ぴよピヨの仲良しリブレ

ぴよピヨと共に、世界中に仲良しの種を蒔こう!

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全32ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

イメージ 1
「宗教・信仰」の起源を知ろう!・・・
宗教という観念体系(秩序化された妄想)や信仰という架空の絶対性への帰依の淵源を知る上で、モーリス・コーンフォース「認識論」の以下の記述はきっと役立つと思える。
 

『人間の抽象的観念の発展に一つのきわめて重要な影響をおよぼしたものは、彼らの社会的諸活動のそのものの中にある相対的な無智と無力である。これはあらゆる種類の神秘的および幻想的な抽象的観念を発展させはじめる。

社会発展のきわめて初期の段階において、人々は、彼らにごく身近で、彼らが生きて行くのに必要な様々な過程の根底にあって作用している諸原因について考えはじめる。

たとえば、人々は穀物が成長し、動物が繁殖するのを見ると、これらの過程を促進するためには彼ら自身は何をしなければならないかという事に気が付く。だが彼らは、これらの根底にあって作用している諸原因がわからず、それに気づかない。彼らはまたそれらを統御するにはきわめて不適当な手段しか持っていない。そこで彼らは、目に見えない力という概念をつくりはじめる。

たいていの原始人たちは、人間や動物や様々な事物のなかにひそんでいる秘密な力という概念をもっており、これを彼らは、感覚では知覚できないが、それにもかかわらず総ての感覚できる事物に浸透してこれを支配するあるもの、とみなしている。

こうして北米土人部族は、この力をワカンダ(WAKANDA)と呼んだ。そして彼らの長老の一人は、彼らを訪れた人類学者にその観念を説明しようとして、「ワカンダを見た者はまだ一人もない」と言った。この型の抽象的観念から、宗教や神学の抽象的観念が発展する。』

 

『たがやされた畑は、我々の感覚に与えられる実在の観念であるが、その畑の所有という観念は、直接に知覚できるどんな対象もそれに対応しない抽象的観念である。同様に、その畑の生産物は具体的な知覚できる実在である。我々は、たとえばそれを食べることができる。だがその生産物を手に入れる土地所有者の権利は知覚できない。

しかしこれらの抽象的観念は、ある現実の客観的なもの・・・すなわち、社会的生産の進化の一定の段階において打ち立てられた生産諸関係の観念的反映である。』

 

以下は私・・・

貧困などの金銭的・病気などの肉体的・人間関係などの環境的なもの・・・こうした人間が暮らす現実世界から生じる様々な苦悩を克服するための一助となる精神的解放=観念的な処置として信仰と言う処方箋が様々な宗教団体から人々に配られる。だがもちろん、こうして受け取る「良薬」なる苦痛緩和剤の正体は、マルクスが指摘したように「阿片」であるか、あるいは「プラシーボ効果」しか望めないインチキ薬なのである。

しかしもし私たちが「科学的なものの見方・考え方。科学の方法」を学んだ現代人(いや!近代人)を自認するなら「宗教や信仰」あるいはそれに類する「諸々の詐欺被害」を免れることができるはずなのである。

私たち国民は、中毒性・依存性が顕著な「阿片」や、思考力の衰弱した老人たちだけに「効果を発揮する」無意味なプラシーボの罠に落ちこまないように注意して生きてゆかなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イメージ 1
『性つたなく不具に生まれし我が子をおもう母の愛は、全世界を睥睨する君子の仁政よりもなお神の心に近い。このことがおわかりか! このことがわからずしてあなたは宗教家の名に値しない!』
細部において間違っていたらごめんなさい。これは「邪宗門」の中の言葉です。
この高橋和巳の瞋恚の叫びを・・・権力に寄り添い金儲けと名誉欲にうつつをぬかす現代新興宗教のトップ、及び舌先三寸の為政者どもに「女性活躍社会」などとおだてられ母性喪失著しい現代の母親たちはどう受け止めるのか。
高橋和巳のこの叫びは、1、現世利益を掲げて堕落し続ける日本の新興宗教 2、国民の無思想、軽薄、の象徴であるがゆえに高い支持率を得ている腐敗政治・・・つまり「この程度の国民にはこの程度の政治で十分」という安楽椅子に寝そべっている権力者ども 3、母の愛を全身に浴びて成長すべき短い期間すら剥奪し、幼い我が子を保育園に預けて、身軽になった自身は髪と爪を染め、仕事のできる女を自認して過剰な自意識をふりまきながらキャリアを気取っている「不在の母性」、にたいする糾弾なのだ。
 
