korya_kan的妄想録

ごく普通の大和人が、日常生活や世の中の不条理な出来事にこりゃーかん(これはいかん)と呟いたり妄想を暴走させたりするブログです。

我が家の出来事

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初めて一ヶ月。このところすっかり日課となったジョギング。

川の土堤沿い、片側に田園風景が広がる中、マイペースで走る約30分のコース。

以前はランナーを自負していましたが、何年かのブランク後のため

再開当初は10分がいいところでしたが、徐々に距離を伸ばし今は約30分。

ゆっくりと、周りの景色を楽しみながら走ります。

全身に酸素を取り込み(いわゆるエアロビクス?)持続的に運動することは、

今更ながらですが肉体的にも精神的にもに積極的な変化をもたらすものですね。


今日は次男の誕生会をやるという事で約一ヶ月ぶりに今年高1になった娘がやってきます。

駅で待ち合わせの約束だったが、携帯をマナーモードにしていたため着信を気付かず

15分ほど待たせてしまったため、少しむくれています。

「だから、ゴメンナって言ってるだろう、弓道部がんばっとるか」

「うん、がんばってるよ」

「前よりは走れるようになったし、筋トレしてるし」

「それよりお父さん・・・・何か運動やってる?」

ええ??娘には何も言っていないはず。何で判るんだ?

たった一ヶ月だけど、一目で判る位にそんなに劇的に雰囲気が変わった?

女の勘か?ムスメもそんなにオンナ(恐ろしい魔物)になったのか??

「ああ、ちょっと、また走るようになったんだけど・・」

「な・・・なんで判った??」

「お父さんのふくらはぎ、前はトローンだったけど、今はコキンとなってるからw」

「・・・・・・・・・・」

ムスメは・・・少し××な、筋肉フェチでした。。

引越し顛末記

青い空と大地が一体になったような田植え前の満々と水を湛えた一面に広がる田園風景の中。
5月の爽やかな風が水面をさざめかせ、上気した私たちの頬を冷却するかのように車窓より降り注ぐ。


私たちは引越しの荷物を待つため、新しい引越し先に向かっていた。
そこはこれまでの、徒歩でほとんどの用が足りる中都市の暮らすには便利のよい「町」ではなく、
びっくりするくらい周りに何もない、いやいや、田んぼと畑と少しの住居しかない場所に立った公営住宅。

私たちはこれから始まる修羅場を知りもせず、いや、心の奥底では多少(?)の予感はあったのかも。
荷物は20年近く暮らした4LDKのマンションの5人分のうち3人分。
理論的に考えて、人一倍物持ちの二人分が減れば2DKの公営住宅とはいえ何とか収まるはず。
・・・そういえば引っ越しの営業さんが『極力いらない荷物は引っ越しの期日までには処分しておいたほうが良いですよ』と仰っていたような・・・

・・・・待てど暮らせど来ない。午前中には一箇所に降ろし終わり、こちらに到着するはずが、何の連絡もなく来ない。昼に到着したエアコンを装着していただくはずの業者さんも、後日改めてということに。
いい加減待ちくたびれた14時過ぎころやっと荷物が到着。

最初は家具を指定の場所に設置していただき、少し予定通り行かないことはあったものの取り敢えず
荷物の搬入。こちらの部屋から運んでいきますね、と子供の部屋にどんどん荷物を運び始める。
程なくそこもいっぱいになりリビング、和室へ。最初は種類ごとに分けてもらっていたものの
もうそんな状況ではなく、この2部屋は立錐の余地もなくなり、遂にはベランダに・・・

ベランダに荷物がぎっしり積まれた所で何とか終了――――
時間は午後の10時をまわっていました・・・

責任者の方、作業員の方々にお礼を言い取り敢えず終了

さて今日どこで寝よう、、、、と室内を見ても、そこには、高く積み上げられたダンボールの山山山。

3人が布団を敷いて寝る場所は皆無でした・・・

「仕方がない、、帰るか・・・」

というわけで、元のマンションに布団を持って帰り寝ました・・・・(あほや)



こうした状況が数日続きます。その間、新居のダンボールを少しずつ処理し、寝場所だけは何とか確保
できる状態に。

現在、かなり人間が住める状態に近づきつつありますが、今なおベランダとリビングにはダンボールの
山が高く積み上げられています。。。

こうなってしまった要因としては、実家の処分しきれない荷物。自分のつもりに積ったモノ。
3人の子供の生まれてから今までの衣類等々の思い出の品。元ヨメの紛れ込んだモノ(これがおおい!)

