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晩年のシャガールのビデオを見たことがある。
 
彼の自宅でのインタービューでは、南仏の陽光が降り注ぐ庭で、髪の毛をシニョンに編み上げ、上品だけれどどこか厳格な面立ちのヴァヴァが、英国人インタービュアーの質問に答えるシャガールのフランス語を流暢な英語に通訳していた。
シャガールはとても幸せそうで、ヴァヴァの腕をとったり口づけしたりして、カメラを向けられたヴァヴァのほうが当惑したような顔をしていたのが印象的だった。
制作光景ではシャガールはまるで別人のように目つきが鋭くなり、すさまじい勢いで絵を仕上げていく。きびきびと動き、絵具を溶かした小皿を片手に、筆はみじんの迷いも狂いもなく形を描いていくのだった。
 
ヴァヴァはシャガールの二番目の妻である。彼の最初の妻はかの有名な美しいベラ。シャガール初期の絵のモデルとして繰り返しモチーフにも使われている。
シャガールはユダヤ人であったから大戦中はニューヨークに亡命していたが終戦直前の1944年にベラが急死してしまう。
最愛の妻を失ったシャガールがフランスへ戻り、数年たってヴァレンティーナ・ブロドスキーというユダヤ系ロシア人の女性と再婚したのが1952年のことであった。ヴァヴァはシャガールがつけた愛称である。
 
だからわたしはずっとシャガールのあの美しい幻想的な絵は、ベラとヴァヴァという二人の妻への愛がなせる魔法であり、愛の賛歌なのだ、と勝手に想像していた。
 
ところがイギリスで求めたぶ厚いシャガールの画集の巻末には、彼の半生がかなり詳しく書かれており、そこでわたしはベラの死後、あまりの喪失感に制作もおぼつかなかったシャガールがヴァージニアという英国人女性と恋に落ち、再び彼の絵に喜びと輝きが戻ってきたことを知った。
 
その上、ヴァージニアとのあいだにダヴィッドという男の子がいることまで!
 
その時からわたしはヴァージニアがシャガールとの7年間の生活をつづった本を読んでみたい、と思い続けてきたのだった。
 
今年になってようやく日本語の題名がわかり、アマゾンから中古本を取り寄せた。『シャガールとの日々 語られなかった7年間』である。
 
ヴァージニアは偉大なる画家としてすでに名声を得ていたシャガールへの畏怖にも似た尊敬を持ちながらも、彼の人間としてのさまざまな面を率直に描いている。それを浮き彫りにさせ、陰影をつけているのは、ヴァージニア自身の心の葛藤、そして自分探しの模索の苦悩である。
 
ヴァージニア・ハガードは1915年フランス生まれのイギリス人。父親がイギリス領事であったからボリビア、キューバなどで暮らし、イギリスとカナダで教育を受ける。パリのアカデミーで絵を学び、スコットランド人の画家、 ジョン・マクニールと結婚して第二次世界大戦がはじまったころニューヨークに移り、1940年にジーンという娘を産んでいる。
 
しかし夫のジョンはひどい鬱状態となり、生活費を稼ぐこともできず、ヴァージニアは洗濯や縫物をしてわずかな日銭を稼いでいた。
 
その頃シャガールの娘のイダは、母のベラが亡くなって以来父親の世話をしてきたが一人娘として大事に育てられたイダは縫物が嫌いで、シャガールの靴下は何か月も積み上げられたままになっていた。
 
イダの友人がセントラル・パークでヴァージニアと知り合い、友人はヴァージニアに靴下の山を取りに行くよう勧めたのがきっかけで、ヴァージニアはシャガールの家政婦として働き始める。
 
しかしヴァージニアがシャガールに会ったのはそれが初めてではなかった。彼女が18歳だった1933年にパリのイギリス大使館のレセプションでシャガールに出会っているのだ。彼女のパリ時代にはマックス・エルンストやホアン・ミロ、ジャコメッティなどとも知り合っている。
 