もう近々このヤフーブログも終了との事だし、冗長な私の文章はいつも嫌われているのでこの辺で打ち切るが、最後に高橋和巳の言葉を再び引用して幕を閉じる事にする。
 
『・・・残念ながら、過去の蹉跌を切断することによって現在の苟安をむさぼろうとするのが戦後を主導した日本人の態度であった。だが私は強くその態度を嫌悪する』 高橋和巳著「堕落」初版あとがき、より引用。
イメージ 1

自民党の体質的変貌・・・つまり宗教政党化について

「呑み込みやすい <悪> を見つけて、それと一緒に過去を切り捨ててしまうこと」

宮部みゆき 「楽園」より・・・この方法は政治の世界では極めて有効であり、危機の時代を乗り切る常套手段として繰り返し採用される。


わかりやすく食いつきやすい「悪」という標的を指し示し、政治・経済・社会に対する国民の不満と怒りのホコ先を「悪の打倒」へと誘導してやることで政権批判を回避する。

たとえば小泉政権では「抵抗勢力」という「悪」をしつらえる事で政権批判を緩和し、民営化路線つまり「巨大資本の欲求=自由化」を国民に追認させる事にも同時に成功した。


しかしこの自由化こそ労働形態の自由化、つまりアメリカの新自由主義に盲従しただけの雇用形態を呼び込み、その結果日本に「非正規・低賃金・不安定雇用」という劣悪な労働環境が定着し、今日の大問題=少子化の第一原因をつくったのであった。

つまり小泉氏の仕掛けたワナに私達国民は見事にはまり込み、大損害を被ったわけである。


そして今日、国民に受けそうな「悪」を設定するこうした巧妙な政治手腕は、小泉政権から安倍政権へと正確にバトンタッチされている。小泉政権の後継者=安倍政権では、国民が同意しそうな「悪」の設定が「抵抗勢力」から「中国・朝鮮」に変更されただけだ。


この新しい設定は、戦前〜戦中〜戦後も一貫して変わることなく底流し続けている日本国民の意識・・・アジア蔑視というやっかいな選民意識の上に座ることの心地よさを提供するだけに、極めて安直なポピュリズムに結びつきやすい危険なものだ。

日本国民が畏敬している東大でさえ、その学力レベルはアジア第7位でしかない事実と照らし合わせるだけでも「アジア蔑視」が如何に根拠のない思い上がりであるかは明らかなのに。


国民は、小泉氏の奸智を極めた詐言に乗せられて自らの首を絞めた過去を心に刻んで、アノ「抵抗勢力」よりも数段階警戒レベルを引き上げ、安倍氏のプロパガンダ攻撃を迎え撃つ覚悟を持たねば、過去の蹉跌はより大規模な被害を伴って再現されるだろう。


総裁選にまつわって今朝放送されたNHKインタビューでも、批判を嫌悪する安倍氏の性格はハッキリ示されていた。

しかし世界を見回せばすぐにわかるように・・・批判に過敏な不快反応を示すのは、独裁政権に共通しているということだ。

民主主義は、言論の自由(言論の修羅場)の中身である批判と反批判の活況と喧噪の上にしか成り立つものではない。従って言論の応酬に対する嫌悪は、民主主義への嫌悪以外のものではありえない。そして同時に、批判や論戦への嫌悪は、仮説と実証(実験)の反復によって前進し続ける科学史(その汎用としての人類史)の否定であり、それはつまり根拠なき(論証なき)崇拝対象に屈服する宗教の非論理や不毛と重なる。

こうして自民党と創価学会の蜜月および体質的同化は継続する。


大企業の政治部門として経済を牛耳る自民党。トヨタ自動車の総資産をすらすでに上回った資金力でマスコミを支配する創価学会。この両者が結びつき日本を支配し続ける事は「この世は金が総てである」という認識が真実であるということを完全に裏付けている。