今は、「必要なもの」「それ以外」の仕分けの日々です。

モノを処分するにもお金がかかる時代。捨てることは以前に比べより労力が必要となりました。
汗水たらして働いたお金で買った品物、と思うとまだ使える(と思われるものを)捨てることは抵抗があります。しかしながら、悲しいことに今、物の価値は無(またはマイナス)に等しいものになってしまっています。


総括としては、

『快適な生活のためには必要な物以外は捨てる!!』

ってことですか。

(世間では当たり前?  今気がついたんだかららしゃーないべ(汗汗汗) )

次の住みかも決まったので今月中に引っ越さねばなりません。
この20数年間の積もりに積もったモノ―家族(約一名を除く)皆、貧乏性で物を捨てられない性格(汗
+親の残したモノで、エアコン2台、仏壇もあり、しかも2箇所積みの2箇所降ろし。とても個人の手に負えるような物量ではなく業者に頼むことに。

ネットで検索すると、最初のところに各社の見積もりが取れると言う項目を発見。
さっそく記入し軽い気持ちで見積もりスタートをクリックした、とたん、引越し業者からのメールの雨アラシ!
一時した後、見積もりのアポのtelが何社からもあり、考えてみれば当然なのだが、改めて
『いんたあねっと』と言うものは凄いものだなあ、長生きはするものじゃ、、などと感心しました。
(いや、、そこまで年寄りではない・・??ですけど。)

その日の夕方、最初の見積もりの約束をした業界大手のS社の営業さんが来訪。
手土産に米1キロを貰う。―これは、断りづらくする作戦に違いない!w
一通り荷物の説明をしさっそく見積もり額の提示。
「当社のお勧めのプランとしましては、お客様の便宜を考え荷造り込みのこのプランを、」

提示された電卓の数字を見ると2×万円の数字が。
こ、これは、予想をはるかに上回る金額。いくらなんでもこれは出せない。
こちらの顔色が変わるのを見て取ったのか、営業マン電卓をはじきなおす。

こちらはそんなつもりはなかったんだけど、他業者のメモがテーブルの上にあったのを発見されたりで、
「これはプレッシャーですね。私も一応営業マンなんで、最初は(なんだらかんだら)だけど、ここは一つ思い切って」
とかなんとか言いながら、いきなり5万円ほどの値引き。

「ウチも金銭的に余裕がないんで、荷造りはこちらでやりますから」
「私が学生時代アルバイトをしたA社は残業代をまともに払わなかったから絶対A社には
引越しは頼まない」
それは今でもそうで業界では有名な話だとか。なんだかんだと世間話を織り交ぜながら値引き交渉。
小一時間がいつの間にか過ぎる。
こちらとしては他にも見積もりの約束が何社かあり
「じゃあこれで検討しますので」
と言って、お引取りを願うのだが、営業さんとしてはどうしてもここで決めたいのか、
そのたびに『最後のご提案』をされ、最初の提示額から約半額までになりました。

実はこの家に引っ越して来るときもS社を利用しており、説明を聞いても仕事に対する信頼性は高いと判断。
半ばめんどくさくもなってきたのもあり(これが営業の手か?)ここらが潮時と契約しました。


今から思えばもっと粘れば安くなったかも?やっぱり他社の見積もりも取ってみるべきだったか??
などと貧乏性なのでつい考えてしまいますが。
それにしても引越し業界も大手が倒産したり、値引き合戦が横行したりで(オレもその一味かw)
デフレ不況が蔓延していると再認識した一時間でした。

昨年の11月、我が家を襲った壊滅的な状況は、一家離散、持ち家の売却を強いられました。
取り敢えず収入を確保するとともに、ねぐらを確保しなければホームレスになってしまうという切実な状況です。

