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先月末に、リサイタルを終えました。
その二週間後は、自分のクラスのおさらい会。
リサイタル翌日から、おさらい会に向けて、普通のサイクルで仕事です。
リサイタルの事後処理が、まだ終わっていません。
おさらい会のほうは、リサイタル前に、最低限の準備はしておきましたが、
やはりおさらい会間際でないとできない仕事もあり、また休みの日もなく、
おさらい会前日は、普通の仕事で21時に帰宅したのち、
深夜3時まで起きて、印刷や持ち物の準備。
おさらい会のあと、録音や画像のデータ処理に追われ、
加えて今時は、確定申告の書類整理もあり、
とにかく2月はフリーの日が一日も無く、今日に至りました。
2月は忙しい。はーひー。
確定申告、書類に印鑑を押すときの気持ち。
印鑑を押すのって、こわいです。
これで、自分のしたことに責任を持たねばならい、ということ。
ブログのアップの決定ボタンをクリックするのも、実はこわいのですが。
このページにアクセスしてくださる方々は、極めて限定的だと思いますが、
それでも、無防備にネットに表れるもので、
なおかつ、これには「校正」という作業が無いから、変なことを書いて、そのまま世界中に露呈。
……。
ブログという性質に免じて、お許しくださいませ。
とにかく、忙しかった2月も、終ろうとしています。
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雑談もします
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まゆゆとて、音楽のことばかり考えているわけではありません。
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私としては、珍しい話題だと思います。
今月の話です。
師走の始め、駅デパで両親と買い物をし、福引券を四枚ゲット。
母二枚、父と私が一枚ずつを手に、福引会場へ。
会場には、クラッカーとクッキーの箱が、いっぱい陳列されています。
他に何が当たるのか、特に興味も無いまま、三人それぞれが、画面のアイコンをタッチ。
母と私はティッシュをゲット(参加賞)。
父は、ティッシュのひとつ上の賞が当たり、クラッカーかクッキーかを選ばされていました。
結局、クッキーを戴きました。
【その2】
感染性胃腸炎から立ち直り、母と二人で食料品を買い、福引券をゲット。
更に、見知らぬ方々が福引補助券をくださり、結構な回数分の福引券を入手。
母六回分、私五回分に分け、福引会場へ。
ハンドルを回すと、色のついた玉ころが出てきます。
母はティッシュ六つゲット。私はティッシュ二つと、アルミホイルを三つ頂戴しました。
ここの福引の特賞は、ファンヒーター。
帰りのエレベーターで、知らない人同士で、
ファンヒーターが欲しかったなあ、と言って笑いました。
【その3】
再び駅デパ。今度は私ひとり。
本屋で、来年の手帳やカレンダー、本などを買い、福引券を一枚ゲット。
たった一枚の福引券を握りしめ、福引会場へ。
この日は福引の最終日。長蛇の列の最後尾に並びます。
会場には、例のクラッカーとクッキーがいっぱい陳列されています。
前回はクッキーだったから、今度当たったらクラッカーにしよう、なんて考えているうちに、
私の番になり、係員さんに「一回」と念を押され、画面のアイコンをひとつタッチ。
「…おめでとうございます!特賞です」
係員さん絶叫。
そして、「あ、そうだ」と、手元の鐘をガランガランと鳴らしました。
私は、何が何だかわからないまま、カウンターに誘導されていきました。
カウンターで戴いた特賞は、ギフトカタログ。桐箱に入っていました。
高級旅館の宿泊、高級食材、高級電化製品などが掲載されていました。
担当の人からは、一年以内に、いずれかを注文してください、
じっくり考えて、楽しく悩んでください、と言われました。
唖然呆然…。
これまで、幾度となく福引の機会にあずかりました。
ものすごく印象に残っているのは、自分が小学生時代の商店会の福引。
空くじ無しで賞金が貰え、末等で20円でした。
そこで二等賞が当たり、500円札を貰いました。
お小遣を貰う前のことでしたので、それは宝物のように感じられました。
暫くは、使わずに眺めていたものでした。
結局、何かに使ったのですが、何を買ったのかは憶えていません。
自分の努力ではどうしようもない、運。
普段、一生懸命に生きて、
一方で、運に夢を託して生きるのも、人間の性なんだよな、と思いながら、
またカタログのページを繰ります。
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今年も、両親は「第九」の市民合唱団に参加し、
本番では元気に歌いきることができました。
尤も、父は周りより遅れてフレーズに入るところもありましたが、
それでも、背筋を伸ばして、よく歌ったと思いました。
来年も、たぶん参加することでしょう。健康さえ問題なければ。
この年齢になると、一年先のことが分かりません。
