ近くに米軍の補給施設があり、足元の地中にはトンネルが掘られて、弾薬がぎっしり詰まっているそうです。
「爆発したら大変ですねぇ」なんて話しながらタクシーへ戻り、最後は戦艦「榛名」と「出雲」の慰霊碑へと案内してくださいました。
「艦これのキャラの榛名が好きだから」・・・と、かなり不純な動機ではありますが、訪れたい場所の一つでした。
場所がよくわからず諦めていましたが、最後の最後で尋ねることができて良かったです。
手を合わせたあと、慰霊碑の前で運転手さんからお話を伺うと、子供のころに小用港で大破着底していた榛名に昇って遊んだことがあるそうです。
すっかり忘れていましたが、どのあたりに榛名が居たのか聞いておくべきでした。
かなり寄り道しましたが、無事に小用港に到着。
様々案内していただき、さらに運賃もおまけしていただいて、本当にいい運転手さんでした。
本当にいい思い出になりました。
何度もお礼を言ってお世話になったタクシーを見送って、乗船券を買った後は時間まで近くのベンチでたそがれてました。
目の前には海と呉の街
振り向けば古鷹山。
風も波も穏やかで、いつまでも座っていたかったです。
ベンチでぼーっと海を眺めていると、一隻護衛艦がやってきました。
時間になり、フェリーに乗り込みます。
来るときは、車も一緒に乗るフェリーでしたが、帰りは人だけが乗る高速船でした。
乗船中、デッキには出られません、酔わないか心配です・・・
来るときに乗ったフェリーと違って、水面が近いためか、かなりスピード出しているなぁという印象でした。
フェリーに比べて揺れは大きかったですが、外を眺めていれば酔う心配は無かったです。
無事に呉の中央桟橋に到着。
夕暮れ時の海風が気持ちよかったので、まっすぐホテルに戻らず、中央桟橋の周辺を散策します。
中央桟橋のすぐ隣、大和ミュージアムの裏手にある公園へ。
ここは戦艦「大和」の甲板の艦橋から前の部分を再現した公園で、木製のデッキの上に、主砲や機銃がタイルを並べて再現されていました。
艦橋より前、さらに左舷側のみですが、かなりの広さです。
第二主砲のあたりから艦首方向、砲身も大きいですが、艦首までの距離にも驚きです。
せっかくなので、艦首まで行ってみました。
けっこう距離ありますが、実物はこれの倍以上あるわけですし、本当に巨大な船だったんだと驚かされます。
ちなみにここは「恋人の聖地」に選ばれているようで、何か鐘っぽいものがぶら下がっていました。
この日はカップルは見かけませんでしたが、ここを訪れた恋人たちは、大和の艦首で「タイタニックごっこ」したりするんでしょうか?
「ぜひ私も翔鶴さんと・・・・・・・」なんて妄想をしつつ、夕暮れの呉の港を眺めてまったりしてホテルへと戻りました。
朝から歩き回って汗だくだったので、とりあえずシャワーを浴びてさっぱりしてから、夜の街へと繰り出します。
前日の夜はグッとくるお店が無かったため、コンビニのお好み焼きで済ませてしまいましたが、せっかく遠くまで来たんですし、今晩はどこか店に入って一杯やりたい・・・
繁華街を歩き回り、色々と迷った末に、意を決して一軒の焼き鳥屋さんに飛び込みました。
「鳥好」さんと言うお店です。
入り口を入ってすぐのカウンターに腰掛け、とりあえず生を注文。
喉を潤しつつメニューを眺めていたのですが、何を頼んでいいかわからなかったので、
「迷った時はお店に任せるか」と、串盛りを注文しました。
串盛りを頬張りつつ、店内を見渡し、なんとなく見覚えがあると思って調べてみると、「吉田類の酒場放浪記」で、吉田類が訪れていた店でした。
入り口のすぐ横には、吉田さんのサインが。
一杯目のビールが無くなったのでおかわり、番組で吉田さんが食べていた「みそ炊き」も注文しました。
見た目がかなり濃そうだったので、ビールを流し込む準備をして食べてみると、見た目に反して薄味でした。
「薄すぎないかこれ・・・味しない・・・」
食感は柔らかくトロトロでいい感じなのですが、しょっぱ味も甘味も無く・・・ちょっとがっかり・・・
みそ炊きをビールで流しつつ、そういえば瀬戸内にきてからまだ魚を食べていないことに気付きました。
焼き鳥だけではなく、ご主人が釣る魚料理も食べれるとのことだったので、アジのお作りを注文。
合わせるお酒は「水龍」
航空母艦かな?
