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ハイサイ!
今日はマブイ(魂)の話ヤイビーン。
伊是名から帰ってきて、がじゅ丸の中で何かが起きてるって記事に書いたら、
いろんな人から霊的な現象が起きてると思われてるさ〜。
誤解をひも解くためにアリンクリン ユンタクサビラ
まず、今はやりのパワースポットから。
ウチナー(沖縄)にはセーファウタキ(斎場御嶽)や久高島をはじめ、
聖地、ウガンジュ(拝所)、ウタキ(御嶽)など、
パワースポットと呼ばれているところがいっぱいあるさ〜。
ウチナーンチュはそんな風には呼ばないけどね。
伊是名も神と祈りの島だが、これはシマンチュ(島人)のククル(心)のより所、
土着信仰であってタシマンチュ(よそ者)にはなんら関係アイビラン(ありません)。
そこにあるのは尊厳、敬い、感謝、祈りだけ。
自分と向き合い、そして戒め、神と語らえる崇高な場所ヤイビーン。
よくパワーをもらいに行くという人がいる。
沖縄の神様は寛大だけど個人的な欲の話されてもね〜、神様も困るはずよ。
金持ちになりたいとか、恋人とうまくいくように、仕事・対人関係とかね。
それよりすべての事に感謝して、誰かのために祈ってみませんか?
次はユタの話。
ユタは沖縄シャーマンの事。
ウチナーにはカミンチュ(神人)とユタがいるが、まったく別の物だよ。
カミンチュは文字通り神様に仕える人、例えば久高島で神事をしてるのがカミンチュだよ。
それに対しユタはグソーグトゥ(あの世の事)、死者儀礼や死霊供養が中心さ〜。
そこからの流れで、ユタはウンチ(家族に関する運勢)、ハンジ(吉凶の判断)、ハレー(禍厄の除災)、ウグヮン(祈願)などしてるよ。
霊能力者って見方もあるけど、がじゅ丸はウチナー版カウンセラーやアドバイザー、
セラピストみたいなものと思ってるさ〜。
また沖縄には「医者半分ユタ半分」って言葉があるよ。
この言葉って沖縄らしくて好きさ〜。ウチーナーの優しさがつまった感じがするよ。
医者とユタっていえば、科学的なものと非科学的なもの、水と油なんだけどさ〜。
この世には絶対的なものなんてないから、いろんな意見を取り入れなさいって意味だよ。
またユタに関してこんな言葉もあるよ。
根拠のない不確かな事を言うのを「ユタムニー」。
ユタばかりに頼って現実を顧みない人、
ユタの家を渡り歩く人を「ユタコーヤー(ユタ買い)」って言うさ〜、おもしろいでしょ
がじゅ丸の中で何かが起こってるのは、まったくこれらと関係ないよ。
自然と対話するククル(心)、自然をリスペクトするククル(心)、自然を受け入れるククル(心)、
人間が本来持ってるマブイ(魂)を呼び覚ましてもらった感じかな。
さぁ〜
この三つのククル(心)でお迎えサビラ(しましょう)
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ウチナー摩訶不思議
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ハイサイ! 衣替えの時期ヤシガ(ですが)ヒルマシイ(めずらしい)事に、 今年はイッペー(とても)アチサヌヤイビーン(暑いですね)。 チュウ(今日)は旧暦の9月24日にナトーイビーン(なってます)。 グスーヨー(皆さん)ウキミソーチー(おはようございます)。 と、早朝のラジヲ風に書き出してみました。 ウチナーのAMラジヲ番組ではよく旧暦を案内する。 それはそれだけウチナーでは旧暦が生活の中に入り込んでいるからだ。 例えば1日(ついたち)と15日(じゅうごにち)。それだけでも固有名詞になっている。 なぜならヒヌカン(火の神)にウブク(供物)をウサギル(お供え)日だから。 これを忘れると大変な事になる、らしい。 詳しくはよく知らないがオバァがそう言っていた。 オバァが言っているのだから、たぶんそうなのだろう。疑うまでもない。 ヒヌカンとは火の神、カマドの神様。