 
イメージ 1
 闇世界の一隅に突き刺さる閃光、あるいは晴天の霹靂、森友事件
政府と官僚組織が共謀して情報開示を拒み続け、事実を秘匿し、国会で虚偽の証言を繰り返し、公文書を改ざんして、国民に知られると極めて不都合な、政府中枢が深く関与する不正行為を徹底的に隠し通そうと謀った一連の事態が森友事件である。この事件が示す看過できない本質は、政府がウソの情報を公表すればマスコミはそれを「最も信用できる客観的事実」として疑問符を省略したそのままを国民に伝え、国民はこのウソの「事実」を100%信用してこの「事実」の上に自らの認識を築き、この誤った認識を基にして判断・行動(主権行使・投票)を行ってしまうという点だ。
ウソで国民が操られる事、つまりウソで政権を握ることができてしまうこうした正解の出ない虚構の方程式は、何の手加減もなしに日本列島を戦前・戦中社会に雪崩れ込ませる危険なものだ。政府=軍=宗教=マスコミ、の結託から生み出された組織的なウソが、国民を「自発的な死の行進」へと誘い出した歴史の教訓を忘れてはならない。
すでに人命まで失われている今回の事件は、国民主権や民主主義の根幹を成す「国民の自由意志」を合成するための素材(判断材料)が「虚偽の事実」の流布によって簡単に歪められてしまう事を意味している。民主主義という外面を残したまま、民主主義の土台を知らぬ間にシロアリが食い尽くしてゆくようなこうした手法は安倍政権に特徴的なものとして他の分野にも使われている。例えば・・・「自由な売買・市場原理」という資本主義の自然な景色を残したまま、この「自由な売買」を逆手にとって日銀とGPIFを使った株の大量買いで株価値上げ操作に狂奔しているのはその典型といえる。
この状況は、日本の株価は日銀とGPIFによって「意図的に高値入札された、つり上げオークション価格」という演出から生み出されている捏造された数字にすぎないことを物語っている。
また、沖縄の名護市長選挙や原発問題で露骨に示されたように、米軍事基地承認・原発再稼動という政府方針をおしつけるため、大金をばらまいて本当は誰も飲みたくない苦い酒を無理やり地元民に飲み込ませた卑怯な手口にも「選挙民の自主的選択」という清めの塩が用いられる。しかし事実は、隠しようもない「買収」である。

悪徳・背任・金権・卑劣・腐敗・悪辣・二枚舌・鉄面皮・偽善・俗物・無慈悲・詐言・堕落・醜悪・厚顔、・・・
これらの汚物はすべて「自民・創価・維新、連立政権」の属性である。
この政権は「国」を守ることにはやぶさかではない。なぜなら彼らが楯に用いている「国」とは権力機関である自分たちそのものだから。ところが彼らは「国民」を守ろうなどとは露ほども思っていない。なぜなら「国家」にシンボル化された彼ら権力者の利益は「国民」の命や利益を蹂躙することの上に成り立っているのだから。
もし仮に、「自民・創価・維新、連立政権」が、本気で国民を守ろうなどという「大きな過ち」を犯せば、彼ら「国家」側の権益を守ることはできなくなってしまう。「国家」とは対極の側に居るいわば「赤の他人」にすぎない国民を守ってやるために誰が本気で自分たちの権益を放棄するだろうか? 「国家」側に、そんなお人よしは一人も居ない。森友事件等々の身内の醜態を、国民という「赤の他人」に知られまいとするのはもとより「国家の本能」によるしわざなのである。
「国家」と「国民」・・・その利益は相互に交わることの無い対抗関係にある。73年前に大日本帝国という権力体系が崩壊したおかげで、多くの国民は命と財産を救われた。もしあの時、日本の国家が延命していたとすれば、日本人の戦争犠牲者は300万人では到底おさまらず、死者・負傷者は無残に膨張し、国民の不幸はおびただしい追加メニューを強要されていたであろう。
大盛り・特盛の不幸が国民の口にねじこまれ、国家の存命と国民の死が予約される運びだった。
そして今また、外交という仕事を拒絶した「自民・創価政権」が書き上げたシナリオに沿って・・・世代交代した「鬼畜米英」からバトンタッチされた悪役をキムジョンウンが受け継ぐことで日本の新たな戦争準備が予定通り整えられて行く。国から国民を守る事の重要性とその難しさをしみじみ考えるこの頃である。
 
 
 