だから孤独な画家の話し相手としてヴァージニアは最適だった。そしてヴァージニアの結婚はすでに破綻しており、彼女の心も荒んでいた。
 
シャガールは、といえば娘のイダと彼女の夫との共同生活がうまくいっておらず、ベラを亡くした心の空洞も埋められていなかった。
 
その頃のヴァージニアの心を彼女はこう表現している。
 
その頃私はぼんやりとして、何事も自分では決断できないような状態にいた。生きていくということに疲れ果ててしまって、人生の成り行きに身を委ねるほかには切り抜けるすべがなかった。だが今では私はシャガールの生活を形作っている諸々の要素を、食物や飲み物であるかのように吸収し始めていた。部屋中に漲るリンシド油とテレピン油の芳香は、生命が甦るような思い出を呼び戻してくれた。このように驚異的なまでにひとつの目的に集中して、朝から晩まで制作を続ける彼を見ているのは、この上なく楽しかった。私は再びゆっくりと生気を取り戻し始めていた。
 
 
一方、シャガールは彼の批評家であり、審査員であり、託宣者であったベラを失い、娘のイダには母親の果たしていた役割をまっとうできないことに不満を感じていた。彼はいつもだれかに率直に意見を述べてもらいたかったのだ。
 
本から引用する。
 
マルクはこう語っていた。「僕の全生活は仕事で成り立っている。他のことはどうでもいいことなんだ。もちろん、愛や死や誕生は大きな衝撃だけれど、それでも仕事は全く同じに続いていく。ベラが死んだときには、僕は何か月も仕事ができなかった。僕が仕事を休んだのは、そのときが初めてだったよ。仕事ができなくなったら、僕は死んでしまうだろうね。内側から駄目になってしまう。休日は仕事のためにあるんだ。仕事をしない日は、僕にとってはないも同然なんだ。一歩前進した、問題をひとつ解決した、何かを発見した、と思っていたいんだよ。何でこんなふうにいつも走っていなければならないんだろうか。たぶん僕は絶対に見つけることのできないものを永久に探し続けているんだろうね。芸術家が絶対に満足することがないというのは、何てありがたいことなんだろう。そうでなければ仕事をやり続けることなんてできないよ」
 
ヴァージニアはシャガールの著書『わが生涯』を読み、この「途方もない男性」にますます惹かれていく。
 
二人がこうして「同じ土壌に生える二本の植物のように、自然に愛を育んでいった」のは自然の成り行きのことだった。
 
そしてシャガールは58回目の誕生日を迎えるのである。ヴァージニアが30歳になる1945年7月のことであった。
 
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書き込み(”ヴァージニアへ、僕たちの最初の出会いの記念に”)のある水彩素描
ニューヨーク、1945年7月7日
 
 
 
シャガールはメトロポリタン・オペラハウスにおけるストラヴィンスキーの『火の鳥』の舞台装置と衣装をデザインするよう、ニューヨーク・シティ・バレー団から依頼される。それにはイダも加わっており、ヴァージニアも衣装縫製の仕事を手伝うことになる。
 
舞台をみたユダヤ人のジョセフ・オパトシュは、「マルク、君は恋をしているに違いない」と叫んだという。(オパトシュはユダヤの言葉、イディッシュ語で小説を書いている物書きでシャガールとヴァージニアの友人。)
 
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この『シャガールとの日々』は実に読みごたえがあった。単なるシャガールに関する事実だけを述べているのではない。
シャガールの作品に対するヴァージニアの見解、またシャガールのほかの画家たちへのコメント、ユダヤ人としてのアイデンティティや性格、そして何より感性豊かな高い知性を持ったひとりの英国人女性が、さまざまな葛藤を持ちながらもシャガールとの出会いと別れを通じて人間として成長していく過程が描かれている。
 
 
 
もう少し、この本について書いてみたいと思っています。長くなっていますので次回に続きます。
 
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
 

閉じる コメント(76)

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つまり、私もまだまだ大丈夫!ということですね。

2010/10/2(土) 午後 11:37 猫 返信する

わたしもこの本持ってます。それと、シャガールの回想録も。どちらもまだ読んでませんが。
シャガールは自分が愛した女性たちを美しく、優しい姿で描いていますね。ポンピドゥーで、ベラの絵観ました。綺麗でしたねえ。うっとりでした。ヴァージニアさんも知的で美人さんですね。本をパラパラめくり、写真だけ見ています。続きお願いいたします。自分が読破するには相当時間がかかりそうなので、勝手に期待しちゃってます。
ポチ☆

