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日本人のそのほとんどが、日本よりも外国の方が優れていると教育を受けてきた。その結果として、「ほら、だから日本はダメなんだよ」という思考がまず先にくる。その優れている外国は、欧州でも中国でもアルゼンチンでもアフリカの国でもない。米国だ。戦後、教育やマスコミによって流され続けたその情報は、今も日本人のすべての世代にしみついている。
例えば台湾の国民が他のアジア諸外国に比べ親日派で、そうでありながら台湾平定を経験した長老の世代だけは、日本に対し腹に一物持っている、そういう構造と極めて近いものを感じる。
敗戦し国土はボロボロになり、そこから世界2位の経済大国までのし上がった実績を持ってしても日本人は、ついに自国に誇りを持つことはなかった。では、なぜ自国に誇りを持たなければならないか、間違っても右傾化することでもないし、憲法論を国内のコップの中で議論することでもない。
自国の誇りの必要性、それはずばり外交だ。様々な経済や軍事、文化を持つ諸外国と渡り合うために、自国への誇りを持つことが必要なのだ。
「日本は平和国家だから、平和の尊さを世界に広めよう」
安易にこういう事を発言する人がいる。政治家にもいる。けれども、「では、どうやって?」という問いかけをしたときに、世界に向けてメッセージを伝達する、といったような抽象論以外に何も出てこない、そういう人はオバマの核廃絶の演説に拍手を贈り、なんら自分の考えを発信できない他力本願の世界のまま死んでいくのだ。
EU先進諸国、米国、中露、こういった国の外交に対する考え方と、日本国民のそれとの大きな違いは「支配感」だと考えている。つまり、「諸外国の皆さん、仲良くしましょう」という友好ではなく、「世界中を日本の経済、文化に染めてやろう」だ。こういう考え方が国家レベルで他国とつきあっていく考え方の基本なのだ。仮に平和国家を理想とするならば、ここに軍事を使わない、経済と文化だけで世界を日本色に染めていこうとする、その行為が国際感覚であり、グローバルスタンダードだ。
軍事を使わないのであれば、この気概を「大和魂」と呼んでもいいだろう。更にここに環境への配慮も加わるならば、日本人の大和魂はクールと評価されるだろう。
これは国家間の外交だけではない。諸外国との企業間ビジネスでも同じだ。欧米諸国のビジネスマンは個人で人間としてつきあえば、実にフランクで心優しい家族思いの人間が多い。けれども、企業の利益、それが関わった途端に、激しく牙を剥いてくる。そしてとてもあつかましい。米国人であれば、こちらを米国色に染めようとする。EU諸国もあまり変わらない。そして、中国もインドも少しずつそういう国際感覚に変質してきている。
これは善悪の問題ではない。目の前にそういう別の国の人間がいるのだから、その現実に対処しましょうという話だ。日本の大企業のエリートたちも国際社会にまみれ、大きく成長しはじめている。そういう日本の企業を私は誇りに思うし、おそらく今回の世界不況から日本の大企業が抜け出すのは、欧米よりも早いだろうと予測している。
今「格差」なる言葉がよく使われているが、問題なのは「経済格差」ではない。「国際感覚格差」だ。けれどもこれはなんら難しいことではない。「日本の経済と文化で世界を支配してやろう」そういうマインドが持てるかどうかだ。
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