 
イメージ 1
斜陽国日本、その傷ましい現実。2018年所感・・・
「ニッポン、スゴイデスネ〜」「ニホンジン、エライデスネ〜」・・・などと外人に言わせて日本人の自信と誇りを回復させようと企画されたテレビ番組が妙に増えている。
こんな作為的な慰撫番組を放送しなければならなくなっている現実。失われた自信と自尊心をこんな番組を観ることで回復させようとしている国民の哀しい心理状態にこそ逆に、日本人の自信のなさと日本の斜陽がハッキリと読み取れてしまうのは皮肉と言う他ない。
企業・政府・マスコミはこぞって「明るい日本・希望の持てる未来」というイメージを国民に植えつけ、国への信頼と安心感を芽生えさせようと努めている。しかし彼らが描き出す虚像の日本を、私たち国民はその通りに信じていてよいはずがない。

文科省が公開している国民一人当たりのGDP59カ国中44位・・・政府の透明度24位、情報通信技術の普及26位等々、多様な項目の総合点として「日本の国際競争力、ランキング」は27位。
そして教育水準は36位となっている。確かに日本の教育レベルは劣化著しく、今や世界順位としてはほとんど比較に値しない「蚊帳の外」にはじき出されている。
アジアだけに地域を狭く限定すれば、やっと東大が7位に顔を出しているだけという惨状。日本の上位にはシンガポール・中国・香港・韓国などの一流大学が名を連ねているという具合である。
林修さんも「今の東大なんて、ぜーんぜん、たいした事はない。世界でも通用する本物の秀才は東大生の内、上位わずか数%だけ」と警鐘を鳴らしていたのが記憶に新しい。また以前、東大から米ハーバードに留学した経験のある中谷巌さんは渡米後、国際基準とローカル基準の余りの学力差と勉強量の違いに狼狽し、これが同じ先進国の大学なのかとその顕著な知的格差を痛切に思い知らされた、というような感想を著書に記されていた。
日本のテレビでは芸能人までもが高学歴を吹聴しあったり、クイズ番組などで現役東大生が自身の記憶力に慢心しているような姿をしばしば見かけるが、「掃き溜めに鶴」の居心地の良さに安住する事の醜さにも思い至るべきではないか。
島国特有の温厚さなどの良い部分はグローバル金融資本主義という荒海の浸食作用で急激に破壊されたその一方、島国特有の偏執な近視眼は消えることなく残り続ける。

もうすでに現時点では日本のGDPは中国の半分にも満たない44%しかない。
しかも日本経済は過去20年間も横ばいが続いているが、その同じ20年間に諸外国は経済規模を1,5倍から2倍に拡大している。
そして最近、政府・マスコミがさかんに宣伝している「日本企業の業績向上」とやらも、その実態は絶対量としての富は決して増加したわけではなく、政府の円安誘導策の結果、帳簿上の売上高や利益が増えただけにすぎない。
また、みずほ総研によると、日本が10年以上前に1位を誇っていた企業の改革力ともいうべき「イノベーションランキング」が2016~17年では8位に後退し、「イノベーション能力ランキング」に至っては最近21位にまで急落している。

苛烈な階級社会である資本主義という一つの時代を通過するその最終ラウンドとして、今日の世界はグローバル金融資本主義・新自由主義という破滅的な局面に突入したが、その一つの結果として、世界の上位8人の資産合計が下位36億人分の資産合計に等しいという衝撃的な不均衡が生じている。
「貧しきを愁えず、等しからざるを愁う」と感じる、人間の素朴な平等指向にそむくこの不道徳・不健全な分裂は、紙幣というシンボル的価値が交換価値としての機能を失って無意味な紙くずに変貌し、ドル体制という支柱と世界金融資本主義の大屋根が時を同じくして大音響を発し倒壊するその日までは、深刻の度合いを加速させてハサミ状にひたすら広がり続けるだろう。
当然この怨めしい貧富の分裂は日本列島にもすさまじい勢いで拡がっているわけで、金融資産(預貯金)ゼロ世帯が今や30%を超えるという不幸な事態を生み出し、2009年ですでに10%だった貧困率が最近の数字では15%超にハネあがっている。
ちなみに、日本の貧困率の高さは42か国中12位。先進国30か国中では4番目に高い貧困率だ。子供の貧困率では41か国中、悪い方から7番目!
この貧困は・・・わが国の愚かな小泉純一郎総理がアメリカ新自由主義を安易に模倣して日本に取り入れた事で、一気に拡大してしまった「非正規・低賃金・不安定雇用」が今では日本の全勤労者の40%超にも達し、その結果最近の数年間で実質賃金が4%下落し、97年以降では15%も下がっているという悲惨な状況がもたらした必然と言える。

