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ここは天現寺にある、知る人ぞ知る暗闇バーです。 ぶっちゃけ、お店まじめに料理やる気ないです(笑) 暗闇と、アールデコ、神秘的な風景、そういうものを楽しむ店です。 ♪天現寺交差点近くにあります。青白い光がぼんやり灯っています。 ♪店内は、ほぼ暗闇。 ♪メニューは懐中電灯と一緒にやってきます。 ♪この神秘的で宗教的な夜景は、あなたの知的好奇心をきっと高めることでしょう。 ♪それはそれとして、何を頼んでも料理、おいしくありません(笑) ♪それでも、チョコ食ってる奴(笑) |
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harunoは表参道の小道にある本格和食屋さんです。 ランチもディナーも比較的リーズナブルで、メニューも豊富です。 なんとなく会社の場所がばれてしまいますが(笑) ♪昼間、窓際の席には太陽いっぱい、気持ちいいです。 ♪場所柄、近くで働いている美容師の方、アパレル関係の方が多いです。 ♪これが1000円の「ばくだん御膳」です。 ♪納豆たっぷり。具をぐるぐるっと混ぜて、ごはんにぶっかけて食べちゃいます♪ ♪300円のきなこプリン!! ちょっと小さいけど、もちもちしてて美味です。 ♪ディナーでは680円ですが、ボリュームたっぷりのプリンが出てきます^^ |
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自民党対民主党、そう書いてしまうと簡単だが、今政治に求められているのは「政策」本位の政治である。そうした観点から見た場合、極めて今の政治の構造は複雑だ。民主党に政権を渡していいのか、ということを考える前に、ある程度自民党の政策構造を理解する必要がある。 問題は自民党の内部に大きく政策が違う2つのグループ(派閥)が存在していることだ。実際は呼称も変わり人間関係は複雑になっているが、未だに政策方針はこの2つしか見当たらない。同一政党に異なる2つの政策が共存し権力闘争していることが、政策がぶれてしまう大きな要因である。一時期、麻生首相の「ぶれ」が随分マスコミに叩かれた。麻生首相本人の発言に問題があったことは否定しないが、先に自民党は極めて政策がぶれやすい構造になっていることを認識しなければならない。 町村派(旧清和会の流れを組む) ■経済・財政政策 ・緊縮財政、米国追従型(※特に米国共和党との親和性が高い) ・市場原理主義、小さな政府を目指す ・社会保障、公共事業には非積極的 ■外交政策 ・米国追従、アジア近隣諸国には高圧的 ■象徴的な政治家 福田赳夫、小泉純一郎、安倍晋三 津島派(旧経世会の流れを組む) ■経済・財政政策 ・積極財政 ・国益重視 ・社会保障 公共事業に積極的 ・金権政治体質 ■外交政策 ・親中、全方位外交 ■象徴的な政治家 田中角栄、竹下登、橋本龍太郎、小渕恵三、小沢一郎 政権選択の基準が、右左といったイデオロギーから具体的な政策論に移っている現在、この2つの政策集団が1つの政党に内包されていることに無理がある。政界再編は何度も叫ばれてきたが、それが実現しないのは政治家の落選したくない、という保身が強くはたらくからであろう。 米国の経済力が弱まり、欧州や東アジア諸国との関係も強化しなければならない今、国民のニーズは比較的旧経世会寄りの政治を望んでいると思われるが、先の企業献金の問題も含め金権体質への批判は根強く残っている。また、再編能力がない自民党の構造、町村派の検察やマスコミへの影響力、財務省官僚の権力放置、といった負の遺産を考えると、自民党そのものの継続に国民が強い不信感を持っているのも確かだろう。 片方で民主党の小沢党首だが、現在のマスコミの攻撃を見ていると、町村派と相反する立ち位置にいることは容易に想像される。小泉さんは以前「自民党をぶっこわす」と言ったが、よく考えれば「経世会をぶっこわす」という意味だったことがわかる。
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ここまでで米国型経営は、日本の経営と比較した場合、極めて短期結果重視であることがわかる。こういう経営姿勢が商品やサービスにも影響を及ぼしている。今回は、米国型経営の脆弱性として、品質よりも目先の利益追求とものつくりの弱さを挙げたい。 1970年代後半に米国企業で経営戦略を実践していた三枝匡氏(現株式会社ミスミグループ CEO)は、70年代に住友と米国企業の合弁会社の代表取締役を勤めていた。彼はその時の米国の商品やサービスに関し以下のように述べている。 アメリカ人の経営スタイルは、自分の利益ばかりを主張して、短期間で非常にきつい要求をする姿勢で、私は合弁会社の日本人トップとして、日米の2つの親会社の間に挟まれて苦労しました。住友系親会社の人々は概しておとなしく紳士的で、アメリカ人がえげつなく要求してくるときには翻弄されがちでした。おそらく日米の通商交渉の場などでも、そうだったのではないかと私は推測しています。 それからアメリカ流経営における管理志向の強さ。細かい数字までチェックされ、日本の社長といっても、アメリカ本社に聞かないと何も決められない組織でした。社長らしいダイナミックな役割は回ってこなくて、本社に行けばただのミドル程度の扱い。経営者の面白さなんて、何もないと思ってね。そこらあたりでアメリカ流経営に対する私の見方は大きく変わったと思います。 これを読んでまるで今の自分の会社だ、と感じる人も多いのではないだろうか。視点が短期的で結果が優先であれば、当然数字への管理意識は高まるが、片方で商品やサービスの品質への優先順位は下がるだろう。当時、米国市場では、「ものつくり」そのものが育ちにくい土壌だったようだ。 70年代、まだ日本の経営に原初的な側面が見られた時期、日本の経済学者は米国型経営の信望者が多かった。「日本はおかしい、日本は変わらなければいけない」そういう声が学者から発せられる中、日本の現場を動かしていた経営者たちは総じて、「いや、ちょっと違うところに日本の良さがあるんだよな。」と首を縦に振らなかったようだ。 こうして、70年代日本を支配していた後進国のメンタリティーは徐々に払拭され、ジャパンアズナンバーワンの時代を迎えることとなる。
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