2010/10/3(日) 午前 2:53 les fleurs 返信する

マキシムさん、こんばんは☆

ニースの美術館では生前の彼の制作風景のビデオが流されていましたが、彼は一人の男性としても、とても快活で魅力的な方だった様ですね。

そしてたぶん人並み以上に情熱的で真摯な人。
愛する女性を亡くした痛みも人一倍だったのでしょうね・・・。

シャガールは大好きです(笑)
素敵な記事をありがとうございます♪ ぽちぽち

2010/10/3(日) 午前 8:19 proneko 返信する

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想い続けていると願いが叶うのですね。この素晴らしい本を手にされて良かったですね。私は、絵画に詳しくないですがこうして画家の生涯を知る事によって、作品の楽しみ方や親しみが全く違ってきます。
自分なりに想像を巡らせながら、本物を目の当りにしたら感動も増すでしょう。
こうして色々な事を知り、思考を巡らせ、興味を持つことが出来るのもMaximilianoさんのお陰です。これからも楽しみです。ポチ☆!

2010/10/3(日) 午前 9:25 橋蔵 返信する

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猫さんさま

ハハハ、女子高校生、ストーカーしないようにしてくださいね!

2010/10/3(日) 午後 7:08 Maximiliano 返信する

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les-fleurさま

本をお持ちですか!この本は高いですよね。わたしは中古で求めたのでそれほどではありませんでしたが。
回想録もまるでシャガールの絵のように文章が幻想的であまり読みやすいとは言えません。
ヴァージニアの本にはたくさんのことがつまっているので、なかなか続きが書けなくてごめんなさい。もう少しお待ちくださいね。
ポチ、ありがとうございました!

2010/10/3(日) 午後 7:14 Maximiliano 返信する

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Pronekoさま

ニースの美術館の記事、とてもよかったですよ。いつか行ってみたいですね。ヴァージニアの本によると、シャガールはおどけたり陽気にはしゃいだりする反面、物思いに沈んだ厳粛な表情も見せて、たえず変化していたそうです。でもなかなか激しい性格だったようです。
シャガールの絵にはいろいろな思いが込められているのですね。
ぽちぽち、ありがとうございました。

2010/10/3(日) 午後 7:20 Maximiliano 返信する

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橋蔵さま

ありがとうございます。わたしはどうしても絵を見ると画家がどんな思いでこれを描いたのだろう、と想像したくなってしまうのですね。
あまりに写実的な絵ですとそれほどでもないのですが、肖像画とかシャガールのような幻想的な絵には気持ちが表れていると思います。
この本を読んでから、シャガールの絵の見方が変わりました。
いつかまた実物の絵に出会うことがあったら、シャガールの気持ちを思いながら鑑賞することでしょう。
いつも読んでくださってコメント、それにポチまでありがとうございます。

2010/10/3(日) 午後 7:24 Maximiliano 返信する

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遅くなりました。何とお詳しいのでしょう。知らないことばかりです。ヴァージニアはのちに写真家に、彼女の娘のジーンは画家にとは、興味あります。日本人が大好きな画家なのに。フランスではオペラ座やメッス、ランスのステンド観たのですが。
wikiではヴァランティーヌ・ブロツキー 、英語読み、フランス語読みなどで名前も別物に見えます。続き楽しみにしています☆

2010/10/3(日) 午後 8:12 hitomi 返信する

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ユダヤ人と言えば、少年時代に一人でロンドンに亡命し、ルーシー・リーと知り合い陶芸を始めたハンス・コパーの展覧会が多治見に来たのでちょっと遠出しました。まるで弥生土器の現代版のようでした。
世界一薔薇の種類が多いという可児の花フェスタ記念公園も遠くないので行ってきました。ターシャの庭の小さな再現もありますが日本なので前に観た庭とは大きく変貌していました。ぼうぼうでした。

2010/10/3(日) 午後 9:51 hitomi 返信する

絵からその画家の人生を垣間みる番組が大好き。
シャガールの人生もまた、絵に人生が反映されてるんですね。
本を読んでみたくなります。

2010/10/4(月) 午前 10:44 [ - ] 返信する

壊したんじゃなく、壊れたんですね。( ̄〜 ̄)