こうした国民生活の窮状は家族構成にも異変をもたらしている。昨年末新聞が報じた「国民生活基礎調査」によると昭和60年と比較して「夫婦のみ」家庭が19%31%へ、「親と未婚の子のみ」が10%20%へ、「一人暮らし」が12%27%へ顕著な増加を示している。
安心して結婚し、希望を持って子供を生み育て、余裕を持って老父母を養う、安定・充実した経済環境が日本では急激に失われつつあるわけだ。
「恒産なくして恒心なし」であり「貧すれば鈍する」でもある。まず経済的環境が整わなければ精神の安定を求めるのは無理というものだ。これが国の斜陽、日本の危機でなくて何であろう!
政府の円安誘導や労働人口減少などが災いして、生活必需品の値上げ予告が相次いでいるという報道が年頭から流れている。こうなれば実質賃金はさらに低下するだろう。
企業向け貸出金利を抑えるという企業優遇策のとばっちりを受け、国民のわずかな預貯金に金利を払わないという日銀黒田の「ゼロ金利策」の長期化とあいまって2018年も私たち勤労国民にとってだけ!はつらい1年になりそうだ。

あえて言わせていただくが・・・強大すぎる日米の軍事力にとって北のミサイルなど何ら脅威に該当しない。(正直な麻生さんの言葉通り、北朝鮮のおかげで自民党は昨年の総選挙に大勝できたのだ。ミサイルショーは安倍政権にとって僥倖以外のものではなかった)
政府が、このミサイルによる「日本の軍事的危機」なるものをマスコミに演出させているのは、上述のような「深刻な日本の国内的経済危機」と「勤労者家計の危機」に国民自身が気付かないよう仕向けるためである。ついでに「ニセモノの外圧危機」ではなく「本当の日本の内部危機」を別の切り口からも摘出しておこう。

「信用第一・品質重視」を貫いてきた「メイドイン・ジャパン」がグローバル化と新自由主義の津波に襲われることで、企業は自己のスタンスを見失い自律神経を滅ぼした。
こうして過去に築き上げた信用は帰らぬものになってしまった。
「お金は損をしても一生懸命働けばまた取り返せることもあるが、一度失った信用は二度と取り返せない」という格言を小商人はいつも自らに言い含めているが、日本の大企業にとってこんな陳腐な戒めなど「洟も引っ掛けない」かのようだ。
それが耐震計算偽装・産地偽装・ホリエモンに象徴される粉飾決算不正経理の横行やデーター改ざん、等々、企業モラルの喪失が・・・神戸製鋼、東芝、日産、スバル、三菱自動車、三菱マテリアル、富士フィルム、東レ、三井住友建設、東洋ゴム、日立エレベーター、オリンパス、他で次々発覚し、また一方では・・・アリサンマークの引越社、和民、パナソニック、NHK、ヤマト運輸、ゼリア新薬、電通、いなげや、大和ハウス、三信建設工業、セシルマクビー等々、数多くの驕慢なブラック企業が跋扈する日本社会をつくり出して行く。
紳士ヅラした大企業のトップも一皮むけば経済ヤクザと変わらない。人間の心を持たない資本の権化にすぎないこうした黒い紳士連中が采配する大企業が日本経済の中枢を牛耳っているのである。これこそ「ミサイルショーという漫画的危機」ではなく「日本経済の腐朽という写実的危機」である。
そしてこうした黒色大企業の株価をつり上げるためだけに公金をメチャクチャにつぎ込んでいるGPIFと日銀が今やそれぞれ、一部上場企業全体の筆頭株主と2位株主におさまってしまうという、世界に類例の無い不名誉で非常識な市場操作が日本では常識になってしまった。これが「自由主義経済」だと居直るのだから、もう笑うしかない!
政府が市場に介入する「自由」! 政府が市場を操作し、官製相場をつくりだす「自由」!
公金でリートを買いまくり、不動産価格をつり上げる「自由」!
政府赤字国債と日銀印刷紙幣の直接交換を繰り返し、金利をゼロ化する「自由」!
まさに弁護の余地の無い日本経済の「腐朽と堕落」である。
そしてこんなデタラメがいつまで続けられるか、これは結末が楽しみな興行でもある。

