日記
■長崎抗争(昭和26年)
長井組・合田会vs宮久一家
戦後の長崎は、原爆の焼け跡に掘っ立て小屋が次々と出現し、闇市となった。
マーケットが出来れば、その利権を狙って多くの愚連隊も誕生したが、
戦前からの名門組織・宮崎久次郎一家やテキ屋グループなど、毎日のように小競り合いが発生した。
佐世保市の興行師・長井末広も長崎へ進出した。
戦前から興行界を仕切ってきた篭寅一家系合田会・合田幸一会長の舎弟分となり、長井組を結成する。
その当時、人気絶頂だった美空ひばりの興行を打って、興行界で一躍名をあげた。さらに丸山の風俗街にも手を伸ばす。
しかし丸山付近は、権藤組のシマであった。
あるキャバレーで、権藤組の組員が長井組の組員から袋叩きにされた事から火が付き、権藤組は長井組に決闘状を突きつけた。
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