さっきまで、後ろの水槽で泳いでいたさばきたてのアジ、その辺のスーパーで買ってきたのとはわけが違います。美味しかったです。
美味しい料理とお酒に大満足でお店を後にし、いい気分でホテルへと戻りました。
呉滞在一日目終了、明日はいよいよ「大和ミュージアム」です。
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旅の三日目、いよいよ江田島へと渡ります。
中央桟橋のフェリー乗り場から、フェリーに乗船。
名前はなんと「古鷹」でした。
船室の席は空いていましたが、船酔いしそうだったので、デッキに立って外を眺めながら乗船しました。
出港すると左手には、さきほど高台から見下ろした造船所(大和を建造したドック跡)が見えてきます。
今度は海側からの眺めです。
陸側から見たときはまったく気付きませんでしたが、護衛艦が一隻修理中でした。
あとでググってみると、「うみぎり」という護衛艦でした。
その隣には、建造中のでっかい船が二隻。
呉到着時からちょくちょく見てましたが、裏にもう一隻隠れてました。
さらにその後ろのドックには、進水前のがもう一隻。
何を運ぶ船なんでしょうか、でっかいですねぇ。
造船所を過ぎると、今度は自衛隊の護衛艦が、
アレイからすこじまから見たときは、よく見えませんでしたが、「いせ」の隣にもう一隻補給艦が居ました。
ググってみると、陸から見たときに「いせ」の前に泊まっていた「おおすみ」の姉妹艦で「しもきた」でした。
護衛艦群を通り過ぎ、さらに沖合へ進んでいきます。
この辺からなぜか「瀬戸の花嫁」が脳内でリピートされ始めます。
初めての瀬戸内海ですが、イメージ通り、波が穏やかで風も気持ちよくて、
デッキで外を眺めながら乗って正解でした。
「瀬戸は〜日暮れて〜♪」と鼻歌交じりに景色を眺めていると、いよいよ江田島が近づいてきました。
左の山が「古鷹山」ですね。
昔の空中写真からの推測ですが、古鷹山の右手前の山の麓あたりが、戦艦「榛名」が大破着底した場所でしょうか?
江田島の港、小用桟橋に接岸し、いよいよ江田島上陸です。
ここから目的の、「旧海軍兵学校」を目指します。
小用桟橋からバスも出ていたようですが、トイレに行っている間に出発してしまったようなので、徒歩での移動になりました。
国道487号線をひたすら歩き旧兵学校を目指しますが、日差しが強く、また途中に軽い山越えがあり、汗だくで大変でした。
折り畳み傘を日傘代わりに歩き、山を越え住宅地を抜けて、旧兵学校に到着しました。
現在は、海上自衛隊の学校になっています。
正門で住所と氏名を記入して、見学者のバッチを付けて中へ。
見学者の待機場所の建物「江田島クラブ」へと向かいます。
江田島クラブの中へ入る前、ふと隣の建物を見上げると、アニメの「艦これ」に出てきたサイレンと同じものが屋根の上に乗っかっていました。
思わぬ発見に、テンション上がりましたww
建物の中に入ると、一階のロビーにイスが置かれ、そこが見学者の待機場所になっていました。
レストランや土産物屋もあり、観光客向けの施設っぽかったのですが、売店では土産物の他に、自衛隊の制服なんかも扱っているようで、学校に通う生徒向けの売店も兼ねているのかもしれません。
建物の二階には資料室があり、護衛艦で使っている砲弾やミサイルなどが展示されていましたが、写真を撮って良いのかわからず、一枚もとっていませんでした・・・
自衛隊の広報ビデオを見ながら見学開始時間まで待機して、諸注意を受けた後、案内役の後に続いて見学スタートです。