しかもここでどうしても言っておかなければならない事は、こうした「日本の危機」が露見するのは極めてまれなことであり、そのほとんどは外部に漏洩しないまま地下潜伏化しているという慣性的事実だ。
つまり政治・経済・社会全般に慢性化している日本の腐敗・堕落・謀略・術策の大部分は、国民が到底知りえない堅固なブラックボックス内に閉ざされている。政府にとって不都合な情報のほとんどから国民は見事に疎外されている。この事は逆に言えば、テレビや新聞やパソコンなどを通じて私たち国民が知りえる範囲のものごとに本当の大切な情報は含まれておらず、国民が耳目に接するほとんどは公開されてもなんら不都合ではない秘密性の希薄な情報ばかりが流通しているに過ぎないわけだ。国民はこうした重要度の低いありきたりな情報を掬い取って、淡白な上澄み液のような思考を築いてゆく。

このように国民に知られてはならない情報の一元管理は政府にとっては非常に重要だ。重要秘密が国民側に流出することは政権にとって致命傷となる。だからこそ政府は、多くの国民や言論人・知識人の声に背を向けて「秘密保護法」を強行成立させた。
日本の「報道自由度ランキング」が、1位のノルウェーから最下位180位の北朝鮮までの中で何と72位という恥辱に甘んじなければならないのは、こうした日本政府の秘密体質の悪しき伝統が世界のジャーナリストたちに強い不信感を抱かせている証拠であろう。ちなみに72位という不名誉な日本の情報秘密主義はG7中の最悪国であることは言うまでもない。ここにも「日本の本当の危機」が民主主義を脅かしながら立ちはだかっている!
政権にとって不都合な事実は総て、「記憶が無い・記録が無い」の一言で追及を逃れる。
私たち民間人が罪を犯して警察・検察の取調べで「黙秘します・記憶が無い」と言い張っても「状況証拠」で有罪になるが、権力側の犯罪では起訴もされず、告訴さえ受理されない。「沖縄返還時の日米密約」では政府のウソを国民に知らせてくれた記者が逆に裁かれたし、ミサイル搭載艦「たちかぜ」での「自衛官イジメ自殺事件」でも自衛隊は「記録が無い」と200点以上の資料を組織ぐるみで隠し、裁判所をだましていた。もちろんこれらは氷山の一角にすぎない!

民主主義の前提、公平な選挙の前提である情報が国民に公開されず、政府側に都合の良い情報、あるいはせいぜい政府にそれほど大きなダメージを与えない程度の情報のみが公開され、国民はこうした黒塗り情報だけをたよりに「主権在民」を信じて投票所に向かう。
どのような情報が隠されているのかは不明だが、とにかく何らかの重大情報を国が隠蔽している事だけはハッキリわかった先の大戦中の「黒塗り新聞記事」「弁士演説中止!」「発行禁止」の方がまだしも正直だった。
高市総務相に「電波を止める」と脅されなくても、政府や財界に嫌われるような放送は先に自主規制してしまうのが大企業のCM料で生かされている民放のアハハ「忖度」なのです。
私たち国民は「井の中の蛙」・・・狭い井戸の中をピョンピョン跳ね回る「自由」に満足し、暗い井戸の底で目に映る範囲の情報だけを得て総ての物事を判断している。
井戸の底では日本の危機(地上の危機)を知るすべも無い・・・そしてこのこと自体も日本の危機・・・つまり自由と民主主義の崩壊を示していることは絶対に間違いない。

日本の国民が本を読まなくなり、(特に重厚な内容の本を敬遠するようになった事)パソコンやゲームに多くの時間を費やすようになってしまった事、漫画が若者文化と言われるほどにまで市民権を得てしまった事、などが大切な情報から国民を疎外し、深い思考力が表皮的感性に置き換わり、若者の保守化を招いていると私は思っているが、これを書くと長くなるので次の機会に譲りたい。

全32ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事