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とにかく、準備は大変だった。
比較的メジャーなコンサートだったので、責任感もあった。
仕事が多い日は、夜に1時間しか弾けなかった。眠気と疲労との闘いだった。
一日の練習で、コンサートの全曲を回すのは、不可能だった。
表現の組み立てを考える時間は、なかなか取れなかった。
曲の構成を見て、楽譜に印をつけるのは、真夜中だった。
魚に、頭、胴、尾がある如く、最初から最後まできちんと通して弾けるだろうか、
本当に確証が持てないまま、本番の日に向かって時が流れた。
しかし、そんな状態でも、どの部分が何故合わせにくいのか、ということのチェックは、
だいたい出来て、共演のシミュレーションができる程度にはなった。
デュオの相手は、「絹の音色」と言われるオーケストラのチェリストだった。
高音域の技術が素晴らしかった。正確な音程で、楽器が泣いていた。
ご本人も、オーケストラの仕事が忙しく、自分の練習が充分にできないらしいのだが、
それでも、ごまかす、適当に流す、ということの無い、真面目で謙虚な人だった。
合わせ稽古で、合わせにくい箇所は、何回もやってもらった。
私が、テンポが走るところは、徹底して直してくれた。
もっと稽古したかったが、時間が無く、
それでも、スタジオを延長して借りて合わせたりした。
合わせると、これまで一人で練習していた音楽とは違う流れになる。
それで、かなり楽になることもあるが、逆に大変になることもある。
最終的には、運を天に任せることになる。
当日、リハーサルの段階で、お互いとも緊張気味だった。
相手は、経験豊富とはいえ、ご本人が初めて舞台に乗せる大曲があり、
リラックスした状態とは、とても言えないリハーサルだった。
本番も、必死だった。運を天に任せて、相手を必死で聞き、必死で弾いた。
一曲一曲終わるごとに、ホッとして、二人で毎回握手をした。
もう、訳が分からないまま、コンサートは進んだ。
私が崩壊した時、相手はどんどん進んでくれた。
同じように、相手が崩壊した時は、私がどんどん進んだ。止まらせてはいけなかった。
そして、コンサートは、終わるべくして終わった。
相手は大ベテランだったが、冷静ではなかった。熱かった。
絹の音色を出す楽器が、歌い、吠え、泣いているようだった。
私のような弱小ピアニストに、本当に良くして下さった。
威厳を保つなどという態度の全く無い、本当に良い人だった。
ひたすら感謝している。
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