|
花火大会に行ったこと まゆ山 まゆゆ 花火大会を見に行きました。 きょ年は、台風で1日のびてしまいましたが、 ことしはだいじょうぶでした。 海岸まで、家からあるいて30分くらいですが、 ゆっくり45分かけて行きました。 家から、むぎ茶とおにぎり、とりの唐あげ、えだ豆を持っていきました。 海岸までの道では、酒屋さんも八百屋さんも、 手作りのやきそばとか、おにぎりを、 また、ようふく屋さんまでが、アイスクリームを売ってました。 海岸が近くなって、あるいている人が、どんどんふえていきました。 海岸には、花火大会の30分前につきました。 たくさんの人が来ているな、と思いました。 でも、砂浜は広いので、場所とりはぜんぜん困らなかったです。 砂浜にシートをしいて、サンダルをぬいで、 足をのばして、持ってきたおにぎりを食べながら、 花火の時間を待ちました。 まわりの人たちも、のんだり食べたりしていました。 ねそべっている人もいました。 あたりはだんだん暗くなり、波のおとがザザアーッと聞こえて、 ちょっとこわかったです。 すぐに大きなのが、ドーンドーンと上がりはじめました。 まるいお花のような花火、 上のほうから下へ、線をかいて、しだれやなぎみたいになる花火、 それから、ハート型、星じるし型、わくせい型、キノコ型の花火もありました。 私はまるい花火がすきなので、だいじょうぶでした。 砂浜にすわったので、水上のしかけ花火がぜんぶ見えました。 いっぺんにたくさんの花火が上がると、まわりの人たちが声をあげました。 ピーピーと、くちぶえをふく人もいました。 あっという間の1時間でした。 さいごに、終わりの合図の花火が上がり、みんなで拍手しました。 帰り道、お母さんがソフトクリームを買って、お父さんと食べていました。 私は、残ったむぎ茶を、大人がビールをがぶ飲みするみたいに、 おなかに流しこみながら、ゆっくり歩きました。 家のげんかんで、足やうでに、思ったよりもたくさん、砂がついていたのが分かり、 タオルで砂をはたき落としてから、家の中に入りました。 おわり
|
さくぶん
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
畑をかりたこと まゆ山 まゆゆ わたしのおとうさんと、おかあさんは、 ずっと学校の先生をしていました。 2人とも、ていねんたいしょくしました。 おとうさんのほうが、おかあさんより、 4年はやくたいしょくしています。 わたしのおとうさんは、社会科の先生で、 おとうさんが教えた生徒さんにも、あとで社会科の先生になった、という人がいます。 その人は、りっぱな先生になりたい、とがんばったそうです。 でも、50さいになって、 心がかなしくなってしまったそうです。 いっしょうけんめい、若いせいとさんたちのためにがんばっても、 こころがつたわらなくて、かなしい、と思うようになったそうです。 なので、ていねんになる前に、学校の先生をやめてしまいました。 でも、このあいだ、わたしのおとうさんが、ひさしぶりにその人に会ったら、 いま、土地をかりて、元気に畑をたがやして、 やさいをつくっている、と言っていたそうです。 その土地をかしてくれる人は、 なんとわたしのおかあさんが、むかし教えた、生徒さんでした。 そしてその、土地をかしてくれている生徒さんも、学校の先生になっていたのです。 ここのおうちは、代々が農家だったそうです。 みんなで、すごいね、すごいね、とおどろいたそうです。 わたしのおとうさん、おかあさんも、 この農家のおうちの先生から、土地をかりて、畑をたがやすことにしました。 その先生は「土地は、ただでかしてあげるよ」と言ってくれました。 その土地は、うちから車で20ぷんくらいのところにあります。 おとうさんたちは、いろいろな野菜のたねや、なえきをかってきて、 まいにち、畑にかよって、いっしょうけんめいはたらいています。 虫のたいじもします。草むしりもしています。 まいにち、こしがいたくなるそうです。でも、とても楽しそうです。 わたしは、おしごとがあるので、ぜんぜんてつだうことができません。 なので、もしお野菜がきちんとできたら、たくさんたくさんたべて、 おとうさん、おかあさんを、よろこばせてあげようと思います。 おわり またまた「三十路女のさくぶんシリーズ」です。 畑仕事は大変です。農家の方々の仕事は大変です。
両親の場合、本職でないから、楽しくやれるのでしょうか。 母の教え子さんだった、この畑の持ち主さんも、学校の教師さんでしたが、 先代が亡くなり、ご本人も奥様も教師で、後を継いでいないので、 持っている土地すべてを畑にするのは大変。 かといって、土地を「遊ばせて」おくと、抜き打ち調査で「宅地」とみなされて、 たくさん税金がかかってしまうのだ、ということです。 私の両親のように、だれかに畑として使っていただいてもらえば、ご本人も助かる。 私の両親も、タダで土地を借りて、十分に楽しめる。 お互いがお互いを助ける結果となるわけです。 現在、両親共々、畑が中心の生活をしています。 退職後、いまが一番楽しそうです。 例によって、私は手伝いが叶わず、蚊帳の外におります。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