こういった場合の公的支援はないのか。役所に行ったり、色々伝を当たりましたが、持ち家が売れるまではそういう公的支援はないとのこと。仕方がないので仲介業者による任意売却をすすめ、同時に公営住宅を捜しました。事故部屋というのを紹介され(少々気持ち悪いがこの際細かいことにはこだわっておれないってんで)申し込みました。

ところが、困ったことに。保証人は親族に限るとの事。
友人知人ならいなくもないが、親族というのは近隣には(多分)いなさそう。
叔父叔母の配偶者とか、結構遠い親戚でも良いみたいだが、なにしろ付き合いがない。

色々思案し、約200k離れた所に居住している叔母(一応年賀状のやり取りはしている)を思い出し
電話してみる。
「こうこうこういった状況で大変困っていますんで何とかお願いできませんか?」
「あぁ、ぅぅ、力になってあげたいんだけど、うちは以前それで酷い目に遭っているんで、
旦那の方も含めそういうのは一切お断りすることにしているの、、、ゴメンね」
「そういうことなら仕方がないですね、お騒がせしました、お元気で」

結構期待していただけに落胆していたところ、再度叔母からtelあり。
「だんなに話したら、そりゃあ力になってあげないかんと言われた。ゴメンね」
涙が出るくらいの嬉しい話。次の休日に訪問することになりました。

その日、往路は遅くなっては迷惑と高速を使い訪問。
久々の再開。叔母は見た目こそ若いが70歳近い。
「こういうことでもなきゃ、このまま一生逢えなかったかもしれない」
積もる話をし、自分らも似たような苦労をした、あなたの両親にはこんな世話になった等々、
今の状況を励ましてもらいました。
手料理を振舞われ、持って行った数倍のお土産を持たされ、最後、ティッシュにくるんだモノまで
渡され、断ったがお土産の紙袋に入れられる。
本当のところ、現状では物凄くありがたく、このご恩は必ず返しますと帰りの道中合掌しました。

その甲斐あり、何とか無事公営住宅に入居申請でき、4月中に引越しです。


後は、引越し代をどうするか、、、です。

mmm。。。これで何回目か。
何回書き込んでも、うちのこのパソコン消えてしまい。。。。。


気を取り直して。

18年間、手塩にかけ育てた次男の出発の日。
仲の良い彼の妹と共に、いろんなものを揃え、寮に向かう。
全国レベルの部への入寮に、さすがの次男も弱気発言。
「どうしてこんなことになってしまったのか・・・」

妹は、ひたすらハイテンション。
「わー、凄い、あの建物、わーわーわー、、、」
見慣れぬ都会の様子に田舎モン丸出しで超興奮です。

寮の場所が分からず、取り敢えず大学に寄りました。
「ええええ、守衛さんがいる、、」
「わーーーー凄い、会社みたい、ホテルみたい。。」
最近の大学は、、ん十年前と違ってましたね。。。

すったもんだで寮に到着。
「おぉ、ここか、、、んんこんなモンだろなやっぱり、、」
本人
「、、、、、、、、、、、、」

「オッス」
彼女がこれまで経験したことにない人種との遭遇。
筋肉隆々の大男のお出迎えに妹はすっかりびびってしまいハイテンションはどこえやら。

なんだかんだで搬入が終わり
「じゃあ、、これから4年間頑張れよ」
「お兄ちゃん頑張ってね」
「うん、頑張るよ」
ってな感動的な身内のやり取りが成されていた時・・・

ひときわでかいキャプテンがその身を縮め、申し訳なさそうな顔で
「えー、実は米国合宿のため、この寮はその間閉鎖しますんで、
今日は泊まって貰っていいんですけど明日はいったん帰ってもらって
○○日に改めて入寮してください」

「はあああああ?・・・・しょうがないですねえ・・・」

ってな訳で10日間ほど命拾い。。?!
んなこたはなからわかってたことでは、という台詞は取り敢えず引っ込め、
揃えられなかったものも、その間揃えられる。緩んだ身体も鍛えられる、
いろんな処理も出来る。結果オーライの日ということでしたwww

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