また来年も、ステージ上の二人を見ることができたら、と思います。
二人とも、基本的に「打ち上げ」は好みませんが、
第九のあとの打ち上げは必ず参加して、
ソリスト達のサインを、しっかりもらってきます。
しかし今回は、食べ物の量が減った、おなかすいた、と言いながら帰ってきました。
そして、その夜。
母がいきなり嘔吐を始めました。
翌日の夜から、父も私も嘔吐を始めました。
水を口にしては吐き、飴を舐めては吐き。
そして、まるで尿のような水溶性の下痢。
そして私だけ、39度の高熱。
一週間、床に伏していました。
久しぶりにピアノを弾いたところ、
指で鍵盤を押すという行為が、非常に重たく感じられました。
旅行でお休みした後の感触より、ずっとずっと重たかったです。
あと数日で、コンサートがあります。
歌曲伴奏。シューベルトの「魔王」があります。
周りの方々は「おとーさん、おとーさん♪ってやつでしょ」と言います。
確かにその通りです。でもドイツ語だよ。
柚子をたくさんもらったとのことで、
冬至の前後から、連日柚子湯につかるという贅沢に慰められ、
何事もないクリスマスイブを過ごします。
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その国には、その時期にしか食べられないものがあって、
海外で日本を懐かしく思った食べ物は、夏の梨、秋の柿でした。
梨といえば、ヨーロッパは西洋梨で、それはそれで美味しいし、
日本で売られている西洋梨に比べれば、日常の食品の感覚で買える安価なものでした。
けれども、何というか、日本の梨の、あそこまでジューシーな果実…
この甘いおつゆを頂けるなんて素敵、と思います。
で、今の時期、柿です。
柿そのものが、ヨーロッパには少ない。
留学中は、柿に飢えておりました。
今では、キログラム単位で、規格外の傷モノの柿を買っています。
原種の渋い柿を甘くした人に感謝です。
渋い柿は、つるして干し柿に。思いついた人に感謝です。
緑茶にも、作る国の個性がありますが、やっぱり日本の緑茶でしょ、と思います。
緑の若々しい葉の香を楽しむとか、もう少し育って力強くなった葉の味を楽しむとか、
西洋みたいにレモンもバニラも砂糖も入れないで、純粋に茶葉の香を楽しむ。最高です。
私が無性に味わいたい、ドイツにしか無いもの。
9月から10月にかけて出回る、新ワイン。
発酵途中のワインを飲んでしまうのです。
発酵途中ということで、瓶にふたをしないで売られます。
瓶のなかで、泡を出して発酵が進んでいるのを見ることができます。
発酵が進んだものは、それなりのにおいがします。
あまり進んでいないものは、ぶどうジュースの味わいです。
これは、どんな手段をもってしても、空輸は不可能。あちらに行かないと飲めません。
その時期に、そちらに行くことは、仕事の都合上ぜったいに無理なのです。
だから、余計に欲しくなる。
この味、日本でもぜったいウケると思うのです。
もっとポピュラーになって、安価で日本で頂ける時が来ますように、と祈ります。
そろそろクリスマス市が並ぶ頃。ぐっと冷え込んだ町で、焼き栗の屋台が出て、
寒い空気に白い湯気が立って、ほっこりした気持ちになる…と思っていましたが、
昨夜のドイツの知人との国際電話では、「妙に暖かい日々」と聞きました。気分が出ないね。
8月後半から、社会情勢が悲劇的に混迷し、人々の心が落ち着かない、と言っていました。
ドイツでは連日、パリの同時多発テロの話が、ニュースの大半を占めるようで、
日本では、まだ対岸の火事を眺めている感じですが、やはり不穏な空気が漂っている気がします。
殺戮はやめてほしい。殺戮を止めるための殺戮も。本当にやめてほしい。
目の前にある柿を眺められることに感謝して、
新ワインに憧れを抱いて、
今を生きていることに感謝して、
まず柿を食べて、仕事に励みます。
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台所仕事で、包丁が葱を滑り、私の指の爪にグサリ。
…という程でもなかったのですが、爪に大きな傷ができました。
爪は少しグラグラしていて、ここで折れたら大変。
髪の毛が傷に入ったら、これまた大変。
絆創膏したら、ピアノが弾けない。
演奏会まで、あと一ヶ月を切っている。どうしよう。
と悩んで、その爪にだけ、ベースコートを塗ることにしました。
ドラッグストアで、店員さんに勧められたのが、これまた薄ピンク色のもの。
塗ってみたら、爪のくせに、カバーされた感触が指におこり、気持ち悪い。
でも、髪の毛が引っ掛かるよりはマシだろう、と自分を納得させます。
左手の一本の指だけ、ピカピカしています。
下から爪が上がって、この傷がなくなるまで、どれだけかかるだろう。
演奏会までには、間に合いそうにありません。
爪が完全に生え変わるのに、半年くらいかかるとすれば、三ヶ月は我慢を強いられそうです。
でも、ともあれ流血沙汰にならずに済んで、よかったと思います。
余ったベースコートをどうしよう。
職業柄、手の爪塗り続けることは無いので、足の爪にでも塗るか。
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