始めに見たのは、「大講堂」です。
集合場所になっていた建物のすぐ近くにあったので、真っ先に目に入ってきた建物です。
現在も入学式や卒業式などの式典に使われているとのことです。
こちら側は、皇族や貴族の方の入り口だそうで、私たち「平民」は裏手の方から入ります。
平民用の入り口も立派な物でした。
中へ入ると、天井の高い広々とした空間が広がっていました。
外は猛暑でしたが、中は日陰なこともあってか、ひんやりして気持ちよかったです。
式典で使用する際には、マイクなどは使わず肉声で行うそうです。
声がよく響いて、実際見たら迫力ありそうですね。
講堂を出て次に向かうのが、すぐ隣にある赤レンガの建物。
旧海軍兵学校の生徒館です。
赤れんがに松の緑のコントラストがきれいですね。
現在の屋根はスレートですが、昔は瓦屋根だったんだとか。
れんがで瓦屋根って、あんまり想像できませんね。
次の場所へと移動中、兵学校生徒館を背にして振り返ると、グラウンドの向こうには戦艦「陸奥」の砲塔がありました。
これは沈んだ陸奥から引き揚げたものではなく、改修時に新しい砲塔と交換した際に、教材として兵学校に設置されたものだそうです。
近くには、駆逐艦に積まれていた高角砲や魚雷発射管もあるようなのですが、残念ながら近くまでは行けませんでした。
見学の最後に訪れたのは、「教育参考館」
今まで団体行動で見て回りましたが、ここだけ自由に見学できました。
館内は撮影禁止だったので、写真はありませんが、館内には様々な資料、遺品、遺書などが展示されています。
脱帽、一礼して館内に入ると、正面の階段を上り二階へ。
昇った先には、東郷平八郎元帥、山本五十六元帥、ネルソン提督の遺髪が祀られている部屋の扉がありました。
アニメの「ジパング」に出てきたまんまで、ちょっと感動しました。
その後順路に従って館内を見て回り、山口多聞提督の遺品の帽子を見たり、同じ山形県出身でほぼ同い年の特攻隊員の遺書を読んだりして、ちょっと泣いてました。
教育参考館は外にも展示物があります。
手前にあるのが「三景艦」の32cm砲弾、奥が大和型の46cm砲弾ですね。
その後ろに見えるのが艦これでもおなじみの「甲標的」です。
そのほか、駆逐艦「雪風」の錨や、
戦艦「金剛」「榛名」が、ガダルカナル島の飛行場に打ち込んだ砲弾なんかもありました。
教育参考館の館内外に数多くの資料があり、自由に見て回れますが、時間が30分程しかなく、全部見て回るのは大変かもしれません。
実際、館内の展示は、後半のほうはあまりよく見れませんでした。
教育参考館前に全員集合して、再び出発地点の江田島クラブへ戻り、そこで解散となりました。
売店を眺めた後正門まで戻ると、横に気になっていた車が止まっていました。
自衛隊仕様の「RAV4」です。
アーミーグリーンの半ツヤ塗装がカッコいいですね。
もちろん、市販車のボディーカラーには無いようです。
地元だと一番近くに、陸上自衛隊の神町駐屯地がありますが、このタイプの車両は見たことありません。
たまに見かけるのは、白いボディーに黒いバンパーのライトバンタイプばかりです。
アレイからすこじま周辺でも頻繁に見かけたのですが、もしかして海上自衛隊限定なんでしょうか?
市販車でも需要ありそうなんですけどね。
正門で入る時に書いた名簿に退出時間を書き込み、正門の外へ出て、
次は、「軍艦利根資料館」へ向かいます。
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