アラモアナショッピングセンターに用事で行くとついつい古本屋ブックオフにも行ってしまいます。
行ってしまうだけなら良いですがやはり買ってしまいます。先週、買ったのは1冊1ドルのこれ。
その中で「忘れ得ぬ人々」という文章に出会いました。感謝です。
忘れ得ぬ人びと
「嘘ばかりつくので、手を焼かされる子がいます。この子を殴って直してもいいでしょうか」
九州にある柏葉脳神経外科病院の精神保健科医長、村田忠良さんがお若い頃、児童施設の職員研修会に講師として招かれた。
東北と北海道の、身寄りがなかったり、不幸な生い立ちの子を預かる施設で働く人たちの研修会だ。
この質問が出たのは、その分科会でだった。
すると,やはり講師として出席していた木内藤三郎という神父が答えた。
「殴っちゃならん。お前はその子の親ではない。親なら殴っても良い。だが殴った後で親は、その子を抱いて寝るぞ」
木内神父はローマのグレゴリアン大学という、カトリックの聖職者になる為の大学で学んだ人だった。
札幌近郊の月形町に,精神に障害のある子供のための『雪の聖母園』を建てその園長をつとめていた。ぶっきらぼうに思えるほど飾らない人で、くどくどと説明するより、ずばり、とものを言った。
いつもの口調で神父は続けた。
「お前は夕方5時になったら施設から家へ帰ってしまうだろう。そんな奴が殴っちゃならん。私たちには,よその子を殴ってまで矯正する資格はないのだ」
分科会の場が、しん、と静まり返ったのを、村田さんは今でも覚えている。
「木内神父はガンでなくなりました。20年ほど前になります」
*
帯広、釧路など道東地区を担当する、ボナベントーラトヌッティーというイタリア人の神父がいて、村田さんの親しい友人だった。
「豪放磊落でね、マリア様の他にワインと子供が大好き。良寛和尚みたいな人でした」
教会の幼稚園に来なくなった子がいると、自分で迎えに行き
「さあ、幼稚園に行って、また神父さんと遊ぼう」と大きなお腹に載せて抱えて来る。
村田さんが札幌の聖母会天使病院に勤めていた頃、そのトヌッティー神父が内臓の病気で入院して来た。病室に見舞いに行くと、神父は声をひそめ、さも重大事のようにいう。
「村田さん、ドアを閉めて、こっちへ来て下さい」
「どうしたんですか?」
「しっ。ベッドの下にイタリア産のワインが隠してある。飲んで行って良いよ」
そんな人だった。
ワインを隠れ飲みしていたのがいけなかった訳でもないだろうが、神父さんの病状は好転せず、見る影もないほどやせ衰えて行った。
ある日村田さんが病院の廊下を通りかかると,ベンチに神父が力なく横になっている。
「神父さん、具合が悪いんですか?」
トヌッティー神父はそのままの姿勢で静かに言った。
「天国は近づいた」
余程気が滅入っている,力づけてあげなければ、と思った村田さんは,おどけた口調で言った。
「だめですよ。今行っても天国は満員だそうですから」
すると神父は応じた。
「増築したってさ」
その一言で、村田さんは何も言えなくなってしまった。
なんてすごいユーモアだろう
この人は,自分の死が近い事を知っている。知った上で尚、周囲を明るくするためのユーモアが口にできる。
「私はかがみ込み、神父さんと抱き合って泣きました。それから1ヶ月後にトヌッティー神父は天に召されました。」
上前淳一郎 「読むくすり」より抜粋