あたらしいけど 古いじどう車 まゆ山 まゆゆ この間、うちでは、今まで乗っていたじどう車を売って、 中古の軽じどう車にかえました。 うちでは、おとうさんと、おかあさんが、運転めんきょ証をもっていますが、 わたしはめんきょがありません。 なので、わたしはじどう車のことがよくわかりません。 おとうさんが言うには、ほけんが安くなるとか、ぜいきんが安くなるとかで、 おかあさんは、こうそく道路の通行りょう金が安くなる、とよろこんでいます。 ところで、わたしのおかあさんは、「オートマ」を運転したことがありませんでした。 これまでずっと、「ミッション」を運転していたのです。 わたしは運転できませんが、 じどう車のレバーがガコガコ動くところを、見るのがすきでした。 こんど買った中古の軽じどう車は、「オートマ」です。 おとうさんは、仕ごとでオートマを運転したことがあるので、平気でしたが、 おかあさんは、じどう車やさんの広場で「しうんてん」をしたとき、 キャーキャー大声をあげたり、ひゃあひゃあ笑ったりして、 それからお店のひとまで、いっしょに笑ったりして、とてもたいへんでした。 一しゅう間で、おかあさんも「オートマ」になれたみたいです。 わたしも、運転めんきょ証がほしいな、とおもいます。 そのために、じどう車学校に行けるよう、そしてほけんをはらえるよう、 がんばって、たくさんお金をためたいとおもいます。 おわり いまどき、非常に珍しく、我が家ではずっとマニュアル車に乗っていたのでした。
私は助手席に乗ると、運転席の父の合図で、ギアチェンジをやらせてもらったことも。 そういうことは、母は絶対にさせてくれませんでした。当然ですよね。 果たして、いまだに運転免許証のない私。 金銭的に、そんな余裕がありません。 楽譜、楽器のメンテ、研究の書籍、メディア資料、 そして海外のマスタークラスの参加費用すら払えないのに。 そういえば洋服も全然買ってない。くすん。 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
ピアノサロンでの練習 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
|
おはかまいり せんしゅうの水ようびに、おとうさんと、おかあさんと、わたしとで、 車にのって、おはかまいりに行きました。 いくときは、おかあさんが運転してくれました。 とちゅうで、おにぎりを7こと、あんぱんを1こ買いました。 そして、霊園につきました。 ちゅうしゃじょうの入口に、おじさんが3人いました。 ひとりのおじさんが「きょうはれいえんはお休みです」といいました。 わたしたちはびっくりしましたが、おじさんがお花とお線香を売ってくれました。 れいえんは、おはかの団地みたいなところです。 おはかは、全部おなじかたちです。 なので、うちのおばあちゃんのおはかを見つけるのが、すごくむずかしいです。 うちのおはかの住所は、第11区254番(注:もちろん仮です)ですが、 そのばしょに車で行くのに、いつもれいえんの中で道がわからなくなります。 一方通行とかもあって、たいへんです。 でも、このときは、いつもよりはやくわかりました。 それで、おはかをおそうじしようとおもい、おけとひしゃくと、たわしをとりに行きました。 でも、たわしはひとつもありませんでした。 クロスもうちから持っていっていませんでしたから、 しかたなく、おみずだけで、おはかのそうじをしました。 お花をあげて、お線香をあげて、手をあわせて、おばあちゃんに心でおはなししました。 おとうさんと、おかあさんを見守っててください。 おにいちゃんと、そのおくさん(おねえちゃんのこと)を見守っててください。 まゆゆのことも、よろしくね。 世界から、せんそうがなくなりますように。 まずしい人も、しあわせになれますように。 じぶんにとって、つごうのいいことばっかり、おねがいしてしまいました。 それで、れいえんのちゅうしゃじょうで、車のドアをあけて、 車の中でおにぎりを食べました。 そのあと、あるちいさな村をたずねました。 こんどは、おとうさんがうんてんしました。 わたしは、車がすきではないので、 車のうしろのせきで、いつも横になっています。 そして、その村につきました。 ぶどうや、ももがたくさん売られていました。 おかあさんは「ぶどうは高いね」といって、買うのをあきらめました。 でも、デラウェアというしゅるいのぶどうが、大安売りだったので、 一箱2キロ入りのを買いました。 ももは、規格外というものを、すごく安くしてもらい、10個買いました。 じつはわたしが、「べんきょうしてください」と言ったのです。 安くしてもらったのに、わたしはおかあさんに、おこられてしまいました。 その村から、わたしたちの家までは、すごく遠いのですが、 こんどは、おかあさんがうんてんしました。 わたしは、また横になって、こんどはねむってしまいました。 とちゅう、はげしい雨にあったそうですが、気がつきませんでした。 目をさますと、外はもうくらくなっていましたが、 まだ家についていなくて、道路じゅうたいの中にいました。 おかあさんは「うんてんは、じゅうたいだと飽きるわ」といっていました。 そして、思ったよりずっと遅くに、家につきました。 わたしは、うんてんめんきょをもっていないので、 ちっともお手伝いできませんでした。 なので、きちがいのように、たくさん買いこんだくだものを、 いっしょうけんめい、家の中に運びました。 おわり ※注釈 そう。霊園に休園日があることを、すっかり忘れていたのでした。 またここでは、すべての墓石が規格で同じ形をしているので、 自分の家の墓を探すのが、結構大変です。 すべてのお墓に、上記の住所がついていますが、 とにかく広い霊園なので、いくら度々行くとしても、 目をつむってでもわかる、というわけにはいかないのでした。 肉親の死を眼前にすると、その後の墓参りの心境は変わります。 本当に、その本人と対話をするようになりました。 ところで、私は自動車の運転免許を所持していません。 また、自家用車での移動は、体が固まりそうで、基本的に好きではないのです。 「疲れたでしょ。運転代わろうか」と、両親がお互いに助け合う中、 私は完全に、後部座席をベッド代わりにして、勝手にぐうぐう寝ています。 お手伝いといえば、前の座席から「おやつ!」と声がかかったとき、 後ろからおやつをパスする係です。 嗚呼、なさけなや。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
全1ページ
[1]







