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ケーテンの宮殿に陳列されていた楽器や楽譜は、想像以上に複製が多かったことに、
ちょっと残念な思いを抱きましたが、ケーテンの歴史や財政を考えれば、無理もないことなのでしょう。
それでも、バッハがお仕えしていた場所に立ち寄り、時空間のイメージを作れたことは、
自分にとって、よい収穫となりました。
続いて、ケーテンの市街地の教会を回りました。
市場の立つ広場に、どーんとそびえている古い教会。
これが、カルヴァン派の聖ヤコブ教会。
バッハがお仕えした、レオポルト侯が眠っています。
アングルが悪くて申し訳ありません。
角度を変えて、二本の塔を仰ぎます。
この町にしては、大きく高く感じました。
まるでカトリック教会のような、威厳のある雰囲気に飲まれます。
建築は1395年に始まったとのことです。
とすると、建築当初は、カトリック教会だったんだな、と気付きます。
カトリックから分離して、宗教改革が起こったのは16世紀ですから。
手元のガイドによると、一度1599年に塔が基盤の不良で倒壊し、
隣接する学校も崩壊したとか。
何にしても、雨風に耐え、風化した様子がわかります。 中に入ろうと、ドアに手をかけたところ、近くを歩いていた人々が、
それこそ老婦人とか、若い女性とか、子供とか、
入口はあっちだよー、そこ曲がったところのドアだよー、と大声で教えてくれました。
この画像のドアではなかったのであります。 教えられたドアを開け、中に入ると、ラフな感じの係員さんが出てきます。
いわゆる見張りですが、親切でした。
写真を撮るなら、フラッシュなしで、と言われました。
目に飛び込んでくるのは、このステンドグラス。
聖人を仰ぎ見ます。
望遠で。
後ろには、オルガンが。
実際に音を聴きたいものです。
この聖ヤコブ教会の地下に、レオポルト侯の棺があります。
拝めますか、と訊きましたが、月に一度だけ公開するので、とのことで、
今回は叶いませんでした。
プロテスタントの教会としては珍しく、非常に威厳のある雰囲気を感じました。
このカルヴァン派の教会、および付随する学校などを、レオポルト侯は管理し、
バッハが信じたルター派のほうの教会、学校には、お金が回らなかった、と聞きました。
この教会の塔は、今回、町中を歩くときの目印になりましたが、
当時であれば、その存在は町のシンボルとして、もっと目立ったものだったでしょう。
カルヴァン派は、商人に信仰される傾向があったとも聞きましたので、
当時の聖ヤコブ教会は、レオポルト侯、商人たちの、富の象徴のような存在だったのかも、と思いました。
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