小学生の頃、地元の農協の絵のコンクールで入選したことのある、画家ですよ〜(*^-^)b

2010/10/5(火) 午前 8:21 ooiya_coffee 返信する

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maximilianoさん、かわいくなったmiuです。
この本、みつかりました!!貴重な本なんですね@@

この本を、いつ、何で買ったのか、さっぱり覚えてないのですが・・・ご縁を感じます。読みなおします〜♪^^♪
この本に再会させてくださって、感謝おポチ☆

2010/10/5(火) 午後 5:24 みう 返信する

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hitomiさま

ごめんなさい、お返事が遅くなってしまいました。
ヴァージニアはのちにベルギー人の写真家と一緒になったので、彼から写真の手ほどきを受けたようです。ジーンはどうなったのでしょうか。
名前は英語読み、フランス語読みでずいぶん違いますね。土地の名にしてもフィレンツエの英語読みはフローレンス、ですね。日本語読みは現地の発音でずいぶん統一されているようですが、ときどき混乱します。
この本は中身が濃いので、なるべく詳しくお知らせしようとすると長くなってしまいます。しばらく続くと思いますのでよろしくお願いしますね。☆、ありがとうございました。

2010/10/5(火) 午後 10:01 Maximiliano 返信する

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hitomiさま

ハンス・コパーという陶芸家のことは知りませんでした。多治見は陶器で有名ですね。お近くにいろいろ見るところがあってお出かけが楽しいですね。薔薇はご自宅でも美しく咲かせていらして、素晴らしいです。ターシャの庭、自然を生かしていても、やはり手を入れないと荒れてしまうのでしょうね。

2010/10/5(火) 午後 10:04 Maximiliano 返信する

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りおんさま

日本では美術関係の番組も充実しているのでしょうね。やはり作家の人生や考えを知ると、絵画はまた違って見えてきます。
この本はちょっと高いのですが、さがせばまだ手に入ると思います。アマゾンでは中古本を安価で扱っていますよ。

2010/10/5(火) 午後 10:06 Maximiliano 返信する

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大井屋さま

壊れた、というのもあまり当たっていないんです。専門家がプログラムをいじくっているうち、WINDOWSが開けなくなってしまったのですね。かなり手こずっていましたよ〜。

農協の展覧会の絵、って牛の絵でも描いたんですか?

2010/10/5(火) 午後 10:08 Maximiliano 返信する

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みうさま

本、見つかったんですね!よかったですね。高かったでしょう?でも興味があるからお買いになったのでしょうね。
かなり濃い内容なので、時折読みにくいところもありますけれど、頑張って読破してみてください。単にシャガールのことを知るだけでなく、ヴァージニアという人の生き方も知ることができます。
ポチ、ありがとうございました!

2010/10/5(火) 午後 10:10 Maximiliano 返信する

現在、東京芸大付属美術館で「シャガール展」を開催中なので、彼に関する話題を新聞などで見かけることが多いです。
今日も、「ヴァージニアとの別れという葛藤を乗り越えて南仏の明るい色彩とヴァヴァとの世界が準備された」なんて言葉が載っていました。ヴァージニアとの暮らしが暗かったようなイメージを持ってしまいますが、シャガールにとっても充実した、美しい日々だったようですね。遅くなったので、続きが既に掲載!、次行きます!
とっても分かりやすい解説に☆ぽち。

2010/10/6(水) 午後 6:28 AKIKO 返信する

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AKIKO姉御さま

コメントいただいていたのに、お返事が遅くなってごめんなさい!
現在シャガール展、開催中なのですね!日本ではシャガール、根強い人気がありますね。
うーむ、たしかにヴァージニアとの別れという葛藤、というのは当たっているような気もしますが、ヴァヴァとの世界はどうだったのだろう。ヴァージニアとの生活のような恋の高揚と落胆のようなめりはりがないような気がします。それが晩年の絵画にも表れているような。
お忙しい中読んでくださって、ぽちまでいただいて感謝感激!

2010/10/8(金) 午前 3:34 Maximiliano 返信する

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