今回の『日立鉱山遺跡探訪』は、かつて本山の山の中腹部にあったという幻の映画館『本山劇場』について。 本山劇場とはどんなものだったのでしょう?? 本山劇場ができたのは大正8年。 当時、坑内夫たちには飲酒の習慣が広く根付いて「坑内稼ぎの者や精錬の人は石粉を吸うから腹の中が石の粉だらけになるのでお酒で飲み下す必要がある」と考えていたようである。また、酒の力でもってしばらく坑内稼ぎができるように、と思っていたようだ。そこで、酒に代わる文化的な趣味を提供し福利厚生に力を入れる事で健全な生活を営み荒くれ防止する狙いがあったんだとか。 「酒の為めには、病気に罹ること二倍、治療に要する日数ニ倍、能率の低下すること三割余、仕事はまづく、時間を浪費し、事故頻出続く」 要するに、酒を飲みながら仕事をしていたという事だろうか?飲酒しながら酔っ払いながら仕事するとは・・・。これが現代社会だったら即刻クビになる事は間違いないでしょう( ̄ー ̄U さて、本山劇場の内部の様子はどうだったのでしょうか?? ここで本山劇場について書かれている「鉱山と市民」を見てみましょう。 ↓↓↓ 本山劇場のこと 〜佐藤凱夫さんの聞き語り〜
『鉱山と市民 聞き語り日立鉱山の歴史』より 大正2年8月に本山劇場は開場しました。共楽館よりも4年も前の事です。本山の山腹にあり、道路から階段が100段以上もあり息が切れましたよ。ここでは、共楽館で催した映画、演劇、歌舞伎、公演などを必ず行いました。木造3階建てで800人まで入れました。内部の一部に花道があり、1階は椅子席2、3階は畳席でした。教育映画については第二小学校の先生に一任しましたが、試写会や打ち合わせの時は第三小学校で合同でしました。夜遅くまでかかった時など、本山へ帰っていくのが大変だったですね。 入場料は普通の5分の1くらいで、会社であとは負担していました。入場料をめぐってこんな事もありました。伊丹秀子という女浪曲師を呼んだ時のことで、彼女から強い抗議を受けたんです。入場料を鉱山側で五十銭に決めたことが原因なんです。よそでは一人2円だったんです。外で日立が五十銭にした事がばれると困るというわけです。なまじっか五十銭なんてしないで、いっそ無料の方がよいというのです。彼女の方は強行で興行をやめるとまで言い出し、何度も話し合った結果一円五十銭にする事で納得してもらいました。今度はこちら側が困ったんです。既に五十銭で宣伝していたので、急遽割引券をガリ板で印刷し、これを各家に配って、券を持参した者は五十銭で入場できるような苦肉の策をした事もありました。 本山劇場はテレビが普及しはじまってからだんだん使われなくなってったようです。 (1985年3月15日) 木造3階建てで収容人数は800人!! かなりな規模の大ホールであったことが分かります。かつては映画や歌舞伎など数多くの興行が行われ東京からも有名な歌舞伎役者や歌手、芸能人が訪れていたそうです。あの山の中に一大興行を催した大劇場が!?今じゃ信じられない。 これは是非とも本山劇場跡に行ってみたい!(`・ω・´)
大正8年の本山劇場 ↓↓ / 日鉱記念館
という事で行ってきました( ̄∀ ̄) 本山劇場へは県道沿いから100段ある石段を登っていくのが昔使われていた正式なルートのようだ。しかし、現在は階段入り口のところには民家が建ち並んでいるためここからでは進入できない。人の敷地を通るわけにもいかないので別のルートを考える。(ー`´ー) 下の写真で右のガードレールから登っていく。 ↓↓ しばらくまっすぐ行くと階段があり竹薮に突き当たってしまう。 が、獣道のようなものが道がうっすらとあるのでそこをひたすら真っ直ぐ突き進む(`・ω・´) ↓↓ しばらくすると視界が開ける。 本山劇場へと続く石段に出たようだ。
続いて、本山劇場跡の裏の方を散策してみる事にした。 本山劇場裏にはゴミ置き場のような場所があり、色々なゴミが捨ててあった。 中にはこんなものも・・・。 元祖マックスコーヒー!!! しかも飲み口が切り取るタイプ。 なつかし〜〜( ̄∀ ̄) ↓↓↓ 初代サッポロビール。 なんかデザインがおかしいですね。↓↓ 三ツ矢サイダー。 これは「三ツ矢サイダー シルバー」というらしく、1971年に発売が開始されたものらしい。 ↓↓ これもまた古そうなキリンレモン。 ↓↓ これについてはあとで調べてみたら、キリンレモンのホームーページにこれと同じものがあった。。。。。。。 それがこれである。キリンレモンの歴史という事で紹介されている。 ↓↓ 1973年〜1984年までがこのデザインで販売されていたようだ。 す、すごい・・・。 プレミアがつきそうな程の貴重なゴミである( ;゚Д゚) まさしく、ここは遺跡として呼ぶにふさわしい。 まだ化石がざくざく出てくる!! ゴミが宝に見えてくるぜ。 あまりにも珍しいので持って帰ろうとも思ったが、遺跡の現状を保存するべくそのままにしておくことにした。 これはなんだ?? 何に使うものか考えてみたがサッパリ分からなかった。 不思議な形状をしている。 ↓↓ まだまだ面白いものがでてきそうだったが日没が近づいてきたのでこれで引き返すことにした。 さらに道が山の奥の方に続いているので気になるところであるが、謎が多い場所である。 まだ探検してみる余地はありそうだ( ̄∀ ̄)
今回探索したエリアの地図です。
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