天のパン

ラフマニノフのピアノ協奏曲#2にはまっちゃいました♫〜

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ハリウッドに私たちと同じ保守聖公会のひとつで聖マリア教会という素敵な教会があります。
ご覧の通り一見なんでもない建物。でも中は複雑に入り組んでいて私などはすぐに迷子になりそうな、1930年代の建物です。


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                 御聖堂は神秘的な雰囲気が漂っていました。
   天使のひとつやふたつ出てもおかしくないなあ。


ここの司祭御夫妻が娘さんの卒業式出席のため1週間ほど、お留守になるということで夫が日々のミサ代行をかってでました。

「お前も来い」
「ええ〜っ!?
「黙って俺について来い」
「はは〜っ」

と言うのは全くの嘘ですけれど日本から帰ったばかりの旅装を再びチクチク整え、寝間着を持つのも忘れ、再び空の人となりました。席がとれなかったので(スタンバイチケットなのです)ホノルルから成田経由でロス入りです。成田での待ち時間も合わせて約19時間。ホノルルから直行なら5時間ほどですのに。




ハリウッドはどんよりした街でした。

俳優の卵
卵の卵。
その卵の卵の卵
金をかけた映画の幕裏
幕裏の幕裏
幕裏のそのまた幕裏
の街でした。(すみません。おつかれさまでした!)

観光に来た訳ではないので車も借りていないし、ひたすらあてがわれたお部屋と台所と御聖堂を往復する毎日。印象に残ったのは、やはり日曜ミサの所謂High Massでした。
お香を焚いたり、聖水をまいたり、ミサ曲を沢山歌ったりの、きらびやかなミサです。



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後で小さな図書室で簡単な夕食を頂いたのですが、すぐそばのホールからコーラスの練習が聞こえて来ました。アカペラの素晴らしいミサ曲です。持った食べ物を口にするのも忘れて聞き惚れてしまいました。食卓で交わされる不思議な会話、沢山の宗教書、ミサ曲。

ハワイの家で玄米&漬け物を食べる日常と、かけ離れすぎでございます!

まあ、とにかく5日の滞在を終えて帰って来ました。ハリウッドから帰って来て思ったのはやはり
ハワイの空気は良いなあ!!と言う事でした。

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ココマリーナショッピングセンター

東京の印象


日本から帰って来て早くも1週間がたちました。日本は急に寒くなっていましたが、こちらは相変わらずのハイビスカス日和でノニや雑草は伸び放第。数日間、大変でした。

では、本題です。

具合が悪くなった伯母を見舞うために行った東京は私の長年の思い込みに反して「水と緑の街」とさえ言いたくなる場所でありました。川がいっぱい!
緑がいっぱい!かすかに江戸情緒も流れて来ます。

水道橋から川面を見下ろすと船がやってきました。
ポンポンポン。。

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そういえばズ〜ッと昔ポンポン船の船長さんのテレビ番組がありましたね。



あら? 今頃、橋の上にハワイのサンタクロースが

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ちなみに東京へは名古屋から高速バスで7時間40分かかりました。
この日は雨で、それもあって到着時間が遅れたのです。外もよく見えないし
ハワイからも同じくらいの時間かかりましたよ。早売りで片道3440円です。
参考までに。。

これがまた、いやでもお祈りが出来て良かったです。
ロザリオの一環,一環が終わるのが惜しい位、時間がゆっくりでした。

それで、その日、私たちが泊まったホテルは。。。汚かったです!
とほほ。。

でも朝カーテンを開けますと

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真っ正面が教会です。しかもカトリック教会。



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神田教会でした。う〜ん何か良いなあ!良い兆しですね。神様が手を振っていて下さるみたいです。ヤッホー♡
神様ありがとう!




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「死んだらハワイの海に散骨してけでね。私はもうハワイに永住するがら。あんただちと、ずっと一緒にいるがら(東北弁)」

と言っていた伯母はその日の午後、病院の小さなロビーで洗礼を受ける恵みにあずかりました。聖なる水はペットボトルから。それが少量、伯母の頭に注がれると姪の私に続いて祈ってくれました。感謝で感謝で泣けました。

津波にあって病気になって、でもそんな中で神様を信じた伯母は親戚中でも一番、知的な人でもあります。同じ頃、東北でボランティアもされたクリスチャンの方のお話を聞くと、これはもう奇跡的な出来事でさえあると分かりました。私にとって伯母は更に一層、宝石の様な存在になりました。


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名古屋の布池カトリック教会から

心を尽くして神をたたえ全ての恵みを心に留めよう。

主に感謝!








今年は年の始めから旅行の多い年になりました。不思議な旅、涙の旅、感動の旅、予想外の旅。

中でも7月の始めに20年振りに訪れた故郷の岩手県釜石と叔母の住む大槌への旅は辛くもありましたがやはり行って良かったと思いました。

大槌は建物の上に大きな遊覧船が乗っかっている映像が衝撃的だった壊滅の町の1つです。

その大槌に1人で住む80歳代の伯母は震災当日の午前中に釜石市の港のすぐ前にある行きつけの美容院で髪を切り,時間が余ったので食料を大量に買い込んだ後、車にガソリンを満タンにして大槌の自宅に帰りました。その1時間程後に地震津波が来たのです。

隣近所の人たちと一緒にすぐに避難所に逃れました。事の重大さは電気が復活してテレビを見て知り、津波が自宅のすぐ近くで止まった事も後で知りました。

家は残っても友人の殆どは港近くの釜石市の人たちです。「友達は?」と聞くと「みんな、死んだ。。。」と辛そうに肩を落としました。

みんな、それぞれの戦いを戦って行かなければならないのです。遠いハワイにいるけれど多分,私も。
でも,神様、どうやって?



写真は花巻空港や釜石市で見たポスター。
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石にかじりついて、どこまでも

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被災地じゃねえ正念場だ

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悔し涙は、嬉し涙にする。

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瓦礫を、踏み台にするさ。

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ため息つかないと決めた。

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野球がしたいです。神様。

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埃も泥も、思い出にする。

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しおれてちゃ男がすたる。

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心まで壊されてたまるか。

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仲間は力だと、わかった



野球が出来る様になりますように。心が壊されません様に。しおれてしまいません様に。仲間と励まし合い、前を見る事が出来ます様に。天を仰ぎ見る事ができますように。


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アラスカの風

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父の命令は
永遠の命である事を
私は知っている

ヨハネ福音書12章50節






















ヒュ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



ちょっと古いですがアラスカからの風をお送り致します♪
少しは涼しくなりましたか(^^)




おっと..そうは言っても始終貿易風が吹いているここハワイとは違ってフェアバンクスでは殆ど風が吹かないんでした。



下の写真も木が動いている気配がないでしょう?

冬のアラスカに風が吹いていたり夏のハワイに風がなかったりしたら...
はっきり言ってこれは地獄でしょう。
 

 思えば今年はアラスカへのビジネストリップから始まったのでした。




上の写真は帰りの飛行機から撮ったサンセットです。
下は始めの日の遅い日の出。朝11時近くだったな...



さて上の御言葉を読んでいて「命令」という言葉には「命」を含んでいる事に気づきました。 


 

 英語だとコマンドとかオーダー。
命と言う意味は含まれていないと思います。 



英語には苦労しますが漢字圏の国に産まれて良かったあ!

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