台所に祀られ、 トートーメー(仏壇・位牌)とならんで重要なポストを担う。 家内安全や祈願成就、旅の安全や、ここぞという時の神頼みなど、 ヌーヤティン(なんでも)きくらしい。得意ジャンルなどは特にはない、心の広い神様なのだ。 また他の神様にも知り合いが多く、顔が利くから特に問題はないらしい。 「今風に言えばインターネットのブロバイダみたいに幅広いネットワークを持っている」と、 がじゅ丸の先輩談(長嶺哲成・ジャーナリスト)。 ただしウートートーと手を合わせてからじゃないと聞かない?いや効かない?らしい。 あとは願い事を並べるだけである。 できればウチナーグチ(しまくとぅば)が望ましいが、 最近ではヤマトグチ(標準語)もOKらしい。なんと粋な神様だろう。 また時にはウートートー、アートートーと続けると通りやすいという説もある。 願い事がかなわないからと言って文句を言っちゃいけない。 決してヒヌカンは悪くない。 それはウガンブスク(拝み不足)と言って自分を責めるべきである。 当然ながら利にかなわない願い事は通らない。絶対に通らない。 でもたまに通してくれる事もある。ほんとたまにね。 なぜならヒヌカンだからである。 「ウートートー、アートートー。 今年こそ宝くじが、当たりますようウニゲーサビラ(お願いします)。」 |
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ハイサイ!グスーヨー(皆さん)、謹んで報告させていただきます。 がじゅ丸は今、小那覇舞天(ぶーてん)さんの気持ちです。 「はい、はい、グソーノゥ(あの世の)スゥジ(お祝い)サビラ(しましょう)。」 「カリー(元気・景気)チキラ(つけましょう)!」 「ワッター(私達)の時には、畳で死を迎えることはなっかたはずです。」 「やっと人間らしい死を迎えて、これ以上の幸せがありますでしょうか?」 戦(いくさ)が終っての頃、少年の照屋林助(りんけんバンドの林賢の父)と人の葬式に行っては、 サンシン(三線)をならして、スゥジ(祝い事)に変えたチューバー(強者)である。 舞天さんは歯医者で、もともと芸人ではなく戦後の暗い世の中に、独自の漫談でウチナーに笑いを入れたボードビリアンです。それで沖縄大衆芸能の父と言われてます。
「くーろぅー」
イッペーニフェデービタン(とても楽しい想い出をありがとう)。
イチュナティン(いつまでも)ワッターヤ(私達は)マジュンイチュラサヤー(一緒だよ)。
『カリー チキンドー! くーろぅー!』
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ハイサイ! 風がここちいい、そんな夕方です。 サー高とかシジが高いなんて聞いたことがありますか? シーミー(清明祭)が近いこともあって、不思議なお話。 あなたの近所にYUTAはいますか? わたしのオバァは、YUTAでした。亡くなってもう永いのだが・・・・・・。 だからなんでも聞きたくないことまで、情報が入ってきました。 「近所の〇〇さんは、明後日にはメンソービーンヨ(お迎えが来るよ)」。とか、 「はい、近所の〇〇さん、今逝ったねー」。 など日常茶飯事でした。 人に言ってはいけないと、言われながらも 「あそこ近いうちに火事がおこる」よとか、 「そろそろ死ぬね」、なんて事はオバァのアンテナ頼りに 周りに言って歩いたもんである。 でも完全的中だったので、むしろ 「今日オバァがなんか言ってはいなかったかね?」 と聞かれる始末でありました。 でもみんなから不思議がられるよりか、尊敬の念が多かった気がする。 常識人でもあることが、YUTAである自分よりも先行させてた気がする、なんとなく・・・・。 ここ最近オバァからいわれた事を思い出すようになった。 「あなたに何かあるときは、教えるね」 また今日も肩をたたかれるのだろうか ・・・・・・?
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