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歌舞伎やお芝居などに使う鬘(カツラ)。 この日本髪を結いあげる職業を、床山といいます。 私のピアノのお弟子さんの、ご祖父様ご夫妻が、この職業についておられました。 この方が教えてくれた話ではなく、否、私がドイツに留学する以前に、 歌舞伎関係か何かの雑誌で、読んだものですが、 お弟子さんになりたての見習いさん、最初はただじっと、師匠の髪結の様子を見せてもらうだけ。 いつになっても、師匠は教えてくれない。 しかも、髪結の最後、キメるところを見たくても、その段階になると、 「おい、ちょっと買い物に行って来てくれ」と師匠に頼まれ、 しかたなく出かけ、続きを見ようと急いで帰ってきたら、 既に髪は結い上がっていた。師匠はもういない。 また今日もダメだった。そしてそのお弟子さんは、師匠がいない隙に、 その鬘をそっと解いて、師匠の手順を確かめてみた…。 師匠の技を、このようにして「盗む」ことを試みた…。 そして、かの師匠は、その見習いさんの様子を、物陰から伺っていた…。 さすが日本的なお話だな、と思います。 何が日本的なのか、述べるのはなかなか難しい。 しかし、師匠が懇切丁寧に、弟子を教えるというものではなく、 突き離しても、かじりついてくる様子を確認する、というのは、 やはり日本的文化ではないか、と思います。 そんな文化にある日本における。ピアノ指導にも、そのような歴史があります。 時と場所は、私の留学時代に移ります。 ドイツの音大(大学院)で、第2ゼメスターに入っていた時、 何人かの伴奏や、ちょっとした室内楽を勉強させていただいていました。 この中で、私が一番長くお世話になった、ドイツ人のチェリストがあります。 先生からは、あまり相手にしてもらえず、ちょっと可哀想なところがありました。 それには、本人の力量不足もありますが、 何といっても、先生のルーズ過ぎる性格が、学生達の心をかき乱していたのでした。 レッスンが時間通りに始まらないのは良い方で、すっぽかしが多かったのと、 やたらとグループレッスンをして、自分のコメントより学生のディスカッションに任せすぎたり、 たまに個人レッスンをしていても、途中で「御用で」中座することも多かった。 この学生、何も身にならないことを焦り、 しょっちゅう「試演会」をやっては、友達のコメントを仰いでいました。 勿論、ピアノの先生のレッスンも何回も受けます。 (日本と違って、時間が合えば、先生はいくらでもレッスンしてくれます。 もともとの報酬が良いのでしょう) それでもやはり、音楽表現を思い通りにする手段たる、肝心のチェロのレッスンがまずいので、 どんなことをしても、何の手ごたえも残らないのでした。 ショスタコーヴィチのチェロソナタ、ブラームスのチェロソナタ第1番、 そしてお決まりの、ハイドンの協奏曲。 私は、ほかの学生の相手もしていたので、彼女の悩みに100%浸かることができません。 ましてや、言葉の壁。私が慰められ、助けられるのではない時、 私が彼女に、言葉で応えるのは、非常に難しかったのでした。 「まゆゆ、教授は何も言わない。何も教えない。私はどうしたらいいというの」 もっとはっきりと教えてください、と言えば良い、というのは、ドイツ人には野暮。 ドイツ人は、そんなことはとっくにやっておりますから。 自分が納得いくまで、先生を質問攻めにするのが、当たり前の世界です。 それは、はっきり言って「理詰め」の世界です。 私は、答えに窮します。 先生が、自ら弾くサンプルから、手の動き、勢い、感情表出を盗み取って、 自分のものに消化することは、試みたことがあるのか、と尋ねてみます。 言葉で教われないなら、盗むしかないだろう。 その時、私の頭に浮かんだのが、冒頭の床山さんのお話でした。 一応、それも説明に含めて、つたないドイツ語で話しました。 その結果ですが、 「…盗むって何?どうしてそんなことを?私は教えてほしいのよ。だってレッスンなのよ」 という答えでした。 ドイツと日本の、決定的な、観念の違いを知りました。 自分が言った分しか、ドイツ人は理解しようとしないのか? 言葉の裏に、何が隠れているのか、読みとってはくれないのか? 日本人は、わざわざ言葉に含みを持たせることがあるけれど…。 