かつては特攻隊の基地だった、笠間市の友部にある筑波海軍航空隊基地。 ここには海軍航空隊の司令部庁舎がありましたが、現在、筑波海軍航空隊記念館として、館内には様々な資料や遺物など展示し、有志により筑波海軍について広く知ってもらうよう取り組みが行われています。 自分も何回か足を運んで、記念館の資料や筑波海軍航空隊の遺跡などを見て写真に収めてきましたが、実に興味深いものばかりでした。 収集してきた筑波海軍航空隊の戦争遺跡などの写真をメインで、2編にわたり掲載してみようと思います('◇')ゞ
筑波海軍航空隊は、昭和9年6月22日に「霞ヶ浦海軍航空隊友部分遣隊」として開隊。昭和13年に霞ヶ浦海軍航空隊より独立し「筑波海軍航空隊」となった。 この司令部庁舎は、昭和13年頃にそれまでの木造庁舎から鉄筋コンクリート2階建てに建て替えられた(らしい)。 筑波海軍航空隊司令部庁舎は、現在も当時のまま残っている ↓↓ 筑波海軍航空隊時代の司令部庁舎 ↓↓(年代不明) よく見比べると、外観はほとんどオリジナルのままである。 <階段> <副官室> この机は当時の司令官が実際に使用していたのだそうだ。レトロな良い味を出している↓↓ 当時のまま残るドアノブ 正真正銘アンティークなドアノブですね。簡単にピッキングできそうです(笑)
昭和9年の開隊当初、霞ヶ浦海軍航空隊友部分遣隊時代は現在の裏門が正門だった。 <現在> <霞ヶ浦海軍航空隊友部分遣隊時代の正門>
現在の正門が、まさしく筑波海軍航空隊時代の正門である。ズシっとした立派な門です。これも航空隊時代のものだろうか?? <現在の正門>(今は使ってません) <筑波海軍航空隊時代の正門> 隊門を外から撮ったものとみられる。隊門をくぐると桜並木があり、ゆるい左カーブとなっている。
本部庁舎裏には地下壕があったが入口が見当たらないので現在は埋められたと思われるが定かではない。外から見ると山のようになっている。 ↓ ↓
筑波神社は航空隊の敷地内にあり、特攻隊員が出撃を前に祈願したといわれる。現在は土台を残すのみ。 ↓↓ 神風特別攻撃隊筑波隊(第14期予備学生)特修学生教程卒業記念 (昭和20年4月1日) ★隊員一覧表★ 神風舎についての情報は少なく、詳しい事は分からないが特攻隊専用の宿舎との事。神風舎は戦後、宍戸中学校の臨時校舎として利用され、その後解体された。 神風舎はかなり大きな建物だった事がわかる。 ↓↓ 資料などを元に配置図を作成。 (少し間違ってるかも) 昭和22年の航空写真 ↓↓ |

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