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4月18日の日本経済新聞の社説にこういう見出しがあった。
新潮の「検証」は甘すぎる
内容は朝日新聞阪神支局襲撃事件をめぐる誤報に関してだが、週刊新潮は同新聞社の大切な広告クライアントでもある。そんな中で、久々に気骨のある社説を読んだ感じだ。新潮社はこの失態に関し、「裏付け取材の不足にある」と反省しているようだが、日経は「なぜ取材不足が起きたのか、再発防止のためになにが必要かまったく検証できていない」と批判している。取材もできなれば、検証もできないのが今の新潮社の実情のようだ。
先日、経済学者の植草氏に関する週刊新潮の記事について書いたが、植草氏自身はこの件に関しご自分のブログで以下のように記事にしている。
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-41d1.html
本ブログを「柳に風」で受け流せない「週刊新潮」
この記事の真偽は各自判断すればいいことだと思うが、当時を振り返って私が確信を持って言えることがある。竹中氏のロジックを論破できる、レベルが高く実践的な経済学者はそんなには多くはなかったということだ。そして植草氏は、そういう貴重な経済学者の1人だった。これは間違いのない事実だろう。
私は現在の雑誌社における経済的な環境について書いてみたい。まず雑誌市場は、ここ1年で約10%縮小している。こうなった外的要因として、不況を背景とした市民の節約による雑誌離れ、新潮を買い支えた団塊の世代の大量な引退、ネットの普及によるメディアの多様化などが考えられる。雑誌社も単なる企業であるから、売上が下がれば何らかコストをカットするしかない。その結果として、記者のレベルの低下や労働力不足が顕在化しているのではないだろうか。
体力が低下した中で「結果」を出すことが求められる。その答えが、取材力の強化ではなく、タブロイド誌の追従だったのだろう。植草氏のことが気になったので、久々に週刊新潮を買ったが、「柳に風」という特集の性格は、ほぼフライデーといったような雑誌と同じである。非常に悲しいのは「取材」という点では、フライデーの方が明らかに上だという現実だ。ここまでなり下がってしまうと、日経の指摘する再発防止策など現実的に無理だろう。
日経の社説は更に、「売らんかな」の思惑がジャーナリズムの基本をねじ曲げた、と指摘している。けれども経営的に見れば、ジャーナリズムを捨てエンタメとタブロイドを軸に経営を再建することもひとつの手かもしれない。利益追求とジャーナリズムを共存させることは今後ますます難しくなるだろう。実際、新聞は雑誌よりさらに深刻で、市場縮小傾向に歯止めがかからない。
ジャーナリズム自体が幻想になりかねない。
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正論を吐く日経自体にその資格がないのが残念です。
2009/4/19(日) 午前 0:08 [ 川上宏行 ]
はい、おっしゃる通りです。反論はございません(笑)。
微力ながら植草さんを応援したいというのが本音です。ばればれか(笑)
2009/4/19(日) 午前 0:14 [ maybebabe234 ]
裏づけ取材の不足はいわずもがな・・ですね。
個人的には昨今の医療関係の番組。あまりにも程度の悪い検証方法で辟易します。統計学をやり直して来い!!nの数もしかり、データの取り方や解析もしかり・・
食事の味がおいしいかどうかを分析して放送しなくても、タレントの主観でいいでしょうが、健康に関してはもう少し学術的に有意な検証をすべきです。こんないい加減なことして、健康被害が出たら誰が責任をとるのか?と思います。
制作費の節減・・それはこんなところまできているのですね。
色々、マスコミ側にも不幸な条件はあるでしょうが・・表現の自由の裏側にある報道の社会的責任を今一度見つめなおして欲しいですね。
2009/4/19(日) 午後 0:37
結局視聴率や発行部数重視で突き進むと一時的には儲かるけれど長くは持たない、それが1つの法則で、報道の問題も含め色々なものがこの問題で繋がっているような気がしています。
グルメ情報など無害な趣味の範囲では、いい加減でもそれはそれで笑ってすませることができますが、医療、健康、食品などにおいては、
根本としてこの国のチェック機能が万全なのかわかる指標があまりにも少ないと思います。記者クラブ的な報道の閉鎖性は、この国を蝕んでいるように思うし、マスメディアが経営的に行き詰っている今は見直すいい機会かもしれません。
2009/4/19(日) 午後 2:50 [ maybebabe234 ]