転じて、自分の考えを、言葉にし尽くせないものは、評価されないということ? これは、先のチェロの先生にも当てはまり、 そして、語学の壁にぶち当たっていた、私にも当てはまるということ? 私にとって、語学力不足はもちろんですが、 やはり、性格的に、ストレートに物事を言うことができないことは、 大きくて、分厚い壁となっていましたが、 その後、おそらく帰国するまで、 その壁にぶち当たっては、弾き返される繰り返しだったような気がします。 …尤も、ドイツ人にも、私が言葉にできなかった部分を、奇麗に補ってくれる人たちもありました。 会話で、私が簡易な単語で、ようやく20秒くらいしゃべることのできた、自分の意見が、 そのあと、15分もかけて引き伸ばされて、私の思い通りに発展したこともありました。 そんなとき、すごく励みになりました。私の思いの断片も、育ててもらえるなんて、 あながち、私も間違ったことを言っていなかったんだな、と。 海外滞在は、挫折と感動の繰り返しでした。
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伝統的徒弟制度、丁稚奉公、見習いとか住み込みの内弟子で、レッスン料は取られておらず、逆に居候させてもらっているとか小遣い程度の給料を貰っている、といったケースだと師匠の芸を「盗む」ことになると思います。現在の実際の師弟・雇用関係はさまざまとは思いますが。
このチェリストの「私は教えてほしいのよ。だってレッスンなのよ」
というのは「お金をはらっているのよ」ということでしょうね。
私の誤解かもしれませんが、ほかの生徒さんも同じようでしたか?
2008/1/15(火) 午前 1:17 [ jack_violin ]
Jackさん、ドイツにもマイスター制度があり、かなり昔から、専門職は師匠(マイスター)について習い、若干の給料をもらいます。シューベルトの「美しき水車屋の娘」も、若者が旅をしながら、水車屋(粉ひき)の師匠を探し、ここぞと決めたマイスターの家で、そこの娘に恋をして…という内容です。ドイツの代表的なマイスターの例には、木彫り職人、陶磁器、菓子など挙げられます。
そして、ドイツの大学の学費は無料なのです。私の住んでいたところでは、14ゼメスター以上在籍すると、在籍料をとられるようになりましたが、日本よりもずっと安価でした。
但し、Jackさんの綴られたとおり、ドイツ人のほうが日本人よりも、おカネに関してはシビアな考え方をしていると思います。しかし今の日本も、次第に似てきたような気もします。先だって、母校の学生が、登校したら休講だったので、事務室に行って、自分の交通費を請求したそうです。ドイツでも起こりうるお話ですが、ドイツの場合、事務室側はこの要求には頑として譲らないことが想像できますが、日本だと、うろたえてしまうかもしれませんね。お話が逸れてしまいましたが…。
2008/1/16(水) 午前 2:01
ドイツの音大は学費無料だったのですね。でもtime is moneyだから、そのチェリストはお金を払ってでも他の先生に就いたり、演奏会を聴きに行って盗んでくるべきだったですね。
休講で交通費を支払っていたら経営がなりたたないと思いますが。補講の交通費まで請求しそうですね。そんな生徒が増えてきたら「通学費はいかなる場合でも学生負担」と校則に明記しないと(笑)。
2008/1/18(金) 午前 1:33 [ jack_violin ]
Jackさん、それが…この本人は、在学中にアメリカに留学します。そしてドイツに戻った時には、立派に生まれ変わっていました。しかも留学先で、私の日本での大学の友人と知り合い…いずれ記事にしますね。
しかしまぁ、苦情社会になりつつある日本、あきれちゃいますよねぇ。米国でも、そんな事例がありますか??
2008/1/18(金) 午前 2:07
アメリカに留学ですか。やっぱりお金を掛けましたか(笑)。続編を楽しみにしています。
まゆゆさんの記事にトラックバックさせて頂き、米国での事例を記事にしました。
2008/1/19(土) 午前 3:21 [ jack_violin ]
Jackさん、どうも有難うございます!
拝見いたしました。その事例は結構度を超えていますよ(笑)。
またトラックバック元は、この記事ではなくて、私達のやりとりですね。ふふふ。
2008/1/20(日) 午前 2:26